White・Present2
★★★

ヤッタランが目標到達地点にしていたのは、勿論スペースウルフの
格納庫だった。今は人数分の三機しかないスペースウルフ。仲間が増えればもっと沢山の小型戦闘機がこの広いスペースを埋め尽くすだろう。
その景観はどれほど雄壮なものになるだろうか。ヤッタランは一人、出立準備を整えた機体を撫でて笑みを浮かべた。


「ヤッタラ〜ン、酷いぞお前」


数十秒後、殆ど涙目になってハーロックが姿を現した。何やらめげそうになり
つつも、重力サーベルと銃をベルトに装着してきているあたり、立派なものだ。


「ナニがひどいねん。トチローはんにはバレんかったやろが」


ヤッタランは胸を張って唇を尖らせた。そう、先程の騒ぎは全て狂言。
トチローに見つかってからのヤッタランの発言は、聡明なトチローを混乱に
陥れるためのデタラメである。
そうとは知らないハーロックは、ぐすぐすと子犬のように目を潤ませて鼻を
すすった。


「お前のせいでトチローに変な疑いをかけられた。親友に軽蔑敬遠される
 人の気持ちがわかるかよ」


「知るかいな、ンなもん。ワイは何もおかしいこと言うてへんやろ。
 勝手に誤解したんはトチローはんや。あとでオトシタマをやってから
 そう言いや。あの人、根が素直やからすぐ信じてくれるやろ」


「──…きったねー。頭の良い奴ってみんなそうなのか?」


ハーロックが、のろのろと操縦席に乗り込み、ヘルメットを装着して睨んで
くる。ヤッタランは副操縦席に乗り込んで「そうやで」と嘯いた。


「大体、きちんと戦闘準備してきた段階で、ジュニアかてわかってたんやろが。
 海賊の仕事するんやろ。ええモン盗ってトチローはんにオトシタマするん
 やろ。頭のええ人にもの隠そうと思ったら、滅茶苦茶言うんが一番やで」


「ちぇ。だから人に隠し事するのって、俺、嫌いだ」


頬を膨らませたまま、ハーロックはなめらかな手つきでシステムランプを
グリーンに変えていく。


「よーし、システムオールグリーン。ヤッタラン、エアロック開いて」


「こ、こらこらジュニア。その前にどこ行くか決めな。何を盗る予定
 やねん」


「何でも良いよ。トチローが喜びそうなもの!」


  ぐぃぃぃぃぃぃぃん……!!


ハーロックの手が操縦桿を思い切り前に倒した。ヤッタランは慌てて
目の前の操作盤で格納庫内の重力バランスを整え、エアロックを開く。
と、同時にスペースウルフはエンジンを全開にふかして飛び出していた。
開きかけのエアロック。殆どすれすれのスペースを、スペースウルフはするりと抜ける。ヤッタランの眼前に、漆黒の宇宙が広がった。


「な、何て無茶苦茶しよるねん!! ちょっとでも目算誤ったらワイら
 今のでオジャンやで!?」


「オジャンになんかならないよ。俺の腕を信用しなさいって
 副長さん」


ハーロックはもはや上機嫌だ。口笛さえ吹いて操縦桿を繰っている。
ヤッタランは額に浮かんだ汗を拭い、「それで」と星図を展開した。


「トチローはんには何を送るねん。喜びそうなもの、なんて漠然とした
 キーワードじゃ、輸送船の絞り込みも難しいで」


「あのね、俺、今トチローの口癖思い出したんだけど。ほら、アレだよ。
 ボロは着てても心はニシキっていうやつ。ニシキって、良い服のこと
 だよな」


「あぁ──正確には絹の織物のことやな。蚕の糸を紡いで作る高級品や。
 今では博物館や美術館でしか見られへん」


「うん、それそれ。そのニシキっていうやつにしよう。珍しくて高級だ。
 オーミソカもショーガツも大事な日だろ。きっと、トチローだって
 晴れ着の一つも着たいだろうしさ」


「決まり」とハーロックが嬉しそうに指を鳴らす。──簡単に言うよ、と
ヤッタランは溜息をついた。


「あのな、ジュニア。絹はホンマに高級品やねんで。自然のものやねん。
 そんなもん運んどる輸送船なんて、ごっつい護衛機がついとるに
 決まっとるやろ。戦えへんよ、一機だけじゃ」


「──密輸船なら? あと、独裁者のいる星への貢ぎ物を運ぶ輸送船とか。
 そういう正規の手続き踏んでない船。そういう船って、大抵派手には飛ば
 ないだろ。ステルスシールド張って、隠れながら飛ぶ。この辺は小惑星も
 多いし、一機くらい飛んでると思うけどな」


「あぁ、成程。シールド張るなら護衛機はいらんな。せやけど、
 そんな都合良く……」


「見ろ、ヤッタラン」


ハーロックが、す、と星図の一角を指差した。


「この星、『ヒットローニの星』。チビ髭の独裁者ヒットローニが支配する
 惑星だ。ヒットローニの愛人は、大層な派手好きと聞いたけど、
 彼女への貢ぎ物にニシキはないかな」


「ヒットローニの愛人? あぁ、あの有名なエバーかいな。
 そりゃあ彼女は着道楽やっちうハナシやし、古今東西のドレスは
 みんな彼女のコレクションになっとるっちうことやけど……。
 何やねん、ジュニア、きちんと考えとったんやないか」


ヤッタランは安堵の息をついて操縦席の背を叩いてやった。
が、「ううん」とハーロックはあっさり首を横に振る。


「全然そんなの考えてなかったけど。よく考えたら俺、次のターゲットに
 ヒットローニを狙ってたなって。だってアイツ、敵対してる星から
 一億宇宙金貨の賞金が出てたろ。一億あったら、トチローの欲しがってた
 エネルギー鉱石が手に入るなーって、俺、チェックしてたもの」


「………あぁそーかいな」


──こいつ、常々からトチローはんのことしか考えとうせん。
何だか恋でもしているみたいじゃないか? いやいや、と
ヤッタランは思わず怖い考えに行き着きそうな思考を追い払った。


「そ、そんなら、手っ取り早くその鉱石買うたったらええやんか。
 きっと喜ぶで、トチローはん」


「駄目だよ。それこそ装備足りないし。今はニシキで我慢して
 もらうんだ。うんと綺麗なやつを貰ってこよう。そうしよう」


我ながら良いアイディアだ、と一人で喜ぶハーロック。


──せやけど、そんなに都合良く輸送船が見つかるんかいな。


無謀なる幼馴染みとレーダーを横目で見つめつつ、ヤッタランは
やっぱり諦観の溜息をついた。



★★★


「……見つかるモンやな」


「そりゃあ見つかってくれなくちゃ困るもの」


数宇宙キロ先にあるはずの輸送船を眺めて、二人は「にしし」と
肩をすくめた。


「しかしアレでシールド張っとるつもりかいな。こっちのレーダー
 じゃ丸見えも同然やで」


「トチローの造ったレーダーは、レベル3以下のステルスを透過する。
 独裁者の星域だからって、油断し過ぎたのが敗因だね」


「こっちは見つからへんのかな」


「平気みたいだ。もっとも、スペースウルフのステルス機能は
 あんなに旧式じゃないけどね」


心底誇らしげにハーロックが呟いた。「うん」とヤッタランは素直に首肯
する。“マイスター”たるトチローの技術が優れているということは設計段階から知っていた。


「こっちのステルスと消音機能があれば、すぐ底辺についてもバレへんやろ。
 エアロックの近くにつけられるかはジュニアの腕次第やな」


「無駄な心配だね、ヤッタラン」


ちちち、とハーロックは人差し指を振り立て、鼻歌混じりで操縦桿を握り直す。
スペースウルフは、ぴったりと影のように輸送船のエアロックに張り付いた。


「この至近距離からなら、船のカタチが見えてくるね」


「うん、結構小型やな。これなら乗組員も十人程度やで」


ヘルメットのカバーを下ろし、鼓弓を小型ボンベに切り替える。ヤッタランは
先に出てエアロックの手動装置に張り付いた。モバイルを取り出し、装置のシステムにハッキングを仕掛ける。ヤッタランにとって簡単な暗号ロック程度なら、無いも同然の壁であった。


「爆発物を使わないでエアロックを開けられるかは、ヤッタランの頭脳次第
 だね」


ハーロックが楽しげに覗き込んでくる。ヤッタランは、ちちち、と人差し指を
振り立てた。


「それこそ、無駄な心配っちうモンやで。ジュニア」


 ──ロック解除。


ほどなくして、モバイルの画面に走る一文。やった、と二人で静かに手を叩いた。楽しそうにハーロックがエアロックを開く。


「さーて、突入・制圧・強奪のお時間ですよ。副長さん!」


「張り切りや。キャプテン」



エアロックの隙間にかさこそと侵入するハーロック。ヤッタランは、ぽん、と肩を叩いてやった。



★★★

輸送船は本当に小さく、倉庫さえないようだった。監視カメラに捕まらないよう、気密服を光学迷彩モードに変えてハーロックは進む。


「安い造りだねヤッタラン」


そっと囁きかけると、「うん」とヤッタランが視線を上げる。


「安いっちうか……古いねん。エンジンも原子力よりちょい上、って
 カンジや」


「ふーん、そうかぁ。あんまり貧乏で可哀相な国だったらやめようね」


ハーロックはのほほん、と首を傾げた。ふぅ、とヤッタランが眉間を押さえる。


「可哀相だったらやめようってか? 呑気やねんでジュニア。トチローはん
 にオトシタマするんやろが。それに──この船、未登録の不審船や。
 ひょっとしたらボロいのは海賊の目を誤魔化すための偽装工作かも」


「うーん、色々色々……。まぁ、良いや。船長さんに直接訊けば
 わかるよ」


メインデッキと思しきドアの前に出る。考えるよりは行動する方が楽で良い。
ハーロックは腰に下げた重力サーベルを一撫でしてロックを開けた。


「手を挙げろ! この船は我々が占拠した!!」


メインデッキにはヤッタランの予想通り、十人にも満たない乗組員達がいた。開口一番。サーベルを艦長席に向けて、ハーロックは高らかに宣言する。


「な、何だ貴様らは!?」


サーベルの銃口を向けられた船長(と思しき初老の男)が、立ち上がって
こちらを指差す。
「だから海賊」と、ハーロックは船長の喉元にサーベルを突きつけた。


「大人しく降参した方が身のためだよ? 船長さん。この船、
 未登録の輸送船だろ。宇宙警察呼んでも良いけど、その時はお前らも
 一緒に捕まるよ」


「くっ……!!」


船長はがっくりと席に座り込んだ。ヤッタランは他の乗組員に手を頭の後ろで組むよう指示しながら、船の航路を確認した。


「キャプテン、この船、オースト星からスイスリット星経由で
 ヒットローニの星に行く船やで。オースト星は天然の養蚕で
 有名な星や」


「Gut! 船長、この船の積荷のリストを」


「……これだ」


船長が胸ポケットからディスクを取り出す。ハーロックがそれを受け取ろうと
した瞬間、背後の扉が大きく開く。


「なんだぁ? このガキ共は。重力サーベルとコスモ銃だけで海賊気取り
 か?」


「可愛いなぁ。オイタはよくないぜ、可愛い子ちゃん」


入ってきたのは、屈強そうな二人の男。どうやら護衛はいたらしい。
可愛い子ちゃん、と呼ばれて、ハーロックは眉を顰めた。


「何だよ。俺、こういう台詞聞き飽きてるぞ」


「美少年の弊害やな、ジュニア。ま、積荷はワイがチェックしておく
 から、あっちう間に片づけや」


横からヤッタランがディスクを持っていく。銃口は乗組員に向けたまま、だ。
──優秀な副長だ。ハーロックは頷いて男達を睨みつける。「よせ」と
船長が声を上げた。


「む、無理だ。この二人は我が星有数の戦士。今からでも遅くない、
 君達、引き上げたまえ」


「気遣ってくれなくても平気だよ、船長さん。こんな奴ら、サーベルや銃を
 使わなくたって……」


あ。


──っという間に片づいた。
船長にサーベルを突きつけたままの左ストレートとハイキック。護衛の男達は
壁に頭を思い切り打ち付けて昏倒する。


「あいててて、利き腕じゃないとやっぱ痛いや。拳、傷めたかも」


「ジュニア。この船、ニシキ積んどるで。それと、例のエネルギー鉱石も。
 ビンゴやな」


ヤッタランがモバイル片手にウインクしてきた。「うん」とハーロックは
ガッツポーズで返す。


「じゃあ、ニシキを貰っていっても良いかな船長さん。欲しいものさえ貰えば
 命までは取らないよ」


「──た、頼む。あの鉱石だけは持っていかないでくれ。あれは我らの
 星の命運を賭けた──!!」


船長が必死に腕に縋ってくる。ハーロックは目をぱちくりとさせた。


「だから、ニシキ以外はいらないってば。鉱石はまた今度。ヒットローニの
 首にかかった賞金で買う」


「──な、何だと……!!?」


船長が青ざめ、船内が騒然とする。


「あの独裁者をか……?」


「まさか、こんな子供達に」


「だが、たった二人でこの船を」


「あの少年は護衛を一撃で倒したぞ……?」


「あの少年達は一体──」


 ざわざわ。ざわざわざわ……。


「ほな、ワイ適当にニシキを見繕うわ。取り敢えず一番
 綺麗なんでええな?」


ヤッタランが飄々と積荷を漁り始めた。ハーロックの言葉通り、
エネルギー鉱石のラベルが貼られた木箱には目もくれない。


「あ、色は白ね。白。トチローには白が似合うんだから。トチロー
 今頃何してるかなぁ。まだ俺達のことデキてるって誤解したままかな」


「知らんわい」


ごと。ヤッタランの手が薄い桐の箱を取り出した。


「あ、これええんと違うか? 箱付きやし、手触りもええで」


「うーん。布の善し悪しなんかわかんないしな。良いと思うよ。
 綺麗なら」


ハーロックは船長の喉元からサーベルを離す。「良いのか?」と船長が見上げてくる。「良いよ」とハーロックは笑顔で応えた。


「俺は、俺の大事な人が喜んでくれれば良いんだもの。これ貰って
 いくぞ。あ、背後から俺達を撃とうとか考えない方が良いよ。俺、
 早撃ち得意だから」


サーベルをしまい、コスモ銃を抜いて乗組員達を順番に狙って見せる。
護衛の男達を倒したことで、彼らはすっかりと戦意を失っているようだった。
ハーロックはヤッタランに背後を護るように指示し、大切に箱を抱え上げた。


「それじゃあ。順調に航海を続けてくれ。そのうち、独裁者なんかに貢ぎ物
 とかしないで済む時が来る」


「お前──いや、君達は一体……?」


船長が問いかけてくる。ハーロックは振り向き、「キャプテン・ハーロック!」と名乗りを上げた。


「俺はキャプテン・ハーロック! 俺達は髑髏の旗の下に集った海賊だ。
 いずれ、宇宙の全てを自由に往く!!」


「ま、今は売り出し中やけどな」


「ヤッタラン、それを言っちゃあお終いでしょ」


ぺし、とヤッタランの頭をはたいてハーロックは船長を見据えた。


「売り出し中の小さな海賊団にものを盗まれるのは不服かい。船長さん!」


「──いいや」


初老の男は静かに首を振る。


「君達は……本当にヒットローニを倒すのかね。今まで幾多の賞金稼ぎが
 挑み、敗れてきたことを果たすのかね」


「果たすとも! 俺は俺の夢のため、友と仲間と叶える夢のため、
 挑んでいくことを躊躇いはしない。戦うことを恐れはしない!!」


一瞬、激しくかち合うハーロックと船長の視線。先に折れたのは船長だった。


「……持って、いきたまえ。君は本当に鉱石には手をつけなかった。
 闇値で売れば一億にも二億にもなる鉱石に……。君達は自分達の
 言葉に誇りを持っている。本物の海賊、本物の戦士だ」


「ありがとう船長。評価してもらったことは忘れないよ」


ハーロックはくるりと回れ右をする。ごうん、と背後で扉の閉まる音、
数メートル遅れてヤッタランが追いついてきた。


「……ジュニア、何だかあの人ら、疲れとったみたいやな」


「うん。きっとヒットローニの支配が酷いんだと思う。自分の星の利益より、
 支配者の利益のために尽くさなくちゃならないなんて……。全く、独裁者
 なんてロクなもんじゃない」


「せやけど、倒すなんて言うて、ホンマに倒せるんか? ヒットローニは
 確かにロクでもない独裁者やけど、それだけに強いっちうハナシやで」


心配げな表情でヤッタランが見上げてくる。ハーロックは「うん」と口元を
引き締めて頷いた。


「腐ってもこの星域の半分を支配する男。侮ってはいけないな。でも、
 宇宙最強を目指すなら、どのみちいつかは戦わなくちゃならない男だよ」


人々のため──などという言葉は決して使わない。海賊なのだから、誰のためでもなく、自分のために戦うのだ。
結果的に、それが誰かを助けることになるのなら、それに越したことはないのだけれど。


──今は、取り敢えずトチローを喜ばせるのが先決かな。


ハーロックは、待機させておいたスペースウルフの操縦席に滑り込んだ。














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