White・Present
12月31日。

その日の俺は、いつもの時間より少しだけ寝坊して起きてきた。
いつも通りのアルカディア弐号艦。俺とトチローとトリとヤッタランしか
いない艦内は、しん、と静まりかえっている。
ただ、常に響き渡るエンジンの力強い音だけが、今日もアルカディア号が快調であることを告げていた。


「ねぇ、おはよう」


俺はヤッタランの自室を訪ねた。ベッドと本棚とプラモデルしかないような
彼の部屋。接着剤の匂いが鼻を突く。
ヤッタランは、ベッドの上で何やら小型戦闘機らしきものを組み立てていた。


「異常はないか? 副長さん」


「ない。ワイは今とても忙しいねんで」


俺の問いにそっけなく答えるヤッタラン。こうしてプラモデルを組み立てて
いる時が、ヤッタランにとって最高の幸せであり、誰にも侵されたくない
神聖なる時間なのだ。俺は小さく咳払いをし、遠慮がちにもう一つ問うた。


「トチロー知らないか? さっき部屋に行ってみたけど、いなかったんだ」


──あの寝ぼすけが起きているなんて珍しい。俺がそう言うと、ヤッタランは
実に面倒臭そうにこちらを睨んだ。


「トチローはんなら、何か今日は忙しそうにしとったで。多分アレやろ。
 日本の年越しの準備やろ。オーミソカがどうとか言うとったし」


「オーミソカ?」


「せやから、日本版のクリスマス・イブ」


それだけ言うと、ヤッタランは再び作業に没頭し始めた。もうこれ以上の
会話は続行不可能である。俺は仕方なく「ありがとう」と礼を言って彼の部屋をあとにした。


「日本版クリスマス・イブ、か──」


そしてクリスマス。
一人廊下を行きながら呟いてみる。ふと視線を落とした先、左手首に煌めく
クロノグラフ。
今年のクリスマスにトチローがくれたものだ。それは俺の人生において五本指に入るくらいの嬉しい思い出で、見れば、どうにも笑みが零れてくることを止められない。
──でも。


──そういえば、俺はトチローに何も送ってないや。


俺は思いついて足を止めた。トチローは自分の信じる神に背いてまで
俺の我儘に付き合ってくれたというのに、俺はそのお返しを何もしていない。
海賊騎士にあるまじき礼儀知らずな行為だ。俺は慌ててヤッタランの部屋に
引き返した。



★★★


「ヤッタラン、ねぇヤッタラン聞いてくれよ!」


どん、と、ハーロックがほぼドアにぶつかるようにして突入してきた。
大きな鳶色の目をきらきらさせて。頬を紅潮させて「聞いて」と顔を覗き込んでくる幼馴染み。ワイは半ば諦めて溜息をついた。


「……何やねん。ワイは折角楽しい時間を過ごしとったのに」


もう少しでメッサーシュミットが組み上がるところだったのだ。しかし、
この立ち振る舞い粗雑な幼馴染みが来た以上、精密作業を行いながらの会話というのは不可能に等しい。あからさまに落ち込むワイを見て、ハーロックは
「ごめん!」と顔の前で両手を合わせた。


「でも聞いて欲しいんだ。俺一人じゃ絶対ムリだから、ヤッタランにも
 力を貸して欲しいんだ。オーミソカってトチローには大事な日だろ。
 一緒に祝ってあげたいんだ。だから、今日の夜までにしなくちゃならない
 ことがあるんだ」


一気に喋って、ワイを見つめる。あかん、と、ワイは思わず目をつぶる。
この顔に、眼差しに騙されて何度危ない橋を渡ってきただろう。茫洋とした性格にそぐわず無駄に整った容貌は、一見隙だらけで放っておけなくなるので
ある。
ハーロックが将に向いていると思うのはこういう時だ。
トチローはんのような天才肌は、実質その隙の無さゆえに将には向かない。
聡明なあの人はそのことをよく知っていて、副長の座さえワイに譲り、
決して表舞台には出ない技術者に徹している。
そして──このハーロックはまさにトチローはんの真逆をいく男。
一人じゃ駄目だと平然と言ってのける男。聞くものの母性(?)本能をくすぐるような立ち居振る舞い。
決して色仕掛けをしているわけでも、己を無能と卑下しているわけでもない。
夢を共にする仲間を信用しきっての告白なのだ。
赤ん坊の頃から知っている友人に「力を貸して」と頼まれて断る男など
男ではない。何より、それがハーロックのように愚直な男からならば。


「──わかった、わかったねん。ワイは何したればええねんか」


断れるわけがないのである。そして、ハーロックがそういう計算の出来ない
人間だということをワイは熟知しているのだ。この男は素なのである。
敵に対しては冷酷なまでの駆け引きが出来ても、仲間には決して出来ない男。
多分、多少馬鹿でなければ人の上になど立てないのだ。そして、その感情に
嘘のない人間でなくては。


「本当か? ヤッタラン、愛してる!!」


全面に喜色を示して抱擁してくるハーロック。こんな男でなければ、
恐らく宇宙の海を自由に渡っていくことなど出来はしない。
ワイは、誇り高さ半分、諦めの境地半分の溜息をついた──。



★★★


「トチローはんにプレゼントぉ!?」


アルカディア号メインデッキ、ヤッタランが目を丸くして叫んだ。


「しっ、ヤッタラン副長。これは極秘の任務ですぞ」


ハーロックは慌てて口を塞ぎにかかる。何せこれはトチローには内緒の話
なのだ。あとでビックリさせる予定なのに、大声を出されては早々にバレて
しまう。ハーロックはヤッタランの眼前にクロノグラフを示して見せた。


「だって、クリスマスにプレゼントを貰っておいて、オーミソカに
 何もしないなんておかしいだろ。トチローは慎ましいから催促しないけど、
 きっと期待してると思うんだ。親友なら、応えないとね」


「……オーミソカってそういうイベントやったっけ?」


ヤッタランが思い切り眉を寄せる。知らない、とハーロックは素直に
首を横に振った。父母共にドイツ人、地球にいた頃はドイツから出たことの
ないハーロックである。


「だって、俺、日本なんて国、トチローから聞いて初めて知ったのに。
 そんな国のイベントなんか知らないよ。トチローだってクリスマス知らな 
 かったじゃんか」


「まぁ、クリスマスもオーミソカも800年近く前の風習やもんなぁ」


溜息をついて、ヤッタランが顎を擦った。ヤッタランも知らないのだ。
ハーロックは早々に諦めて「それでさ」と続ける。


「オーミソカは日本版クリスマス・イブなんだろ。それじゃあ
 きっとプレゼントが必要なんだよ。俺は、トチローに時計の
 お返しをしたい。それだけ」


「ふぅん、せやなぁ、そういえば日本では“オトシタマ”っちうのが
 プレゼントに当たるモンやと聞いたような事もあるしなぁ……。
 要するにジュニアはオトシタマをトチローはんにやりたいわけや」


「そ! オトシタマ」


ハーロックは勢い良く頷いた。トチローが喜んでくれるなら、プレゼントでも
オトシタマでも何でも良いのだ。


「せやけど、具体的には何をオトシタマする気やねん。ワイの力が
 必要ってことは、何や手先を器用に使うことか?」


プラモデルなら任しとき、とヤッタランが息を巻く。ハーロックは
「違うよ」と苦笑混じりに答えた。


「造ることに関しては、俺もヤッタランもトチローには敵わないもの。
 だから、俺達は海賊としての本業で……こう」


「欲しいモンは奪い取る。やっぱ海賊はそれに尽きまんなぁ」


いひひひひ、と二人で悪い顔を付き合わせて笑う。薄暗くしたメインデッキ。
ゴシック調の装飾が施された艦長席の裏、というシチュエーションが一層
密談気分を高めてくれる。ハーロックは「ひひひ」と肩をすくめた。


「ヤッタラン、おぬしもワルよのぅ」


「いやいや、キャプテンには負けますがな」


「──…楽しそーだね。おめーら」


「!!?」


は、と二人は同時に我に返る。見上げれば、椅子の背越しにトチローが
じっとりとこちらを眺めていた。ハーロックは反射的に臨戦態勢を取る。


「と、トチローさま、一体いつから……?」


「いつからって、おめーらが何だか時代劇に出てくる
 悪代官と越後屋みてーな会話してるところからだよ。何だよ、
 二人で楽しい悪巧みか?」


トチローのメガネがきらりと光る。小さな瞳に見据えられ、ハーロックは
思わず全てを打ち明けそうになった。が、察したのかヤッタランが素早く
ハーロックの口を塞いでくれる。


「い、いやいや別に。何でもないねんで。単なるごっこ遊びやねん。
 イメクラ遊びが流行っとんねん」


「……へぇ、フキンシンな遊びが流行る仲なわけ? 君タチ」


トチローの顔があからさまな嫌悪に歪む。一歩分距離をおかれて、
ハーロックはちょっと悲し寂しくなった。


「ち、違うトチロー」


「いやいやいや、そうやねん! ワイら超仲良しやねん。
 トチローはんかてワイらの仲を止められへんよ」


ハーロックは弁解しようと立ち上がる。しかし、ヤッタランが絶妙な
タイミングでそれを阻んでくれるのだ。トチローの顔から色が消えるのに
数秒と必要しなかった。


「………ふーん。まぁ、愛のカタチっていうのはそれぞれよな」


すっかりと白くなって俯くトチロー。ハーロックは「違う違う」と
首を打ち振る。


「あ、愛。愛って……トチロー、俺は」


「い、いや! 良いんだ。良いんだハーロック。俺は、その。
 “エルダ”だからな! 理解のある男だよ……」


「じょ、ジョーダンじゃないよ! トチロー。理解なんて
 いらないから、俺の話を」


「さ、触るな! こっちに来るな!!」


ばし、と、伸ばした手をはたかれた。──本気だ。トチローは本気で怯えて
いる。ハーロックが弁明する前に、トチローは素早くドアの向こうに身を
隠してしまった。


「と、トチロー。違うって、俺は」


「いいや、聞きたくないぞハーロック。そーなのか。お前、やっぱり
 そういう性癖なのか。タイタンで俺に親切にしてくれたのもそのためか。
 好きなんだな? 情欲をもよおすんだな? 丸顔のチビに」


「やっぱりって何だよぉ! 俺は違うってば。俺は別に丸顔が
 好きなタイプというわけでは」


「何やねん! そやったらワイを誘ったんは単なる気まぐれか?!
 ワイは真剣やったのに、ジュニアは遊びのつもりやったんか!?」


ジュニアの馬鹿、とヤッタランが泣き崩れてメインデッキから走り去った。
残されたハーロックは呆然とし、恐る恐るトチローを見やる。


「………行ってやれ」


トチローが、怖いほど静かにヤッタランが去った廊下の向こうを指差した。


「行ってやるんだハーロック。それが……愛情っていうモンだよ」


「だから違うんだってトチ」


「──本当はお前にも鏡餅作るの手伝って欲しかったけど、何かそれどころ
 じゃねーみてーだし。ふふ、おかしいな俺、親友のことなのに気付かないで」


──聞いていない。トチローは完全にハーロックを無視して自分の世界に
埋没している。


「トチロー? おーい、トチローさんってば」


「良いんだ。俺に関係ないなら何しても。ナニしても。俺は、いつまでも
 お前の親友だよハーロック……」


見捨てないからな、と優しく腰を叩かれる。ハーロックはぶんぶんと頭を
振って否定した。


「違う、違うってば! 俺はただ、トチローに」


「えぇーい!! 触るなっつっとろーが、このホモ野郎!! 俺が
 優しく平穏に対応してやってるうちにとっとと俺の眼中から消えろ
 このーッ!!」


ひゅ、と風を切る日本刀の切っ先。ぱらぱらと舞い落ちる己の前髪を
目の当たりにし、ハーロックは大慌てでヤッタランの後を追いかけた。














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