Happy Days・7



★★★

ゲオルグに連れられた場所は作業員達が身を休めるように工場内に造られたプレハブの小屋だった。ただ、扉だけがチタン合金製の、そうまるで金庫のような頑丈な造り。

けれど、ゲオルグに背を押されて一歩入った途端、俺達は目を見開いた。


「これは──…!!」


床一面に敷き詰められた毛足の長い真紅の絨毯。10メートル四方の空間は、まるで貴族の別荘のような豪華なインテリアになっていた。

赤煉瓦の暖炉。グリーンの壁紙。古代樫の骨組みにベルベッドを張った大きなソファ。クリスタル硝子のローテーブルには、はみ出すくらいにケーキやプティング。バケットに、チキンにピザにオニオンスープ。キドニーパイとたっぷりのサラダ。
大きな銀の果物皿には四季を完全に無視した果物。葡萄に林檎に梨にバナナに……。


「ひゅう! 豪華だね。凄いや」


ハーロックが一目散にソファにダイブする。コートを脱ぎ捨て、上着のボタンを外すと、「おいで」と優しく敏郎を招く。敏郎も帽子を脱ぎ、足音も無くソファによじ登った。


「このソファ。中はウレタンだけどそこそこの座り心地だ。あの車のシート
 よりはナンボかマシだね。ゲオルグ、ここはなぁに?」


「俺達のボスが時々来て使う部屋さ。お前さんらのことを報告したら是非
 丁重にお持て成ししておけとさ。特に…ウォーリアス・澪中佐のご子息は
 丁重に」


ちらり、とゲオルグの視線が落ちてくる。俺は臆せぬよう彼の瞳を見返し、
ゆったりとソファに腰掛けた。


「父のことをやけに気にするということは──やはり貴方達は地球連邦の」


「あぁ、ウォーリアス・澪直属部隊“猛”の者さ。ま、あの人の直属で
 他に裏切っている奴はいない。あの中佐は大変人だが究極のカリスマだ。
 彼から離反しようと思う奴なんざ、最初からあの人の傍には行かねぇよ。
 安心したか?」


「タケル……?」


「なんだ、お前何も知らないのか」


ふん、と溜息をついてゲオルグが懐から衛生携帯を取り出した。


「どうでも良いか。ま、とにかく食事でもしてくつろいでいてくれ。今から
 中佐に連絡するからな。いくらあの人が陸軍きっての奇人でも、可愛い息
 子の身のためなら何をおいても駆けつけるだろうさ」


「………」


俺は俯いて膝を握る。本当に、そうだろうか。俺は、お父さまに直属の部隊があることも今知ったのだ。確かにお父さまは奇人だ。会議をさぼり、出張と嘯いて趣味の虫採りに興じていることもあるらしい。お父さまの髪の色。お父さまがウォーリアスの家を憎む理由。そして、奇人のお父さまに不思議と人望が集まっているということ。直属部隊の存在。何もかも、人づてに聞いた話ばかりだ。

俺がお父さまの何を知っているというのだろう。そして、お父さまが俺の何を知っているというのだろう。俺の冬休みの始まりも歳さえ把握しておられないお父さま。

俺とあの人の繋がりなんてあって無いようなものなのだ。


「ゲオルグは何が目的? 俺のお父さまじゃなくて、零のお父さまに用が
 あったの? 森で零が中佐の名前を言ったとき、随分驚いてたみたいだけ
 ど」


ハーロックがいかにも不愉快そうに果物皿から葡萄を一房摘み上げた。舐めるように下から一粒口に入れ、「甘いよ。大丈夫」と敏郎の手に握らせる。


「そう拗ねるなよお坊ちゃん。偶然とはいえ確かに俺の用の中心は澪中佐だ
 が、ボスは違う。あの人の用はグレート・ハーロック。偉大な戦士の命に
 あるのさ」


「そりゃあ、そうでなくちゃ」


満足そうににっこりとハーロックが笑う。自分の父親が命を狙われているというのにどうしてこんなにも愛らしく笑うのだろう。俺は、目の前のキドニーパイをフォークで突いてみた。今日は家で昼ご飯と、グレート・ハーロックの家でクッキーを数枚口にしただけだ。お腹は空いているはずなのに、まるで食欲がわいてこなかった。


「……ゼロ」


気付けば、敏郎が小さな瞳でこちらを見ていた。手の中には、紺色の艶やかな葡萄。果物だけではお腹が空くだろう、と俺は精一杯彼に向けて笑顔を作った。


「あぁ、パイを切り分けようか。それとも、チキンを?」


「平気?」


「もちろん。何も怖いことはないさ。毒だって入ってないよ。ほら」


キドニーパイを切り分けて一口。美味いも不味いもわからなかったが、とにかく喉を通過させて胃に収めた。暫く待ってみたが、どこにも異常はない。


「ほら、平気」


皿に分け、フォークとナイフを添えて敏郎に渡してやると、彼は数度瞬きをして、素直にキドニーパイを口に運び始めた。俺は、ほっとして彼の頭を撫でてやる。


「大丈夫、必ず帰れるから。君の雛もお父さまも、きっと心配しているだろ
 うね」


「雛」


敏郎が俯く。生まれたばかりの雛のことを案じているのだろう。確かに、この子の父君はいささかルーズそうに見えたが。


「大丈夫さ、Drオーヤマは頭の良い人だもの。きっとヒナの面倒だって
 完璧に見ててくれるさ。俺達は確かにご招待された身だけど、トチローは
 何も心配いらない。おいで、スープを温かいうちに飲んじまおうよ」


親友を抱き寄せて、ハーロックは彼の頬についたパイの食べかすを拭ってやる。「Drオーヤマ?」とゲオルグが携帯を下ろした。


「Drオーヤマってのは──あの? 14番目の“エルダ”トシロー・オーヤ
 マのことか? じゃあ、そのちっちゃなガキはDrオーヤマの?」


「そうだよ。オーヤマ・トチロー。俺の大親友さ」


「へぇ……」


ゲオルグはハーロックの腕に抱かれた敏郎を、まじまじと見つめる。ゴリラのような巨漢に見つめられて慄いたのか、敏郎はハーロックの胸に顔を押し付けた。「よしよし」とハーロックは敏郎の髪にゆっくりと指先をとおす。


「ゲオルグ、食事中の人間をじろじろ見るのはエチケット違反だよ。それに、
 そんなイカつい顔を間近に見せられたら食欲がなくなっちゃう」


「いや、すまないな。しかし…へぇ」


再び携帯を耳に当てながら、ゲオルグは意味深に溜息をつく。その瞳に混じる僅かな失望と侮蔑の光。14番目の“エルダ”、大山十四郎の一子にしては、とでも思っているのだろうか。頼りなく、小さな敏郎。今も、ハーロックが差し出したチキンをもそもそと食べている。


「まぁ、どんな生き物にだって出来そこないってのはあらぁな。あぁ、
 繋がったぜ。──澪中佐だな」


開いたままの扉を塞ぐように立っているゲオルグ。彼に差し招かれた兵士が、スピーカーのような機械と携帯を繋いだ。



『澪サンチガウヨ〜。ボク、アイジンノ、フェルナンデス言イマス』



いの一番にスピーカーから聞こえてきたのは、謎の間抜け声。──お父さまだ。家でもどこでも電話に出るたびにこんな馬鹿な真似をする。俺は、がっくりと肩を落とし、ハーロックが目をぱちくりとさせた。


「──アイジン? お父さままだお客様呼んだのかなぁ」


「……呼んでないよ、多分」


俺が溜息をついたその瞬間、がこんどたん、という何やら鈍器で人の頭を殴ったような音と、倒れたような音が聞こえた。ややあって『あぁ、失礼』と上品な男性の声がする。ノイズが多い上にくぐもっているので特定は出来ないが、──時夫中尉だろうか。お父さまの頭を鈍器で殴れる男など、彼くらいしか存在しまい。


「自主休暇に愛人ね……アンタの奇行は日常茶飯事だが、男の愛人がいた
 なんて知らなかったな」


ゲオルグは、心底楽しそうに扉に寄りかかる。そして、スピーカーから聞こえる己の男色を強く肯定する言葉。中尉がふざけているのだ。俺は、恐る恐る隣席のハーロックを見つめた。彼は大きな鳶色の瞳をますます大きくして、固まっている。

そのまま、誘拐犯と誘拐された子供の父としての会話を続ける2人。暫くして、微かに、本当に微かに物音がした。耳を澄ませれば、「また何かしでかしたんですか? この人」と呆れ嘲るような聞き覚えのある声調。──…時夫中尉だ。俺の思考が一瞬止まる。じゃあ──お父さまを殴り倒したのは。


『で? 要求は何だ。もっとはっきり言えば良いじゃないか。あいつ、お前
 のところで世話になってるんだろ』


今、あの場所に誰がいるのか知らなければ、ウォーリアス・澪その人と確信させるような挑発的で堂々とした声。お父さまじゃないとしたら、他には。


「お父さま!」


ハーロックが驚いたように腰を上げた。敏郎がびく、とチキンを取り落とす。俺は1人、頬の筋肉を引きつらせた。

──今、ゲオルグ軍曹と話をしているのは、考えたくないがグレート・ハーロックだ。

宇宙海賊にして太陽系最強の戦士。お父さまの宿敵にして竹馬の友。俺達を空港に迎えに来たあの人が、穏やかな笑みを浮かべて俺の手を握ってくれたあの温もりと感触を憶えている。

静かな声。エナメル質の銅色の髪。緑がかった瞳。白皙の美貌。


あの──彫像のような人が。


「お父さまの真似を……」


状況を想像するだけで涙が出た。「違うぜ、お坊ちゃん。澪中佐だよ」とゲオルグが携帯の通話側を押さえてハーロックに座るよう指示をする。「でも、確かに」とハーロックは形の良い眉を寄せた。


「あの声はお父さまなのに……? でも中佐?」


「ハーロック」


敏郎がハーロックの袖を引く。「うん」とハーロックは怪訝な顔をしたまま腰を下ろした。


「まぁ良いか。とにかく食べよう。トチロー、オレンジ剥いてあげようか」


自らもピザを一枚くわえて、器用にオレンジの皮を剥く。ゲオルグはすっかり上機嫌のまま俺達に背を向けて扉を閉めた。

最後に聞こえた言葉は「いつまでもアンタ達が最強じゃないぜ」。

ゲオルグは本気でお父さま達の命を狙っているのだ。しかし、彼の自信は一体どこから来るのだろう。奇人変人のお父さまは別として、グレート・ハーロックの強さは侮れないことくらい、陸軍兵士でも十二分にわかっているはずなのに。


「……おかしい。絶対に変だ。そう思わないかハーロック」


「ん?」


勢い良くチキンを頬張りながらハーロックの視線が俺に向く。「ちょっと待って」とジェスチャーし、瞬く間にチキンとキドニーパイを平らげてポットに用意されていた紅茶を一気飲み(良家の子息には全く見えない無作法さだ)。ようやく一心地ついたのか、「ふぅ」と腹を撫でてソファに寄りかかる。


「そりゃおかしいだろうさ。身内びいきで悪いけど、お父さまは強いよ。
 ちょっと間の抜けたトコロもあるけどね。でも、いくら間が抜けてたって
 たった6人の侵入者に負けるわけない。何か…特別な武器か何か使わない
 い限りね」


挑発したんだけど出てこなかったなぁ、と天井の壊れたシャンデリアを見つめる。「危ないな!」と俺は中腰になってハーロックの肩を掴んだ。むぎゅ、と間に座っている敏郎の潰れる気配がする。


「それじゃあ君は危険な武器が出てくるかもしれないと考えていてナイフを
 投げたりゲオルグを挑発したりしてたのか?! 思慮が足りない。君は強い
 よ、確かにな! でも、俺…は、ともかく、敏郎が巻き込まれることを考
 えてなかったっていうのか!!? 君と同じ歳なのに…こんなにも小さい敏郎
 を。彼が大怪我でもするようなことになったら、一体どうするつもりだっ
 たんだ!!」


「……零。あのさ、ひょっとして」


ハーロックが、きょとん、とする。何も考えていないような、惚けたその表情が不愉快で、俺は立ち上がって彼に背を向けた。


「──もういい!! とにかく…捕まったからにはただお父さま達の足手まと
 いにならないよう考えなくちゃ。取り敢えずこの部屋から出るとして、何
 か武器になりそうなモノを」


「零、あのね。トチローは」


「わかってる。敏郎は戦力外だ。最大限彼を庇うとして…ハーロック、俺か
 君か、どちらかが先陣をきって前に出る必要があるわけだけど」


「零、それはさ」


「あぁ、俺がしよう。年上だし、その方がいざって時に君達を逃がしやすい」


「──…んー…武器なら、あるけど」


ぼりぼりと頭を掻いて、ハーロックがローテーブルに足をかける。礼服のズボンを捲り上げると、膝までのロングブーツが現れた。俺と同じ革靴だと、思っていたのに。


「君、騎乗着でもないのにロングブーツ履くのか? 足がむくむだろ。そん
 なの」


「余計なお世話。俺、革靴嫌いなの。すぐ痛むし、森を歩くと脱げそうにな
 るし。そうじゃなくって、もっとこっちを見て」


そのまま、するすると太腿まで露わにする。こんなにも簡単に捲くれるということは1サイズ上のズボンを着用しているということだ。成程、そのためのロングブーツなのか、と納得して、俺はハーロックの太腿を見て驚愕した。


白く、引き締まった太腿に黒々と巻かれたミニホルダー付の皮ベルト。そして、6つから成るホルダーにはそれぞれ、携帯用エネルギー銃の部品が差し込んである。もう片方の太腿には、同じく携帯用のレーザーサーベルの部品が。


「組み立てるのに2分とかからないよ。銃とサーベル、どっちが得意?」


「まだ持ってたのか?! ハーロック、君、一体幾つ武器を隠し持って」


「あと、このロザリオが超小型爆弾ね。そんなに威力はないけど、鉄板くら
 いなら弾き飛ばせるかな」


シャツの下から金のロザリオがついたペンダントを引き出して見せる。
──まさに全身武器庫だ。俺は、唖然として目の前の少年に見入った。


「いつもそんなに持ち歩いてるのか? 君、一体何者なんだ?」


「何者って…ハーロックだよ。キャプテン・ファルケ・ハーロック世。
 グレート・フリュ−ゲル・ハーロックの長男で、いずれ、宇宙最強に
 名乗りを上げる男…になる予定」


に、と白い歯を見せて屈託無く笑う。俺は、唖然を通り越して呆然とした。4つも年下の──まだ6歳の少年だというのに、何と自信たっぷりに笑うのだろう。そして、何と心構えの良いことか。彼は、自分の父がお尋ね者で、自分にも類が及ぶのを知っているのだ。それに比べて──俺は。


「俺は…特に何も持ってないよ。急な旅行だったし、森に出たのも、ちょっ
 とした散歩のつもりで」


「仕方ないよ。零は普通だもの。本が好きなんだろ? 本が好きな人は普通
 武器なんか持ち歩かないさ。武器は本より重くて、面白くない。そうだろ?」


「そう──だけど。でも、俺はお父さまの子なのに。地球連邦陸軍中佐の」


「そんなに気負うことないよ。俺は宇宙最強になるのが夢。お父さまもお母
 さまもそれを知ってるから、俺がいつかそうなれるように色々と持たせて
 くれたり扱い方を教えてくれたりする。でも、零はそうじゃないんだろ。
 中佐みたいになるのが夢ってわけじゃない。そんな感じ、するけど」


「俺は……」


俺の、夢は。コートのポケットにはトラクルの詩集が入っている。俺の今の所持品はこれきりで、でも、これだけは絶対に手放せない大切なもので。

こんな詩を、書けたら。いつもいつも、そう思ってる。けど。


「俺の夢は軍人になることだよ。それがウォーリアス家の男の証さ。
 でも武器は持ち歩いてない! 爆弾みたいなのは扱えないけど、銃も
 サーベルも成績は学年でトップだよ。どっちでも良いさ。貸してくれるな
 ら」


早口で言い切って、俺は俯く。本当に情けない気持ちでいっぱいになった。
どうして、自分の夢さえ胸を張って言えないのだろう。そんなにも俺は、誰かに失望されるのが怖いのだろうか。


否、俺はハーロックに失望されたくないのだ。この、どことなくお父さまに似た雰囲気を持つ、4つも年下の少年に。

そんな俺の内心を見透かしてか、「うんうん」とハーロックが俺の髪に触れる。


「そんなに落ち込むことないったらさ。銃で良い? 先陣きるのは俺がや
 るよ。俺の方が実戦経験積んでると思うし」


「……そうか…そう、だな」


手早く組み立てられた銃を受け取って、エネルギー充填が100%なのを確かめる。ふと、膝に温かなモノを感じた。視線を落とすと、敏郎が膝に小さな手を乗せ、凝っと俺を見つめている。分厚いレンズの眼鏡の向こうで、無垢な瞳が瞬いてた。


「あぁ、大丈夫だよ敏郎。お腹はもういっぱいになったのか?」


「ん」


くしゅくしゅ、と小鼻の上に皺を作り、俺の胸に顔を埋める敏郎。眠たいのか、と俺はそっと苦笑する。


「そうだな、まだ6つだものな。そろそろ10時にもなろうとするのだ。もう
 眠たくなって当然だな」


「俺もまだ6つなんスけど」


ハーロックがやんわりと自己主張する。そうしている間にも敏郎は俺の膝によじ登り、子猫のように丸くなる。基本的に、誰かにくっついているのが好きなのかもしれない。何だか、歳の離れた弟を得たような気分になった。


「君と同い年には全く見えないな。君って弟な感じが全くないし」


薄栗色の髪を撫でてやり、俺はコートを脱いで敏郎を包み込んでやった。
一応カシミアなので温かいだろう。膝が枕になるように抱き下ろし、
「それで?」とハーロックに向き直った。


「どうする? 武器があったってここから出られなければ話にならない」


「うん。それに関しては俺に考えが。っていうか、トチローの頭をこっちに
 寄越しなさい。トチロー、寝るなら俺の膝の上にしなさい。零に迷惑だろ」


「いや、俺は別に迷惑ではないぞ」


とても──温かいし。それにとても軽いのだ。敏郎はコートに包まり、既に寝息を立て始めている。ハーロックが敏郎の手を掴んで引き寄せようとするので、俺は人差し指を唇に押し当てて彼を牽制する。


「しっ…もう眠ってる。無茶は止せ。それで、お前の考えというのは」


「あぁ。さっきゲオルグが言ってたろ、ここはボスの部屋なんだって。
 それなのにこの金庫みたいな厳重さ。窓だって──ほら」


立ち上がり、ナイフの尻で乱暴に窓硝子を叩くハーロック。がんがん、という音が、広い廃工場に響き渡った。


「──強化ガラスだ。ここは隠れ家なんだろ? 隠れ家ってことは、敵に
 見つかる心配がそこそこないってことだ。それなのに、この警戒心の強さ
 は変だよ。きっとここはただの廃工場なんかじゃない。調べれば、この部
 屋に何か重要な手かがりみたいなのがあるんじゃないかな。たとえここか
 ら出られなくても、それを見つけておけば後で有利になるかもしれない」


「なるほど」


俺は改めて部屋を見回した。あちこちに埃被った家具や飾り皿が置いてあるが、2人で探せばそう長くない間に何か発見出来るだろう。


「探してみる価値はありそうだな」


敏郎の頭をそっとソファの肘掛けに預け、俺は静かに立ち上がった。

















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