Titan Rendezvous・14



★★★


 ちん。


結局、何事も無いまま5階に到着。「ラッキーやったな」とヤッタランは胸を
撫で下ろす。しかし、それとは対照的にハーロックの表情は落ち込んでいた。


「……せっかく、せっかくさ、トチローに良いトコ見せられると思ったのに」


エレベーター内でひとしきり喚いたあとにはこの調子である。ヤッタランは、
ぐすぐすと鼻を鳴らす幼馴染みの腰を優しく叩いてやった。


「まぁまぁ。幸いトチローはんは平和主義者や。ジュニアが大暴れするよりも
 犠牲者出さんで結果出した方が嬉しいやろ。これで万事OKやがな」


「そう言われればそのとおりなんだけどさ。ちぇ」


1階とはまた趣きの違う廊下。1階に比べると照明がややソフトな光を放って
いる。相変わらず人はいない。幾つかの会議室や給湯室、トイレを通り過ぎ
て『警視総監室』とボードに書かれた部屋の前に立つ。


「──すっごい自己顕示欲」


重厚な樫の木で作られた扉の上に書かれたボードを眺め、ハーロックが呟く。


「普通書かないよなぁ、自分の部屋の前に『警視総監室』なんて。自慢が
 好きなんだな、この人」


「普通書くやろ。こういう大きな建物ん中で、部屋の前に用途も何も書いて
 へんかったらワケわからんくなるやんか」


「あぁ、そうか」


納得だ、とハーロックがドアノブを握る。暫くがちゃがちゃとノブを回して
「鍵がかかってるぞ」と指を鳴らした。


「やっぱり不法侵入っていうのはこうでなくっちゃ。さァて、蹴り壊すか銃でぶち
 抜くか──サーベルを使うか。腕が鳴るとはこのことだね」


「あ、アホかジュニア! そんなんせんでも単純な鍵ならワイの指先一つやで」


ヤッタランは慌てて頭のバンダナを止めていたピンを抜く。こういうときの
ためにヤッタランはポケットやバンダナの中に色々と小道具を隠し持ってい
るのだ。

銃よりも何よりも、役に立つのは器用な指先。それがヤッタランの信条であ
る。


「ふふん、電子ロックもかかってへんわ。この程度ならピッキングツールを
 使わんでもちょちょいのぱ」


鼻歌交じりに鍵穴にピンの先を差し込む。慌てず騒がす鍵穴をかき回すこと
約3秒。がちゃ、と難無くドアが開いた。


「ほらな。行くで、ジュニア」


「──…はぁい」


またも不完全燃焼だ。ハーロックはややストレスの浮かんだ表情で後に続く。


「ヤッタランさぁ、ちょっとは俺に見せ場作ってやろうって思わない?」


「そんなこと言うたかて、こっちの方が効率がええねんから仕方ないやろ。
 ジュニアもあんまり無用の争い起こしたがると、ポストお笑い芸人どころか
 ポスト乱暴者やで。トチローはんは乱暴者が嫌いや言うてたなぁ。何でも力で
 解決する男とは親友なんかにならんかもなぁ」


「む」


ようやく、黙った。反省した様子でドアの隙間に顔を差し入れたハーロック
のために、ヤッタランは一歩下がってやる。我ながら有能な副官ぶりだ。


「……思ったとおりだ。総監は家に帰っちゃってるみたい。誰もいないよ。
 パソコンは、机の上だね」


ハーロックが先陣を切って『警視総監室』へと身を滑り込ませる。ヤッタラ
ンは、とことこと後に続き、毛足の長い絨毯を踏んでパソコンのある机の前
に辿り着いた。未だデスクトップ型のパソコン使用とは。モニタの3D機能
さえ無いとは、もはや古代遺跡に触れたような感覚である。


「あぁ、このパソコン。もう地球では扱こうてへんモンやで。ホンマに文明レベルが
 遅れてんねやな」


「大丈夫? いじれるか、ヤッタラン」


ハーロックがみっしりとインテリア用の洋書が並べられた本棚を撫でながら
問うてくる。「大丈夫やろ」とヤッタランはパソコンの電源をオンにした。


「署員の名簿出すだけやろ。その程度なら簡単や。10分もかからへん。ジュニアは
 コピー用のチップでも探してや」


「チップあるよ。はいチップ」


かさこそと、隠しポケットをまさぐる気配。暫くしてうす暗がりの中から直
径3センチにも満たない記録用メモリーチップ(これも古い型だ)が投げて寄
越される。ヤッタランは慌ててそれを受け取って、椅子によじ登りパソコン
の本体にセットした。


「な、何やねん。随分準備がええやんか」


「うん。ヤッタランが夕食食べてる間にヨハンに用意してもらった」


ハーロックは相変わらず、何が珍しいのか本棚をしきりに撫で回している。
本の背表紙を押したり、順番を入れ替えてみたりと妙に忙しげだ。これはも
う話しかけても反応すまい。ヤッタランは構わず作業を進めることにした。

デスクトップにそのまま保存されている『署員名簿』のデータを受け取った
チップにコピーする。「コピー中です」というメッセージと共に、モニタが待
機状態になる。

──これで、作戦の第一段階は終了だ。ヤッタランは息をついて総監の椅子
に背中を預けた。


「ふぅ、座り心地のええ椅子やなぁ。トチローはんちの椅子や宿の椅子は、
 何や言うたら悪いけど尻が痛うて」


「そりゃあ権力の椅子は座り心地が良いだろうさ。日々一生懸命に動き回ってる
 トチローや立ち仕事のヨハンとは違うもの。自分の尻だけ温めていれば良いんだか
 ら」


「………成程」


珍しく皮肉げな口調である。ヤッタランは滑らかな肘掛けやふかふかの背も
たれに触れてみる。何とも座り心地の良い──権力の象徴。


「ジュニア、何か引っかかっとんのとちゃうか? ワイはジュニアの未来の副長や
 ねんで。思ったことは何でも言うてもらわな困るねんで」


「んん。ちょっと待って。あぁ──あったあった。やっぱりここだ」


くんくん、と本棚の一箇所に鼻を近づけ、ハーロックが笑みを浮かべる。


「臭うね。物凄く臭うぞ。悪事の臭いだ」


そう言うが早いか、重力サーベルを一閃させた。びゅうん、という重力磁場
発生時特有の音と共に、ばさばさ、と本の残骸が床に落ちる。ヤッタランは
唖然として幼馴染みの奇行を眺めた。


「ジュ、ジュニア──? 一体何やねん。さっきからちょっとおかしいねんで」


「馬鹿だなヤッタラン。俺はお前の未来のキャプテンでしょうが。そんな
 変な顔してないで、もっと信じなさい」


振り返ってにっこりと笑う。ハーロックは満面の笑みのまま、本が全て落ち
てしまった一画を示した。


「見ろヤッタラン。電波妨害装置だ。旧型で大きいからな。普通の家には隠せない。
 電気代もかかるしね。隠すんならこういう大きな建物だと思ったよ」


土星の光が差し込んでくるうす暗がりの中に、人工的なランプを幾つも点滅
させる巨大な機械が浮かび上がる。それは、確かに旧型ではあるが電波妨害
装置だった。


「──ホンマや。ほな、ジュニアはずっと警視総監が怪しいと?」


「勿論。てか、ヤッタランも怪しいと思ってたろ? いくらここが無法の星だって
 さ、“エルダ”狙いの警察官がそんなに大量発生するわけないもの。普通に考えた
 ら組織のトップが一番怪しい。特に、こんなにも文明レベルの低い小規模な組織
 なら、悪いのは末端じゃなくってトップだよ」


考えるまでもないじゃんか、とハーロックが胸を張る。ヤッタランは呆然として幼馴染みの顔を見つめた。


「せやけど、よくこれが電波妨害装置やて判ったな。一応機械工学専攻しとっ
 たワイと違ごて、ジュニアは軍人養成コースやったやろ。あそこは普通に戦
 闘術や兵器の操縦術なんかを教えるところやなかったんか」


「ふっふっふっ。伊達に軍人の父を持つ母から産まれてンじゃないぞ。武芸一
 般は当然として、銃火器や100以上もの戦艦と電波妨害システムや盗聴器の
 性能と弱点の全般を把握及び探索。密林・市街地・砂漠・荒野・山岳地帯で
 のサバイバル技術と簡単な罠の仕掛け方。挙げ句は一目で敵か味方か判別出
 来るように謎の記憶力トレーニングまで、はっきり言って息子をスパイかテ
 ロリストにでも仕立てたいのかと思うほど、それは厳しく過酷なレッスンを
 受けて生き延びること13年」


指折り数えていくうちに、ふと曇る表情。相変わらず聞けば泣けるような幼少期である。
グレート・ハーロックが穏やかな分、ハーロックの母は強烈なのだ。


「……ワイやったら逃げとるで、そんなん」


ヤッタランは溜息をついた。宇宙最強を目指すには、やはり才能だけでは駄目なのだ。
そういった意味では、彼は無駄のない努力をしている。


「まぁ、そんなわけで俺、こういうのも得意なのね。それと、決定的だった 
 のは、これ」


ハーロックが胸元から一枚の写真を引きずり出した。寄って見れば、それは大山家で見せられた現タイタン警察最高責任者カラメル・ド・マキャアベリ氏の写真。


「ジュニア! アカンやろ人ン家のものを勝手に」


「良いから。それについては後で謝り倒すから。見ろって、こいつの顔」


敏郎の父、大山十四郎と写った、気弱げでどことなく貧相な男。見た目は金髪に巻き毛で長身だ。
着ているものだって十四郎のそれよりも遥かに上等そうである。
けれど、どことなく貧相な印象がつきまとう不思議な印象。

──目だ。ヤッタランは凝っと写真を見つめる。彼の目が、どことなく卑屈で貧相な光を淀ませているのだ。


「さっきは気付かへんかったけど──嫌な顔つきやな。こいつ」


「な? トチローは平和好きな良い人みたいなこと言ってたけど、これがそん
 なに良い人に見えるか? どう見たってインケンで陰湿で小悪党そうじゃん
 か。絶対こいつが怪しいって。これは俺の勘ね」


「ジュニアの勘は外れたことがないからなぁ」


とは言っても疑問は残る。ヤッタランは取り敢えず写真をバンダナの中にしまった。
このままハーロックに持たせておいたら、どこでぐちゃぐちゃにするかわからない。


「せやけど、おかしいやんか。トチローはんの話では、こいつはトチローはん
 の父、Drオーヤマと仲が良かったねんやろ? ワイらでも悪党や思うような
 男と何でDrオーヤマが仲良しになってんねん」


「うぅん、そこがわからないところだな。Drオーヤマは掴みどころのない人
 だって親父も言ってたし、そういう気分だったんじゃないか?」


「ふぅん。しかし、あン人も一応は“エルダ”やで。それもトチローはんより 
 番号の若い14番や。気分で友人選択なんぞするやろか」


どうにも、引っかかる。が、ヤッタランが首を捻っている間にハーロックは既に帰り支度を整えていた。


「そんなのここで考えてても仕方がないよ。取り敢えず宿に戻ろう。ヤッタラ
 ン、一応携帯用の小型パソコン持って来てるよな」


「そら、衛星どころか大気圏外通信まで可能な最新型買うてあるけど──…。
 ジュニア、やっぱりDrオーヤマの友達が黒幕やなんて考えにくいで」


「だから、それは昼間の連中締め上げればわかるって」


ハーロックがぱきぽきと指を鳴らす。聡明な働きをすると思ったのもつかの間か。


「やっぱり、何も考えとうせんやろ」


ヤッタランは、こめかみを押さえた。




★★★

警察署を出て大通りに戻ると、既に街の灯は殆ど消えてしまっていた。
土星がやけに大きく輝いて、暗い空には星も見えない。

すっかり冷えた空気を吸い込んで。ハーロックはすっかり鈍ってしまった体を伸ばした。


「あーぁ、せっかく大立ち回りが出来ると思ったのに。情報集めは地味だなぁ。
 俺の性に合わないよ」


「せやから、地味でええねんて。下手に大騒ぎ起こしたら付近の住民さんにも
 迷惑やろが」


「わかってないなぁヤッタラン。善良な市民には迷惑をかけない。でも小悪党
 には大迷惑を被らせてやる。これぞ男の戦い方ですよ。見てろよ、今度こそ
 格好良くキメるから」


ハーロックはぽきぽきと指を鳴らした。相手が機械化人で本当に良かったと思う。
これが生身の人間なら、多少なりとて痛む良心があるのだが。


「取り敢えず一番近い奴のところから行こう。ヤッタラン、一番近い奴」


「ほいほい。今探しとるがな」


ヤッタランが小型のモバイルを操作する。暫くして、ヴィィィ、という音と共に
モニタが3D映像となって浮かび出た。


「ここやな、ワイらが今歩いとる通りの3ブロック先や。名前は、アイアン・
 シュタイン。ジュニアが鼻折った奴やがな」


「あー。あのリーダーっぽい奴か。よしよし、リーダーっぽい奴ならきっと色々
 知ってるだろう。ぼこぼこにして黒幕を吐かせてやる」


「穏便にな、穏便に──」


とは言うものの、ヤッタランの顔にも薄い笑みが浮かんでいる。何だかんだと言ったって、彼もこういう騒ぎが好きなのだ。その証拠に、いつだって後からきちんと付いて来る。


「あ」


けれど、ふとヤッタランが足を止めた。つられてハーロックも立ち止まる。
彼の視線の先に目を凝らしてみれば、深夜の大通りを音も無く歩く小さな影。


「トチロー!」


ハーロックは、ぱ、と喜色を露わにして駆け寄った。大きな日よけ帽子に長いポンチョ。
「あ」とハーロックの姿を見とめて敏郎が立ち止まる。


「ハーロック、どうして」


「トチローこそ。お母さんのところにいなくて良いのか? こんな夜中に何し
 てるんだよ」


「……散歩だよ。お前らこそナニしてるんだ? 今は観光するような時間じゃ
 ねーど」


「えーっと、俺達は、その」


「──警察署の方から来たな」


敏郎の眼鏡がきらりと光る。さすがは“エルダ”か。勘の鋭いことである。
ハーロックは「まぁね」と頬を掻いた。


「ちょっと、見学。戦争防止の役目しかない警察は、普段何してンのかなーと
 思ってさ」


「大したことはしてなかったろ。精々夜勤の十数名程が麻雀したり、トランプ
 したり。ごたごたしてるのは俺の周りだけさ。案外、この星は平和なんだ」


「平和……ねぇ」


敏郎が酒屋の前に放置してある大きな樽に腰掛ける。ハーロックも倣って腰を下ろした。
ヤッタランは気を利かせたのか、少し距離を置いて向かいの民家の階段に座る。


「トチローの周りがごたごたしてるっていうのは、全然平和じゃないと思うん
 だけどな」


「俺のことさ。誰にも関係ない」


何でもないことのように嘯かれる。ハーロックは少しむっとして、敏郎の顔を覗き込んだ。


「ほら、また関係ないとか言う。関係はあるだろ。トチローのお母さんは
 トチローのことを心配してるし、ヨハンやバンザックだって、あんまり戦
 力にはならないけど、トチローの親父さんに恩義を感じて息子の君に何か
 してやろうと思ってる。トチローを狙っている悪い奴は、トチローの頭脳
 が欲しいわけで、俺達はトチローの力になりたい。だからトチローを狙う
 奴は俺達の敵だ。いっぱい関係があるよ。トチローだけの問題じゃない」


「……彼らの狙いが、本当に俺なのかどうか」


敏郎が、ぽつりと呟く。それからハーロックの顔を凝っと見つめてきた。
眼鏡の奥の、小さな瞳。真摯に、真っ直ぐにハーロックを射抜く。


「どうして、急に気持ちを変えたんだ? 俺のことは嫌いだって、最初に
 言っていただろう。親切にしてくれるのは、俺が大山十四郎の息子だから
  か?」


「それは──うん。最初はちょっとそうだったけど」


ハーロックは正直に頷いた。父が、あのグレート・ハーロックが涙を零すほど懐かしんだ男。不敗を誇る父の戦艦『デスシャドウ』の設計者。天才、と呼ばれる男に会ってみたかった。
けれど、予想に反して砂漠に住んでいたのは小さな少年。ハーロックと同い年なのに、遥かに大人びて遥かに厳しい態度を持った。


「本当はね、両手を挙げて歓迎してくれるかもって、思ってた。だって、俺
 はグレート・ハーロックの息子だもの。親父の世代から親友だったんだも
 の。絶対に、すぐに、一緒に宇宙に出られるんだって。帰れ、って言われ
 るの、冷たくされるの、考えてなかった」


「……すまん」


敏郎が帽子のつばを傾ける。「良いんだ!」とハーロックは慌てて手を振った。


「そんなの、トチローのせいじゃないんだ。俺が勝手に思い込んでて、勝手
 に悲しかっただけなんだ。あの時、ちゃんとトチローのこと見ていたら、
 トチローが凄く優しくて、ずっと1人で痛いのを我慢してたんだってわ
 かったのに」


「優しい? 俺は、お前達を追い出そうと」


「優しいよ。ミソのスープを飲ませてくれたし、自走二輪をくれたし。この傷
 の手当てもしてくれた。自走二輪に乗ってみてわかったよ。トチローは、砂
 漠の小さな虫だって、むやみに殺したりしたくないんだってこと。それは、
 俺の勝手な思い込みじゃないよな」


ハーロックも真っ直ぐに敏郎を見つめる。オレンジ色の土星の光の下、敏郎の頬が僅かに紅潮した。


「……それは」


「だから、今はちゃんと胸を張って言える。俺は、Drオーヤマの息子に会いに
 来たんじゃない。17番目の“エルダ”に会いに来たんじゃない。トチローに、
 君と、友達になりたくてこのタイタンに来たんだって」


「ハーロック……」


「だから、だからさ。トチローにも思って欲しいんだ。グレート・ハーロック
 の息子じゃなくて、俺と、ファルケと友達になりたいって」


思わず言葉に熱がこもる。ハーロックは身を乗り出して敏郎の手を掴んでいた。
敏郎は戸惑うように唇を震わせ、恥ずかしそうにハーロックの手を振り払う。


「……お前が良い男だということは、剣を交えてみてわかった」


「トチロー」


「お前の…言う通りだ。どんなに、巻き込むまいとしたって関係はある。
 関係が無いと言って背中を向けるのはずるいことだ。お前が、正しい」


「トチロー、俺は責めているわけじゃ」


「わかっている。俺は、決断をしなくてはいけない。だから、今夜」


すとん、と敏郎が樽から飛び降りる。「どこへ?」とハーロックは樽を倒さないように地面に降り立った。


「どこか行くつもりだったのか? 俺達も一緒に行ってやるよ。それなら、
 何があっても心細くない」


「……ふ」


敏郎が、微笑んだ。寂しそうな笑みだ。写真の中の彼の父親は、グレート・ハーロックと肩を並べて
楽しそうに笑っていたのに。


「そうだな。心細くない。でも、それほどに物騒な場所に行くわけじゃな
 いんだ」


「物騒か物騒でないかは行き先を聞いてから判断するよ。どうせ、今から
 宿に戻ったって寝るだけだし。それじゃあ面白くないから俺はトチロー
 と一緒に行きたい。ただの便所でも、一緒に行きたい」


「便所、ではないな。さすがに」


敏郎が歩き出す。ハーロックは大股一歩で彼の隣に追いついた。ヤッタランも小走りで駆けてくる。
これで役者が勢揃いだ。


「トチローはん、一体どこ行くつもりやねん」


「お前らが先に行ってきた場所だよ。警察署だ。行って、カラメル氏に調
 査を頼む。警察の中の誰と誰が、俺やおふくろを狙っているのか調べて
 もらう。こうなったら利用出来るものは利用させてもらうことに腹を決
 めた」


「カラメル氏ぃ?」


ハーロックとヤッタランの声が重なった。「何だよ」と敏郎が訝しげに眉を寄せる。


「お前ら、警察署に行って来たんだろ。まさか、あの人に何かしでかした
 わけではありますまいな」


「何かって──」


しでかしていたのは、彼の方だ。ハーロックは真実を告白しようか否かを一瞬迷う。


「えぇっと、ワイらは会わへんかったけど。自宅を訪ねた方がええんと
 ちゃうやろか」


ヤッタランが機転を利かせる。ナイス! とハーロックは心の中で指を鳴らした。


「自宅?」


反して、敏郎はますます不審な顔になる。


「自宅ならもう行って来たど。カラメル氏の細君に「警察署の方だ」と言
 われたから向かっていたのだ。いなかったのか? お前ら、どこまで見
 学に入ったんだ」


「えーっと、それは、その」


本当のことを言ってしまえば、傷つくのは敏郎なのだ。そして、カラメル氏の不在も気に掛かる。
どうにか誤魔化して敏郎を帰してしまおうとハーロックが思案を巡らせたその時。


 どぉぉぉぉん……。


市街の一画から、炸裂音と共に火の粉が舞い上がった。


「な、なんや?!」


ヤッタランが飛び上がる。途端に方々の民家に明かりが点き、酒場にいた大人達が飛び出してくる。


「何だ何だ?!」


「爆発だ!!」


「どっちだ? まさか俺の家じゃ──」


あっという間に、大通りに人だかりが出来る。はぐれないようにヤッタランとトチローを捕まえて、ハーロックは爆発のあった方向を確認した。


暗い夜空を、土星の光よりなお明るく、不吉に焦がす赤い炎。



「『荒野の荒馬』の方向だ……」


方向だけ、と言ってしまえばそれまでなのだが。


「まさか──ヨハン!?」



敏郎がぱっと人ごみを縫って走り出す。「待て」と彼の背中を追いながら、
ハーロックは握った手の中にじわりと汗が滲むのを感じた。














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