Titan Rendezvous・15
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★★★ 「ヨハン!!」 敏郎が、走る。ハーロックはヤッタランの首根っこを捕まえて、懸命に彼の小さな背中を追った。遠くに見える灰色の煙と火の粉。大通りに増えてくる人々。土星の光よりもなお強く赤く、『荒野の荒馬』亭の方向が燃えている。 「トチロー待てよ! 待てってば」 こんなとき、身体が大きいのが不便である。小さな敏郎は人ごみの足元を 縫うようにして駆けて行くのに、ハーロックにはそれが出来ない。ひたすら 前に塞がる人の背を押しのけ、声を張り上げて行くのみである。 「ひゅう。トチローはん足速いなぁ」 ヤッタランが感心したように口笛を鳴らした。ハーロックは、ぽかり、と彼の頭を小突く。 「ヤッタラン、感心してる場合じゃないだろ。消防車!!」 「はいはいわかっとるがな。今呼んでます」 首根っこを掴まれながらでもヤッタランは余裕の表情だ。ポケットから大気圏外通信まで可能な携帯通信装置を出していずこかへと電話をかけている。 やがて、背後から聞こえてくるサイレンの音。有能な副長だ、とハーロックは溜息をつく。 「ヤッタランが冷静で助かるよ。もう、トチローったら意外と頭に血が 上るの早いんだなぁ」 「“エルダ”っちう生きモンは冷静冷血無情で非情やちうんが一般的な 説やけどな。いや、百聞は一見にしかずやわ」 「一般的な説は当てにならないね!!」 ふ、と敏郎の背中が視界から消える。ジャンプして人気のない屋根に上がったのだ。ハーロックはヤッタランを小脇に抱え直してスピードを上げる。 増えてくる人ごみ。手桶を片手にバケツリレーをしている近隣の住民から、酒瓶片手の野次馬まで。ハーロックは出来るだけ消火作業をしている人達の邪魔にならないように発火源の正面に立った。 「──ヨハン!!」 燃えている。好々爺とした老人が開いていた店が。『荒野の荒馬』亭が轟々と唸りを上げる炎に包まれて。もう入り口に近づくのさえ危険なほど燃え上がってしまっている。 ハーロックは急いで視線を周囲に巡らせてみたが、そこにハーロックの知った老人の顔は無かった。 「消防車の到着を待っていたんじゃ間に合わない。多分、ヨハンはまだ中だ」 ひゅ、と敏郎が降りてくる。彼も上からヨハンの姿を探したのだろう。蒼白になってはいるが、取り乱してはいないようだっだ。ポンチョを素早く近くの防火槽に浸し、帽子を脱ぎ捨てて頭から被る。──ヨハンを助けに行くつもりなのだ。 「こ、こらこら、待てよトチロー」 ハーロックは慌ててポンチョの先を掴んだ。 「トチローじゃヨハンを抱えて来るのは無理だって。それに行くなら 耐熱耐火効果を持つ気密服を着ている俺の方が安全だよ。俺の方が 力もあるし」 「……しかし!! お前には何の関係も」 言いかけて、敏郎が俯く。 「いや──もう関係はあるのだったな。確かに俺よりもお前の方がヨハンを 連れて来られる可能性がある。ハーロック、頼む」 「うん。まかせなさい」 この炎では、ヨハンが生きていることを望むのは難しい。けれど、ハーロックはにっこりと敏郎に笑って見せた。敏郎もつられて淡く微笑む。「ジュニア!」とヤッタランがいつになく切羽詰まった声を上げた。 「そんならワイのプラモも一緒に!! ジュニアの命に代えてもワイのプラモ を!!」 「あー…はいはいはいはい」 幼馴染みの涙の出るような応援を背に、ハーロックは火勢の弱いところを見つけようと目を凝らす。瞬間、ばちゃ、という音と共に視界を覆う冷たい布の感触。敏郎が濡れたポンチョを背後から投げてくれたと気付くのに、そう時間は要しなかった。ハーロックは視界だけを確保してポンチョを被り、敏郎を見返る。 「トチロー、これ」 「……使えよ。せっかく男前に生まれついたんだ。俺の刀で一生残るような 傷がついたのに、この上火傷でもされたら気分が良くないからな」 恥ずかしそうに、照れ臭そうに目を伏せる敏郎。言葉は乱暴なものだったが、気持ちは充分に伝わった。 「ん、顔なんて俺にはどうでも良いことだけど──ダンケ」 土の匂いと、ほんの少し汗臭いポンチョ。ハーロックはありがたく拝借して正面から燃え盛る『荒野の荒馬』亭に飛び込んだ。 ★★★ ごぉぉぉぉ。 突入した瞬間、熱い空気が露出している肌を焼いた。辺り一面が炎。カウンターも、ついさっき夕食をとった丸木のテーブルも乾燥した空気の中では一たまりもなかったようだ。ハーロックは敏郎から借りたポンチョをの端を口元まで引き上げる。天井からはみしみしという音。どうやら、そう長くは保たないようだ。 「──…乱闘があったな……」 ハーロックはゆっくりと周囲を見回す。燃え盛る木材の焦げた匂いに混じって僅かに漂うガソリンの臭い。倒れた椅子。カウンターを覗き込んでみると 割れた酒瓶の破片が散乱していた。そして──夥しい量の血痕。けれど、肝心の主人の姿が見当たらない。 2階に続く階段を見上げる。火は燃え移っているものの、まだ何とか上れそうだ。近づいてみると、ぽつぽつと黒ずんだ血痕が2階にまで続いていた。 ハーロックは無言で階段を上る。燃え落ちていく廊下を駆け抜け、血痕を追って自分達の部屋の前に立つ。ドアは、開いたままだった。 「ヨハン!!」 ベッドのすぐ脇に倒れている老人の姿。何かを抱え込むようにして、動かない。ハーロックは急いで彼に近づくと、膝をついてヨハンを抱き起こした。 「ヨハン、ヨハン!! くそッ……」 胸を口径の大きな“何か”で打ち抜かれ、ヨハンは既に事切れていた。力の抜けた彼の腕から、どさり、と2つの荷物が落ちる。ハーロックとヤッタランの荷物。中には着替えなどは勿論、現金や身分証明のためのパスポートカードも入っている大切なバッグだ。けれど、息があったのなら外に逃げ出せば良かったのに。この老人は、見も知らぬ旅行者の少年の荷物を守るため、表に逃げもせず、撃たれた傷の手当てすらせずに階段を上ったのだ。 「宿屋の主人としての責任か……立派だ。だけど!!」 ハーロックは唇を噛み締めた。荷物より、命の方が大切。そう言ってしまうことは、ヨハンへの侮辱だと思ったからだ。何より、客への責任を全うして息絶えた男には、最大の敬意をもって接しなければならない。 「ヨハン…この誠意には、必ずそれ以上のものをもって応えると誓うよ」 冷たくなった手を握る。敏郎には、悲しい報せをしなくてはならない。彼を幼い頃から知り、見守ってきた男が死んだのだから。ハーロックは俯き、ヨハンに向かって数言祈りの言葉を捧げると、立ち上がって延焼箇所の少ない シーツを剥ぎ取りヨハンの亡骸を包んだ。それから燻る窓を開け、ヨハンと荷物を抱えた。呼吸を整えて、下界を見下ろす。 「──ジュニア!!」 ヤッタランの声。Vサインで応えて、ハーロックは次の瞬間、窓から思い切りダイブしていた。 ☆☆☆ その、数分前。 「ジュニア行ってもうたなぁ。建物が崩れんとええねんけど」 深夜で大分空気が冷えているといっても、この星の乾燥は普通ではない。木造建築だった宿屋は全体的に炎に包まれ、もういつ倒壊してもおかしくない状態だ。ヤッタランは、思わず祈るように胸の前で手を握った。 「すまん。やっぱり俺が行っておけば良かったな」 心から申し訳なさそうに俯く敏郎。帽子を拾い、目深に被る。片手には ハーロックの顔面を傷つけたあの不思議な形のサーベル。柄を握る指先が 震えていた。 ヤッタランは慌てて「嘘嘘!」と首を振りたくる。 「だ、大丈夫やて! あれでもジュニアは役立つ男やねんで。体力も 身長も同学年の連中と比べて1番やし、面白そうに見えても頼りに なるねん。建物が崩れたって生き残るっちうねんて」 「──…そうかな」 「せや! いつやったかな、地球で賞金首追い回して戦闘機岩山にぶつけた ときも無事やったし。ホンマ、ジュニアの生命力ときたらクマムシ並で」 「あぁ、あの真空状態でも生き延びるという」 ぷぷ、と敏郎の口の端に笑みが浮かぶ。ヤッタランは「そのクマムシや」と 言って息をついた。 「だから、大丈夫やねん。トチローはん、ジュニアやワイと一緒に宇宙に 出てくれるんやろ。相棒になる男のことや。もっと信用したってや」 「あぁ。その、あまり慣れていなくてな。最近、そういうのとは縁遠い生活 をしていたから」 敏郎が、こほん、と咳払いをする。この早熟な天才は家族と共に暮らすことや、同い年くらいの友人とはしゃぐこと、そんな当たり前の13歳ではなかったのだ。 早くに父を喪い、心悪しき者達に追われ、住んでいる星の運命さえ背負わされて。たった1人で砂漠に住み、人を避ける生活のどれほど寂しかったことか。どれほど苦しかったことか。ヤッタランには想像もつかない。 寄りかかってしまうことを、敏郎は恐れているのだと思う。誰かに心を許すということは、自分自身の一部を相手に委ねることと同義だからだ。 心を許し、信頼して寄りかかってしまったら。それまでたった1人で支えてきた何かが崩れてしまうのだろう。自分が自分でなくなることを、敏郎は多分恐れている。 ──こらジュニアと親友になるんは時間のかかることかもなぁ。 心の隅でそう思う。幼馴染みとして、ハーロックに生涯ついていくと決めた男として、彼の望むように最大限取り計らってやりたいとヤッタランは思っている。けれど、人の心だけは策を弄しても動かしがたいものだ。それが、 女ではなく、強い信念を持った男ならば、余計に。 「──そういえば」 敏郎がぽつりと口を開いた。 「お目当てのものは警察署に?」 「え……」 ヤッタランは、ぎち、と肩を硬直させる。上手く誤魔化せたと思ったが、やっぱり誤魔化せていなかったようだ。 「えーっと…せやから警察署へ行ったんはただの見学で」 「あったのか?」 「何がですやろ」 「電波妨害装置」 「えーっと……いつバレたんやろか」 「通りでお前らに会ったときから」 に、と敏郎が口角を上げる。 「大抵お前らの考えそうなことなんて予想がつくさ。それに、警察の連中が 俺にちょっかいをかけていることは、俺が自分でお前達に話したこと。ハー ロックは好奇心が強そうだったから、自分の目で敵を確かめに行きそうだ と思ってたんだ。で、あったのか? 電波妨害装置は」 「えっと、それが──」 ヤッタランが答えようとしたその時、ブロロロ…と旧式なエンジン音が近づいてきた。騒、と人ごみが揺れ、その間からこれまた旧式なジープが現れる。 お揃いのチョッキを身に着けた数人の男達。警察やなぁ、と警戒しつつ、 ヤッタランは暫しジープに見惚れた。今時半重力ではなく四輪で動く車なんて記録映像の中でしかお眼にかかれない。しかも、排気ガスの匂いを直接に嗅ぐことが出来るなんて!! 「敏郎くん!」 降りてきたのは、どうやらトチローの顔見知りのようだった。ひょろ長い長身の男。どことなく貧相な印象の拭えない──。 「Mr.カラメル」 トチローがぱっと顔を上げた。「あ」とヤッタランは反射的にバンダナの中の写真を押さえる。細長い身体、貧相な印象。間違いない、カラメル・ド・マキャアベリだ。けれど。 「……機械化人やんか」 ぱっと見で判らなかったのも無理はない。8年以上前の写真と見比べて、カラメルは随分と様変わりしているのだ。機械化人特有の人工毛髪、一体何が起こったものか、顔の右半分がメータと鉄板で覆われている。長袖のシャツから覗く手も鈍色をして炎の反射で赤く染まっていた。 「滅多なことを言うもんじゃない。Mr.カラメルは機械化人じゃないぞ、 サイボーグだ」 敏郎に、ぽこん、と頭を叩かれる。ヤッタランは「そら失礼」と応じながら心底ハーロックがいなくて良かったと溜息をついた。 「敏郎くん、彼は?」 カラメルの視線がようやくヤッタランに注がれる。生身の瞳とサイバー・アイの眼で見つめられ、ヤッタランは何故か薄気味の悪い心持ちになった。 「あぁ、旅行者なんです。何でも学校の宿題とやらでタイタンの歴史を調べ に来たとか。ついさっき、知り合ったばかりで。なぁヤッタラン、この人 がさっきも言ってたカラメル氏だ。宿は燃えてしまったけど、困ったこと があったら何でもこの人に相談すると良い」 敏郎が微妙な嘘をついた。カラメルを信用しているとつい昼頃まで言っていたのに。──一体、何を隠しておきたいのだろう。 「あぁ、よろしく。私がタイタンの警視総監カラメル・ド・マキャアベリだ。 と、言ってもこの星の警察など普通の役所などと変わらないのだがね。せっかく タイタンに来てくれたというのに宿が火事に遭うなどとは不幸なことだ。私が 新しい宿の手配をしてあげよう。そっちに移りなさい」 敏郎の言葉を受けて、カラメルが、こほん、と咳払いをする。喉の調子を整えようとするその仕草は機械化人には必要のないもの。やはり、彼はサイボーグなのだ。とすれば、この8年の間に一体どんな災厄に見舞われたものか。 「どうか大船に乗った気持ちで」と握手を求められ、ヤッタランは渋々考えるのを止めた。 「へぇ、トマス・シュバルツハインツ・ヤッタラン世いいます。よろしゅ うどうも」 ヤッタランは注意深く自己紹介をし、右手を差し出す。「へぇ。お前トマスって名前なのか」と絶妙なタイミングで敏郎が感嘆した。 「結構フツーに旧ヨーロッパ人なんだな」 「結構フツーにヨーロッパ人ですがな。せやけどトマスよりヤッタランの 方が響きええやろ。字数も多いし」 「そうだな、何でも多いのは良いことだ」 敏郎が頷く。カラメルはその間、所在無さげに立ち尽くしていた。恐らく握手のタイミングを完全に失ったに違いない。黒幕と知らなければ少々気の弱そうな好人物にも映っただろう。騙されへんわ、とヤッタランはあくまでも笑顔で握手を求め直す。 「え…っと、Mr.カラメル。正直荷物も何も燃えてしもて不安になっとった トコですわ。宿の手配、是非お願いします」 「勿論だ。ときにヤッタランくんはタイタンの自由法を知っているのかね? 宿題とはいえ、何故またこんな物騒な星に?」 ぎゅ、と手を握られる。硬い感触。吹き付けてくるような強い香水の臭い。たしなみにしてもキツ過ぎる。「何事も百聞は一見にしかずちうんが家訓なもので」と答えたあと、ヤッタランは思わず「ぶぅ」と鼻を鳴らした。 「せ、せやけど何で警察の偉いお方が消防車よりも早く火事の現場に?」 「あ、あぁ。それは、この宿の主人から個人的に電話をもらって。弥生さん に連絡しようとしたのだが、電話におかしなノイズが入る、と」 カラメルが言い淀む。そら言えんわな、とヤッタランは心の中で嘆息した。 敏郎の家の通信手段を無効にした電波妨害装置は彼の部屋にあったのだ。 ならば、この火付けは紛れもなく彼の差し金によるもので、ヨハンは何か 彼にとって不都合なことを知ったのだ。 敏郎の眉が、ぴく、と動く。 「そうですか。ヨハンが何か?」 「あ、いや敏郎くん。これは君にも関係があって、その」 ちら、とヤッタランを一瞥する。「構いません」と敏郎がヤッタランを見つめた。 「パニックになった彼を静めるために、身分は全て明かしました。“エルダ” だということも、無論。彼は一般人です。何を聞かれても俺に不都合は ありません」 「そうかね。それでは言うが」 それでもカラメルはヤッタランを気にしたように見つめる。ヤッタランは にこにこ笑って無害な一般人を演出した。 「いや、聞かれて困るようなことでしたら、一般人のワイはおとなしう耳 塞いどきますけど?」 「うぅむ。いや、良いんだ。君もそのままで。敏郎くん、ヨハンが言うには な、数年程前から君が悪漢共に狙われ、たびたび負傷するようなことになっ ていると」 「えぇ。どこにでも金や己の欲得だけで動く者はいるものです」 敏郎は何事もないかのように飄々と言う。「何故」とカラメルは膝を折り、小さな敏郎の肩を掴む。 「私に相談してくれれば護衛なり何なりとつけたのに……。どうして一言 言ってくれなかったんだい? 君に何かあったら私は大山に申し訳が立た ないよ」 「父の友人に迷惑はかけられません。でも──今となっては後悔しています。 俺のせいでヨハンが」 「君のせいなどではないよ。ヨハンは電話ごしでも随分気が動転していたか らな。不幸な事故だ。それより、ヨハンはこうも言っていたよ。悪漢共の 一部には我々警察の者もいる、と。それが本当なら大変なことだ。今すぐにでも 不心得者を洗い出さなければ──…警察の認識コードさえあれば、いつだって この星唯一大型兵器を保管している我が警察署の武器庫に侵入出来るわけだから ね。もしそんなことになったら、君の命はおろかこの星の平和まで滅茶苦茶に なってしまう」 「署の方は、今?」 「あぁ、気の許せる者達に番をしてもらっているからね、問題ない。けれど、 一体誰が悪い者なのかわからないからね、私は君と弥生さんを保護しに 来たんだよ。そうしたら、ヨハンの家が。大変なことは重なるものだ。 私達も消火作業を手伝わなければ。おい」 カラメルの一言でジープから数人の警官達が降りてくる。「それには及びません」と敏郎がするりとジープに乗り込んだ。 「もうすぐ消防車が来ます。消火作業はプロの方々に任せた方が良い。 それより、急ぐべきはこちらも戦う準備を整えておくことです。署の武器庫に 手をつけられたら、さしもの俺も刀一本では戦えません」 「あぁ、君達を守らなくては──それがヨハンの最期の願いになってしまった からな」 「……俺に考えがあります。詳しいお話は車の中で」 「あ、あぁ」 カラメル達がジープに乗り込む。自分も乗り込むべきだろうか。けれど戦闘能力のない自分が敏郎に同行したところで、足手まといになるのが関の山である。「ヤッタラン」と敏郎が見透かしたように窓から顔を覗かせて笑った。 「俺はこの人達と一緒に行くから、お前はバンザックのところに行ってなよ。 さっき道は教えてやったから、1人でも行けるな?」 「ひとり…?」 そういう、ことか。敏郎はカラメルとハーロックをはち合わせにしたくないのだ。伏兵に仕立てるつもりか──それとも。 「あ、はいはい。行けますわ。ホンマ、会ったばかりなのに良うしてもろて」 「同い年くらいのよしみさ。それでは、Mr.カラメル」 するする、と窓が閉まって、ジープは走り出して行った。 もう出来ることは一つしかない。ヤッタランは炎の中に飛び込んでいった幼馴染みの無事を祈ることに頭の中を切り替える。 「ヤッタラン!!」 ほどなくして、2階の窓から顔を出す勇敢で無謀な幼馴染み。 「──ジュニア!!」 ヤッタランの声にVサインで応え、彼は勢い良く窓から身を翻した。 ★★★ 着地すると同時に窓から炎が吹き上がり、轟音をたてて建物が倒壊した。 おぉ、と慄く人々。ハーロックはヤッタランやヨハンを庇うようにして身体を丸める。 消防車のサイレンがすぐ耳元にまで近づいてくる。ざかざかと消火栓を持った男達が通り過ぎるのを待ち、ハーロックは「ふぅ」と顔を上げた。 「間一髪だったな。ヤッタラン、火傷は?」 「ワイは何ともないわい。それより、宿屋のおっちゃんは?」 真っ直ぐにハーロックを見つめて、ヤッタランが一瞬目を丸くして視線を下げた。焦げたシーツに包まれたモノ。それが誰であるかを悟ったのだ。 ハーロックの差し出したバッグを受け取って、ヤッタランは目に涙を浮かべた。 「ワイらの荷物のために逃げ遅れたんか──何や、申し訳ないなぁ」 「うん、とても申し訳ないことだよヤッタラン。でも、そんな風に思っちゃ 駄目なんだ。それは、自分の責任を果たしてくれたヨハンに対する侮辱だ から」 「せやなぁ」 ヤッタランは眼鏡を外し、涙を拭って顔を上げた。その表情に既に憂いはない。ハーロックは頷いて、ヨハンを覆っていたシーツを少しだけ開いた。群集や消防隊員達は消火作業に熱中し、宿屋の主人の亡骸になど見向きもしない。腹立たしいことだが、今は──好都合だ。 「見てくれヤッタラン。ヨハンが逃げ遅れたのは確かだけど、この胸の傷。 本当の死因はこの怪我のぜいだ」 ヨハンの胸に、大きく開いた銃痕らしきもの。銃痕と断定しないのは、傷口の周りにレーザーや火薬による焦げ痕が全く見当たらないからだ。全身に火傷を負い、あちこち煤けてはいるが、これらは全て火事によるもので、撃った者の武器のせいではない。「うーん」とヤッタランが眉根を寄せた。 「これは不思議な傷痕やなぁ。レーザーでも重力サーベルでもなければ、 古典的な火薬銃でもない。ワイが詳しいんは昔の帆船とか戦艦とか、もっ とスケールの大きなモンやさかいなぁ。武器の断定は難しいわ」 「うん。これは俺にも──よく。結構母さんから教わったんだけどな。水圧 銃なら似たような傷跡が出来るけど、仕込むの面倒だしな。そんなの持っ てる奴は大抵大型のサイボーグや機械化人だから目に付かないわけない し」 「おっちゃん正面から撃たれとるしな。そんなモン担いだ連中が来たとした らこうはいかんで」 「うん……長い間砂漠に住んでいるトチローを庇ってきた人だものな。もっ と抵抗の跡があっても良いと思う」 「ちうことは…犯人は警戒する必要の無いような人物」 「この星の秩序を担う警視総監は家にも署にもいなかった」 ハーロックとヤッタランは顔を合わせて頷きあった。──間違いない。どうやったのかは判らないが、ヨハンを殺したのはカラメル・ド・マキャアベリだ。 「だけど、何でわざわざ宿に火ぃつけたりしたんだろ。いくら証拠隠滅の ためでもさ、こんな夜中に出火したら目立つし、人も集まってくるじゃん か」 「そら、推理モンとか少年漫画の王道設定からいくなら、これはカモフラー ジュで、犯人には別の目的があるとかな」 ヤッタランが顎を擦る。そこでハーロックは気がついた。本来ならこのような台詞、ヤッタランではなくもっと別の人物が言うべきなのでなかろうか。 周囲を見回す。落ち着きのない群集達。「水が足りない」とあちこちの民家に 水を借りに行く消防員。この星は乾いていて。もう焼け落ちていく家一軒救えないほど、乾いていて。 「……トチローは、どこだ?」 もう後がないのだ。この星を救うには、もう時間がない。そう思っているのは敵も同じはずなのだ。 「敵も焦ってるんだ。せっかく星の生命線でもある人工降雨機を破壊してま でトチローを引きとめたってのに、全然思い通りにならないから。焦って、こんなこと。今1人になっちゃ危ない。それくらいアイツだってわかってるだろうに」 ヨハンをシーツに包み直して、ハーロックは立ち上がる。「あぁ!」とヤッタランも立ち上がり、ぱん、と大きく手を打ち鳴らした。 「おっちゃんの死ですっかり忘れとったわ! 消防車来る前にケーサツが 来てな。そう、ジープに乗って来おったわ御大が。カラメル氏や。そいつ が「トチローはん達を保護するために来た」言いよって。トチローはん、 何のつもりか知らんけどそいつの車に」 「敵の車に自ら乗り込んだって言うのかよ! やっぱり、トチローはまだ Drオーヤマの親友を信じてるのか?!」 親切にされたと言っていた。父親であるDr大山の死の後も、何かと良くしてくれたとも。その年月は、たかが知り合って数日の男に覆せるようなものではないのだろうか。ハーロックは悔しくなって地面に拳を叩き込んだ。 「──…いや、そら違うと思うで。ジュニア」 一方、ヤッタランは冷静に立ち上がる。 「あン人の内心はさておいて、どうもトチローはんもカラメル氏を疑っとる ようなフシがあったわ。ジュニアの存在を話さんかったり、ワイをこうし てジュニアのトコに残したのもそのためや思う」 「でも、単に関係ないから置いて行っただけだったりして」 「アホ言うなやジュニア。ちゃんと伝言も貰っとるがな。そう、バンザッ クや。馬屋のおっちゃんのトコ行けってな」 「バンザックか……。うん、行こう!!」 ヨハンの亡骸を肩に抱き上げ、ヤッタランを小脇に抱え。ハーロックは燃え落ちた宿屋に背を向けた。 |
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