Titan Rendezvous・13



★★★


「お前がハーロックだったなんて…どうしてもっと早く言ってくれなかったんだ? そうすれば、俺だって」


改めて、差し向かいに座る。新しく淹れられたダージリンの香り。ハーロックの前にはクッキーの代わりにシナモンバーが添えられた。敏郎の問いに、ハーロックは「冗談!」と腕を組む。


「いきなりそんなことを言うのはフェアじゃないよ。例えば俺がグレート・ハーロックの息子だって告白して、それで君の態度が良くなっても、それは俺の能力や性格が認められたからじゃない。父親の偉大さを借りて誰かの信頼を得たって、そんなものは役立たずだ。わかるだろ、君も男なら」


「……確かに、それは正論だが」


敏郎が一口紅茶を飲んだ。初めて会ったときよりも随分と軟化したように見え
る態度。これも自分がハーロックの名を持つ男だからだろうか。整形でもす
りゃ良かった、とハーロックはぶすくれる。


「せやけど、あんさんがジュニアを認めてくれはったんはジュニアがグレート・ハーロックの息子やちうこととは無関係やろ。偉大な叡智の使徒はそないな公私混同はせえへん。そやろ?」


ヤッタランはあくまでマイペースだ。他人のふりをしたことなどどこを吹く風。
もうハーロック側の人間に戻っている。


「何せあんさんはジュニアの怪我心配して毎日見舞ってくれたもんな。そんなん、無関心な人間には出来へんわ」


「確かに──お前の言う通りだ。ブタ型」


「──…ヤッタラン、や。ここまできたらワイも覚悟を決めたわ。もう無関係のフリは出来へんもんな」


ぶぅ、とヤッタランが溜息をつく。戦闘能力の殆どない彼にしてみれば、こん
なにも物騒な状況にそうそう首を突っ込みたくはないだろう。俺が守ってやら
なくちゃな、とハーロックは決意を新たにする。


「それで? 君の敵は一体何者なんだい。トチロー…くん」


初めて彼の名前を呼んでみる。ハーロックの胸が少しだけ熱くなった。
「何だよ、くん、って」と、敏郎が顔を顰める。


「別にトチローで構わないど。俺だって最初からお前を呼び捨てだ。ハーロック」


「ファルケ・キントでも良いけどね」


「……ジュニア、せやからそれは嫁さんになる人だけに……」


暫く、他愛もないやり取りが続いた。紅茶を飲んで、クッキーを食べて。時々、
声を出して笑う。敏郎の表情も幾分か和らぎ、はんなりと笑みらしき表情にも
なる。弥生が見守るなか、3人はもうずっと前から友達であったかのように打
ち解けた。


「それで? トチロー。もう誤魔化すのは止めにしてくれ。この星の降雨装置を壊して、お前を引き止めているのは何者なんだ?」


今度こそ、とハーロックは口調を真摯なものにする。敏郎が、つ、と俯いた。


「……この街には…自由法という法律がある」


陶器のカップを両手で包み込むように持って、何やら切り出しにくそうに喉を
鳴らした。


「お前達も既に知っているとは思うが、この星において個人の行動というものは全てこの法律によって守られている。人が人を殺すのも自由。無登録の“エルダ”が砂漠に住み着くのも自由。けれど、たった一つだけその法に禁じられていることがある」


「それは?」


ヤッタランが絶妙の合いの手を入れた。彼も既にクッキーから意識を離している。
「戦争さ」と敏郎が答えた。


「大勢で大勢を殺し合う戦争。国土を荒廃させ、人々の衣食住の自由を奪い去る戦争。これを禁ずることだけが、このタイタンにある唯一の掟。そして、この星には唯一、その戦争を防ぐためだけにつくられた“警察”がある」


「警察──」


ハーロックは首を傾げた。ひょっとして、警察というのはあの。


「そいつらは、みんな揃いのチョッキを着ている。誰にでも、すぐに一つの組織であることが判り易いように。そして、それが」


「トチローはんの、いや、今はこの星の敵ちうことかいな」


「──……」


敏郎が、頷く。なんてこった、とハーロックは椅子の背もたれに体重を乗せた。
よりにもよって、唯一秩序と正義をもって動かなくてはならないはずの組織が“エルダ”の敵に回るなんて。


「どうせ機械化人なんかを雇っているような組織さ。ロクなもんじゃないね」


今すぐ潰そう、と立ち上がれば、「待ってくれ」と敏郎が顔を上げる。小さな瞳に見つめられ、ハーロックは、どすん、と椅子に座りなおした。


「何を待つんだ? 準備? ご飯?」


「馬鹿。そんなに簡単な問題じゃないんだ。いくらロクでもなくたって、警察は警察なんだ。彼らを壊滅させてしまったら、それからの秩序はどうすれば良い? タイタンに住んでいる人達全員が、自分の力に自信を持っているわけじゃない。日々の生活を守るだけで手一杯な人達の方が多いくらいなんだ。その人達を踏みにじる手伝いをするようなことは」


「トチローは人の心配ばかりだな。それじゃあ、その人々とかいう不特定多数
のために、いつか死んじゃうことになっても良いのかよ」


「いや、それは。しかし──…」


ハーロックの言葉を受けて、それでもなお、首を縦には振らない敏郎。傍らの弥生がそっと息子の肩を抱いた。


「ハーロック・ジュニア様、敏郎は迷っているのです。何故なら、その警察のトップに立っている御方は大山の」


「おふくろ、何もそんなことまで」


「良いんだおばさん。こうなったらもう何もかも隠さずに教えてくれ。トチロー、何を聞いたってお前に協力したい俺の気持ちは変わらないから!」


もう、関係ないなんて言わないで。ハーロックは身を乗り出し、自分の手より一回りも小さな敏郎の手を握る。敏郎は凝っとハーロックの顔を見つめて、こくり、と頷いた。


「……今、この星の警視総監を務めているのは、親父の昔の知り合いなんだ。俺も、小さい頃に何度か会ったことがあって。多分、その人は何も知らない。その人は──悪くないけど、こんなことになってるなんて知ったらきっと」


「警視総監なんてクビやろな。自分の足元で“エルダ”争奪戦が行われてることも知らんのやなんて、呑気者もええとこや」


「そういう、人なんだよ。優しい、とても平和を愛する人で」


敏郎の視線が、ちら、と背後の写真立てに移動した。Dr大山の趣味だったのだろうか。木製の棚に所狭しと並べられた手製と思しき写真立て。白黒やカラーの写真達が、ハーロックの知らない大山家の思い出を垣間見せる。

弥生が動き、その中の一つをハーロックに差し出した。今度はカラーの、けれど数年は確実に時を経ているだろうと思われる、僅かに全体の黄ばんだ写真。

男が小型の宇宙船を背にしてそれぞれにポーズを取っている。宇宙船のてっぺんに登って笑っている男と、それを止めようとして逆に転がり落ちそうになっている男。笑っているのがDr大山だ。ならば、それを止めようとして落ちそうになっている貧弱な男が──。


「タイタンの警視総監、カラメル・ド・マキャアベリ氏だ。グレート・ハーロックとの友情には及ばないが、親父はこの人を何より信用してた。親父が死んだあとも何かと俺達の面倒を見てくれて……その恩を仇で返すわけにはいかないから」


「穏便にコトを済ませたいってか。うーん、それってちょっとおかしくないか?」


「親父の友達に、迷惑をかけられない。何かと力で解決するのも、嫌だ」


敏郎が俯く。ハーロックは眉を寄せて天井を仰いだ。敏郎の言っていることは多分正論だ。この責任感の強い男は、何より自分のことに他人を巻き込むのを嫌うのだろう。そして、物事を解決するのに武力を行使することも。それは、この3日ほどで悟った。敏郎はおかしくないのだ。──ならば。


「おかしいのは…そいつか」


「そいつ?」


敏郎が首を傾げる。「何でもないよ」とハーロックは再び立ち上がった。


「おばさん、お茶とクッキーをありがとう。トチロー、色々と誤解が解けて良かった。俺達、そろそろ宿に戻るね」


「泊まっていかないのか? 俺はてっきりそのつもりかと」


「ちゃんと宿は取ってあるしね。ヨハン達のことも心配だし。俺が連中の1人を壊しちゃったから、面倒に巻き込まれてるかも」


「タイタンの法律はお前も彼らも罰したりは出来ない。って、殺したのか?  奴らの1人を?」


敏郎が目をぱちくりとさせる。「Nine」とハーロックは人差し指を振り立てた。


「トチロー、言葉はもっと正確に使えよ。機械化人だ。「殺した」んじゃない。「壊した」だろ」


「ハーロック、それは」


何か言いかけて、敏郎は「あぁ」と嘆息した。それきり、俯いて「行けよ」と
促す。


「お前と一緒にこの星を出ることは──考えておく。でも、警察に対しての武力行使は控えたい。どうか、わかって欲しい」


「OK。トチローがそうしたいなら」


「お邪魔しました」と丁寧に一礼して、ハーロックはヤッタランと共に大山家を出た。既に夕暮れ時だ。薄暗くなった森の中を歩きながら、ハーロックは無言でついてくる幼馴染みを見下ろす。


「俺の意識が無い間──トチローに、何か言った?」


「……ジュニアが10歳の頃の話をな。ほんの概略や。ワイも、あの事件のことは殆ど知らん。それでもワイが知っとることを、まぁボチボチと」


「アカンかったか?」と見上げられ、ハーロックは「構わないよ」と微笑で
返す。


「いずれは話そうと思ってたことだよ。それでわかった。アイツ、さっき何か言いかけて止めたの、俺の過去に遠慮したんだね」


さわさわと優しい風が前髪を撫でる。ハーロックは目を細め、小さく首の筋を
伸ばした。機械化人に殺された親友。今でも、彼の血が視界を赤く染めること
がある。

そのたびに、後悔ばかりが心を占めて。


「もう──同じことは絶対に繰り返さないよ」


呟いた言葉は、葉擦れの音の中に掻き消えた。


「それで? ジュニア」


話題を切り替えるかのように、ヤッタランが明るい声を出す。


「ジュニアは何に遠慮したねん。いつもやったら泊まっていくパターンやろ。宿に帰るやなんて…何か企んどるねやろ」


「あれ? わかった? さすがは未来の副長さん。俺の考えはお見通しだね」


ハーロックも明るく腕を振り回す。「そやで」とヤッタランが得意げに胸を
張った。


「ジュニアの考えなんぞワイにはお見通しやねん。どうせ、トチローはんに内緒で何やしでかしたろうと思てんのやろ」


「勿論! 考えてもみろよヤッタラン。この3日、俺達はアイツの世話になりっぱなしだ。砂漠で遭難したところを救われて、自分で踏み込んでした怪我の治療までしてもらって、挙げ句はさっきの自己紹介。最低だ。そうは思わないか?」


「まぁ、あれでジュニアの面白さが決定的に印象付けられたんは間違いないで」


「ポストお笑い芸人じゃないんだから大層な不名誉だよ。俺はもっと男らしく
 格好良く決めたかったのに」


ぐっと拳を握って力説する。ヤッタランは納得したような、呆れたような複雑
な表情になった。


「つまりは──名誉を挽回したいと?」


「そうだよ! 名誉を挽回だ。ここで何かトチローの役に立つことをする。例えば……そう、明日の朝までにトチローに迷惑をかけた連中の雁首揃えてアイツの前に引き出してやるとか。黒幕を突き止めてやるとか。そうしたらどうなると思う?」


「……トチローはんが、喜ぶ?」


暫く腕を組んで、ヤッタランが答える。ハーロックは「甘いな」と小鼻を膨ら
ませた。


「感心するんだよ。感心! ハーロックくんは何て頼りになるナイスガイなんだろうって思うのだ。はっきり言って今トチローが俺達に優しい態度を取るのは、認めたくないけど親父のおかげだろ? 俺が全然親父に似てなくて、今も名乗ってなかったら、あんな風に差し向かいでお茶なんて飲んでくれなかっただろうぜ。見てただろ。俺がハーロックって知ってからのトチローの態度! 俺の過去なんかに気遣って。そのくせ、自分が背負っていることの全部は明かそうとしない。これが友達と言えるのか? 断じて否!!」


ざくざくと乱暴に土を踏む。父親の名前を冠して、何かを得ようとは毛頭
思っていない。けれど、こうしたことはきっと、ハーロックの成長には長く
付いて回るのだ。強く、本当に強くなれるまで、父の面影は超えられない。
けれど、今は。


「時間をかけてお互いを分かり合ってるような状況じゃないぜ。もう俺が引き金を引いちゃったからね。今頃、逃がした連中が上の奴に話をしてる。“エルダ”に新たな協力者が出来たこと。そいつが、機械化人でも難なく壊せるような腕前の奴だってことを」


賽は投げられたというやつだ。敏郎はあくまでも平和的解決を望んでいたが、
もうそんな呑気な状態ではないということが彼にもわかっているはず。


「トチローがやりたくないって言うなら、俺がやってあげなくちゃね。そうじゃなきゃ多分──泣く羽目になるのはアイツだよ」


ハーロックはゆっくりと、眦に力を込めた。




★★★

タイタン4日目の夜が来た──。

『荒野の荒馬』亭で夕食を取ったあと、食休みもままならないままにハーロックに連れ出されて早1時間。ヤッタランは何故か、無謀なる幼馴染みと肩を
並べてタイタン警察の庭に侵入していた。

コンクリート造りの四角い建物。5階建て程度の小さなビルで、地球の警視庁よりも数段規模が劣っている。

敷地を囲む壁の周りには電磁波スクリーンさえ張っていない。ただの石の壁と、一応張り巡らされていた鉄条網。ハーロックの重力サーベルの一撃で豆腐のように穴が開いた。がらがらとコンクリートが崩れる音を聞きつけてやってきた警官2名をボディブローで眠らせたあとは、警報装置すら鳴り響かない。

この星がいかに警察なるものを必要としていないか。そして、必要とされていない警察官達の勤労意欲が以下に低いか。この1時間で骨の髄まで理解出来た。

それにしたって、いきなり侵入など愚の骨頂だ。見取り図も手に入れないまま、
重力サーベル一本とコスモガン一丁で鼻歌交じりにここまでやって来たハーロック。訳もわからぬままについてきたヤッタランは、ナイフの一本も装備していない。


「……何でやねん」


思わず呟く。「しっ」とハーロックが気絶させた警備員を近くの茂みに引きずり込む作業を中断して唇に人差し指を当てた。彼らの着衣を剥ぎ取って、ブルーの機密服の上から着込む。成程、必要なものは現地調達というわけか。


「しっ、やのうて。何やねんこの状態。トチローはんの役に立ちたい気持ちはわかるけどな。作戦もナシにいきなり現地突入じゃハナシにならん。犬死にじゃ」


「作戦? 作戦なら夕方に言ったじゃないか。トチローに迷惑をかけた連中を雁首揃えてアイツの前に引きずりだすとか、黒幕を突き止めてやるとか」


「それは作戦やのうて希望やろ」


わかっていた。ハーロックはこういう男なのだ。無邪気に周囲の気配を窺う横顔を眺めながら、ヤッタランは溜息をつく。こうなったら、腹を括る以外に道は無い。


「取り敢えず目指すは警視総監の部屋だなぁ。どうせ身内に不届き者がいるなんて知らないような奴は定時に帰ってるだろうし、ここの連中、重装備の割には動きが素人臭いし。っていうか、勤務中に酒飲むなよなぁ。駄目な大人」


ハーロックの足元にだらしなく転がっているパンツ一丁の2人の警備員。
奪った着衣からも安ウィスキーの匂いが漂う。ハーロックが心底嫌そうに鼻を
つまんだ。新聞の一面も読まんような奴には言われとうないやろなぁ、とヤッ
タランは内心呟いた。


「そもそも犯罪者取り締まらない警察なんかに誰も用なんかあらへんがな。警視庁自体の警備はこんなモンで充分なんやろ」


「それにしたってさ──…ちぇ、せっかく大立ち回りを期待してたのに」


「どんなスリルの求め方やねん……」


「いや、スリル云々じゃなくってさ。これじゃあ、トチローに感心してもらいたくっても出来ないじゃないか。いとも簡単じゃあ有り難味無さ過ぎない?」


壁や建物の周囲に等間隔で付けられた外灯の光を反射させる瞳には濁りがない。

仕方ない、とヤッタランは小さなコスモガンを一つだけ拝借した。非力な自分
にはこれで充分なのだ。他に欲張ったところで重くて邪魔になるだけである。


「ほな行こか。せやけどジュニア、黒幕突き止める言うても具体的なことは考えとんのかい。まさかここに来てワイに作戦を立てろなどとは」


「言わない言わない。良いかいヤッタラン、さっきも言ったけど俺達はこれから警視総監の部屋を目指すんだ。そして、警視総監のパソコンからここの署員共のデータを引き出す」


一回りも大きな衣装を着込んだまま、堂々と正面玄関に入る。はっきり言って
一目で侵入者とバレるような状況だ。けれど、ハーロックは気にする様子もな
く話を続ける。


「そして──今日の昼に会った連中のデータを頂いて、奴らの自宅に乱入。連中をボコにして黒幕を吐かせる。ついでにグルグルに縛り上げてトチローの前に引き出してやる。トチローは大感激。「いやん、ハーロックったら無茶苦茶頼りになる男ぉん、もう好き好きぃ」と彼に抱きつかれ、「いやぁ、親友として当然のことをしたまでさ、ハッハッハッ」と、朝日に白い歯を光らせる俺! 以上、ミッションコンプリート!! どうよ」


「は──」


ヤッタランは感嘆した。12年にも渡る付き合いの中で、彼がこんな風に筋道
だった作戦を立てるのを初めて耳にしたからだ。

あの、いつも無謀で無茶で無計画で力技ばかりのハーロックが。


「変な妄想はともかくとして、や。ワイはジュニアを見直したで。その頭は帽子を乗せる以外にも役に立つんやなぁ」


「あのさ、それじゃあ俺の頭が空っぽみたいじゃんか。考えてるんだって。これでも」


無人の廊下を歩きながら、ハーロックがじっとりとヤッタランを見下ろす。
しかし本当なのだから仕方がない。


「せやけど、玄関だけでなく廊下まで無人かいな。ここには夜勤制度がないのやろか」


静かな廊下。白い照明だけが惜しげもなく点いている。時折開いているドアからも、人の気配は全くしない。


「うん。おかしいな。いくら戦争防止用にしか出番が無いとはいえ、こんなにもやる気がないなんて」


何の抵抗もなく突き当たりのエレベーターの前まで来てしまった。すぐ傍の案内板を見て、総監の部屋を確かめる。


「5階やな。セオリーどおりやで」


「何かこのまま楽ちんで終わりそうな気配だなぁ。いかん、ポストお笑い芸人が目前に迫っている!!」


ハーロックが頭を抱えた。ポストお笑い芸人でもええやんか、とヤッタランは肩をすくめた。


「どうせそんなモンやで、ジュニアのテンションは」



 ちん。



上りのボタンを押そうとしたその瞬間、エレベーターのドアが開く。


「!!」


ヤッタランは思わず飛び退いた。出てきたのは──体格の良い警官1人。おおよそ知性など感じさせない愚鈍な顔をぶら下げて、のそりと一歩踏み出てくる。


「……ん、何だぁ坊主共。お揃いのチョッキだなぁ。警官ごっこかぁ?」


ハーロックよりも頭2つ分高い場所から、牛の反芻のような声で問うてくる。
「あちゃー、見つかったかぁ」とハーロックが妙に嬉しそうな態度で男を見上げた。


「そうとも、深夜の警官ごっこさ!! 牛みたいなおじさんにも…わかるだろ? 
この意味が!」


さぁ、かかってきやがれ!! と鳶色の瞳が俄然燃え上がる。ハーロックの指先が腰に下げたコスモガンに触れた。ヤッタランも、彼の足手まといにならぬように距離を取る。

だが、牛のような警官はぼりぼりと頭を掻くばかり。


「んん? あぁ──坊主、警察官になりたいのかぁ。見学かぁ? このタイタンは何でも自由。深夜の見学も自由だからなぁ。まぁ好きなだけ見て回れ」


「────……はァ?」


「見張りはどうした。んん、あぁ倒したのか。強いなぁ坊主。将来有望だ」


大きな手が、ぐわし、とハーロックの頭を掴む。男がその気になれば彼の頭など卵のように潰せるだろう。けれど、男は、ぐわしぐわしとハーロックの頭を撫でくり回しただけだった。


「それじゃあなぁ。上は酒盛り、地下は武器庫だぁ。俺は小便してくるからなぁ。ぐふふ、坊主共、あんまり暴れたり盗んだりするなよぉ?」


「あァ?」


「それじゃあなぁ」


どすん、どすんと足音を立てて、巨漢警察官は玄関の方へと去っていた。残されたのは、開きっぱなしのエレベーターと、頭が鳥の巣と化したハーロック。


「……そうか、不法侵入も自由やな。よう考えたら」


静かな廊下に、ヤッタランが手を打つ音だけがやけに響く。


「良かったやんか。これで何の心配もなくデータ盗んでおさらばやで」



「ち──畜生。不完全燃焼も良いトコだぁぁぁぁぁッ!!!! 法律の馬鹿──ッ!」



ハーロックが、ばりばりと頭を掻きむしった。


















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