Titan Rendezvous・12



★★★

大山家は町外れの森の中にあった。

2階建ての小さなログハウス。正面にはささやかではあるが川もあり、
家族3人が暮らしていくには充分過ぎる水量を湛えて流れている。
広めの庭には畑がナスやキュウリを実らせ、涼やかな風が髪を撫でる。
小鳥のさえずり、風が吹くたびに揺れる木立。

町の乾燥が嘘のようだ。ハーロックは大きく深呼吸した。


「ふう。こりゃまるで別世界だなぁ。ここなら水の心配もいらないね。アイツ
 もこっちに住んでる方が楽なのに」


「──…せやからあン人がここにおるとオバはんにも脅威があるからやろ。
 ジュニアは一体ナニを見聞きしとったねん」


ヤッタランがじっとりと見上げてくる。敏郎の母・弥生の案内によって、ハーロック達は大山家の前に立っている。幼馴染みの溜息に、ハーロックは「でもさ」と瞬きをした。


「さっきみたいに町に出ると苛められるんだろ。どこにいたって脅威はあるよ。
 だったら、お母さんと一緒にいるほうが良いじゃんか。お母さんだって砂漠
 の息子を心配して町に出なくて済むよ」


「あなたは──本当に思いやりがあるのですね」


ふわ、と弥生が微笑する。えへへ、とハーロックは頭を掻いた。この人は
何だか優しくて温かい。良いお母さんだなぁ、とハーロックは敏郎が羨ましく
なる。


「おばさん、良かったら俺がアイツを説得してあげようか。俺、結構喧嘩強い
 んだよ。さっきの機械化人達だってすぐ追っ払えたろ。アイツも強いし、
 俺達が組んだら悪い奴なんて一瞬で倒せるよ。そしたら、家族で平和に暮ら
 せるね」


「……ジュニア」


ヤッタランがますますげんなりする。ハーロックとて目的を忘れたわけでは
ない。忘れたわけではないが──このお母さんがもう少し幸せな方が良いと
思うのだ。

けれど、弥生は「良いのですよ」とログハウスの扉を開けた。


「私はもう充分にあの子と一緒に暮らしたわ。家族の絆というのは、
 いつも一緒にいるから強まるものでもないでしょう? 親というものは…
 ──特に母親というものはね、どんなに離れていても自分の子との繋がりを
 感じるもの。貴方のお母様も、きっと貴方の身を案じて……愛しておられる
 わ」


「えぇーと。うちの母さ…いや、母上は──どうだろうなぁ」


愛。ハーロックは母・テーラのことを思い出す。金色の髪に鳶色の瞳。
美しくて厳しい──テーラ・O・ハーロックのことを。愛という単語が
あまりにも似合わない、誰よりも強い人。


「うちは厳しいから。えっと、おばさんとは違うんだ」


「母親というものは、どんな人でも同じ。そうですね、子供のうちには
 わからないかもしれません」


お入り下さい、と招かれる。そうかなぁ、と首を捻りながらハーロックは
大山家のリビングに足を踏み入れた。


「母さん──今頃俺を愛して心配してると思う?」


小さな声でヤッタランに問う。「どうやろな」とヤッタランも首を捻る。


「そら心配はしとるやろなぁ。宇宙最強を目指す息子が、負けて泣きべそ
 かいてへんかどうか」


「あ、やっぱりその心配?」


テーラは厳しい母なのだ。何より、ハーロックの名を継ぐべき息子の行く末を
案じている。無論、愛されていないと感じたことなど一度もない。ない、けれど。


「絶対、オヤジの方が好きなんだよなぁ。母さんは」


何せ彼女が父のことを語るときの目が違う。いつもは酷薄な眼差しや唇が、
うっとりと熱を帯びるのだ。そんな時、ハーロックはいつも内心で憮然と
する。彼女がそんな風にハーロックについて語ることなど無いからだ。

既に他界した祖父──テーラの父は軍人で、彼女もその厳しさと雄々しさを十二分に引き継いでいる。彼女は雄々しくも地球に反旗を翻す海賊の妻となり、その厳しくも潔白な態度をもってハーロックを育て上げてくれた。

それが母なりの愛情だ。おかげでハーロックは父の不在にも関わらず、日々鍛えられて同級生の誰よりも強くなれた。

そして、彼女はハーロックが危険に赴くことを決して止めたりはしないのだ。
父、グレート・ハーロックが自宅の倉庫に残した戦闘機を繰っての賞金稼ぎも、諫められたことは一度もない。おかげで予定よりもずっと早く、タイタンに行く資金を貯めることも出来た。


──少しだけ温かさが足りなくて、寂しい想いをしたこともあったけれど。


「まぁ、グレート・ハーロックは良い男やもんなぁ。同じ男としてジュニアは
 まだまだ未熟やわ」


「……同じ男って。俺、息子なんスけどね……」


「男は男なんとちゃう?」


「違うと思う……けど」


何とインモラルな会話だろう。少し胸が悪くなったので、ハーロックはこの会話を打ち切った。視線を床から正面に移せば、弥生が紅茶の準備をしてくれている。

鼻孔をくすぐるダージリンの香り。
「お座りなさいな」と椅子を勧められ、ハーロックは気を取り直し「うん」と笑顔で駆け寄った。




★★★


「どうぞ。紅茶をおあがり下さいな。粗末なものだけれどお菓子もあります」


陶器のカップに琥珀色のダージリンが注がれる。木製の菓子鉢に山盛りの
クッキーが差し出され、ハーロックは慌てて両手を振る。


「い、良いんだ。そんなにもてなしてくれなくても! 元はと言えば俺達が
 おばさんについてくって無理を言ったんだし」


「ジュニアは甘いモンが苦手やし……か」


「ヤッタラン! それじゃあ俺がまるで好き嫌いでものを言ってるみたいだろ。
 ち、違うんだよおばさん。俺は──ただ」


そのクッキーは敏郎のために焼いたものでは、と言いたかっただけだ。優しい母が苦労して町に出て買った材料で、息子のために焼いた菓子を、通りすがりの自分達が安易に口にしてはいけない。
ヤッタランの頭を押さえ込んで、怖ず怖ずと弥生の表情を伺う。彼女は、そっと菓子鉢を引いた。


「良いのです。貴方のお父様も甘いものが苦手でいらしたわ。それじゃあ、
 違うお菓子を出しましょう。ハーロック・ジュニア様」


「そう! オヤジも甘いもの苦手で──って……あれ?」


素性がバレている。見れば、ヤッタランも目を丸くしていた。名乗った憶えはないのに、と二人して顔を見合わせる。
くすくす、と楽しそうに弥生が声を上げて笑った。


「ふふ、お顔を見ればわかりますよ。貴方のお顔は、大山のアルバム記録に
 あったグレート・ハーロック様にそっくり。まるでアルバムからあの方が
 抜け出てきたように」


すぐにわかります、と弥生が席を立つ。彼女が持ってきた1枚の写真。
今は絶滅したような、印画紙に焼き付けられたモノクロームの映像。

 
「銀塩写真や……こんなモン撮れるカメラがまだ残っとったとはなぁ」


ヤッタランが感心して鼻息を「ぶぅ」と鳴らす。ハーロックは取り敢えず白黒しか色のないその写真を見つめた。学生時代の写真だろうか。同じ制服を着た3人の少年と軍服姿の青年が1人。まだ小さな桜の木の前でしゃがみ、肩を寄せ合って笑っている。


「これは…大山の先輩が軍人養成学校を、ヴェルナー学院を卒業した時のもの。
 この一番左の人がトキオという名の同級生、そしてその隣りにいるお方が」


「オヤジかぁ。確かに似てるや、こりゃ」


少女のような顔をした少年と穏やかな微笑を浮かべて写っている父、グレート・ハーロック。僅かに身体の線が華奢なものの、確かにハーロックとは相似形で、どことなく、今の父の姿と被る表情をしている。


「このオヤジの右側にいるのがDrオーヤマだね。あはは、これもそっくりさん
 だ。すぐわかる」


白い歯をむき出しにして顔中で笑っている敏郎の顔。彼のこんな顔はまだ見ていない。


「せやけど、この一番右の軍服さんな。ワイ、どっかで見た気がしてならんの
 やけど」


そう言えばトキオちう名前もどっかで。考え込むヤッタランに、弥生は「そうでしょう」と相槌を打つ。


「その軍服の方はウォーリアス・澪中佐。そして、もう1人の方は石倉時夫大
 尉。お2人共、かつては大山やグレート・ハーロック様と学舎を同じくして
 学んだ方々ですから」


「ウォーリアス・澪!」


ぶぅ、とヤッタランが感嘆する。ハーロックは「誰それ」と頭上に疑問符を飛ばした。


「このアホジュニア!! 新聞やニュース見とったら、2日にいっぺんは出てくる
 名前やろ! 地球最後の防衛線を護る戦艦『タケル』の名艦長。白兵戦の
 エキスパート“ラスト・ウォーリア”の異名を取る地球連邦軍最強の男、ウォー
 リアス・澪中佐とその腹心、石倉時夫やで!?」


「馬鹿だなヤッタラン! 俺は、テレビは賞金首の特集とアニメしか観ないし、
 新聞にいたってはテレビ欄と3コマ漫画の『ほのぼのくんスペースMAX』
 しか見ない!!」


「威張れることかーァ!! 思い切り駄目な若モンじゃおのれはーッ!!」


ごん、と思い切り頭頂部を殴られる。偉大な男はそういう微細なニュースは気にしないものだ。ハーロックは頭をさすりつつ頬を膨らませた。


「ちぇ、何だよ何だよ。情報収集は俺の仕事じゃないって、ヤッタランいつも
 言ってるじゃないか」


「それにしたって社会面くらい読まんかい。経済面や三面記事にまで目を通せ
 とは言わん。せめて一面の記事くらいはな」


「わかったわかった。これからは題字くらいは読むようにするよ。アレは字が
 大きくて読みやすいもんね」


細かな活字など目で追う気にもならない。どうせ追うなら空中を高速で移動する敵の戦闘機の軌道を追う方が楽しいのだ。

反省の無いハーロックの態度に、ヤッタランは絶望的な溜息を落とす。


「……信じられへん。地球人でウォーリアス・澪を知らんモンがおるやなんて。
 しかもそれが身内とは。ワイ、ついてく男を間違えたかな」


「うわ、失礼だな。お前」


すっかり落ち込んで紅茶をすする幼馴染み。ハーロックもカップを手に取りつつ
眉を顰める。ふふふ、と弥生がまた声を上げて笑った。


「──心配はいりませんよ、きっと。このウォーリアス・澪様も、学生時代は
 とても破天荒で突拍子もない人物だと大山から聞いていますから。ハーロッ
 ク・ジュニア様も、きっと彼のような強い男になるでしょう」


「……グレート・ハーロックは冷静沈着で知的なお人なんやけどなぁ。
 あぁ──ひょっとしたら澪がジュニアの本当の父なんちゃうか。澪にも息子
 さんがいるっちうハナシやし、友情の証に息子取り替えしたンかもな。あー
 納得。全てはDNAの為せる技か」


「なんじゃそりゃ! こらヤッタラン。この顔見なさい、顔。どう見たって
 オヤジ似でしょう。こんだけ似てると気持ち悪いけど、相似!! 人の家庭に
 いらん波風立てるんじゃないよ。もう」


「わからんがな。赤子のうちに整形されとるかもしれへんで」


「無い無い。赤ん坊の頃からこんな顔だったら気色悪いよ! つーか、
 ヤッタランは俺の成長記録作れるくらい毎日俺の顔見てるでしょうが!!」


「おぉ、よく見たら目元が澪に……!!」


「嘘!? 似てるの??」


「嘘じゃ。アホ」


「………知ってたさ。ヤッタランのジョークはいつもエスプリが効いてるね」


思わず腰を浮かしかけた。ヤッタランは時折こんな風にしれっとハーロックをからかう時がある。本気で怒っては年上の名折れ。ハーロックは黙って座り直し、紅茶を飲んだ。


「貴方方は、本当に仲良しなのですね。臆面もなく本音でぶつかり合える。
 敏郎にも…そんな友達が出来たら」


「あ、そうだ。おばさん、俺、アイツに色々話があるんだ。でも、アイツ
 俺の話聞かなくて……何か攻略法があるなら聞きたいんだけど」



ようやく話が本筋に戻る。そう、ハーロックがわざわざ弥生に同行を申し出たのはただの親切心からではないのだ。無論、この優しげな女性が再び機械化人にからまれたら、という懸念もあったのだが。


「宿屋と馬屋のオッサン達にも約束したんだ。俺は、アイツをこの星に縛り
 付ける全部から解放してやるって! アイツの敵は誰? おばさんを苛めて、
 この星の降雨装置を破壊して、アイツやこの星の人達を困らせてるのは──
 誰?!」


「そ──れは」


途端に弥生の表情が曇る。心苦しいが、それでもハーロックは問わなくてはならないのだ。「教えてくれ」と語気を強めて身を乗り出す。


「俺は戦う! 絶対に負けない。絶対に引かない。今おばさんが教えてくれな
 くたって自分で探して、戦うよ。でもそれには無駄に時間がかかるんだ。だ
 から──!」



「──おふくろ!!」



ばん、と乱暴に扉が開き、ハーロックは思わず語尾を呑み込む。見れば、敏郎が息を切らせて立ち尽くしていた。


「バンザックから……連絡をもらって。おふくろがアイツらに絡まれたって」


「あ、噂をすれば何とやら」


ヤッタランがのんびりカップをテーブルに戻す。ただ母親一点を見つめていた敏郎の視線が、ゆっくりとハーロック達を捉えた。


「お前ら……何でここに」


「いやいや、偶然にも貴殿のお母上を機械化人の魔手からお助け申し上げた
 だけ。お礼だなんてそんな──どうしてもと言うなら宇宙戦艦一隻で!」


ハーロックは素早く身を翻して床に膝をつき、敏郎の手を握る。「お前…」と
敏郎の小さな目が見開かれた。


「何で動けるんだ。あの重傷で」


「重傷って、そんな大袈裟な。たかが顔の傷一つで」


「顔面の神経ぎりぎりまでの深手だど! 普通は一週間──いや、それ以上に」


「俺、治りが早いんだよね。風邪とか引いたこともないし」


「………そうかね」


敏郎が、さっと手を振り解く。


「何にせよ治りが早いのは良いこった。悪かったな、刀を止められなくて」


「良いよ、こっちこそ手当てしてくれてありがとう。俺が気絶してた2日間、
 毎日様子見に来てくれてたんだって? ヤッタランから聞いたよ。町に出て
 くるの、大変なんだろうに」


ちら、と弥生に視線を送る。おふくろ、と敏郎が母親に駆け寄った。


「町に出ちゃ駄目だってあれほど言ったのに。欲しいものがあるなら、
 バンザックやヨハンに電話すれば買ってきてっもらえるだろ?」


「……もうその方法も使えないわ。昨日から、通信装置に妨害電波が入る
 ようになったから」


弥生は目を伏せ、敏郎の前髪を優しく撫でる。敏郎が、きり、と唇を噛んだ。


「──…そうか。アイツら、母さんには何の関わりもないっていうのに」


「仕方ないわ。貴方はお父さんと同じ特別な子なのだもの。お前はもう
 この星を出る準備をなさい。ちょうど、お迎えも来ているのよ。母さんの
 ことも、この星のことも忘れなさい。お父さんなら、きっとそうするわ。
 男が自分の夢のために全てを投げ打つことはね、責任を放棄することでも、
 逃げ出すことでもないの」


「……俺は行かない。俺が今やるべきことをしないで背中を向ける程度の
 男なら、夢だってきっと叶わない」


「敏郎」


「俺、アイツらと話をつけてくる。人工降雨装置だってもう少しで直せそう
 なんだ。アイツらが邪魔さえしなかったら、もう一週間ほどでこの星にも
 雨が降るよ」


それまでの辛抱だから。弥生の手にそっと触れて、日除けの帽子を被り直す。
踵を返した敏郎をの前に、ハーロックは「待てよ」と立ちふさがった。


「話をつけるだって? 機械化人を子飼いにして、女のに人にでも平気で
 暴力を振るったり、電話することまで妨害したりするような連中に話し合い
 が通用すると思うのか? どう考えたって解決方法は一つしかないよ」


「邪魔だ。退け」


敏郎が強く、睨みつけてくる。砂漠で斬り合った時にも感じた、冷たい殺気。
ハーロックも負けじと眼差しをきつくした。


「相手がどんな奴らか知らないけど、簡単に暴力を振るうような連中は、
 君は“エルダ”だってことにも敬意を払わないぞ。アイツらに必要なのは
 君の頭の中だけだ。行ったって、五体満足で帰ってこれる保証なんか」


「お前に何の関わりがある! これは俺と奴らの問題だ。関係の無い奴は
 帰れ。俺はお前と宇宙には出ないし、そうと決まればお前達がここにいる
 理由も無い! とっとと地球に帰っちまえ!!」


「関係ない関係ない言うな!!」


「何度だって言ってやるさ! 赤の他人のお前らなんか、何も俺に関係ない!!」 


「言ったな──この、わからずやの頑固者!!」


かっと頭に血が上る。それと同時に、敏郎の言葉がハーロックの胸に痛く突き刺さった。


──赤ノ他人ノオ前ラナンカ、何モ俺ニ関係ナイ。


こんなにも悲しい言葉があるなんて!!



「関係なんか無くたって、放っておけると思うのか!」



無理に出て行こうとする敏郎の腕を掴み、思わず思い切り振り投げる。
小さな敏郎の身体は重厚な丸木テーブルの上を滑り、ティーセットや菓子盆を
床に薙ぎ落とす。

がしゃん、と陶器のカップが次々と割れた。「うひゃあ」とヤッタランが派手に
仰け反って椅子から落ちる。


ひら、と写真が中空を舞った。


「あ──…ご、ごめん。思わず力が」


敏郎は何より暴力を嫌うというのに。ハーロックの顔から血の気が引く。
慌てて駆け寄り、素早く抱き起こしてやると、「痛てててて」と敏郎が
数度頭を振った。


「酷ぇことしやがる。言うなりにならなきゃすぐ暴力か?」


淡い色をした瞳に見上げられ、ハーロックはどきりとする。冷淡で乱暴な口調。
けれど、どこか傷ついたように揺れる小さな瞳。彼の瞳は唇よりも雄弁に語る。

心を傷つけてしまったのだ。ハーロックは「ごめん」と繰り返した。


「そんなつもりは──毛頭も」


「……どいつもこいつもみんな一緒だ。退けよ。お前に助け起こしてもらう
 義理なんかない」


「……返す言葉もございません。ハイ」


ハーロックはしょんぼりと項垂れた。胸を押され、仕方なく敏郎の身体を離す。
「敏郎」と弥生が席を立った。


「敏郎、この方はそんな方ではありませんよ。町で私を助けてくれた……
 優しい、とても思いやりのある方です」


「おふくろ、誰にだって優しいふりなんて簡単に出来るよ。オヤジが死んでから
 何回そういう目に遭った? もうそろそろ学習しなくちゃ」


「それでも、私の優しい息子は人を信じることを止めたりなんかしない
 でしょう? 信じることに、学習はいらないはずです。それが、誠意の
 ある方を前にしたなら尚更に」


「──……たとえそうでも。もうこれ以上は」


敏郎が俯く。ヤッタランが「何やねんもう」と立ち上がった。その瞬間、
くしゃと彼の足下で皺になった写真。


「あ、踏んでしもうた」


「あ、じゃねぇよ! 畜生、人の家に上がり込んで滅茶苦茶しやがって。
 一体ナニを踏んだんだ? さっさと退けよこのブタ型!」


ヤッタランを押し退けて、敏郎が写真を拾い上げる。いけね、とハーロックは
我に返った。あの写真には、今の自分と瓜二つな父、グレート・ハーロックの
姿が。


「その写真、駄目だ──ッ!!」


敏郎が写真を広げ直すその前に、とハーロックは大きくスライディングした。
が、一瞬早く敏郎が身を翻す。やはり、彼の方が動きが速い。


「くーそ、こりゃグレート・ハーロックとオヤジの写真じゃねぇか。
 オヤジはともかく大事な大事なグレート・ハーロックの…──あ」


敏郎が、くる、と振り返る。ハーロックは反射的に両手で顔を覆った。
「こらてめ」と敏郎がしゃがみ込み、小さな手で乱暴にハーロックの手を
引き剥がす。


「………お前、ハーロック、か? キャプテン・ファルケ・ハーロック世。
 そうだな!?」


小動物のようなつぶらな瞳が、驚愕に見開かれる。ここまでか、とハーロックは
覚悟を決めた。


「──…どうも、ハジメマシテ。キャプテン・F・ハーロック世です……」


人様の家の床に寝っ転がったままの自己紹介。正体が露見するにしたって
あまりにも格好悪いシチュエーションである。

案の定、敏郎は呆然としているし、ヤッタランはこの上なく他人の表情で顔を
背けている。

弥生だけが、優しい微笑でハーロックを見下ろしていた。


──ちょっと、今は優しく笑ってもらえなくても良いかなぁ……。


ハーロックは「とほほ」と溜息を漏らした。

















●ほのぼのくん長期連載……。



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