Ghost in the Ship・5



★★★


「射程距離ももう少し伸ばした方が良いと思うんです」


「んー、まぁ好きにしろや」


台場が巨大な主砲の機械内部にまで潜り込み、尻だけ出してごもごもと動く。
俺はその尻の傍らでモバイルを開き、ぼんやりと彼の作業状況を眺めていた。
光軸のライフリングスピンの回転数を100分の1まで緩めるという。
精密な──あまりにも精密なアルカディア号の機工。いきなり一部分だけをいじってしまって良いものかとは思うのだが。


「すいません、回転数変える前に一度撃ってもらって良いですか。その方が
 調整しやすくなるので」


「あー…OK」


──何事も経験か。艦橋からの回路は既に一時遮断してある。俺は台場が
外したコードを何本か拾い上げ、膝の上のモバイルにセットした。


「いつでも撃てるぜ。出てこいよ台場」


「はい」


じりじりと後退し、台場がエンジンオイルまみれの顔で俺の隣りに正座する。
彼がモバイルの画面を覗き込んだところで、俺は主砲を三連発射させた。
すぐさまモニタを艦外カメラに切り替えて、真っ直ぐに伸びていく三つの光線をチェックする。


「──…反応速度が上がりましたね。改造する前よりも0.0056秒速い。
 このままスピンの回転数をゆっくり上げていきましょうか」


「あぁ、確かに速くなってるな。問題ねぇか──っと、艦橋から通信だぜ」


Enterキーを押して画面を通信モードに変える。「誰だ、主砲をいじくってる奴は!」とハーロックの顔が大写しになった。


「はぁ、どうかしましたか? キャプテン」


台場が応える。俺は画面を彼の方に向けてやった。


『台場、お前か!』と、ほんの少し気まずそうなハーロックの声。まだ座敷童のことを気にかけているのだ。俺はほんの少し可笑しくなった。


『全エネルギーをコンピュータに回してるときに何をしてるんだ? 
 そこにいるんだろう、魔地!!』


「あぁスマン。砲塔への回路を切って独立させていたからな。艦橋の状況が
 わからんかったんだ。今、ちょうど台場の意見で主砲の激発装置を改良
 しとったところでな」


戸惑いが俺へと向けられる。俺は音声マイクに顔を近付け、声だけで応答した。「はい」と台場が画面に向かって身を乗り出す。


「実は先程機関長にウェポンシステムのデータを拝見させて頂いていたとこ
 ろなんですが──…」


長々とした説明が暫く続いた。そんなに細かい説明をしても、ハーロックには多分理解しきれない。ただ、俺と同じ疑問が胸に持ち上がったであろうということは確かだと思う。そう、緻密過ぎるアルカディア号の機工をそんな
簡単にいじくってしまって良いものか。


「何かいけないことをしたでしょうか?」


台場が尋ねる。暫くの──沈黙。


『いや、良いよ。良いさ、好きにしろ』


何事も経験だ。ハーロックもそう考えたに違いない。何より、天才の造り出したこの艦が、幼い秀才に少々いじくられた程度でどうこうなるような艦ではないことを、彼は俺よりも知っている。それきり、ハーロックからの通信は切れた。エネルギーが変わらずに供給されているところを見ると、艦橋の方を中断したらしい。


「それじゃあ、キャプテンの許可も取れたところでもう何回か撃ってみます
 か」


俄然、台場が張り切りだした。こんな時の技術者には逆らわないのが世の鉄則である。念のため、砲塔の回路を艦橋に繋ぎ直し、俺は黙って台場の仰せに従った。


「機関長、斉射三連お願いします」


「はいはい、三連ね」


「一番砲塔を」


「はいはい」


「二番三番続けて行きましょう」


「続けて──ね」


「もう一度三連で」


「ほいほい了解」




「──機関長」




「何よ」


「この艦を造った人は──17番目の“エルダ”。天才ですよね」


「はぁ?」


──本当に、何と会話の切り替えが唐突なことか。俺は慌ててEnterキーを
押しかけた指を止めた。


「昔、父から聞いたことがあります。“エルダ”はその叡智ゆえ、迷わず、
 怒らず、悲しむことも無いのだと。あぁ、二番砲塔が出遅れた」


「──そ」


そんなことは、ない。否、少なくとも敏郎と“彼女”は。




“彼女”。9番目の“エルダ”、シーラ。銀色のに輝く黒髪のシーラ・ナゼクター。




「スピンもう少し緩めな。そんなこともないだろうぜ。敏郎はクールだった
 が冷酷じゃあなかったし」




“彼女”は、理性的だが優しかった。




「そうですか。でも、宇宙万物の真理を知る者なんでしょう? もう一回
 二番行きましょうか」


「了解。まぁ、そういうハナシだな」


それは、人という種のブラックボックスに触れることさえ出来るほど。


「でも、死者は帰らない。“エルダ”でさえ覆せないのでしょうから、それ
 は永久に変わらない鉄則なのでしょう。だから、人は死を恐れて機械化の
 道を選んだりする。もしかしたら、人は無意識のうちに知っているのかも
 しれませんね。我々が『魂』と呼ぶモノと、機械のシステム全てを
 司る0と1だけで出来たプログラムが、殆ど相似のモノであるという
 ことを。今の科学ではあまりにも近しくて、もうどうやって線を引いたら
 わからないほど、お互いの“性能”は似通っているのだということを」


終わりました、と台場が顔を出す。聡明さの宿った大きな瞳。オイルで黒く
汚れた顔を、俺は肩にかけていたタオルで拭ってやった。


「いきなり小難しいこと言いやがるなぁ。思春期だからか?」


「思春期だからでしょう。だから、僕は思うんです。もしも死者の記憶や
 思考パターンの全てを移植されてしまったコンピュータがあるとして、
 そのコンピュータは『考える』でしょう。死者は帰らない万物の鉄則を
 知りながら、なおここで自立思考する『私』は『誰』なのかを」


「あぁあぁあぁ?」


難しい。俺は──多分、物凄く間抜けな顔をして台場を見上げていた。
アルカディア号の主砲に改良を加えながら、哲学なんだか悪魔の論理学なんだか判らないような理屈をこねくり回す。最近の15歳というのは全く器用な
ものである。──それにしても。


「お前、もう少し尋く相手を選べよな。そういうのはもっと頭の良いヤッタ
 ランとか、有紀とか。敏郎が生きてたら、まぁそのテの問答は好きだろう
 から幾らでも相手をしてくれるだろうが」


「こういう話は偏差値高い者同士でする話じゃないですよ。恐らくは」


キリが無いですから、と台場が微笑する。


「それじゃあ俺が偏差値低いみたいじゃねぇか、クソ」


俺は不貞腐れる。確かに、この少年は俺よりずっと知能が上なのだろうが。


「いいえ? 機関長を中傷するような意図は全くないです。ただ、機関長は
 僕よりもずっと本能的に生きておられるような気がして。僕は──そんな
 風に生きている方と今まで面識が無いものですから」


死者についてどのようにお考えなのか尋きたかっただけです。タオルを受け取り、台場は真っ直ぐに俺を見つめた。──死者。死者についてなんて尋かれても。


「……死んだ人間は帰らねぇ。お前や天才“エルダ”にも覆せねぇんなら、
 やっぱりそれが真実なんじゃねぇんかい?」



そう。天才にも取り戻せないことくらいあるのだ。限界を識り、『彼女』は
儚く壊れて消えた。死後安らぎを得る墓すら無いまま。



「だから…墓なんてモンがあるんだろうが。魂とかいうモンが無くなって、
 腐っていくばかりの肉体を眠らせる場所が。生きて──置き去りにされ
 ちまった奴らの、未練と祈りの具象化したモンが」



それが無くては。君に花を手向けようと思うとき、一体どこに花を添えれば良いのかわからないんだ。



「未練とはまた。僕は地球に父の墓を作りましたが、父の名前が刻まれた
 墓標を見たとき、少し暗澹たる気持ちになりましたよ。あぁ、これで父の
 死は決定的なものになってしまったと。もう地球に戻る気はありませんが、
 墓は僕にとって、父の死を何度でも想起させるスイッチに他なりません」


何も出来なかったから、墓を見ると悔しいです。台場が唇を噛み締める。
反論する言葉を俺はぐっと呑み込んだ。墓が死を自覚させ、何度でも想起させるスイッチだというのならば、それが無くては『彼女』の死は曖昧で、いずれ記憶の劣化とともに薄れていくものになるということになる。何年も後悔を引きずることの不安定さと空虚さは、多分この若者にはまだわからない。


「まぁ、悔しいのはわかるがな。マゾーンを討ち果たせばそれもすっきり
 解消されるさ」


復讐が有効な手段だと思うなら。心の内だけで呟いて、俺はぼりぼりと
頭を掻く。台場は一瞬目を見開いて、物凄く何か言いたげな顔をした。


「──…僕は」



 ふぃぃぃぃん……!!


がくん、と突如として揺れた船体。「システム・オールレッド」と人工音声が
何度も繰り返し改造ポッドの中に響き渡る。照明が切り替わり、白い光が
警告の赤に。


「な、何ですか?!」


台場が慌てて腰を上げる。俺はその手を掴んで無理矢理しゃがませた。


「馬鹿野郎! いきなり立ち上がるんじゃねぇ!! これは……ハーロックの
 野郎、まだテストも終わってねぇのに主砲ぶちかます気だ! これじゃあ
 エネルギー配分率が狂ってで艦内に異常反動が!!」


「それって──どうなるんです!!」


「ここが爆発するってことだよ! ちっくしょう尖糸──!!」


0から99までの金属糸を自在に操る尖糸術。この20年近い月日の中で腐らせてきた技術が今になって必要になるとは。案の定、指先が鈍っている。一瞬糸を放つタイミングが遅れた。エネルギー高炉が瞬く間に熱で膨れ上がって。


「台場! 伏せろ!!」


大丈夫。ポッドは特殊合金製の扉で守られている。外部まで爆発に巻き込むことはない。


あとは──台場を。


鼓膜を打ち破るような音と、背中に焼け付くような痛み。
自分の頭が壁に叩きつけられた衝撃を最後に、俺の意識はぶっつりと途切れた。




★★★


「警報?」


「えぇ、コントロールされている様子も見受けられない発熱惑星なのですが、
 コンピュータは注意を促しています。破壊せよ、と」


事実、艦橋のメインスクリーンには宇宙を真っ直ぐに飛んでいく16個の発熱惑星がしっかりと捉えられている。有紀蛍は、不思議そうな表情をするキャプテン・ハーロックに向き直り、しっかりと躊躇いなく応えた。迷いは見せずに端的に伝えること。これが海賊船には大切なのだと蛍は確信している。


「破壊されますか?」


「いささかマズいところに来たな、これは」


ハーロックが呟く。蛍も同意の意味を込めて眉をひそめた。小太陽のような熱量を持つ16の発熱惑星だ。破壊するにしてもミサイルやパルサーカノンでは、あまりにも相手が大き過ぎる。


「台場くんに言って試射を一時中断してもらいましょうか」


「いや、それでは対応が遅れるな。コンピュータが破壊せよ、と言うのなら
 早々に決着をつけた方が良い。有紀くん、取り舵いっぱい。主砲を右舷
 45度プラス25度へ」


「キャプテン、でも主砲は……」


改造中なのだ。このキャプテン・ハーロックという男、時折常人には無茶と思える行為を平気でする。蛍は彼のそんなところが気に入っていて、退屈しない、と思っているのだが。


「台場が改造してくれたんだ。大丈夫だよ」


「──…はぁ」


本気か。確かに台場正は聡明な少年だ。勇気もある。このままアルカディア号に乗っていれば、数年後には立派な戦士になるだろう。けれど、今の段階ではあまりにも未熟。彼の才能を過小評価するわけでもないが、過大に評価することも危険だ。それなのに──この男は。


「台場くんを信じますか?」


「君は信じていないのか有紀くん。いや……台場を信じるのも勿論だが、
 俺はやはりこの艦を信じている。台場が少しくらいしくじったって平気
 だよ。それより目標は?」


「右舷45度上方25.3度18個で一塊です。距離27万宇宙キロ接近速度80」



「斉射三連──撃て!!」





──ハーロック、待て!!



突如として脳内に響いた“声”に、蛍はびくんと身を痙攣させる。
と、同時にハーロックが吼えた。身を捩るように艦が震える。いつもは
真っ直ぐに伸びていく光線が──ぐにゃりと不自然な歪曲をして。


 ずうぅぅぅぅぅん……。


艦全体に振動が落ちる。機器系統に小さな静電気の稲妻が走り、ぐらりと艦橋が斜めになった。


「おい、何だこの猛烈な反動は? それに──さっきの“声”」


蛍が必死に壁に手をついて身体を支えているというのに、ハーロックは余裕な顔でその場に踏み堪えている。重力ブーツの性能の差か。はたまた脚の筋肉から作りが違うのか。手ぐらい貸して欲しいものだ、と思ったが、ハーロックは基本的に鈍感だ。しかも、彼の認識としてまず、戦闘用の気密服を着ている女性は女性として換算されていない。蛍が何とか自力で体勢を立て直したその時。



「ハーロック! てめぇ無茶苦茶しやがるな!!」



艦橋の正面扉が乱暴に開いて(と言っても自動ドアなのだが)、1人の男が
ずかずかと遠慮無しに入ってきた。

切れ長の黒い瞳。やや無精髭が濃いものの、瓜実型の輪郭に整った顔立ち。
すらりとした肢体に、ぴったりとしたタイツ型の戦闘服を着こなしている。

何より特徴的なのは女のように長く伸ばした──混じりけのない漆黒の髪。


右腕に気絶した台場正を軽々と抱えて、漆黒の男がハーロックに詰め寄った。


「エネルギーの殆どを主砲に回してるってぇのに微調整もしないで撃ち
 やがって。異常反動とエネルギー負荷に耐えかねて、改造ポッドが爆発
 したぞ! おまけに眼鏡も割れちまった。どうしてくれる!!」


男はレンズに罅の入った眼鏡を床に叩きつけた。長い脚の爪先で、ぐしゃ、と乱暴にとどめをさす。


「あ……?」


誰何しようとして蛍は気付く。この、声。


「あぁ──すまんな、魔地」


ハーロックが何でもないように男の肩を叩いた。魔地。そうだ。この男の薄い唇から発せられているのは間違いない。アルカディア号の砲術長兼機関長である魔地・アングレットの張りのあるバリトンだ。

けれど、蛍の記憶にある機関長の姿と、目の前の男にはどうしたって埋められぬ容姿の差が。否、むしろ等身の差が。


「機関長──?」


いつものマスコット的等身の魔地はどこへ行ったのだ。台場を小脇に抱えた彼は、ハーロックと肩を並べている。東洋と西洋の人種の差か、やや線の細い印象は受けるものの、それでも立派な八頭身だ。


「よぅ、蛍」


蛍の視線に気付き、にやり、と男が笑みを浮かべる。その顔が何となく見知った魔地の表情と重なって、蛍はようやく力を抜いた。


「機関長…そのお姿は爆発のショックで?」


「あぁ、ショックを受けると伸び縮みするンだよ……俺」


「台場くんは大丈夫なんですか?」


「まぁ気絶だな。こいつも中々受け身上手いぜ」


台場を見下ろす魔地の眼差しはどことなく誇らしげだ。「血が出てるぞ」と
ハーロックが魔地の額に触れた。


「おまけに火傷の匂いもする。台場は何ともないだろうが、お前の方が」


「ふん。20年近く基礎運動サボってきたからな。自業自得というものさ。
 ちょっと医務室行ってくらぁ。修理はヤッタランにでも頼んでくれ」


「わかった。Drゼロによく診てもらえ。台場だけじゃないぞ。お前もだ」


「あぁ、了解」と悠々とした足取りで去っていく魔地。ハーロックの言ったように火傷や怪我を負ってようにはとても見えない。


「……ショックを受けると伸び縮みする体質なんて、変わってますね。
 機関長」


「何を言ってるんだ有紀くん。そんな人間いるわけないだろう。魔地は移民
 だがれっきとした地球人だよ」


冷静な所作で艦の体勢を立て直すように指示を出し、ハーロックが不思議そうに蛍を見つめてきた。どこか、作り物のような鳶色の瞳。蛍は不覚にもどきりとする。──こんな風に真正面から見つめられたことなど、一度もない。


「で、でもキャプテン。機関長がさっき……」


「魔地はふざけるのが好きな男だ。伸び縮みなんて。彼がいつ縮んだという
 のだ? いつもあの姿じゃないか」


「いつも?」


嘘だ。蛍が知っている魔地・アングレットという男は、あんな姿形をしてはいない。

彼は。ハーロックの作り物のような瞳。蛍のそれとは、まるで違う世界を映しているような。


「キャプテンには、機関長がいつもあの姿のように見えるのですか」


「俺には、いつも真実しか見えない。有紀くんは違うのかな?」


「──…えぇ、多分」


真実など。それがただの主観でしかないことを蛍は熟知しているのだ。例えば台場正の見たモノが『座敷童』であったように。そして、同じモノを見たヤッタランがそれを『幻覚』と片付けてしまったように。
本当の真実なんて、多分他者の中には存在しない。ならば幽霊も、先程聞こえた“声”も蛍の中にだけ存在しているということになる。ハーロックが主砲を撃てと命じたその瞬間に、脳内を痺れさせたあの、“声”。


「ところでキャプテン。先程、“声”がどうのと仰有っていましたけど」


ハーロックを呼んでいた、あの“声”。


「あぁ。有紀くんにも聞こえたか。と、すると幻聴の類ではなさそうだな。
 マゾーンの妨害工作か……はたまた別の敵のものか」


「敵意があるような“声”ではなかったように思いますわ」


「そうだなぁ」


腕を組んで、天井の巨大スクリーンを仰ぐ。蛍も彼に倣ってスクリーンを見上げた。破壊し損ねた発熱惑星群はそのまま真っ直ぐに宇宙の闇へと吸い込まれていく。


「艦に異常はないか?」


「はい。表示灯オール・グリーンです。あら、台場くんが書き換えたエネル
 ギー配分率のプログラムが書き直されている。こんな短時間のうちに一体
 誰が……」


持ち場に戻ってモニタを覗くと、先程まで試射モードになっていた主砲のエネルギープログラムが全く元通りに組み直されていた。秀才であるヤッタラン副長ですら考えられないような早仕事である。


「ヤッタランが動いたのかな? それにしても早過ぎる仕事だが」


ハーロックも同じように考えたようだ。蛍の肩越し、モニタを覗く。


「──…違うな。ヤッタランはポッドの修理で手一杯のはず」


きゅう、と引き締まる眦。蛍はただ沈黙してハーロックの横顔を見つめる。
何となく──台場の言っていた“幽霊”と関わりがあるような気がしたのだ。

真実しか見えないと言い切るこの男には、見えるのだろうか──“ゴースト”が。


「有紀くん」


モニタを見つめたまま、ハーロックが顎を擦る。


「先程の“声”は──何と言っていただろう」


「待て、と言っているように聞こえましたが」


正確には「待て、ハーロック」か。どことなく人工的な、けれど澄んだ、
透る“声”だった。


「俺の名を呼んだな」


「はい」


「──……」


暫く逡巡するように沈黙して。ハーロックがマントを翻す。


「キャプテン──? どこへ」


まだ発熱惑星の脅威が去ったわけではない。蛍は慌てて艦長を引き留める。
ハーロックは立ち止まり、ゆっくりと蛍を振り返った。



「……すぐ、戻る」



「──…あ」


言葉を、失った。ドアが閉まる音を前に、蛍は暫く立ち尽くした。


「……なに、今の顔……」


いつもの見知ったハーロックの顔ではない。あの瞬間、蛍と目を合わせた
あの一瞬のハーロックの瞳。


「まるで……子供……」


作り物のような質感が剥がれ落ち、今にも泣き出しそうなほど潤んだ大きな鳶色の瞳には、幼い少年のような不安定な光が。




「誰の“声”を聞いたというの──?」




このアルカディア号は男の艦だ、と何度も聞いた。男の魂が宿り、信念を
持つ男だけが乗艦することを許される神聖なる宇宙戦艦。

あの“声”は、艦に宿る女神の声か。古来より、海を征く船には航海と指針の女神が宿るという。遠く時を経てもなお、女神は艦を導くのだろうか。
否、この艦には男の魂が宿っているのだ。それは、何度もハーロック自身から聞いているではないか。

いるのだ。過去にマゾーンがスキャナーや精神センサーを使ってまで何度も確かめようとした“誰か”が。


「……私にも、真実が見えてきたのかしらね……」


誰の主観も寄せ付けぬ、ただの真実。
ならば、台場の見たものと先程の“声”は同じモノだ。この艦にいるのは
確かに“誰か”の“ゴースト”なのだ。


蛍は僅かに興奮が沸き上がるのを感じた。

















●蛍さんは賢い女性だと思います。戦闘指揮官なので、恐らく台場くんよりも状況分析は早いかも。機関長……これがやりたかったんです。何となくこの人の正体が見え隠れ。ハーロックには最初から大きい方の姿しか見えてないんです。Ghost in the Ship・3に戻って読み返してみると、何となく判るかも(汗)。
……仕掛けたつもりかよ。私。

●あと一回続きます。何だかお題から遠く離れ過ぎてる気が(自滅)。



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