Ghost in the Ship・4



──本当は、墓なんか見たくなかったんだ。
少しだけ盛り上がった乾いた土と、既に死んでしまって久しい艦と。
君の頭の上でいつも風を受けていた帽子。


こんなモノが──見たかったわけじゃないんだよ。


見ていたかったのは君の笑う顔。君の背中。血と肉と魂をもって、
君が傍にいてくれる日々。

たとえ君の手と足が、その機能を果たさなくなる日が来て、君がそのことを
嘆くなら、僕はいつだって君に何もかもあげるのに。


僕の望みは、そんなにも贅沢な願いだっただろうか?



+++


──墓すら無いのは寂しいと思う。
いつか、誰も彼もが君のことを忘れるだろうから。
誰も彼もに忘れ去られて、君の愛したあの小さな世界は何事もなく
平穏無事な日常に戻っていく。


そんな明日を──君は望んでいたのだろうけど。


君の形が、もうどこにも無いのは悲しいと思う。
僕が君に花を手向けようと思うとき、

もうどこに花を添えて良いのかわからないんだ。



+++


だから、僕がもう一度君に会いたいと望むときは、優しく騙してくれないか。
名前を呼んで、僕の中にある思い出のように笑ってくれるなら、

──僕は、きっと疑わない。



★★★


「17番目の“エルダ”──…ですか」

台場正が俺の背後で息を呑む。「そうだよ」と、俺──魔地・アングレットは
自分のことでもないのに胸を張った。


「キャプテン・ハーロックの親友大山敏郎は叡智の使徒。地球では確か
 2人目の“エルダ”だったか? 最年少記録も塗り替えたとか」


「え、えぇ──はい。地球で一番最初に“エルダ”の称号を取ったのも
 確か大山性の人ですよ。その人は13歳でナンバー14を取得したとか
 しないとか……」


「あぁそりゃ敏郎の父親だよ。グレート・ハーロックの親友で、惑星タイタ
 ンの開発責任者だって話」


「凄い血統なのですねぇ」


ほぅ、と台場が溜息をつく。血統。“エルダ”の才能は遺伝するのだ。
その確率は“エルダ”血統を持つ片親が男であった場合は20%以下、女で
あった場合は──70%以上。


「凄いと言えば男の“エルダ”っていうのも珍しいんだぜ。20人から成る
 “エルダ”のナンバーズで、男なのは僅かに3、4人だって言うしな」


「はぁ、有名なところでは医療惑星『メディカル』のマスターDrジャック・
 クロウヴァ氏でしょうか。でも、“エルダ”には女性が多いなんて話、
 今まで知りませんでしたよ? 有名な話なんですか」


「──…まぁな」


自分でも、表情が険しくなってきたのがわかる。背中を向けてて良かったよ、と俺は機関室の扉に手をかけた。


「元々“エルダ”っていうのは支配階級の影で知的に暗躍する生き物だから
 な。Drジャック・クロウヴァみたいに表舞台に出てきてる方が珍しいん
 だ」


「成程。でも、“エルダ”に関わっている人達っていうのは案外有名ですよね。
 キャプテンとか、キャプテンの父君グレート・ハーロックとか。あ、あと
 歴史的に有名なのはアレですよね。イボウル星系・第5惑星『女神の子宮』で
 “エルダ”の護衛を務める宇宙最強の空間機動騎士団『ナイツ・オブ・
 グローリィ』!!」


ぽん、と無邪気に手を叩く台場。俺の指先が、ひく、と痙攣する。


「機関長も御存知でしょう。宇宙最強。アルカディア号もまだ彼らと
 戦ったことは無いのでは?」


「まぁ──無いだろうな。この艦が完成する前に、あの星系の殆どが
 政治的に空中分解しちまったし。『女神の子宮』も、“エルダ”の血統が
 絶えちまってからは得意の遺伝子操作術も廃れちまったみたいだしな」


「あぁ、確かあの星は遺伝子操作の大御所でしたね。品種改良や遺伝子
 治療、果ては人間の品種改良まで──…お父さんがよく話してくれまし
 た。『女神の子宮』が“エルダ”を失ったのは、触れてはいけない部分に
 まで実験の手を伸ばしたせいだって。そのせいでヴァルハラ星域の怒りを
 かったとか」


「──かもな」



9番目の“エルダ”、シーラ・ナゼクター。黒く、銀色に輝く長い髪の。



機関室の扉を開く。途端に押し寄せてくる熱気と熱風。熱の殆どない柩のようなこの艦で、ここだけが唯一脈動している。アルカディア号の──心臓。

俺はことさら明るい笑顔で、台場少年に向き直った。


「さぁ、到着だ。」




★★★


アルカディア号機関室──。縦に長い空間の全てが、エンジンから発せられる熱で赤く発光している。ごうんごうんと規則的に鳴り響くモーター音。
顔に吹きつける熱風に、僕は思わず目を細めた。


「どうだ? 活気に満ちていて熱いだろう? そりゃ、戦闘機に乗って
 戦うのも男らしくて格好良いが、ある意味この最新戦闘艦アルカディア号
 のエンジンと戦うのも男の道だ。──そうだなてめぇら!!」


へい! と機関長の声にクルー達が元気良く応える。確かに、ここの熱気に
比べたら艦橋は静かなのかもしれない。


「それで? 主砲に触らせてくれるというお話でしたが」


「あぁ、うん。お前の本職は技術屋だろう。座敷童がどうのとか言っている
 より機械をいじっている方が楽しいんじゃないかと思ってな」


「座敷童は──」


──まさか、大山敏郎氏の“影”として存在しているとは言えない。僕は
語尾を曖昧にして頬を掻く。機関長はそんな僕を気の毒そうに見上げ、
「まぁ、難しい年齢だからな」とだけ言った。一応、僕の目論見は成功しているようだ。
ただし、この艦の人達のお人好しさ加減を少々計り間違えてはいたようだが。


「座敷童はなぁ──アレだ。うん。主砲いじってる間に忘れちまうさ。何せ
 キャプテンも心配してるしな。大事な人を亡くすってことに関しては、
 アイツも情け深い反応をするようになったモンさ」


「それは……やはり敏郎さん──いえ、親友さんのことで?」


僕は先に進んで機関室の中心部に辿り着く。小さな椅子とエネルギー配分や
残量、エンジンシリンダーの回転数などを計算するためのメインモニタ。
恐らくはここが機関長の席なのに違いない。僕はパネルを操作して、現在の
艦のエネルギー配分をピックアップした。


「ふぅん…エネルギー出力0.00008%。まるで波任せの帆船並ですね」


「敵がいない。戦闘する必要が無いなら、波任せでも充分だろうが」


「マゾーンと戦いの真っ最中だというのに?」


「この艦の本気をあまり見せつけ過ぎない方が良いということだ。何に
 おいても余力は隠しておくものだ。敵を懐深くに侵入させる──その瞬間
 まで」


「まるで戦い慣れているような仰有りようですね」


「……まぁな」


この艦にも乗って長いからな──機関長がちょこんと椅子に座る。僕は彼の
傍らに立ち尽くしたまま、彼が操作するパネルを眺めた。


「ほら見ろ台場。これがこの艦のウエポンシステムの展開図だ。3Dで見せて
 やろう。これがミサイル、これがパルサーカノン、これが」


「アルカディア号主砲──…」


緻密さを極めたような展開図。たかがノートパソコン程度のモニタの広さに、
主砲を機能させる回路の一つ一つまでが手に取れるような程の精密さで、それは僕の眼に入ってくる。恐ろしいほどの情報量を、素人にさえわかるような簡潔さで3D映像に起こしているかと思えば、経験と知識を積まなければ解らないような難解なプログラム構築を要求している機関もある。
これは──地球のロケット工学部でさえも見ないような。



「──……美しい!!」


回路の流れさえも絵画のようだ。クラシカルな艦の外装そのままのデザインセンスが内部にまでも凝らされている。僕の胸が激しく波打つ。
同じ科学者としての嫉妬と……掻きむしられるような羨望と。僕は思わず頬を紅潮させて感嘆していた。


「これがこのアルカディア号のウェポンシステムですか。これを造った人は
 天才ですよ。あぁ、天才“エルダ”なのでしたね。この回路の流れ、エネ
 ルギー配分の完璧さ。シリンダー回転数の緻密さ。0.000001ミリの狂い
 さえない。コンピュータに計算させたって、こんなに完全には」


「コンピュータ以上なんだよ。アイツは」


興奮してモニタを覗き込み、次々にパネルを操作する僕を眺めながら、機関長が腕を組む。僕は、はた、と我に返って上体を起こした。──そうだ。僕には生前の敏郎さんの情報を少しでも集めるという重要な任務が。


「そ、そうだ。そうですよ。コンピュータ以上だなんて。ナンバー17だとい
 うのにそんなにも偉大だったのですか。“エルダ”大山敏郎氏は」


「偉大って……そりゃあ頭は良かったが」


偉大かどうかはわかんねぇよ、と機関長が眉を寄せた。


「何せアイツは変人だったし、奇天烈だったし、突拍子もなかったし。
 まぁ、いつも冷静沈着でアイツの狼狽する様っていうのは見たことが
 無かったが……付き合う方は大変だったぜ。専門分野以外はまるで常識
 知らずだったからな」


「はぁ」


それを言うならキャプテンだって相当に突拍子も無いが。と、言うより何を
考えているのかさっぱりわからない。常識知らずというのならあの人だって。
僕が言うと、機関長は「いやいや」と首を振る。


「確かにキャプテンも相当に破天荒だ。だけどな、敏郎の変人ぶりっていう
 のはそういうことじゃねぇんだよ。アイツは何て言うか──諦めを知ら
 ねぇ」


「諦め? そんなもの、この艦に乗っている人間なら誰だって知らないもの
 と思ってましたが」


「物事に対する諦めじゃねぇよ」


ぎぃ、と椅子の背を軋ませて、機関長が僕を見上げる。


「キャプテン──もうまどろっこしいからハーロックと呼ぶが、ハーロック
 と敏郎には共通点が幾つもあってな。偉大な父親と早くに永別したところ
 とか、幼くして自身の才能を開花させちまった早熟の天才なところとか、
 集団でいると妙に浮いちまうところとかな。まぁ、似たモン同士だから
 こそ、アイツらは唯一無二の親友同士だったんだと思うぜ。実際、アイツ
 らが意見の相違で喧嘩してるところなんざぁ見たことがなかったしな」


それも、2つのコトを除いてだが──。機関長はパネルを操作して宇宙から見た地球の映像を映し出す。暗い宇宙空間の中で、蒼く美しく光り輝く惑星。僕に取っては既に捨てた故郷だ。

そして、恐らくはキャプテンにとっても。


「コイツと機械化人に関しちゃあハーロックと敏郎の意見は真っ向から食い
 違ってたな。ハーロックは地球の人間なんざぁ大嫌いだったし、機械化人
 も信じちゃいなかった。まぁ、ハーロックにとってはどっちも憎むべき
 仇なんだろうけどよ。それとは対照的に敏郎は人類擁護派でな。どれだけ
 グータラでスーダラでも人類の明日を信じるなんて言いやがる。この進化
 することを止めちまって久しい硝子玉みてぇな星でも好きだと口癖みたい
 に言ってやがった。ま、移民惑星で育ったアイツにとって、地球は一種の
 憧れだったみたいだが」


「はぁ」


──そんなものなのだろうか。地球で生まれ、地球で育った僕には今いち
ピンと来ない話だ。母を死なせ、父の警告を無視した星。せめて父の鳴らした警鐘に即座に反応してくれる人が1人でもいれば、マゾーンなんかに殺されずに済んだかもしれないのに。

僕は地球の映像を見つめる。

進化することを止めて久しい硝子玉の星。何とも的確な表現だ。機関長の
言うとおり、今の地球は硝子玉にも等しい。それも、マゾーンという鉄球に
転がり向かわれ、為す術もない脆弱な。


「──よく、わからないです」


「そりゃわかんねぇだろうさ。地球で生まれて地球で育ったお前にはな。
 これも敏郎の口癖で恐縮だが「生きとし生けるものはその身に自身の起源
 を持つ星の構成要素を抱く」という。どれだけ遠く離れた場所に育っても
 自分という『魂』を包む血と肉が、己の真の故郷に焦がれないわけがねぇ。
 生まれてこの方地球に縁の無かった俺でさえこの星を見たときは背筋が
 ぞくっとしたモンさ」


機関長がモニタを一撫でする。──やっぱり、僕にはぴんと来なかった。


「機関長は地球の生まれでは?」


「俺は移民っ子だよ。イボウル星系・第5惑星惑星『女神の子宮』出身。
 尤も、さっきお前が褒めちぎった宇宙最強の空間機動騎士団『栄光の騎士
 団』様とは遠くかけ離れた身分だったけどな」


『ナイツ・オブ・グローリィ』のことを銀河共通語ではなくイボウル星系語で『栄光の騎士団』と言ったところを見ると、機関長は本当に『女神の子宮』出身のようだ。今は地球でも珍しい純粋な黒い髪黒い瞳。僕は機関長の横顔を暫く眺めて、「それで」と話を続けた。


「機械化人について、というのは? まぁ、何となく見当がつくんですが
 ……大山敏郎氏は機械化肯定派なんですか? 少々、意外という気がしま
 すが」


「機械化、なぁ……。今となっちゃぁ皮肉でしかねぇが、敏郎は機械化その
 ものを肯定していたワケじゃねぇよ。ただ、機械化人だからって残酷だの、
 非道だのって目で見るのは止めろって言ってただけだ。ハーロックを諫め
 るためにな。詳しくは知らんが機械化人はハーロックにとって仇にも等し
 い存在らしくてな。たとえ子供の機械化人でも、あの野郎、ゴキブリ見る
 ような目で見やがる」


クソミソ一緒くただな、と機関長が口元を吊り上げた。何となく、それは
僕に対する皮肉にも聞こえる。父を殺したマゾーンはもういないのに、仇を
取ると言ってこの艦に乗ったこの僕への。


「………」


問い質したい気にもなったが、止めた。それじゃあいかにも子供っぽい。
代わりに僕はパネルを操作して地球の映像を消した。


「わかりました。色々お話ありがとうございます」


──大山敏郎という人は、天才で理知的で聡明だ。ざっと話を聞いただけでもそれは十二分に伝わった。僕が出会った『あの人』も、理知的で聡明な言葉を語った。これで、問答・会話形式による自立思考プログラム法で尋ねることをもう少し絞れる。


「それはそうと──主砲ですが」


「主砲? お前って会話の切り替えが少々唐突でないか?」


モニタにアルカディア号主砲のデータを映し出す。機関長が呆れながら僕の顔を見上げた。僕は「はぁ」と生返事をしながら主砲の3D図を示す。


「激発装置に改良が必要だと思います。ターレットギアの変速比と動力の
 強さを変えておかないと……。数度戦ってみてわかったのですが、マゾー
 ンの戦闘艇は速いです。多分、そのうちに主砲では追尾しきれなくなる 
 ときが来ると」


「お前、たった一瞬展開図とデータを見ただけで、頭の中でマゾーンとの
 戦闘と平行させてシミュレートしてたのか? 天才の技だなぁ。えぇおい」


「天才なんて……僕なんか精々秀才です。ヴァルハラ試験の受験資格も
 与えられなかったし」


──エネルギーブレッドの射程も、改善出来るか。僕は軽く親指を噛む。
「はぁ?」と機関長が眉を寄せた。


「ヴァルハラ試験なんざぁ、スペースネットで試験問題ダウンロードすりゃ
 良いだろうが。自分用のパソコンさえあれば誰だって」


「地球ではそうじゃないですよ。もう何年も前から、発信源さえ特定出来
 ない“神の領域”から配信されるあの試験は、名のある大学の研究室や
 軍の施設で沢山の賞や論文を評価された人にしか受験資格の与えられない
 特別な権威なんです」


「ありゃりゃ、そんなこったから地球に馬鹿が浸透する」


機関長が戯ける。「そのとおりですよ」と僕は一通りのデータをプリントアウトした。


「父もよくそう言ってました。でも、そうやって上の人のことを批判する
 ような人間には受験資格は与えられませんから。でも、父や父の友人だっ
 たクスコ教授も──本当に頭の良い人達は、みんな地球連邦の上層部の
 やり方を軽蔑してた」


「──…知らぬは凡人ばかりなり、か」


機関長が肘をつく。「行きましょう」と僕は機関長のバンダナをつまんだ。


「主砲、いじらせてくれるんでしょう? 取り敢えず今言った改造を
 行ってみたいです。砲塔への回路を切って独立させて頂けませんか?
 魔地機関長」

















●これで3分の2終了。だらだらと長くなって申し訳ありません(泣)。ホント、まとめるの苦手だよな東條よ。

●作中台場くんが言っている「ターレットギアの変則比〜」というセリフは原作からまるっと引用させて頂きました。そう、原作に出てきたシーン使う気ですよ魔地さんのために!←おい。

それでは、もう少しおつき合い下さいませm(_)m。



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