Ghost in the Ship
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アルカディア号には七不思議があるという──。 一つ、開かずのトイレ。 一つ、異次元に繋がる落とし穴。 一つ、誰も触れていないのに動く操舵輪。 一つ、いつの間にか一段増えている階段。 一つ、夜中に目が光るキャプテンの肖像画。 一つ、夜な夜な皿を数える声がする厨房。 そして、七つ目は──……。 ★★★ 「──誰も知らないって寸法さ。聞いたところによるとこの七つ目の不思議 を知ったものは誰1人例外なくこの艦を降りているという──」 魔地機関長の顔が鼻先まで寄ってくる。──酒臭い。僕は、さりげなく顔を そらした。 「アルカディア号七不思議ですか。怖がらせようったってそうはいきません よ機関長」 僕の名前は台場正。父の仇、マゾーンと戦うため、そしてこの大宇宙を旅するために海賊戦艦アルカディア号に乗った40人目の海賊だ。平たく言えば新人だ。艦の人間と親交を深めるべく、こうして魔地機関長の部屋で彼や副長の酒の相手もしているのだが、まさかこんなヨタ話を聞かされるなんて。 「それに、僕は科学者の子ですから。そういう非科学的なことは信じません。 強い子、良い子、科学の子が台場家のモットーですから」 立ち上がる。「あー、馬鹿にして」と、機関長が唇を尖らせた。酔っぱらっているとはいえ、まるで子供の反応である。馬鹿にして、というより──馬鹿そのものだ。信じませんよ、と僕は目一杯冷静に腕を組む。 「大体、開かずのトイレなんて単に鍵が壊れて開かないだけじゃないですか。 修理すれば開くトイレになりますよ」 「ふん、異次元に繋がる落とし穴にはまっても助けてやらねーぞ」 「あれは四次元ダストシュートと言うんです。いくらでもゴミが 捨てられます。廊下のど真ん中にあるのは設計者の遊び心でしょう。 しかも『飛び込み危険』って書いてあるじゃないですか。床にでっかく」 「誰も触らないのに動く操舵輪」 「自動操縦でしょう」 「増える13階段」 「最初から13段あったんです」 「夜中に目が光る肖像画」 「サ●ダーバー●のパクりでしょう。艦長専用の通信装置」 「皿を数える声がする厨房」 「それはマスさんが割れた皿をチェックする声でしょうが。皆さん食事の 最中にも酔って暴れるから」 「七つ目──」 「知った人は全員艦を降りてるんでしょう。脱走の理由を後付けしたに 過ぎませんよ。そもそも七つ目が不思議を誰も知らないっていうのが 怪しいんですよ」 「……可愛くねぇなぁ、お前。こういうときは子供の礼儀としてビビっと けよ」 機関長はすっかり酔いが覚めたようだ。白けた表情で僕を見上げる。そんな顔をされても困るのだ。僕は中途半端な年齢で、大人でも子供でもない気分だし(でも子供扱いされるのは嫌なのだが)、怖くないのに怖いふりをする方が不誠実だと思う。怖くないものは怖くないと、はっきりきっぱり言うのが機関長のためなのだ。何より、この最新型海賊戦艦アルカディア号の機関長兼砲術長を務める男が七不思議などという非科学的なことを信じていては。 「この科学万能の時代に科学では証明されない出来事なんてそうない ですよ。機関長も、異次元に落ちる心配より、今壊れている3番砲塔の 心配をする方が建設的です」 「あー…その口調、その眼差し。どっかの誰かさんを思い出すやなぁ。 IQの高い奴はこれだから。もうちっと幼稚なことにも興味をさぁ」 「──…失礼します。可愛くない子供は寝る時間ですので」 怪談にロマンもマロンもあるものか。これ以上くだを巻かれてたまるか。僕は頬に薄っぺらな笑みだけを張り付かせてドアの前に立つ。 「……夜中、艦内を舞い回る白拍子やねん……」 ドアが開いて。僕が一歩廊下に出た途端、それまで黙っていた副長が口を開いた。あまりにも唐突でさりげない口調に、一瞬何を指しているのか判らなくなる。少しだけ考えて、僕は副長に向き直った。 「──あぁ。さっきの七不思議ですか。副長は御存知で」 「御存知っちうか、ワイは見たねん。丁度こんな日やったわ。珍しく敵襲も 何もない平和な日でな。夜の時間、みんなは寝てもうたけどワイは起きて たねん。そんで、水でも飲もかと廊下に出たとき」 「見たんですか。白拍子」 うん、とあっさり副長は頷く。普段から冗談を言わない人なだけに、妙に説得力があるような。しかし白拍子とは古風だ。おまけに宇宙とも宇宙戦艦とも関わりがない。 「七つ目の不思議とは幽霊話ですか。このアルカディア号に憑いてる?」 「幽霊なんてモンはおらんねん」 副長は茶碗酒をちびりと飲む。ふっくらとした体型のこの人が、背中を丸めて酒を飲む姿は、男の目から見てもちょこっと可愛い。マスコットっぽいのだ、これが。 「幽霊がおるちうことは、死んでも生きとる人と同じように出てこれるっち う ことやねん。それは生きとることとあんまり変わらんがな。人の魂が 死んでからもカタチを持って生きとったら、誰も死んだ人のこと思って泣 かんでもええねん。でも実際は誰も戻ってこうへんがな。せやから幽霊な んてモンはないねん。これがワイの持論やねん」 丸顔のマスコットは、至極淡々と幽霊を否定した。副長は見た目よりずっと頭が良い。男の見た目と能力は、決して比例しないものなのだと、僕はこの艦に来てから随分学んだ。 「でもお前、見たんだろ。夜中に舞い回るシラビョーシ。シラビョーシって 何だよ。シラビョーシは幽霊なのか?」 機関長が副長の顔を覗き込む。白けていたのに立ち直っている。この手の話が好きなのだろう。幽霊だの、超常現象だのという創作めいた話が。 子供っぽい人だと呆れたが、僕も興味を引かれて副長の傍らに膝をついた。何事も検証せずには眠れないのが科学者の血だ。決して物見高いわけではないと自分自身に言い聞かせる。 副長が、ぽりぽりと顎を掻いた。 「白拍子は幽霊ではないねん。ワイもようわからんのやけど、踊り子の一種 やな。女なんやけど、男の格好して踊るねん。ニホンの室町時代くらいに おったのやろか。ワイが見たのは白い着物着てな、こう、廊下と壁の間を ふわりふわりと」 「良いなぁ。雰囲気出てるよなぁ。それでどうした? そいつはどうなった よ。口が裂けてたか? それとも顔が無かったとか、お前に赤いちゃんちゃ んこを着せようとしたとか──」 「都市伝説もラフカディオ・ハーンも学校の怪談もごっちゃやな。しかも 全部幽霊と違う。どうにもなってへんがな。「あぁ人が舞っとる」思て、 ワイはそのまんま台所で水飲んで寝たわ」 「……それはつまんねー目撃談だな。オチがないのは最低だぜ、ヤッタラン」 再び白ける魔地機関長。確かに、オチがなければ怪談話として成立しない。 「と、いうことは、本当に見たんですか。白拍子」 「嘘ついてどうなるねん。2人が七不思議の話で盛り上がっとったさかい、 ワイもとっておきの話をしたったがな。ま、そもそもこのアルカディア号 に不思議なことなんて何もあらへんしな。ちうか、何が起きても不思議や ないっちうか……」 「まぁ、造った奴も奴だし、動かしてる奴も奴だからな」 機関長が、ふん、と口をへの字にして反り返った。副長も「せやな」と酒を 啜る。アルカディア号の艦長ことキャプテン・ハーロックと、偉大な親友。 キャプテンはことあるごとにこの親友を「偉大」と言うが、機関長や副長に してみれば「奴も奴」らしい。今の人類以上の技術をもってアルカディア号を完成させたキャプテンの親友。けれど、その人は同時に廊下の真ん中に四次元ダストシュートを設置するような酔狂者なのだ。天才と変人は紙一重というが、まさにその境界線に属している。 「それじゃあ、副長が見たのもその人の遊び心でしょうか」 「うん……それがなぁ。わからんねん」 副長が、くに、と首を傾げた。 「あん人は確かに遊びの好きな人やったけど、ホンマに非生産的なことは せん人やったねん。せやから、何の役にも立たへんような『幽霊』出す ような仕掛け、造らへんと思うねんけど……」 「その時間も無かったと思うけどな。どのみち、まだ出るようなら問題じゃ ねぇか? ホントにお前見たんだろ」 「まぁなぁ。せやけど、ホンマに何も害のなさそうやし」 「害のあるなしじゃなくって、目的だよ。目的。マゾーンの罠かも しれないぜ。ほら、三次元投影はアイツらのお得意だろ」 機関長の口調が真剣さを帯びる。どうやら、宴席の雰囲気ではなくなってきた。 僕は「寝ます」と一言告げて中座する。「うん、おやすみ」と副長が手を振って見送ってくれた。 「あのな、台場。大丈夫やと思うけど、一応気ぃつけてな。魔地の言うとお りマゾーンの罠かもしれへんし」 「はい。いざとなったら廊下で撃ち合いしてやりますよ」 ようやく支給された小型のコスモガンを軽く振って、僕は廊下に出た。 途端に遮断される先程までいた部屋の音。急に静寂が目の前に広がる。 非常灯の蒼白い光。今夜に限って廊下で寝ている人も──いない。 ──夜中に舞い回る白拍子──。 ──ふわり、ふわりと廊下の壁を。 「……七不思議なんて、非科学的だ」 僕は呟く。ごく、と喉を通過する唾の音だけが、やけにはっきりと耳に届いた。 こつこつこつと足音が目立つ。機関長の部屋から僕の部屋まで2ブロックだ。 それほどの距離じゃない。 ──何に怯えているのだろう。この慣れない暗闇か。それとも──。 正体の知れない幽霊、か。 僕は目をつぶる。光源は足下にある非常灯だけで薄暗い。真っ直ぐな廊下なら 目をつぶっていたって平気だ。見えなければ良い。見えなければ大丈夫だ。 確かに僕はキャプテンや機関長のような大人ではないが無根拠な恐怖に怯え竦むほどの子供でもないのだ。 1ブロック通過する。これで僕の部屋まであと1ブロックだ。──幽霊など、いるはずがない。副長と同意見だ。死者の姿が生前と同じように“見える”ということ。それは死者の再来にも等しい。本当にそんなことが起こるのなら、誰も死者を想って泣くことはない。 そう、もう一度死者とまみえることが可能な場所があるとすれば。それは、多分生きている者の心の中だけ。 ──随分、現実主義的な発想なんだな。それなのに、ロマンチストだ。 「──…!!」 不意に、脳内に“声”が反響した。ぴり、と全身に電気刺激のような疼痛が 走る。 「だ、誰だ……?」 目を開けて周囲を見やる。無人の廊下。蒼白い非常灯。 ふわり、と眼前に白いものがよぎった。──白い着物。硬直した僕の頬に、 微かに触れる薄栗色の髪。 ──髪?! 幽霊なんているはずがない。こんなモノは心が見せる虚像なのだ。否、あの つまらない怪談話のせいか。僕の心は無意識の内に軽い暗示にかかっている。 「幽霊なんて──いるはずが!!」 思い切って身を捩る。ふわりと翻る袂。足袋を履いている小さな足が見えた。 影が無い。この薄暗さでも僕の影は見えるのに。 そう。 再び頭に響く声。低いのに──よく透る。非常灯よりも明るく、その姿は 淡く発光している。僕は、ゆっくりと視線を上げた。全身が視界に入る。 幽霊なんて、存在しないよ。在るとするのならそれは──。 白い袴姿。頭には紗の被衣。腰には白木鞘の直刀を携えている。 ──白拍子じゃない。僕は咄嗟にそう思う。白拍子なんかではない。 これは、この姿はもっと儀礼的な──!! さら、と彼の頭から衣が落ちた。 ──死者の肉体と精神パターンの影だけだ。こんな風に、曖昧な人の記憶に形成された。 「──ッ!!!」 僕は刮目する。音の無い悲鳴が僕の耳だけに聞こえた。顔。幽霊の、顔が。 か──お、が。 ぐるん、と視界が反転し、僕は意識を失った。 |
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●キリ番5000始動でございます。お題はズバリ、 1.剣舞をするトチロー。 です! リクエストを下さった土岐 聖華姉妹さま、文章のみ御持ち帰り可ですvv |
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