Playing!・2



★★★


「ルーレットに書いてある項目は6つ。まず、学ランだろ。それからセーラー
 服。それからナースにランジェリーエンジェル。も一つオマケにクマたんの
 着ぐるみ。そして大穴でタワシもある。まぁ、これはコスプレじゃなくて
 景品だな。一年分」


魔地が得意げにルーレット盤を叩く。──確かに、ルーレット盤にはランダムに仕切られた6つエリアがあった。各スペースの大小にばらつきがあるのは、やはり、よりゲーム性を引き出すためだろうか。ハーロックは、ぱちぱちと手を叩いた。


「……一年分のタワシ……?」


「つか、ランジェリーエンジェルって何よ」


ヤッタランと敏郎が同時に首を傾げた。タワシはともかく、他の項目は
学ラン以外女装ばかり。これで一体どうやって勝ち負けを判断するというのか。
ハーロックが問うと、魔地は「あぁ?」と片眉を上げた。


「そんなの、男装ばかりじゃ『イヤーン(赤面)』にならねぇだろうが! 
 しかも男の誇りを賭けてンだぞ。恥ずかしくねぇと話になんねぇだろーが」


「と、言うことは──だ。この勝負、より恥ずかしい格好に当たった奴の負け
 ということか……? 勝敗の判断基準が今いち曖昧だな」


敏郎が露骨に嫌な顔をした。ヤッタランも何とも言えない顔をする。頭脳派の2人にとって基準が“曖昧”であるということは何よりも不快なことなのだ。


「ってことは、逆に言えばどんな格好が当たっても、恥ずかしくなければ
 勝ちってことか。確かに頭は使わなくても勝てそうだ。このルールは嫌いじゃ
 ないな」


ハーロックは首肯する。動体視力には自信があるし、ランジェリーエンジェル以外なら、何とか胸を張れそうだ。そもそも見ているのがここにいるメンバーだけならば、恥じ入ることなどそんなにない。

どうせ、公衆浴場で石鹸を共有するような仲なのだ。


「そうだろそうだろ。ま、パンツ一丁まで体験した俺は、既に恐れるもの
 など何一つ無いしな。順番はどうする? ジャンケンにするか」


魔地は嬉しそうに手を叩いた。敏郎が何事かを言いかけて、止める。
多分、「こんな勝負は嫌だ」とか、「俺は降りる」とか、そういうことを言いたかったのだろう。男らしくない言動なので引っ込めたのだ。


「トチロー。順番決めるの、ジャンケンで良いか?」


ハーロックは腰を折って親友の顔を覗き込んだ。嫌なら嫌と言っても良いのに。


「問題ねぇよ。──始めようぜ」


決して自分の言は曲げないのだ。「最初はグー」と拳を突き出す敏郎に、
ハーロックは微笑し、彼に倣って拳を出した。



「最初はグー! ジャンケンポイ!!」



数度あいこが続いて。魔地、ヤッタラン、ハーロック、敏郎と勝ち抜ける。
大トリと決まったその瞬間、敏郎は「げぇ」と低く呻いた。


「──これって、ある意味滅茶苦茶不利じゃないか……? どうせコスプレ
 がかぶるのは無効なんだろーが」


「当たり前だろ。衣装は一着ずつしか用意してねーもん。サイズは2種類
 用意してあるけどな」


全く悪びれる様子もなく、魔地がダーツを手に取った。トリがルーレットの回転ボタンに足をかける。クェェ、と彼女が一声鳴くのを合図にルーレットは激しく回り出した。


「さぁーて、この魔地・アングレット様の実力、とくとご覧じろ」


魔地はダーツに軽く口付ける。眼差しが、いつになく鋭くなった。


「魔地はあぁいうの得意なのかな」


ハーロックは囁いた。敏郎が壁に背をくっつけて「ふん」と唸る。


「魔地はそもそも戦闘要員として誘った男だからな。まぁ、エンジンをいじっ
 ているよりは得意だろうさ」



「ちょっと背後でうるさいぜ──っと!!」



魔地の舌打ち。短い風切り音。とすっ、と軽やかにダーツはルーレットに命中した。トリが停止ボタンに足をかける。


「さぁーて、何に当たったかな。俺としてはクマたんが希望なんだが」


「クマたんは普通だなぁ。魔地ならランジェリーエンジェルもいけるんで
 ないか? 何せパンツ一丁生活体験者だ」


屈託無くトチローは額の上に手を翳す。ランジェリー・エンジェルな魔地。
思わず想像して、ハーロックは気持ちが悪くなった。


  がらがらがらがら……きしっ。


ルーレットが、完全に停止する。ダーツが刺さっていたエリアは──ナース。


「だーっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!」


敏郎が容赦なく魔地を指差して笑った。ナース。ナース、看護婦さん。決して野菜のナスではないのだ。


「バーカ! 自業自得とはこのことだ愚か者め!! さぁやってもらおうじゃ
 ねぇかナース。スカートは短めにしろよ、新人機関長さんよぉ!!」


「ふん、そのうち泣くのはお前だぜ敏郎。てめぇこそ辱めを受けやがれ!」


衣装の入った箱を抱えて、魔地が自作の試着ルームに移動する。


「じゃあ次はワイやな。一番恥ずかしないのが当たるとえぇなぁ」


「一番恥ずかしくないのは学ランかな。ヤッタラン、頑張れ〜」


キャプテンの声援を背に受けて、ヤッタランは雄々しくルーレットの前に立つ。ルーレットが再び回転を始めた。


「ヤッタラン! 今だ!!」


惜しみなく幼馴染みを応援するハーロック。


「ランジェリー・エンジェル目指して投げろよ、ヤッタラン!!」


敏郎は無論、一刻も早く不吉な項目の消去を願っているようだ。両拳をぎゅっと握っている。ばたばた、とヤッタランが地団駄を踏んだ。



「あーもう! ホンマにうるさいなぁ!!」



  がらがらがらがら……とすっ。


少々頼りなくはあるが、ダーツはぎりぎりルーレットに命中した。


「……クマたん」


ヤッタランが引き当てたのは──クマたん。


「よっしゃぁ!! ぎりぎり許容範囲内や! 貰ったで3億!!」


ぴょこーん、と歓喜の声を上げてヤッタランが飛び上がる。ちっ、と敏郎が舌打ちした。ハーロックは少しだけ残念な気分になる。本当は敏郎が着れば可愛いかも、と、ちょっとだけ思っていたのに。


「やったなヤッタラン! はい、クマたん」


──まぁ、ヤッタランでも可愛いだろう。ハーロックは満面の笑みで衣装箱を手渡した。ほなな、とヤッタランは敏郎の肩を叩いて試着ルームに消えた。これで残ったの選択肢はタワシか学ランのみ。


「さぁーて、狙うぞ学ラン!」


ハーロックはぐるぐると腕を回した。





★★★


──ハーロックの狙いは、やはり学ランか……。


敏郎は身震いした。全身これ運動神経のハーロック。彼が狙いを外すことなんて、天地がひっくり返る確率より低い。
しかし。ここでハーロックが外してくれなくてはセーラー服かランジェリーかタワシ(一年分)になってしまう。女装は勿論嫌だったが、一年分のタワシなど敏郎の人生において全く不必要なモノなのだ。どれに転んでも嫌は嫌。


──こうなったら少々姑息だが。


ハーロックが構えて大きく振りかぶった瞬間、敏郎は「ハーロック!」と声を張り上げた。


「へ? 何だよ、トチロー」


ダーツを投げるタイミングは完全に外した。笑顔で振り向いたハーロックに、敏郎は罪悪感を押さえつつも「あのさ」と続ける。


「み、ミーメはどうしたんだよ。お前ら、一緒に出かけたろ」


「あぁ、ミーメ? 彼女ならエメラルダスと一緒だぞ」


とすっ。やや軌道はそれたものの、ダーツはルーレットのほぼ中心に突き刺さる。早く止まれ! と敏郎は心から念じつつ、不自然な文脈の会話を続ける。


「エメラルダスと? 一体何で」


「買い物の最中に会ったんだよ。ミーメは宇宙人だけど女の子だし、男と
 一緒じゃ買い辛いモノもあるでしょうって、エメラルダスが。後でこっち
 に送ってくれるってさ。心配ないよ」


  がらがらがらがら……ぴたっ。


ルーレットが停止する。クエェ、とトリが羽を広げた。ハーロックが「おぉ」と向き直り、敏郎は恐る恐るルーレットに刺さったダーツを探す。──ハーロックは親友なのだ。せめてタワシであってくれ、と。

魔地のナース姿は吐けば済むが、ハーロックの女装を見るのだけは耐えられそうにもない。


ダーツはルーレットのほぼ中心。けれど、確りと『学ラン』と区切られたエリアに突き刺さっている。


「──……学ラン、か」


「やった! 狙いどおりだ!!」


嬉しそうに指を鳴らすハーロック。敏郎は安堵と落胆の溜息をついた。一瞬でも親友の足を引っ張ろうとした自分が悪いのだ。誰を責めることも出来ない。
それに、彼の実力ならば一定の速さで回るルーレット盤に狙い通りにダーツを当てることなどいとも容易いはず。
結局、敏郎が話しかけようとかけまいと、武闘派の親友は学ランを取得していたに違いない。


「……あーぁ、俺の負けか……」


ダーツを手に取り、肩を落とす。背後でハーロックが着替え始める気配。人並み外れた美貌を誇るこの男なら、何を着たって似合うはずだ。


「今から俺に要求すること考えとけよ、ハーロック」


敏郎は半ば自棄になってハーロックを振り返る。気密服を脱ぎ捨て、上半身を晒した年若いキャプテン。逞しく引き締まった筋肉が男の目にも眩しいほどだ。


「何だよトチロー。やってもしないうちから負けだなんて。お前らしく
 ないぞ」


ハーロックが眉を顰めながらカッターシャツに袖を通す。大きな彼の瞳には、純粋に勝負を諦めようとする敏郎への非難があった。


「タワシ一年分当てればトチローの勝ちだよ。だってこれはコスプレ勝負だ
 ろ。恥ずかしいコスプレをした奴が負けなら、してない人が一番勝ちじゃ
 ん。魔地とも俺とも真剣勝負してンだから、最後まで全力を尽くせよな!」


「ハーロック……」


激励してくれているのだ。誰よりも純粋で、誰よりも仲間想いな大親友。敏郎は一瞬でも彼が外すことを望んだ自分を一層恥じた。そして、改めてこの男の器量の大きさに感服する。


──…まぁ、タワシいらねぇって時点で、俺の気持ちは負けてるけどな。


それでも、タワシを当てれば勝ちというなら勝ってやろう。気を取り直し、敏郎はタワシのエリアに向かってダーツを構えた。トリが回転ボタンに足をかける。ルーレットが回り出した。


「落ち着け──銃は当たらなくったって、この程度の距離なら」


タワシだ。タワシを狙うのだ。確りとタワシの文字だけを見据え、心を無にしてダーツを放てば──!!



「あーっ! 考えた。考えたぞトチロー!!」



不意に、ハーロックが素っ頓狂な声を上げる。すぽん、と敏郎の指から力が抜けた。


「な、何だよ何だよ。一体何を考えたってか? ハーロック」


ダーツはひょろひょろと飛んでいってしまった。結果が怖くて、敏郎は早々にハーロックへと向き直る。


「何って、俺が勝ったときの要求だよ。トチロー、最近風呂入ってないだろ。
 大層臭いもんな! よーし、俺が勝ったら風呂入ろう!! そんで、背中を
 流しっこしようぜ!」


「ふ──風呂だと……!!」


風呂は嫌いだ。敏郎は泳げないのだ。熱い湯の中に長時間浸かっているだけで溺れそうになる。頭が火照ってくるのも苦手だった。盥の中で水浴するのが、一番気持ちの良い身清めの方法なのだ。


「ジョーダンじゃない。風呂なんて入ってたまるか。絶対に俺は勝つど! 
 俺は──!!」


はっとして、ルーレットを確認する。緩々と回転を止めようとしているルーレット。ダーツは、かろうじて隅の方に刺さっていた。



『セーラー服』のエリアの隅っこに。




「トチローセーラー服決定!!」


すっかり学ラン姿を整えたハーロックがVサインする。「お揃いだねぇ」と喜ぶ彼の姿に、敏郎は彼の素っ頓狂な大声が計算だったのでは、と意地悪く疑ってみる。けれど、大輪の花の如き笑みを浮かべるハーロックの顔には微塵の悪意も無い。単純にセーラー服の敏郎が見たい、という好奇心だけの喜びに満ちている。


「はい、衣装。ここで着替える? それとも試着ルーム行く?」


にこにこと衣装箱を差し出してくる学ラン姿の大親友。──着替えたって恥ずかしくなければ勝ちなのだ。ハーロック以上にはしゃいで見せれば敏郎の勝利は確定する。


──…ってか、死んでも無理だ。そんなの。


この天真爛漫で純真無垢な親友以上にはしゃぐなど。
「試着ルームに行かせてくれよ」と、敏郎は盛大な溜息をついた。
















●1の方にコメント入れ忘れました(汗)。キリ番4000の小説始動です! お題は、

1.ハーロックに化粧されるトチ姫。
2.仮装大会でセラ服着たトチに鼻血ふく学ランハーロック。

ということです。ちなみにセーラー服は東條の命です。あと1回続く予定。リクエストして下さったもんぷち様のみお持ち帰り可でvvv



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