Playing!



惑星『女神の子宮』を離脱して一週間──。
新しく加わった仲間、魔地・アングレットもすっかり馴染み、男所帯の
アルカディア弐号艦は今日も大宇宙を押し渡る。



★★★


「ゲームをしようぜ!!」


突然、某大ヒットカードゲームを生みだした少年漫画の主人公のような台詞を
口にしたのは、機関室の掃除を終えて手持ち無沙汰になった魔地・アングレット。黒い髪に黒い瞳の、今は珍しい純粋な東洋人。

静かな艦橋。機械類は全て異常無しの点滅を繰り返している。そんなメインブリッジの中央、主不在の豪奢な艦長席で、ヤッタランは座ってプラモデルを組み立てていた。


「はぁ?」


魔地の言葉に応じたのは大山敏郎。読んでいた本を、ばたん、と閉じて眉を顰める。彼の足下で懐いていたトリが「クェェ」と鳴いた。
静かだった艦橋に蒼白い緊張が走る。
ヤッタランは沈黙したまま、プラモデルを組み立てる手を止めて、2人の会話の成り行きを見守った。


「はぁ? じゃ、ねぇよ。ゲームだよゲーム。ハーロックはミーメと酒買い
 に行っちまっただろ。俺は自分の部署の掃除も終えたし、お前らは暇そう。
 退屈って言うのは人生の敵だよなぁ。そう思わねぇ?」


「その考えには賛同しかねるな、魔地。人生には無駄とも思える時間も必要。
 それに、俺は暇じゃないよ。本読んでるし」


「本読んでるンだろ。暇じゃん。本なんて暇な時にしか読まないじゃん」


「それは非読書者の思い込みだ。本当の読書家というものは、きちんと本を
 読むための時間をもうけて読書をしている。本を読んでいる人間を総じて
 暇な人間だと思うことが間違いなんだよ」


「ッかー屁理屈! 敏郎お前さぁ、17でその老成ぶりはフツーじゃねぇぞ。
 そんなにジジむさくて人生楽しいか? おい」


「ご心配頂かなくとも、猛烈に」


「何だよつれねェなぁ。遊ぼうぜ敏郎。俺、この前良いモン買ったしさぁ、
 暇を持て余すっていうのが一番嫌いなんだよ。って、読書再開すな。聞いて
 るのかおい」


「──…本でも読めば」


──…これが27歳と17歳の会話だろうか。10も歳が離れているというのに、敏郎の方が遥かに大人びて見える。単に魔地の態度が子供っぽいと言ってしまえばそれまでなのだが、それにしたってこの差は何だ、とヤッタランは思う。


「……良いモンって何やねん」


これ以上魔地に駄々をこねさせるのも忍びない。小さくはあるが27歳の男
(しかもヒゲ面)が駄々をこねる姿は、見ているだけでも結構イタいのだ。
ヤッタランが問うてやると、魔地は心底嬉しそうに目を輝かせた。


「そうそう、待ってましたよその問いかけ! っていうかお前が聞けよな敏郎。
 お前、ツッコミ失格」


「失格で良いって、そんなモン」


敏郎が溜息をついて本をコントロールパネルの上に放り出す。どうやら片手間にではなく本気で魔地を説得する気になったらしい。


「でも、下手にゲームなんてハーロック不在の時には出来ねぇぞ。アイツ、
 仲間外れは嫌いだし。自分が買い出しに行ってる間に俺達が遊び呆けていた
 のを知ったら一週間は拗ねる。面倒なんだど、アイツの機嫌取りは」


「つか、「本読んでるから」で、キャプテンに買い出し行かせるのもどうかと
 思うけどな、俺。ヤッタランといいお前といい、ハーロックのこと尊敬して
 ねーだろ」


「馬鹿を言うなよ魔地。ハーロックは親友だ。当然尊敬もしている。だが、
 買い出しにも行ってもらう。そもそもこの艦は人手が足りてないんだ。それ
 こそ手持ち無沙汰な奴から動くのさ」


実に悪びれることなく言い切る敏郎。「そんなモンすか」と魔地が言う。「そんなモンやで」とヤッタランは会話に加わる。無論、ここは敏郎の味方だ。ヤッタランとて、買ったばかりのプラモデルを組み立てている。神聖かつ最愛の趣味の時間を、髭のオッサンに邪魔されたくはなかった。


「それにな機関長。やっぱり酒がないとゲームも盛り上がらへんやろ。男ばか
 り3人で。唯一メスなんはトリさんだけや。この状況、ノンアルコールやと
 キッツいで」


「ま、それは一理あるか……」


ふむ、と魔地が顎を擦った。「じゃ、諦めろ」と敏郎が即刻退出を促す。


「それでも遊びたいならトリさんを貸してやろう。トリさんは優しいからな。
 鬼ごっこでも隠れんぼでも付き合ってくれるど」


「ナーニカ。オマエ、オニゴッコスキカー?」


愛しい敏郎の御指名を受けて、早速やる気に満ちるトリ。ばさばさと魔地の目線まで飛ぶ彼女(?)を、魔地は嫌そうに振り払った。


「ば……ッ、いくら暇でもトリと遊ぶほど落ちとらんわ! 違うんだよ、最後
 まで聞けよなお前ら。今回俺が購入したのはな、シラフで男所帯でも結構
 楽しいという優れたアイテムで──」



『なになに、優れたアイテムって。仲間外れにしないで教えてくれよ』



涙目になった魔地に、救世主が現われた。否、正確には“帰還した”のか。
ぴこーん、と敏郎の前の通信機に通信が入り、艦橋上部に取り付けられたメインスクリーンに、のほほんとしたハーロックの顔がアップで映る。大きな鳶色の瞳には、混じりっけ無しの好奇心が輝いていた。


「……ハーロック」


敏郎ががっくりと脱力し、魔地が「キャプテン!」と身を乗り出す。大きな
スクリーンを前に、小さな体と大いなる魂を持った男達の押し合いへし合いが
始まった。


「キャプテン、グッドタイミング!! 聞いてくれよ、お前がいない間
 暇で暇で──」


「ハーロック、俺は別に暇してなかったど。本を読んでだな、有意義な時間を
 ──!!」


「読書びたりなんて目に悪いよなぁ。ハーロック、お前って仲間想いで親友想
 いな男だよなぁ」


「ハーロック! 航海は順調だし、俺はこのまま静かに次の目的地まで──
 へぶッ」



「ゲームして遊ぼうぜキャプテン!! それも知的戦略を全く練る必要のない
 公明正大なゲームをさ!!」



決まり手、魔地・アングレットのアッパーカット。敏郎は刀の腕こそ滅法たつが、素手での喧嘩はそこそこなのだ。見事にK.O.されて床に沈んだ。


『ゲーム? 良いぞー。酒も沢山買ったし、暇で読書びたりっていうのは
 確かに体によくないよなぁ』


コウメイセイダイに遊ぼうかー、と笑顔でゲームの許可を出す買い物帰りの
キャプテン・ハーロック。まだたったの17歳で、クルーの誰よりも精神年齢の幼い男だが、キャプテンはキャプテンだ。ヤッタランは溜息を一つ、組み立て途中のプラモデルを丁寧に箱にしまった。魔地が「よっしゃ!」と指を鳴らす。


「早速用意してこねーとな! トリさん、楽しいぞー手伝え!!」


「クワーッ! サケ ノマセー!!」


「あぁ、飲め飲め。好きなだけ飲め!!」


ばたばたばたばた……。足音も楽しげに、トリを連れて艦橋から出て行く魔地。
再び沈黙が戻ったその場には、



「……誰もが暇潰しで本を読んでるわけじゃねぇンだよ……この
 大馬鹿共……」



敏郎の、気絶する直前の恨み言だけが尾を引いて残った。





★★★


「で? 具体的にはどうやって遊ぶんだ? 知的戦略性の無いゲームなんて
 生産性がなくてつまんねーだろ。それとも、金でも賭けるのか?」


数分後。敏郎が気絶から目覚めてみると、既に艦橋全体にパーティ的な飾り付けが成されていた。どうやったら僅か7分ほどで艦橋の天井にまでモールを張り巡らせるのか。手先の器用な魔地の仕業か。はたまたトリの成せる所業か。

どのみち、こうなってしまったら読書など不可能だ。すっぱりと切り替えて、敏郎は“遊ぶ”モードに入る。元来、遊ぶ・自由・無駄に増やすが大山の血の大部分を占める性質だ。敏郎は、不機嫌3割遊び心7割で魔地を軽く睨んでやる。

「おぉ怖い」と、全ての諸悪の権化たる魔地は、道化のような仕草で応えた。


「金なんていつでも賭けてるだろーが。今からするのは勘と動体視力と
 反射神経を競うルーレット勝負だ。そもそも、知的なゲームでお前やヤッタ
 ランにかなわねぇのは先刻承知よ。何せ仲間に入ったその夜に、将棋と
 チェスで自尊心と有り金全部巻き上げられたからな!」


「……ふぅん。一応懲りたんやね、魔地はんも」


ヤッタランが冷ややかに突っ込む。──パンツ一丁にまでひん剥かれれば
誰だって懲りるだろう。あの後、魔地は暫く本当にパンツのみでの生活を強いられたのだから──と、新人機関長にパンツのみでの生活を強いた敏郎は、人事のように思った。
魔地が「ふん」とふんぞり返る。


「あぁ懲りるさ! ついでにお前らの口車に乗ってこの艦に乗ったことも
 ちょびっと後悔したわい!! そして考えたのだ、絶対確実にお前らに勝てる
 方法を!! その名も『イヤーン(赤面)ルーレットでコスプレ勝負』だ!
 受けて立て、てめーら!!」


宇宙一(推定)尊大な態度で、宇宙一(確定)格好悪い勝負を挑む27歳。
ヤッタランは明らかに脱力し、敏郎は「本物の馬鹿って怖い……」とちょっとだけ心が寒くなった。


「つまり、魔地はトチローとヤッタランにリベンジ勝負を挑んでいるわけか。
 確かにパンツ一丁は恥ずかしかったもんなぁ」


そして、本物の馬鹿がもう一人。どうやら、敏郎が気絶した間に帰艦していたようだ。ハーロックが、直径2メートル程の巨大ルーレット板を引きながら艦橋に入ってくる。長身に纏う青い気密服が今日も眩しい。
けれど、日を追うごとに確実に足りなくなってきている袖や裾の長さ。今でも170センチ以上あるというのに、まだ大きくなるつもりなのだ、この男は。


「リベンジ勝負っていうのは普通前に負かされたのと同じゲームで挑むモン
 だと思うけどな、ハーロック」


身長僅か120センチ足らずの敏郎から見れば、もはや親友の頭は遥か高み。それでも、名前を呼べば僅かに背中を丸めて「そうだった?」と笑うのだから、こいつの人の良さは子供の頃から変わらないな、と思う。


「だけど、トチローやヤッタランには確かに頭脳勝負じゃ勝てないもんな。
 しようがないよ。ほら、ルーレットも楽しそうじゃんか。関●宏の東京フレ 
 ンドパ●クみたいで」


「──……」


……馬鹿なところも子供の頃から変わっていない。黙っていれば相当のハンサムなのだが、口を開くととんでもなく三枚目だ。敏郎は、「パージェーロ、パージェーロ」とはしゃぐ親友にとっとと背を向け、魔地の方に向き直る。


「時代考証を全く無視した例題はともかくとしてだ。お前さんがしたいのは
 ルーレット的当て勝負かい。で? パジェロは用意してンのか。俺はパジェロよりベンツの方が好きだけどな」


「ちっちっ。国産より外車とは敏郎、ミーハーの極みだぜ。だけど、今回
 賭けるのはパジェロみてぇな骨董品じゃねぇ。男が男として持っている
 誇りそのものだ!!」


魔地が、ぐ、と拳を握る。漆黒の瞳が、勝利への執念で燃えていた。──本気だ。魔地は本気で男のプライドを賭けて勝負に挑もうとしている。ここまで言われて引き下がるのは男の恥。敏郎も「良いだろう!」と拳を握った。


「誇りを賭けるとあっては俺も男! 引き下がるわけにはいかんな。勝負だ!
 魔地!!」


「受けてくれるか! 敏郎!! さすがは男の中の男だぜ!!」


がつん、と誓いの拳合わせを行う。こうして拳同士を付き合わせたからには、
勝負する者達の間にイカサマは許されないのだ。


「……でも、勝負の内容は『イヤーン(赤面)ルーレットでコスプレ勝負』
 なんやろ。ワイ、パスしたいわ」


「良いなぁ男の勝負!! でも、男の勝負に第三者が参加するのはナシだよなぁ。
 あーぁ、つまんない」


艦橋の隅ですっかり傍観体勢に入った艦長アンド副長。「そうでもねぇよ」と
魔地が人差し指を振り立てた。


「やっぱりゲームはみんなでするから楽しいモンだと俺は思う。キャプテン、
 構わないからこっちに来いよ。良いよな敏郎」


「あぁ、勿論だ。ヤッタランも遊ぶんだよな」


敏郎は、ヤッタランを差し招く。そもそも、将棋で魔地をパンツ一丁にしたのは敏郎だが、チェスで有り金奪ってプラモに変えたのはヤッタランなのだ。魔地がリベンジをしたいというのなら、彼もいなくては理屈に合わない。ヤッタランは明らかに迷惑そうな顔をし、魔地に招かれたハーロックは、満面の笑みで敏郎の傍らにまで駆け寄ってきた。


「トチロー、それじゃあ俺とも競争しような。負けた方が一週間相手の言うこ
 とを聞くっていうのはどうだ?」


「良いぜハーロック。受けてたとう。ほら、ヤッタラン。お前も来い」


「ワイは遠慮しとくって。ダーツあんまり得意じゃあれへんし」


「──じゃあ、3億でどうよ?」


唐突に、魔地が3本指を立てる。「3億?」とハーロックが首を傾げた。


「それって、一番勝った奴には賞金3億っていう3億か? 魔地、お前まだ
 そんなにお金持ってたのかよ」


「『女神の子宮』で働いてた頃にちょっとな。俺って結構金持ちなのよ?」


魔地が、ぱち、とウインクした。──あまり、可愛くはなかったが。


「さ、3億……!!」


ヤッタランが拳を握る。小さな目が思い切りやる気に満ちた。


「3億もあったら暫くプラモ代にはこと欠かへん──! 魔地、ワイも参加
 するでェ!!」


「あぁ、お前ならそう言ってくれると思ってたよ!! この艦で金の価値が理解
 出来てるのはお前だけだもんな!!」


がしぃ、と拳を合わせる2人。──下らない。敏郎は腕を組んで歎息した。


「ま、金でやる気が出るんならそれでも良いが。やるというのならさっさと
 済ましてしまおうか。男の誇りを賭けて勝負するのも構わないが、俺は
 さっき読んでいた本を早く読んでしまいたい」


「わお、トチローってばクール。それじゃあ魔地、ルールを説明してくれ!」


にっこりと微笑んで。ハーロックが、ぱちん、と指を鳴らした。
















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