Titan Rendezvous・11



「何だって言うんだよ! 一体!!」



★★★

ハーロックが往来へ走り出ると、街からはすっかりと人の姿が消えていた。
ただ、目の前で機械化人と思しき男達に囲まれてしまった中年の女性と、その
女性に向かって何やら無礼な言葉を吐きかけている粗野で(何故か)お揃いのチョッキを着た男達。
明らかに不平等な状況だ。身長だけでも男達は2メートル以上あり、対する女性は150センチ程しかない。まぁ、身長だけではどちらが悪党とも言えないのだが。


──どっちに加勢しようか。ハーロックは目を細めて状況を把握にかかる。


「こんな道の真ん中を歩いちゃイケナイなぁ。オバさんはよぉ」


「あ、貴方方こそ。私は、ただ買い物を……」


「口答えはイケナイなぁ。俺達を誰だと思ってるンだ? えぇ、おい」


ごつん、と男の爪先が中年女性の脚を蹴る。「あっ」と彼女がよろめいた。
その拍子に、彼女が持っていた紙袋が落ちて地面に食料や小物が散らばる。


──よーし、悪党決定!!


ハーロックは目を、きらり、と光らせる。女は地面に倒れ込んでなお、
真っ直ぐに男達から目を離さない。


「な、何をするんですか。いくら貴方方が権力を握っていると言っても、
 一般市民にこんなことをする権利は──」


「権利ィ? 法律、秩序、このタイタンでは全てが自由法によって定められて
 いるんだぜ? てめぇが買い物に出てくるのも自由。道に転がった邪魔な
 ババァを蹴飛ばすのも自由ってなぁ!!」


「あっ──!!」


「乱入御免!!」


再び彼女に向かって蹴り出される機械化人の足。間髪入れず高く飛び、ハーロックは思い切り男の顔面に膝キックを入れた。


 ごっ……みしぃッ!!


人工鼻骨のひん曲がる嫌な音が膝から耳に響いてくる。

「何しやがるんだ!」と男の仲間二人が殴りかかってきた。背後に回ってきた男の顔を肘鉄で沈め、右脇から拳を振り上げてきた男は顔面を掴んで顔ごと捻り倒してやる。その間、僅かに10秒足らず。2日寝込んだリハビリ完了! と、ハーロックは中年女性を庇うようにして男達の前に立ちはだかった。


「何をするのも自由ってことは、つまり、俺が腹の立つ機械化人のお前らを
 ぶっ飛ばすのも自由ってわけだ。便利な法律だね。それにしたってさ、
 か弱い女の人を大の男3人で囲んだりするなんて、馬鹿で恥ずかしいこと
 だと思わない?」


「何だぁ? てめぇは」


折れた鼻骨を、ごきり、と直し、リーダー格の男が一メートル近い身長差を傘に着て覗き込んでくる。これが普通の少年なら、あっという間に果敢さを無くすが、ハーロックは逆に胸を張って男を見返した。


「そっちこそ何だい。機械化人には心が無いってよく言われてるけど、心だけ
 じゃなくて自尊心も誇りも無くすみたいだな。宿屋の窓を割って、女の人を
 みんなで苛めて。威張ってたって全然恐くなんかないねぇ。この、でくの坊
 共」


「このガキィ! 言わせておけば──」


顔ごと捻られた男が銃を抜く。目の端で捉えて、ハーロックはより早く男の鼻先に銃口を突きつけ、引き金を引いていた。対機械化人用に仕込んであった爆裂弾。

ばぅん、という爆発音と共に男の顔半分が吹き飛ぶ。


「………!!」


頭部を破壊された男は文字通りガラクタと化して地面に崩れ、「……ぐっ……」と、残りの2人もハーロックの迅さに仰け反った。ハーロックはすかさず
リーダー格の男の目の高さにまで銃口を上げる。


「──…言っておくけど、俺、肉弾戦と銃で負けたこと、無いよ」


静かに、低く恫喝する。──機械化人などには負けないのだ。絶対に。

きしきしきしきし。

近付けば嫌でも聞こえる彼らの鼓動。

きしきしきしきし。

歯車の音。生きていない鼓動をさせるモノが、生きている誰かを害するのだ。
そんなことは、許せない。3年も前から、“彼ら”に対する慈悲など消えている。

「どうするの?」と、ハーロックは更に銃口を突きつける。


「お前達の誰よりも速く、俺は銃を撃てるし──壊せるよ。生身の相手なら
 容赦するけど、お前達にはしない。お前達が生身の人に容赦しないのと
 同じくらい、しない」


──喧嘩、するの? どうするの? 
声音は13歳の少年のまま、その眼差しは打ち立てのサーベルよりも熱く、鋭くして。ハーロックは3人を順番に睨め付ける。自分の整って大人びた顔立ちが、こんな時に相手をどれほど威圧するか、地球で賞金稼ぎをしていた頃の経験で識っていた。


「ふ──ふん。良いだろう。今度だけは見逃してやるぜ。ヤヨイ」


案の定、リーダー格の男が後退する。図体ばかりをでかくして、肉体を強化した機械化人の大半は、生身の人間から殺気を向けられることに慣れていない。そのこともハーロックは熟知していた。

先手を取れば、彼らは必ず一歩後退するのだ。
死を畏れないからではなく、単なる尻すぼみの恐れから。腰抜け、と心底軽蔑するが、これ以上事を拗らせるのも良くないのでハーロックは黙って男2人を睨みつけた。


「わ、私は」 背後で女が立ち上がる。


「私は──見逃して頂かなくとも良いのです。ただ、あの子に関わるのはもう」


「ちっ! あのガキが素直に言うことを聞きゃあこんな騒ぎにもならねぇん
 だよ。次会うときまで説得しときな。ママやしょぼくれたジジイ共が大事
 なら、いい加減に腹を決めろとな!!」


「はいはい、うるさいよ負け犬野郎が。引くなら吼えずに引きなサーイ」


ばぅん! と、女に向かって忠告とも取れる罵声を浴びせる男の目元すれすれに爆裂弾をお見舞いする。「ひぇぇ」と悪党らしからぬ悲鳴を上げて、お揃いのチョッキを着た機械化人達は瞬く間に砂煙の向こうに消えた。残ったのは、無人の往来と、小柄な中年女性と、ハーロックが壊した機械化人の残骸だけ。


「──…あーぁ、やってもうた。警察沙汰やで。こりゃ」


ヤッタランが道に散らばってしまった女性の荷物を集めてやりながら、溜息を
つく。


「これは殺人罪に問われるんかなぁ……。未成年やし、情状酌量が認めら
 れんやろか……。あ、オバはん、怪我ないか? これオバはんの荷物やろ」


「あ、ありがとう。すみません……。巻き込んでしまって、本当に」


女性は控えめに、本当に済まなさそうに頭を下げて、ヤッタランから荷物を受け取った。そのあまりに悲しげな態度に、ヤッタランも困ったように女を見上げる。


「何だかなぁ……。オバはん、別にジュニアのことなら気にせんでもええねん
 で。あ、ジュニアっちうんは、あそこにおる銃持った奴のことやけど、
 こいつは自分の好きでアイツらに喧嘩売ったねん。別にオバはん助けるのは
 二の次やったねんで」


「人聞き悪いなぁ、ヤッタラン。それじゃあ俺が人助けより喧嘩が好きみたい」


「好きやろが。誰彼構わず喧嘩売って賞金集めるんが。おかげでワイがどれ
 ほど苦労したか……出席日数も危うくなるし」


「あーぁ、そのことに関してはさ、ゴメンって100回は言っただろ」


銃をホルダーにしまい、ハーロックは後頭部で腕を組んだ。周囲をちらりと見渡せば、再びちらほらと人影が増え始めている。──例の3人組を恐れて、みんな隠れていたのだ。そう思うと少しだけ胸が悪くなった。


「嫌なカンジ。みーんな、女の人が機械化人に絡まれてても平気なんだね。
 この星じゃ生きにくいだろ、おばさん」


正面に立つと、少しだけ彼女の目線が下にくる。改めて見ると、女は本当に華奢で小柄だった。歳は30後半から40歳くらいだろうか。淡い栗色の髪を頭の上で結い上げている。見るからに粗末な服装だが、不潔という感じは全くしない。
目元には疲れと、細かな皺。それさえ無ければ、随分と綺麗な人なのに、とハーロックは思う。


「怪我は──無い、みたいだね。家はどこ? 帰り道にまたアイツらが襲って
 くるかもしれないし、俺、送っていってあげる」


「いいえ、一度助けて頂いただけでもう充分……。あぁ、でも、何かお礼を
 しなくてはね」


女が買い物袋を漁り始める。「ちょっと待ってよ」と、ハーロックは慌てて女の腕を押さえた。


「物乞いじゃないんだから。何か欲しくて助けたわけじゃなくって、
 元はといえば俺が泊まっている宿の窓をアイツらが割ったから──」


「ヤヨイ!!」


宿からバンザックが走り出てくる。彼女の名を呼んだところを見ると──顔見
知りか。バンザックは彼女の前に立つと「あぁ」と心配げに肩を落とした。


「ヤヨイ……日のあるうちに出てはいけないと、あれほど」


「えぇ、すみませんバンザック。けれど、あの子に何か、差し入れてやりたく
 て。私が無力であの子の傍にいてあげられないものだから……せめて食べ物
 だけ でも不自由をしないように」


「買い出しなら、儂かヨハンに言いなさい。キミに何かあったら、儂らはDr.
 大山に申し訳がたたん」


「Dr.オーヤマ?」


ヤッタランが目を見開いた。女──ヤヨイがはっと身を竦める。「大丈夫だ」と、バンザックがヤヨイの肩を叩いた。


「このお坊っちゃんらは知っておる。砂漠で敏郎にも会ったのだそうだ。
 彼の顔の傷を見たかね。敏郎と戦って付いた傷だ。あの敏郎に剣を抜かせた」


勇敢なお坊っちゃんさ、とバンザックがハーロックに向かって目配せをする。
「あの子が……」と、ヤヨイは僅かに眉を顰めた。


「……無用な暴力を振るわぬようにとあれほど大山も言いつけていたのに……
 そう、痛かったでしょう」


温かく、柔らかい手がハーロックの傷をそっと撫でる。「ごめんなさいね」と
詫びられて、「違うよ!」とハーロックは両手を振った。意識せず、顔に熱が
集まるのがわかる。


「それは全然違うんだ! 確かにアイツと戦ったけど、俺、剣は全然弱い
 みたいで。アイツの方が強くって。アイツは手加減したんだ!! でも俺、
 それが悔しくて。負けたくなくて、自分からアイツのサーベルの方に」 


「そやそや。何もあン人の悪いトコロなんかあらへんがな」


ヤッタラン、絶妙のタイミングでの後方支援。ハーロックは「うんうん」と激しく首を縦に振る。


「そうなんだ。アイツは悪くないんだよ、毎日見舞いにも来てくれたって
 いうし……。この傷だって、アイツが縫ってくれなきゃ手遅れだったよ」


言葉を長々と連ねるのは苦手だった。けれど、ハーロックは懸命に敏郎を弁護
する。真実、傷は敏郎が無用に振るった暴力のせいではなかったし、何よりも
ハーロックが引かなかったことの証なのだ。──誰も恐れない。何も怖くないことの証。


「……そう」


ヤヨイの顔に、微笑が浮かんだ。相変わらず悲しげな瞳ではあるが、大層優しい笑顔になる。実際、こんな風に微笑む女性をまだ知らなかったハーロックは、
訳もわからずに照れて頭を掻いた。


「うん。そう、なんだ。えへへへ」


「貴方は勇敢なだけではなく、思いやりもあるのですね……。その勇敢で
 優しい心をもって、貴方方は私の息子に一体何の用向きでしょう」


そっと投げかけられた問い。「息子ォ?!」とヤッタランが声を高くした。


「ほ、ほな、薄々わかっとったけど、全然似てへんけど、オバはんは、
 あン人の──?」


「はい。このタイタンの開発責任者──大山十四郎は私の夫、大山敏郎は私の
 息子。私は……今は亡き大山十四郎の妻……」


大山弥生と申します。女は、丁寧に頭を下げた。

















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