Titan Rendezvous・10
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★★★ 「だーいふっかぁぁぁつ!!」 『荒野の荒馬』亭の一階、ハーロックが元気よくチキンを振り上げる。 結局、17番目の“エルダ”大山敏郎の言葉通り、ハーロックの右頬には大きな傷跡が残った。一応宿屋の主(ヨハンという名らしい)にも尋ねたが、開発途上のこの星では、細胞再生レーザーによる傷の修復は出来ないのだそうだ。地球よりも半世紀ほど科学の発達が遅れている。 ──それにしても。 丸木テーブルに肘をついて、ヤッタランはチキンとシチューを同時に かっ込む幼馴染みを見上げる。二日半も意識不明だったのに、どうして起き抜けに皿喰う勢いで飯が食えるのか。どうしてオムライスとラーメンを同時に口に入れられるのか。 「何だよ、ヤッタランも食べて良いんだぜ?」 視線に気付いたのか、ハーロックが笑顔で皿を差し出してくる。サウザンアイランドドレッシングがたっぷりとかかったシーフードサラダ。合成モンやな、とヤッタランは海老をつまむ。 「あーぁ、たまには天然モンが喰いたいわ。でっかい海でもあれば、養殖 モンでも新鮮な海老やらホタテやら喰えるのに」 「俺達の家の近くにも海無いもんな。宇宙戦艦造ってもらって、宇宙海賊 やれば海老でもシャコでも食べられるよ、きっと」 ハーロックが笑う。ヤッタランは溜息をつく。 地球には今、自然の命を育む力が無い。相次ぐ星間大戦と環境汚染が、 母なる星の土壌を穢した。 北極の氷は溶け、小さな島々や海抜の低い国は海水の中に沈んだ。 大山──そんな性を持った民族がいた国もまた、沈んで久しい。 滅びた国。滅びゆく星。それなのに、人は。 「そうやなぁ……地球人はもうダラけてしもて。あんまり養殖モンも 期待出来んなぁ。それこそ、宇宙に出るしか──もう」 海老を口に入れる。味気のない合成タンパク質の風味。ヤッタランはテーブルに突っ伏した。 「あーもう。眠いわ。この二日半、一睡もしてへん」 「ごめんな、俺の怪我を心配して寝てないのか? こんな開発途中の星で 医者も探してくれて。大変だったろ」 「いや……まぁ」 ハーロックが済まなさそうに俯いた。ヤッタランは頭を掻いた。──寝てないのは、プラモデルを作っていたからだ。一通りのバッハを口ずさみながら、戦闘妖精●風と、ゼロ戦シルバーモデルを組み立てた。しかし、本当に済まなさそうにするハーロックを前に、とてもじゃないがそんな真実を口には出来ない。 「──…医者っちうか……ジュニアの傷はあの“エルダ”が」 「“エルダ”!! あの“マイスター”でポンポコリンの“エルダ”!」 ハーロックが椅子を蹴って立ち上がる。たちまち頬が興奮で紅潮した。 「アイツ来たのか? 何で引き留めておかなかったんだよ!!」 「何言うとんねん! 相手は17番目の“エルダ”で、ジュニアよりも剣の腕 がたつねんで」 「剣──…剣って……俺は剣より銃の方が得意なんだよ」 でもなぁ、とハーロックが人工牛肉を頬張る。 「確かに、アイツ相手じゃヤッタランに引き留めておけっていうのも 無理っぽい話だよなぁ。取っ組み合いになったら負けちゃうもんね」 「そやで、負けてまうわ」 レタスをつまむ。砂漠と土星光の星タイタン。レタスには殆ど水気がない。 この星は乾燥している──人が住むにはあまりにも。 「でも、あれは案外律儀やで。何せジュニアの意識の無い間中、朝から 晩まで顔見せとったで。責任感じとったみたいやわ」 「おぉ、責任。男の顔に責任感じるなんてホントに律儀だなぁ。責任ついで に戦艦造って俺と旅しないかなぁ。あのポンポコリンもどき」 夢をみたんだよ。少し遠い目をしてハーロックが呟く。知ってる、とヤッタランは思った。もろ寝言に出ていた。ついでに思い出すなら手も出ていた。 「ちょっと懐かしいんだけど、ポンポコリンの夢だったんだぁ。ヴェルナー 学院の校庭でさ、夏みたいに暑くて。でも、ポンポコリンの鼻は冷たい んだ。毛はやわらかくて、温かくて……生きてるんだ。ちゃんと」 毛がやわらかくて温かくて──生きている。それは全身を撫でくり回された大山敏郎だ。10歳のハーロックが愛した獣とは違う。ヤッタランは「ふぅん」と鼻で返事をした。 「3年前の夢か。ジュニア、ワイはその場におらんかったから本当のことは わからへんけど──…なぁジュニア。本当にあの時」 「驚いた。もう具合が良いのかい? お坊ちゃんら」 ぎぃ、と宿の戸を軋ませて、馬屋の主人が顔を出す。「バンザック」とヨハンがカウンターから片手を上げた。 「そうなんだよ。驚いただろう。この子の生命力の強さと 言ったら。いやはや、この店の食い物がなくなっちまうよ」 「遭難したと聞いて様子を見に来たんだが……本当だなぁ。こりゃ良い 食べっぷりだ。もう傷は痛まないのかね、お坊ちゃん」 「痛んでたらこんなに食べられないよ。もう、2日も何も食べてなかった から腹が減って減って。全然眠くもないし。これなら徹夜でタイタン中を 走り回れるね」 馬屋の主人──バンザックに、覗き込まれ、ハーロックは胸を張る。「凄い子だなぁ」とヨハンが感嘆した。 「食いだめが寝だめが出来るってのは偉大な男になる証拠だ。このタイタン の開発をした男もそうだった。何度妨害されてもくじけることなくなぁ」 「あぁ、Drオーヤマ?」 ハーロックがパンを千切りながらするりと口に出す。「何?」とバンザックがハーロックの胸を掴んだ。 「Drオーヤマを知っとるのかね、お坊っちゃん。学校では教えてくれな かったろう。それとも、お坊っちゃんは余程このタイタンの歴史に興味が あるのかね」 「ないよ。開拓されて20年も経ってない星の歴史なんて俺には割とどうでも いい話さ」 ぐ、とバンザックの二の腕を掴んで引き剥がす。ヤッタラン、と目配せされて、「そのことなら」と、ヤッタランは言葉を引き継ぐ。 「実はワイら、どうしても戦艦が欲しくてな。性能でいうなら、かの 有名な最古の戦艦『ヤマト』か最強海賊艦『デスシャドウ』レベルの。 せやからどうしても優秀な“マイスター”の力が借りとうて……色々調べ たねん」 「そういうこと。おや……いや、太陽系最強の宇宙海賊グレート・ハー ロックが乗ってる『デスシャドウ』は、天才“マイスター”Drオーヤマが 造ったモンなんだろ。だから、俺達はDrオーヤマに会いに来たんだ。でも、 “マイスター”の称号はもう俺と同い年の息子が受け継いでた。“エルダ” だって言うし……そんなのなくても、あの自走二輪は良い出来だったし」 パンの欠片でシチュー皿を拭いながら、ハーロックが嬉しそうに頬を染める。 ──まだ見ぬ親友。タイタンに住む父の朋友の息子と出会い、共に旅することがハーロックの大きな目的の一つ。 幼い頃から──特に3年前の“事件”から、ハーロックが切なる想いで 親友を求めていたことを、ヤッタランは知っていた。 例えば書棚の本の間に。 例えば屑籠の中の紙くずに。 例えばノートの端に。 例えば日記の出だしのところに。 こっそりと、恋文のように綴られた言葉達。 それは期待と希望に満ちて。 それは、思春期にすらない幼馴染みの孤独と友情への思慕を伝えてくれた。 ハーロックは孤独なのだ、とヤッタランは思う。どれほど明るく振る舞おうとも、どれだけ無邪気に笑おうとも、その足下には暗く、大きな影を引きずっている。 幼い身に抱く、偉大な血。近しい血と才に恵まれたあの少年の足下にも、 影は同じように広がっているだろう。 それは──ヤッタランでは絶対に埋められない。 「そうやなジュニア、ここまで来たんやからあと一歩や。こうなったら 日参してでも説得せんとな」 「そうだともヤッタラン。ここまで来たんだ。絶対に戦艦を造ってもらわな くちゃ。これ喰ったらすぐ行こう」 ミルクを一気に飲み干して。ハーロックが立ち上がった。ヤッタランもそれに続く。「待ってくれんか」と、バンザックがハーロックの二の腕を掴んだ。 「お坊っちゃん、また砂漠へ行くつもりかね。馬もないのに、どうやって」 「自走二輪を貰ったんだよ。馬のことはごめんなジーさん。俺の力不足で、 ちゃんと連れて帰ってあげられなかった」 「あぁ、タイタンの砂嵐は容赦がないからな。あれはお坊っちゃんに売った 馬だ。お坊っちゃんが詫びることは何もない。そうではなくて……また 砂漠にいくつもりなのかい? 遭難しかけて、綺麗な顔に残る傷まで 負ったのに」 「男の顔に綺麗も汚いもないよ。それに、この傷は勲章だ。俺が絶対に引か なかったことの証だ。一生残ってて良いんだ」 「お坊っちゃんが勇ましいのは儂にもよくわかっておるよ。いや、その炎の ような目を見れば誰にだってわかる。だがな、あの子はお坊っちゃんとは 行かん。あの子はまだこの星から離れられんのだ。わかってくれ」 「あの子? 確かにアイツは俺と同じ13歳だったけどさ、ジーさん、砂漠にい るのは死神だって言ってたじゃんか。ありゃ嘘なのか? 本当はアイツが がいるって知ってたのか?」 眉を顰めるハーロック。年老いた宿屋の主人と馬屋の主人は困ったように顔を見合わせた。「この二人はDrオーヤマに大恩があるんやで」と、ヤッタランは捕捉してやる。 「このタイタンを人の住める環境にしたんは確かにDrオーヤマの力でも ある。せやけど、Drがタイタンに降りる前から、数百人からなる移民団が タイタンに降りとったんや。この人達はそん時の生き残りやろ」 「それでDrオーヤマに恩? あぁ、その恩義があるから、その息子のところに 変なのが行かないように死神の噂を流したのか。でも、そんな面倒なこと するくらいならジーさんのどっちかが引き取って大事に守ってやれば良い じゃんか。恩義ある人の息子なんだろ。そーすれば?」 「……あぁ…そう、だな……」 ハーロックの言葉を受けて、老人達は沈黙する。ぴく、とハーロックの片眉が つり上がった。要領を得ない沈黙は、彼の最も嫌うものの一つだ。 「何だよ、煮え切らないな」 不愉快そうに、呟く。無理もない、とヤッタランは思う。 “エルダ”は叡智の使徒とも呼ばれる。全宇宙にたった20名しか存在しない彼らの叡智は、各々の専門分野は違えど間違いなく宇宙科学の発展に役立てられている。 ──…せやけど。 けれど、そう呼ばれるに相応しい超人的な頭脳は、えてしてトラブルの種にもなりやすい。強大な力を持つ惑星国家ならばともかくも、このような開発途上の、しかも戦闘訓練さえ受けていない人間が、容易に抱え込めるものではない。 彼らは──怖いのだ。少なくとも大山十四郎がタイタンに降りてきた時、彼は 26歳という若さではあったが、既に己の身を守りきるだけの能力を身につけていた。何より、他の星から彼に干渉出来ぬようにと、太陽系最強を誇る戦艦 『デスシャドウ』とその主グレート・ハーロックが随時監視を怠らなかったのだ。 だから、地球最初で宇宙史上最年少の“エルダ”大山十四郎は、誰に邪魔されることなく残り8年の生涯をこの星の開発に捧げられた。 予定よりも少し早かったが。6歳程の時、グレート・ハーロックがそう語って くれたことを憶えている。 「儂らに……力があったらなぁ……」 力無くヨハンが零す。ヤッタランには彼らの気持ちが何となくわかる。 ──そうだ。誰の後ろ盾も持たない13歳の“エルダ”など、力無い者が一時の情だけで保護出来るような存在ではない。下手をすれば、彼らはたった一人の少年のために、生活も命も失うことになりかねないのだから。 「──………はー………」 ハーロックが深く深く溜息をついた。人差し指でこめかみを押さえ、「あのさぁ」と厭うように老人達を睨めつける。 「ジーさん達は良い人達だと思うけどさぁ、結局アイツに何にもしてやれて ないんだろ。死神の噂だってさ、下手すれば砂漠に特別な何かがあることを 他人に教える結果になっちゃうし。それに、噂があっても無くてもさ、俺み たいな無神経は砂漠なんかへっちゃらだぜ? それに──アイツ、力は嫌い だって、そう言ってた。何か嫌なことがあったんじゃないのか?」 例えば、いつも誰かに力で傷つけられたりしてるとかさ。ハーロックが、 ちら、とヤッタランを見下ろす。ハーロックも気付いていたのだ。 初めて大山敏郎に会った時、彼の頬に貼ってあった絆創膏。彼の左手に巻かれていた包帯。 分厚い眼鏡の度が合っていないのだとしても、砂漠での生活が厳しいものにせよ、彼の身体には多過ぎる青痣が確かに認められた。 そして──ヤッタランだけが知っている、何らかの存在を懸念し、ヤッタラン達と距離を取ろうとした敏郎の姿。 「礼を欠いたモンの訪問があるちうことやな。実際、あの“エルダ”が母親と 住まんもの、街に出てくるのにいちいち人目を気にしとんのもその所為 ちゃうか? もっと大きいトラブルになる前に、この星出るンが正解やと 思うけど」 それは敏郎にも言った。けれど、彼はそれを拒絶して。 「たとえそれが正しい道でも……あの子は……行かんよ……」 俯いたまま、それでも妙な確信をもってバンザックが言う。「何で」とハー ロックが荒く鼻息をついた。 「どうしても離れがたい恋人でもいるのか? それとも友達? それとも…… お母さんが病気とか。それなら、お母さんも一緒にタイタンを出れば良い。 どうせ、ろくな医者いないんだろ。ここは」 「この星にあの子を理解するような同世代の子供はおらん……。大の大人さえ あの子に対して冷たく当たるのだ……」 消え入りそうなヨハンの言葉。「だから、何で」と再びハーロックが不機嫌に 胸を反らせる。 「友達もいない。何でか知らんがみんなには冷たくされる。じゃあ良いだろ。 俺は大事にするよ。冷たくしない。温かくしてやる」 「──…大人はみんな、恐れとるのだ。あの子とあの子の母親を、本当は 守ってやりたいと儂らの世代はみんな思うとる。でもな……」 「でも、何だよ。あんな小さな仔タヌキ顔の一体何が怖いっていうんだ? ひょっとしてアイツ、辻斬りでもするのか?」 辻斬りとはまた古い。ヤッタランが思う端から、「違う」とバンザックが首を 振る。 「そんなことをするものか。あの子は優しい子だ。誰に対しても思いやりの ある良い子だ。母親に──弥生さんに良く似た心の、本当に優しい」 「じゃあ怖くないじゃん」 「そうではなくて──儂らが、皆が恐れておるのはあの子自身じゃあない。 むしろ、あの子はこのタイタンにはどうしても必要な子なのだよ。あの子が いなくてはタイタンが滅ぶ。この星は人の住めない死の星になる。わかって おくれ、坊や達」 ──もう少しであの子が、このタイタンに雨をもたらすはずなんだ──…!! ヨハンがカウンターから小走りに出て、「後生だから」と、ハーロックの手を握る。バンザックの目に、うっすらと涙が浮かんだ。──雨、とヤッタランは窓の外、乾いて薄黄色に染まった見上げる。 ──数ヶ月前に手に入れた地図よりも遥かに広がっていた砂漠。乾いたレタス。この乾燥は──やはり普通ではなかったのか。 「……人工降雨装置の故障かいな」 「そうだ。2年程前にな。ぱったりと雨が降らなくなった。最初はコロニー の貯水池に溜めてあった水を使って凌いできたのだが……もうそれも限界だ。 そもそも、このタイタンは乾いた地。装置が働かなければ瞬く間に乾く。 生身の人間の住めるところでは到底なくなってしまうだろう」 「じゃあ技師を呼んで直せば良いだろ。いくら造ったのはDrオーヤマだって、 その装置を何世紀もメンテナンスしていかなくちゃならないのは普通の技師 だ。何も“マイスター”で“エルダ”じゃなきゃ直せないなんてことないん だろ」 ヤッタランでも直せるかもなぁ? とハーロックがヤッタランを見下ろす。「まぁなぁ」とヤッタランは頷いてみせた。 「ワイも多少は機械工学を囓った身ではあるし……“エルダ”には敵わんけど、 一応、学校では飛び級もしたしなぁ。回路がショートしとるくらいなら、 交換作業出来んこともないで」 「……普通の技師で事足りるなら、儂らもとっくに技師を呼んどる」 しかし、とバンザックが意を決したように顔を上げた。 「人工降雨装置そのものが破壊されてしまっとったとしたら? これはもう 設計した者にしか造り直せん。それも、設計図が行方不明とあっては」 「設計図が行方不明だぁぁぁ?」 ハーロックが素っ頓狂な声を上げる。あり得へん、とヤッタランも目を見開いた。 「設計図が行方不明って……そらもう保管が不完全だったとしか言えへんで! そもそも、破壊ってどういう意味やねん。ヨソ者の仕業か? こんな辺鄙な 星の降雨装置破壊したって、何の利益もあらへんやろ。それとも」 ──そうまでしてでも、得たい何かがこの星に。 「……“エルダ”、か……」 ヤッタランの言葉に、老人達は痛々しく頷く。「じゃあアイツをここに引き留めたい奴の仕業か?」とハーロックが腕を組んだ。 「馬鹿だなぁ。アイツは自由でいたいからタイタン政府にも地球連邦政府にも 保護登録を申し出てないんだろ。じゃあ、無理じゃん。アイツはいつかこの 星を出る気なんだから」 「……アホ、ジュニア。その為の破壊工作や。Drオーヤマの息子であるあの人 を引き留めたい誰かさんは、あの人の性格を熟知しとるで。例えば、ジュニ アの顔の傷を心配して、毎日ここに顔出してまうような性格をな。人工降雨 装置が無ければ、この星は滅ぶ。それを知っとるからこそ、あの“エルダ” は自分勝手にこの星を出られへんのや。そういうことやな?」 「──…そうだ。少なくとも人工降雨装置の修理が終わって、一番の雨が降る までは、あの子はこの星から出て行けん」 わかっておくれ、とヨハンがハーロックの手を再び握る。「あぁもう」と 焦れったそうにハーロックがその手を振り解いた。 「待つ、とか、わかってくれ、とかっていう言葉は嫌いなんだよ! 男なら 即決速攻即実行じゃなきゃ!! そうじゃなきゃ瞬く間にジジイになっちまう。 アイツだって、そんなこと言ってたら即ジジイだ。浦島太郎だ。馬鹿みたい だろ、そんなの」 「しかし、このタイタンにはどうしても雨が」 「ジーさん、この星には雨が必要。でも、俺達にだってアイツの力が必要なん だ。ここは折衷案といこうぜ」 「折衷案?」 まさか、とヤッタランの背筋に嫌な汗が滲む。に、とハーロックが楽しげに 笑った。 「誰だか知らんが俺達が降雨装置を壊してアイツの邪魔をする奴をぶっ飛ばす!! そしたらジーさん達はアイツに俺達と一緒に行くよう説得する! これで 良いだろ。ヤッタラン、即決即実行だ!!!」 どん、と誇らしげに胸を叩く。「ジュニア……」と、ヤッタランは頭を抱えた。 「もめ事はアカンやろ。ここは地球の学校やないんやで。訓練とも違う。 特にタイタンには他人のやることに口挟んじゃアカンちう自由法があん ねん。ここでの荒くれモンはホンマモンの荒くれや。あの人──17番目の “エルダ”のように刃先を寸止めにはせぇへんで」 「良いとも、寸止めなんて最初から望んでない」 「ジュニア」 「嫌ならヤッタランは宿で留守番してても良いよ。俺はアイツの機械工学の 腕が欲しい。アイツの造る戦艦が見てみたい!! その為に、アイツをこの星に 縛り付ける全てから解放する!」 「お坊っちゃん、それは砂漠越えよりも大変なことだよ」 ヨハンが狼狽する。そうだとも、とハーロックが彼を見つめた。 「大変でもやるんだよ。アイツだって設計図も無いのに一から人工降雨装置 造ろうとしてンだろ。俺だってこの傷一つで済むなんて思ってない!!」 右頬に走る傷跡。鳶色の大きな瞳には、フレアのような激しさと輝き。 ──これが、ハーロックの名を持つ男なのだ。何者も、この血の熱さを 阻むことは出来ない。 「ジーさん、アイツ邪魔する奴らのこと知ってンだろ。教えてよ。速効行って ぶっ飛ばして来るから」 「お、お坊っちゃん……それは」 「危険とか、考え直せ、とかそういう言葉は聞かないよ。馬屋のジーさん。 人工降雨装置壊されて迷惑なんだろ。ムカッ腹たってンだろ。じゃあ教えて も差し支えないだろ。言えよ。剣じゃアイツに敵わないかもれないけど、 戦闘機でのドッグファイトや銃なら絶対負けないんだから」 「お坊っちゃん、勇敢なお坊っちゃん。しかし──…」 ヨハンが身を震わせる。バンザックも心なしか青ざめた。たんたん、とハー ロックが足を鳴らす。しかしもカカシもねぇんだよ、とその表情が言っていた。 「……よし、そこまで言うのなら教えよう。しかしね、お坊っちゃん。念を 入れておくが──奴らはこの星では無敵の」 がしゃぁぁぁぁん!! バンザックの言葉を遮って、不意に窓ガラスがけたたましく割れた。 「危ない!」とハーロックの手が伸びて、ヤッタランと老人二人を突き倒す。 「ジュ、ジュニア……!?」 ぱらぱらと、陽光に反射してきらめきながら落ちて来る破片。 「畜生誰だ!! 滅茶苦茶だぞ、この星はァ!!」 「ま、待つんだお坊っちゃん!!」 ヨハンの制止も聞かず。銃を抜いてハーロックが飛び出す。 「ごめんなオッちゃん! ケーサツ呼んでや!!」 「し、しかし警察は──…!!」 こうなったら止められないのだ。バンザックの腕を擦り抜けて、ヤッタランも 走り出した。 |
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