Under・the・sea




★★★


海賊島──正式名称『6565REIJI』──。デスシャドウ号についてきている無数の人工惑星の中で、これだけが天然の小惑星を加工して造ったものだ。直径50キロにも及ぶ巨大な小惑星。補修用のドッグだけではなく、船員の保養所も、森も海もある海賊の楽園だ。


「──…何度来ても凄いよなぁ」


小型戦闘機を使って、俺とヤッタランとトチローの3人だけで降りた。俺は、まだ気分の治らないトチローを抱えて呟く。人工砂の敷き詰められた砂浜と、寄せては返す青い海。北欧生まれの俺はもっと濃い色の水しか知らないし、砂漠育ちのトチローは、多分海を知らない。腕の中のトチローを見ると、
彼は呆然として人工海を眺めていた。


「……アレは、『ウミ』か? ハーロック」


「そうだよ、本物じゃないけど。地球にある全ての命の起源は海だからって、
 十四郎さんがわざわざ造ったんだって。たとえ地球にいなくても、海水が
 あれば寂しくないって」


「親父の口癖だったよ。本当はタイタンにも海を造るつもりだったらしく
 てさ、海水の成分表や潮を満ち引きさせるための人工重力装置の設計図を
 見せてもらったことがあるよ」


トチローが目を細める。宇宙病にかかってデスシャドウ号を降りてから、十四郎さんは死ぬまでタイタンの開発に尽くした。土星からの光が強過ぎて、おおよそ人の住めるような星ではなかったタイタンを、銀河鉄道の停車駅が出来るほど発展させたのは十四郎さんの力だ。大気調整装置と重力発生装置。土星からの光を和らげる人工オゾン層発生装置。それらを開発する頭脳と技術力、そして何より人間の可能性に賭ける信念──本当に偉大な人だと、そう思う。


「Dr大山は凄い人だったんだな。小さい頃に来たときはわからなかったけど、
 今はよくわかるよ」


「ふん、あんな馬鹿な親父をそう褒めることはないが……『ウミ』は初めて
 だ。下りてみたい。触ってみたい。舐めてみたい」


「はいはい、暴れるんじゃないよトチロー。すぐ下ろしてやるからさ」


じたばたと海に向かって両手を差し出すトチローを、俺は優しく砂浜の上に
下ろしてやる。ふらふらとおぼつかない足取りで、それでもトチローは波打ち際に座り込んだ。


「うーん、設計図にあったのよりもスケールは小さいが……成程、これは
 プロトタイプだな。親父はもっと大きいのを造るつもりで──」


「まぁ、タイタンと6565じゃ、大きさがちゃうもんなぁ」


ヤッタランがトチローの背後に立って腕を頭の後ろで組む。「まぁな」と、
トチローがヤッタランを見返った。


「プロトタイプといってもこれは完成型に限りなく近い。俺は本当の『ウミ』
 を知らんが、少なくとも数的なデータに狂いはないように見えるよ。
 破天荒で馬鹿丸出しの親父だったが、“エルダ”の14に収まるだけの
 力量はあるな。さすがに」


「素直やない褒めかたやなぁ」


「俺ならもっと良く出来るということさ」


「ホント。素直じゃないよ、この人は」


俺は苦笑混じりに溜息をつく。神懸かり的な才能と技術力を持ちながら、早逝してしまった十四郎さん。トチローは、惜しい気持ちと悔しさでいっぱいなのだ。自分が成長しきる前に逝かれてしまったら、追いつくことも追い抜くことも出来ない。それがトチローに十四郎さんを「馬鹿親父」呼ばわりさせている原因ではないかと俺は踏んでいる。


「俺なら、この砂浜にヤシの木なんかを植えるね。親父は天才だけど、
 生きてるものには、他の生命体が必須なんだってこと、命が命を喰うこと
 の意味がちゃんと理解出来てない。ま、そういう性分だったんだからしよ
 うがないけど」


トチローが足を伸ばす。ちゃぷん、と小さな素足が波に浸かった。叡智の使徒“エルダ”は、その叡智を引き替えに何らかの“欠陥”を持つのだという。
大山一族は代々身体が大きくならなくて、視力も悪いのだとトチローから聞いたことがある。
でも──それだけじゃない。今のトチローの口ぶりから、何となくそれが聞き取れた。


「ん、確かに殺風景かもな。トチロー、俺達の時はもっと賑やかにしよう。
 カニとか魚とか、いっぱい育てような」


深く聞きたかったけれど、俺は話をそらしてトチローの頭をぽんぽんと叩く。“エルダ”のこと、十四郎さんのこと、そんなに早急に訊くことじゃない。


「そうだな。自給自足で40人くらい養える程度の食料を用意しておかない
 とな。お前、大人数が好きだろう」


トチローが顎をさする。「うん」と俺は力一杯頷いた。やはり、ご飯は大勢で食べる方が楽しいと思うのだ。


「気の合う仲間みんなで食べるご飯は凄く美味しいと思うぞ。親父達は少数
 精鋭で乗組員少ないけど、俺達はいっぱい集めような」


「ご飯ご飯言うなやジュニア。ワイらトチローはんの看病に付き合って昼飯
 まだ喰ってへんのやで。腹減るやろが」


ヤッタランが、ぽん、と丸い腹を叩いた。「そうなのか?」とトチローが俺を見上げる。


「そういえば昼飯の時間過ぎてるもんなぁ。午前のお茶以外何も飲み食い
 してないし。俺に付き合わせちゃったのかぁ。悪いな」


「気にすることないよトチロー。軽食ならいつでも用意出来るしさ。俺、
 艦に戻って何か貰ってくる。サンドイッチとかで良いよな」


「ん、充分。すまんなハーロック」


人工とはいえ地面に足がついたせいか、規則的で穏やかな波音のせいか、トチローの具合も随分良くなったようだ。これならご飯も食べられるだろう、と、俺は安心して踵を返す。


「それじゃあ、取ってくるよ。ヤッタランはトチローの傍にいてやって」


「オッケーやで。トチローはん、飯喰ったら泳ごうな。ワイはこれでも泳ぐ
 の上手やねんで」


ヤッタランが上機嫌で靴を脱ぎ捨てる。対するトチローは苦い顔で背中を
丸めた。


「うーん……俺、泳げるような水量って今初めて見たからなぁ……泳法は
 一通り本で読んだが」


「お? お? トチローはん泳げへんのか? 泳げへんなんて人類やない
 で」


いひひひ、とヤッタランがトチローの背中に取りつく。「離れろブタマン」とトチローが暴れる。


「大体ブタの分際で泳げるとは生意気な!」


「ブタ言うなや! 豆タヌキのくせに!!」


「豆タヌキだとー!! くそデブてめ」


「それじゃあ、俺行ってくるわ。トチローはもう大丈夫だな」


──仲睦まじくじゃれ合う二人を残し、俺は鼻歌まじりに小型戦闘機に
向かった。



★★★


「そうか──グレート・ハーロック、トチローはんにフラれてしもたか」


艦長室に溜息が落ちる。オーク材を使った豪奢な丸テーブルごし、オールド・ヤッタランはデスシャドウの主グレート・ハーロックと差し向かいで座っていた。


「そうだな、必要ないと言われたのだから、わたくしはフラれてしまったな」


紅茶を一口。海賊と呼ぶにはあまりに優雅な所作で、グレート・ハーロックが微笑する。もう何年もの付き合いになるのに、少年のときの清楚さと中性的な雰囲気は変わらない。この人は歳を取ることがないのではないのかと、オールド・ヤッタランは思う。


「せやけど、天下のグレート・ハーロックを部屋から追い出すやなんて、
 Dr大山のご子息も肝の太い」


「まさしく大山の血さ。彼は、他人が何者であるかということは一切気に
 止めない男だったから」


懐かしそうに、眼差しを緩ませる。少年時代を共にした親友を思い出しているのだろう。目の前の優雅な男が、ある意味己の妻よりも親友を慕っていたことを、オールド・ヤッタランは知っている。


「ジュニアも冷たいやんか、一ヶ月も父親と一緒やのに、トチローはんに
 付きっきり。ワイも息子と殆ど話せへんわ。まぁ、うちのはドライやから
 ええねんけど」


キャプテンは楽しみにしてたやろ? とテーブルに身を乗り出す。「もう幼い
子供とは違うのだよ」と、少し寂しげにグレート・ハーロックはカップを
ソーサーに戻した。


「あの子はもう3歳や10歳の子供ではない。有り余る自らの戦闘資質を
 持て余し、泣きはらした目をしていた子供とは違うのだ。君の子や……
 大山の子息という友を得て、もうすぐ自らの翼で飛び立つ。息子を持った
 ことの宿命だよ。副長」


「そんだけワイらも歳を取ったっちうことかいな。ホンマ、キャプテンが
 老けへんからワイらもいつまでも若モン気分やで」


「良いじゃないか。副長、君もヴェルナー学院でブルーのタイをつけていた
 頃と変わらないよ」


穏やかなバリトン。澄んだボーイソプラノで、囀るように笑った少年は、
いつの間にか表情を変えず、静かに話すようになった。美しい人。気品高い
グレート・ハーロック。

時間は経つものだ──と、オールド・ヤッタランは思う。無邪気に夢を語りながら過ごした少年時代と、理想と現実に揺れた青年時代。親友Dr大山を失い、地球を離れ、莫大な賞金をかけられた太陽系の無法者となってもう10年以上経つのだ。


「ジュニア達を見とると、ワイらが子供やった時のことを思い出すわ。
 何や、つい昨日のことみたいになぁ」


オールド・ヤッタランは大皿のクッキーに手を伸ばす。グレート・ハーロックは甘いものを口にしないが、Dr大山は好きだった。その名残が、今もこうして艦長室に残っている。


「どうしたのだ副長。遠い目をして、まるで老人のようだよ」


幼馴染みが、笑う。けれど、その笑顔もどことなく寂しげだ。Dr大山が
艦を降りて、それから彼の本当の笑顔を見ていないような、そんな気になる。


「宇宙で30後半言うたら、もう老人やろが。いくら見かけが若くても、
 もう個人での戦闘は難しいんとちゃうか?」


「また……そのような。確かに人は衰える。けれど、この艦は我が友の
 最高傑作。そう簡単に衰えはしない。どうしてそんな弱気なことを」


「ま──新しい風が吹き始めれば、古いモンは何や寂しくなる。それが良い
 風ならなおさらや。ワイらはその風には乗れへんからな」


「わたくし達の風も良い風だったろう。わたくしはわたくしの信念と共に
 生きた。無論、大山も。それはあの子らが証明してくれよう。血は繋がる。
 わたくし達は何も失いはしない」


淡い微笑。本当に穏やかに彼は言うのだ。オールド・ヤッタランはグレート・ハーロックのそのような表情を見るたびに不安になる。


もう、この人の魂はここに無いのではないかと。



「グレート・ハーロック!」


不意に、レーダー長が息を切らせて駆け込んでくる。「なんやねん!」と弾かれたようにオールド・ヤッタランは立ち上がった。


「敵艦か?! 大艦隊でも来ん限り、そないに大慌てすることないやろが」


「敵艦ではなく、侵入者です!! 6565に不審な生命反応が」


「6565?」


グレート・ハーロックが立ち上がる。


「6565なら、今子供達が行っているが。彼らの反応ではないのか」


「いいえ、その──生命反応と言っても、有機生命体のものではなく、例の
 メタ」



「親父!!」



ハーロック・ジュニアが、レーダー長と扉の隙間から文字通り滑り込んでくる。幼い頃のグレート・ハーロックに生き写しの容貌、青い気密服がはち切れんばかりの若さを主張している。けれど、今は息を切らし、どこか悔しそうな表情で。


「お──親父。親父、金……貸してくれ……下さい」


物凄く嫌そうに、右手を出してくる。「金?」とその場にいた全員が首を傾げた。


「なんやねん、ジュニア。小遣いせびるならあとにせぇや」


「いや、待て副長。火急の事態ではあるが、息子が父に小遣いをせびるのだ。
 話くらいは聞いてやらねば。どうしたファルケ・キント。6565では退屈か」


僅かに前屈みになり、ジュニアと目を合わせるグレート・ハーロック。
「それどころじゃないよ!」と、ジュニアが叫ぶ。


「それどころじゃないんだ。それどころじゃ。でも、金は貸して下さい!!」


「──…ものごっつう慇懃無礼やな」


オールド・ヤッタランは呆れて溜息をついた。ハーロック・ジュニアのこの態度、幼き日のグレート・ハーロックというよりは。


──……Dr大山に似ている。


そして、言わなかったがDr大山の息子、敏郎こそが若き日のグレート・
ハーロックの思慮深さと気品を備えているように見える。

お互い容姿は父親似なのに。皮肉なものだ、とついつい思う。


「落ち着けファルケ・キント。そんなに慌てふためいていてはお前の言いた
 いことがわからないよ。具体的に幾らくらい欲しいのだ。金額を良いな
 さい」


「……キャプテン、そういう問題ですか……」


レーダー長が口元を引きつらせる。侵入者の話などどこ吹く風だ。我らがキャプテンのこの寛容とも言えるボケっぷりが長所であり最大の短所である。


「10億宇宙金貨! 銅貨一枚だってまからないよ。10億! 今すぐ出して
 くれ。さぁ出して!!」


そして、無茶苦茶を言うハーロック・ジュニア。太陽系最強の戦士を父に持つ子の我儘というのは、やはりレベルが違うのか。


「10億……副長、10億は大金だな。わたくしだってそんなに稼いだことは
 ないように思うが」


「まぁ、総合すればあるかもな。せやけど、どう考えても子供の小遣い程度
 の金額ちゃうやろ。13歳のガキにやれる金額なんかたかがしれとるで」


思い切り奮発してやっても50宇宙金貨くらいか。それでも大金である。オールド・ヤッタランがそのように言うと、「そうだなぁ」とグレート・ハーロックが首を傾げた。


「10億などという大金、いくら海賊稼業をしていたからといって、そう
 簡単に稼げるような金額ではないよ。ピ●コちゃんのような無茶を言うの
 はよしなさい」


「誰がピノ●ちゃんだ! 10億すぐに出ないって言うなら──…!!」


  しゅっ。


ジュニアの手が、素早くグレート・ハーロックのベルトから重力サーベルを引き抜く。無論、長身のグレート・ハーロックに合わせてDr大山が造ったサーベルだ。まだ未成熟なジュニアの手には到底収まる代物ではない。けれど。


「親父の首を頂くまでだ!」


ハーロック・ジュニアの眼は──本気である。烈火のような闘志を全身に漲らせて、ジュニアは実の父を見上げている。


「ジュ、ジュニア、お前一体何をしとんねん。ヤッタラン・ジュニアはどう
 したんや」


オールド・ヤッタランは慌ててハーロック・ジュニアの二の腕を掴む。しかし、その手は「離せ!」と、乱暴に振り解かれた。


「どうしたというのだ、一体」


グレート・ハーロックが突きつけられたサーベルの切っ先を掴み、慈愛に満ちた眼差しで我が子を見下ろす。


「ファルケ・キント落ち着け。お前が本当にわたくしの首を欲するのならば
 惜しむ理由はない。わたくしはお前の父なのだ。息子のためならば何を
 惜しもう。けれど、理由がないままに命を取られてやるわけにはいかない。
 わたくしにとてこのデスシャドウの主たる誇りと、共に道を歩んでくれて
 いる仲間達への責任があるのだから。ファルケ・キント、男が男の命を
 取るというのだ。理由もなくというわけにはいかないのは、お前にもわか
 る道理だろう?」


優しく、穏やかに。刃を引けとも、馬鹿なことを、とも言わず。太陽系最強の男は父の顔をして膝を折る。
そっと頬に触れられて、ジュニアの瞳から闘気が消えた。ぶる、と小さく全身を震わせる。


「お──親父。あいつ……何か変なのが、いきなりトチローとヤッタランを
 捕まえて……」


「侵入者か。レーダー長。即刻戦闘態勢を整えて6565に降りるようにと
 手すきの者達に通達を」


「了解! 二日酔いの者達も叩き起こします!」


レーダー長が駆け足で部屋を飛び出そうとする。「待ってくれ!」とジュニアがその袖を掴んだ。


「行くな! これは俺の問題だし、下手にあいつら刺激したらトチローや
 ヤッタランの命が危ない」


「ファルケ・キント。どういうことなのだ。本当にお前の問題と言うのなら
 ばそれでも良い。わたくしの首とてくれてやろう。けれど、説明はしなく
 てはいけない。さぁ、6565で何があったのだ」


「──…それが、あっという間のことだったから、俺にもよくわからないん
 だけどさ……」


す、とサーベルの切っ先を下げ、ジュニアが困惑気味に語り始めた。













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