Titan Rendezvous



2967年・タイタンコロニー。
貧しくも自由な人々の住む、無法の街。
その居住区から数十キロ離れた先に、黄色い風の吹く
砂漠がある。
照りつける太陽と、乾いた砂は何人の通行も妨げ、
長くコロニーに住み続ける人間さえ近付かぬ不毛の地。

そんな死の砂地を、今、二人の少年が歩いていた。



★★★


「……暑いがな」


「言うな。余計に暑くなる」


「このままやと、目的地に着く前に焼けて死にそうやで」


「言うな。余計に危機感が押し迫ってくるだろーが」


「こないなことなら、宿に残ってプラモデル作っとったら
 良かったわ。ヤマトもハヤブサもヒマワリも完成させんと
 死ぬんかなぁ」


「……ヒマワリは気象衛星だろ。あるのか? プラモ」


日光よけのマントを頭からかぶって歩くのは、まだ十代も前半の少年だ。
一人はすらりとした長身で、顔立ちもどことなく上品な風情。
ただ、眼差しだけが強い輝きを帯びていた。
その彼の傍らで汗を拭う少年は、丸顔で丸体型。
大きな黒縁メガネの奧にある瞳には、まるでぬいぐるみのような
愛嬌がある。
見た目だけならば全く正反対の二人。完全な凸凹コンビであった。



「ヒマワリは最近発売されたねん。人工衛星シリーズや。わい、飛行機
 好きやけど、たまにはええかな思うて買うたねん」


「そういう不慣れなことするからだよ。飛行機好きのヤッタランが
 人工衛星プラモに手を出すから、砂嵐で馬が死んだんだ」


「あー! そんなん言うて人のせいにするんかいな。大体、
 どうしてもここ来たい言うて、人連れ出したんはジュニアやろ。
 グレート・ハーロックの息子が、そないな発言してもええん
 かいな」



「ジュニアって呼ぶな!! 俺はもう十三なんだ。もう男だ。親父だって、
 この年には自分の艦を持ったんだ。俺だって負けない!!」


姦しい口喧嘩を続けながら少年達は進む。もう二時間、こうして黄砂の中を
進んできたのだ。砂嵐で馬を失い、今の二人が持っているのは水袋と
目的地までの地図。そして磁石。
背の高い少年だけが、黒光りするコスモガンと重力サーベルを腰から
下げていた。
「勝ち負けの問題かいな」と丸顔の少年──ヤッタランが唇を尖らせる。


「別にええやねんか。オヤジさんに拘らなくたって。ジュニアはジュニア
 や。同い年の奴ら、誰もジュニアには勝てへんのやろ? 銃かて、
 サーベルかて一番やんか。一体何を焦っとるねん」


「同じ年の奴らなんかと一緒にするない。ジュニアハイの連中はみんな
 腐った馬鹿共だ。地球でのんべんだらりと時間を無駄にするような
 奴らなんかには勝って当然だ。俺はその百倍も腕を磨いてきたんだか
 らな!!」

 
ジュニアと呼ばれた少年は、実に不快そうに顔を歪めた。
ジュニア。本名はキャプテン・F・ハーロック世。
黒地に白い髑髏を染め抜いた旗を掲げる、誇り高い海賊騎士の末裔だ。
けれど、年齢の幼さゆえに、少年は未だ“ジュニア”と不本意な呼ばれ
方をしている。
それが少年の、少年だからこそ気高いプライドを刺激するのだ。


「とにかく、オヤジが何と言おうと、デスシャドウ号のみんなに
 迷惑かけようと、俺は“マイスター”に艦を造ってもらう。
 ジーサンになって枯れる前に、俺は俺の夢を果たすんだ」


少年──ハーロック・ジュニアは拳を握って主張する。一つ年下で
幼馴染みのヤッタランが、盛大に溜息をついたのを目の端に捉えたが、
それは見なかったことにした。


「……未成年の主張ははええけどな。その“マイスター”の
 ところへはいつ頃到着するねんな。タイタンコロニーに
 降りるって言うからついて来たのに、飯もそこそこなまんま
 こないな砂漠に来てもうて。これはコロニーと違うがな。
 サボテンも住まへん地獄の釜やで」


「うぅん、そこなんだよなぁ。地図は……合ってるんだと
 思うんだけど」


ハーロックは風に飛ばされぬよう注意しながら地図を広げた。
ヤッタランの視界まで地図と磁石を下げて見せる。


「ここがさっき馬車を借りた第二居住区だろ。そこを南南西に15キロ。
 それから、この砂漠を同じく南南西に二十キロ。俺達、何キロくらい
 歩いたかな」


「に、20キロやてぇ!!?」


ぴょこん、とヤッタランがバウンドする。


「ジョーダンやないわい。馬死んでからまだ二時間しか経っと
 らんのやで? 5キロくらいしか歩けとらへんわ。まだ15キロ
 もあるやなんて……涙も出ぇへんなぁ」


「泣くなよヤッタラン。艦が出来たらきっとお前を副長にしてやる
 からさ。お前、頭も良いし、砲撃も上手だものな」


「死んだら花見も咲かへんで。全く、ジュニアは呑気やな」


ヤッタランはその場にへたり込み、小さな瞳に涙を浮かべる。
ハーロックは自分の水袋を取り出して、ヤッタランに渡してやった。


「なに、絶対に大丈夫さ。俺は案外運の強い男なんだ。きっと
 “マイスター”のところに辿り着いてみせる。でも、お前は
 辛いなら帰って宿で寝てても良いよ。ヤッタラン」


「な、なに言うとんねん。戻るんなら一緒に戻ればええやんか。
 この暑さと砂の中を、あと15キロなんて到底無理やで。また
 明日、今度は馬やのうて移動用の小型機でも借りたらええねんで」


水袋を突き返し、ヤッタランがハーロックのマントを掴む。
ハーロックは「いや」と首を緩やかに振った。


「俺は、絶対に引き下がったりしない。それが海賊騎士の血に
 生まれた誇りなんだ。俺はこのまま15キロ歩く。でも、ヤッタラン
 は子供だし、俺が巻き込んで連れて来たんだから、危ないと
 思ったら引き返して良いんだ。水袋と磁石があれば、お前は賢い
 男だから帰れるだろ」


「そ……そんなんできるわけないやろが!! 宿でヤキモキする
 くらいならワイも行く。その方が気持ちええし、あとで後悔
 せぇへんで済むわ。一年くらい歳違うからて、そんなん
 不公平やで!」


ぶーぶーと鼻息を荒くして、ヤッタランが再び歩き始める。

「あんまり無理するなよヤッタラン。疲れたら、俺がおぶって
 やるけどさ」


「いらんわい」と背を向けたまま右腕を振り回すヤッタラン。
その小さな背中を追いながら、やれやれ、とハーロックは水袋をしまい、
マントを深くかぶり直した。



★★★


──脱水症状を起こしかけ、蜃気楼に惑わされそうになりつつ進んで
早5時間。
砂漠には、ひたひたと夜気の冷たさが忍び寄ってきていた。


「あ、アカン。死ぬ。もう死ぬで。短い人生やったのう……」


「諦めるなよヤッタラン。っていうか、お前をおんぶしてる俺の方が
 死にそうだ。何でこんなに重いんだよ。お前」


しかも乾ききったはずなのに湿っている。ハーロックは丸顔の神秘を
背中の皮膚で感じ取っていた。


「あと1キロのところまで来てるんだからさ、そろそろ自分で
 歩いてくれんかね」


「いやや〜。ワイはまだ子供やねんからして、もうおネムの時間
 やねん。腹も減ったし、もう歩きとうないねん」


背中のヤッタランが、ぎゅ、と肩に腕を回してくる。そうなったら
もう無理に降ろすことも出来ず、ハーロックは小さな溜息をついた。


「……あと1キロだからな。“マイスター”のところに着けば、
 水なり食料なり分けてもらうことだって出来る」


とは言うものの、体力の方はとっくに限界を超えている。
今は背中にヤッタランを庇っているという責任感が、何とか
足を前に出しているが、それも、どこまで続くかわからないと
いうのがハーロックの現状だった。

砂漠の砂は、いつの間にか土星の光を受けてオレンジ色に発光して
いる。
地球で見る砂漠とはまるで違う光景が、ハーロックの視界を幻惑
し始めた。


──死ぬかな?


心の中で、呟いてみる。やはり、十三歳の未発達な肉体で砂漠を越え、
“マイスター”に会おうなどと考えたのが無謀だったのだろうか。
それは違う、とハーロックは弱気になる自分を叱咤する。

“マイスター”。
それは、造り出す者。或いは、創り出す者。
類い希なる知識と技術を受け継ぐ者。

そんな偉大な男がいるのだと、小さな頃から聞かされて育った。
お伽話の主人公に憧れるように、“マイスター”に憧れた。
そうなりたいと望むのではなく、出会ってみたいと痛烈に願った。
なぜなら、父、グレート・ハーロックの艦デスシャドウ号は、
まさしく“マイスター”の手がけた艦だというのだから。
無敵の戦艦、デスシャドウ。
宇宙に出たハーロック一族のその旗を、銀河系に知らしめた
偉大な艦。
いつか、自分の艦で宇宙に出るのなら、あのように偉大で、勇壮な
艦を繰るのだと。

そのために地球を出たのだ。幼く、甘い少年期を捨てて、いち早く
男になるために。
宇宙にいる父に内緒で。地球にいる母に背を向けて。
タイタンコロニーに向かう最後の空間軌道に乗って。全ては
“マイスター”に会うために。


「……死なないし、絶対に、引かない……!!」


歯を食いしばって一歩。また一歩。既にヤッタランの重みも
感じなくなっていた。
踵まで、砂に埋まる。オレンジ色に発光する砂漠。月の光が遠く、
世界はどこまでも沈黙し、夜はただの漆黒なのだと思い知る。



ふと、音楽が聴こえた。



「──?」


ハーロックは耳をすます。ヤッタランが「ん……?」と反応した
ところをみると、どうやら幻聴ではないようだ。


夜の闇の中、一筋の光のように流れてくるハーモニカの音。
高く、低く。それは子守歌のようでも、鎮魂歌のようでもある
ような。


「あ…れ。聴こえたか? ヤッタラン」


「当たり前や。なんか、寂しそうな音やなぁ。ワイら、地獄の
 底まで来てしもたんやろか」


乾いた声で、ヤッタランが呟く。そんなこと、とハーロックは闇の奧に
目を凝らした。


「そんなこと、絶対あるもんか。喉も痛いし、腹も減ってるし。
 死んでたらこんなに疲れてるわけないよ。もっと楽になってる
 筈だ」


よく判らないが、絶対にそうだ、とハーロックは断言してやった。
「そうかなぁ」とヤッタランが首を傾げる。


「死んでないなら、ワイら人のいるところに着いたってことやな。
 “マイスター”の家に着いたんやろか。なぁ」


「多分……。地図や距離から推測するなら、この音楽の発信源が
 “マイスター”の住処のはず」


少しだけ気力が戻ってきた。ハーロックはヤッタランを背負い直して
ざくざくと歩を進める。

──もう少しで、“マイスター”に会える。

“マイスター”に会って。

“マイスター”に会ったら。


 ばさばさばさっ……。


鼻先を、ふわりとしたものが掠め落ちていった。ハーロックは
はっとして顔を上げる。

目の前。数メートル先に浮かび上がる、古びた宇宙船。
二十年も前の型だ。錆びついて、機体の半分が砂に埋まっている。
さほど、大きくはない。恐らくは個人が近距離を飛ぶためのもの
だったのだろう。けれど、今はただの瓦礫に見えた。

ハーモニカの音はその上から聞こえる。


「……あ?」


人の気配に気付いたのか、音楽がぴたりと止んだ。
僅かに洩らされる小さな声。だがそれも、激しい羽音に
掻き消された。

瓦礫の宇宙船上に立つのは、小さな影。
大きく夜空に浮かぶ土星の光は、黒いシルエットしか映さない。
冷えた風になびく砂よけのマント。つばの広い帽子の形。
肩からは、大きな翼が生えている。先程鼻先を掠めたのは、
どうやらその翼の羽だったらしい。


「……黒い翼の死神や。やっぱりワイらはもう死んどんのやで、
 ジュニア」


がちがちと歯を鳴らしながらヤッタランが震え上がる。ハーロックは
思わず唇を噛んだ。

黒い翼は、死神か悪魔か。
──まさか、こんなところで。こんな、砂漠なんかに。
 


「トリコモナスー」


不意に、翼が鳴いた。甲高い、妙にユーモラスな声。


「こら、トリ。からかうな。遭難者だよ、アレらは」


翼の声とは別に、幼く掠れた声が聞こえる。
ハーロックは慌てて瞬きを繰り返し、霞んだ視界を元に
戻した。


「死ヌド、死ヌド。アレラ」


「よせ。まだ生きてる。しかも二人。大変だどこれは」


「イタマシヤ〜」


 ばさばさばさっ……。


翼が、肩から飛び立った。
否、翼だけではない。アレは。


「ト……リ……?」


──かな? 

土星の光に浮かび上がる、細い首と長いクチバシを確認した
ところで、ハーロックの意識は反転した。










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