Titan Rendezvous・6



☆☆☆


未だ見ない僕の親友へ──。
お元気ですか? 僕は昨日、12歳になりました。


★★★


「あー…根暗だ」


ヤッタランの寝息を確認して、ハーロックは頭を上げて呟いた。
あれだけの現実を目の当たりにしながら、まだ心のどこかで彼を
信じようとしている自分がいる。
そのことが、ハーロックには少し悔しい。


☆☆☆


僕と君は同い年だと聞いたので、きっと、君も12歳なんだろうな。


★★★

ジュニアハイクラスに上がる一年前、国語の授業で書かされた『親友への手紙』。
ハーロックはノートの切れ端にこっそりと書いた。教師が寄越した便せんは、
授業終了のチャイムが鳴ったと同時に彼の目の前で破り捨ててやった。無論、ノートに書いたメモのような手紙も。


☆☆☆


授業は楽しい? 僕は、ちょっとつまらないよ。
だって、勉強があまり得意じゃないから。
体育は得意なんだ。かけっこも、鉄棒も
フェンシングもクラスで一番なんだよ。


★★★

それは、あまりにも本心な手紙。破り捨ててしまった今でも、ハーロックは
一言一句違えずに内容を思い出すことが出来た。


「──…ずっと、この日を待ってたのにな」


埃っぽい枕に顎を埋めてみる。鼻の中が、つん、とした。同時に目尻まで
痛くなってくる。


☆☆☆


君は、僕のことをお父さんから聞いた? 僕は、
小さな頃から君の話を聞いていたよ。
だから、色々知ってるんだ。



★★★


「なーんにも、知らなかったよ……」


大きな土星が窓から見える。強い光、オレンジ色の光。
それがこんなにも眩しいことも、ハーロックは知らなかった。

タイタンの砂漠が、予想していたよりも遥かに厳しかったことも、
彼が──Dr大山の子息・敏郎が“マイスター”であったことも、
そして、“エルダ”であったことも。


「なにも……知らなかったなぁ」


知っていたのは、父・グレート・ハーロックの親友であるDr大山のことばかりだ。
それもそのはず、Dr大山の息子のことまでは、父でさえも殆ど知らなかったのだから。

父はただ、親友に息子が生まれたと聞いて、その子が自分の息子と出会うことを願っただけだ。自分達の世代の友情を、次代に繋げると信じていただけだ。

そして──、ハーロックもそのことを疑ってはいなかった。

☆☆☆


君は僕のことをどれだけ知ってるだろう。

君に話したいことがたくさんあるってこととか、
君に聞きたいことがたくさんあるってこととか、
もうとっくに、僕の中で君が親友なんだってこととか、
そういうことを知ってる?


★★★


「知ってるわけないよな──」


それでも少しは期待していた。
それでも少しは信じていた。


☆☆☆


(それでも、君は他の奴らとは違うって、ほんの
 少し期待しても良いかな)


★★★


授業の課題で書かされた『親友への手紙』。
下らないと思っていても、書く相手など、親友などいないと割り切ってさえ
いても。

ノートの端に、祈るように書いたことを憶えている。


「…──そうだよ」


あの手紙は本心で。たとえ誰の目にも触れさせなくても、一言一言
言葉を選んで丁寧に書いたことは本当で。


「絶対に、必要なんだ。俺には」


夢のために。そして何より、自分の運命のために。父から話を聞いた時から、
直感的に彼を必要とした自分をまだ憶えている。

否。直感というよりも──全身の血が。何か、遠い遠い場所にあるものが。


脳にある記憶よりも、それは遺伝子に組み込まれた本能に近いような。


ハーロックは、がば、と起き上がった。


「そうだよ! 俺達まだ自己紹介すらまともにしていないぞ!!
 第一印象で相手の人格を決定するなんて馬鹿げてる。そうだろ
 ヤッタラン!!」


傍らで眠るヤッタランを叩き起こす。ぶぅ、と一声鳴いてヤッタランが
起き上がった。


「……なんやねん…急に」


「わかったんだよ! 落ち込むなんて全然俺らしくなかった。あの自走二輪の
 性能は完璧。あいつの力なくして俺の夢は実現しない。一度断られたくらいが
 なんだ。第一印象が悪かったがなんだ。俺は負けない。ハーロックの名にかけ
 ても!! 俺の誇りにかけても!!」


勢い良く窓を開け放ち、ハーロックは夜空に一際輝く恒星を指した。


「見ろヤッタラン! あれが俺達の星アルカディア。俺達が夢を叶えるとき、
 あの星は一層美しく輝くのだ!!」


睡魔で船を漕ぐヤッタランの肩を抱き、ハーロックは声高々に張り上げる。
「眠いわ」と、ヤッタランが小さな目をしょぼしょぼとさせた。


「わい──…たまにジュニアのテンションについていけなくなるで。ホンマに」



★★★


「──で? あんたら、俺の世話にはなりたくないとか
 言ってなかったか。つい昨日」

早朝。“マイスター”こと大山敏郎が、不快を全く隠さずに眉を顰める。
ハーロックは「いやいや」と首を振った。


「実はあれから思い直したんだ。第一印象で人の人格を決定するのは
 よくないこと。俺達はもっとお互いを知り合うべきじゃないかな
 とね」


「こーんな朝早くに叩き起しやがって。夜討ち朝駆けは営業交渉の
 基本かもしれんが外道中の外道だ。俺は認めないど」


何度も大きな欠伸をし、腫れた目を擦る。ヤッタランが「やっぱり」と
呟いた。


「──…せやから言ったねんでジュニア。朝の7時は早過ぎるやろ。
 つーか、ワイ、昨日の深夜から寝てへんのやで。岩場で一眠りしよう言う
 ても聞かへんし。きっついわ。もう」


腕をつつかれ、ハーロックは「そうかな」と首を傾げる。深夜にヤッタランを
叩き起こし、すぐ砂漠に向かったのだ。別にヤッタランは眠っていてくれても良かったのだが、彼はぶつくさ言いながらもついてきてくれた。しかし道中、
眠ってしまった彼を背負って自走二輪を繰ったハーロックにも疲労はある。
──だが。


「……ごめん。でも、俺、思い立つと我慢出来ない方なんだよな。
 取り敢えず行動してから考えちゃう。あの──ご迷惑でした?」


「ご迷惑だよ。それに、あのマシンはくれてやったんだ。別に返してくれなく
 て良い」


憮然としながらも、敏郎はパックのグリーンティを出してくれる。まだ気温の低い砂漠の朝。ステンレスのカップで湯気をたてるそれは、ハーロックの喉を心地良く焼いた。


「美味いなぁ。目が覚めるね」


「あぁそりゃ結構。向こうでトリさんが寝てるんだ。それを飲んだらさっさと
 帰ってくれ。ほら、昨日の忘れモンも返してやるからさ」


和むハーロックとは対照的な敏郎の態度。テーブルの上に自分の銃とサーベルを置かれ、ハーロックは「あ」と身を乗り出した。


「これ……やっぱりここに忘れてたのか。いやぁ、無いと思ったら」


「──馬鹿だろお前。国宝級だ。もう用も無いだろ。帰れ」


思い切りジト目で睨まれた挙げ句、すげなく背を向けられる。ハーロックは
慌てて敏郎のシャツを掴んだ。


「そんなに邪険にすることはないだろ。昨日は助けてもらったし、体力も
 ぎりぎりだったからろくに話も出来なかったけど。今日はエネルギー
 充填120%だもんね。貸してもらった自走二輪の性能を見て確信したんだ。
 あんたの力を、俺は絶対に貸してもらうんだって」


ハーロックは、宿屋で主人を起こして用意してもらった弁当箱を三つ差し出した。


「この通り、お弁当も持参したし。せめて朝ごはんを食べてる間くらいは
 俺の話を聞いてくれるだろ?」


「──……あ? 弁当?」


一瞬、敏郎が、きょとん、とした。その隙をついて、ハーロックは彼を向き直らせ、その手に素早くハムサンドを握らせる。


「ね? 昨日ミソのスープを御馳走になったお礼に持ってきたんだ。まさか
 借りを返させないなんて言わないよな。君が器量の大きな男ならさ」


わざと自尊心をくすぐるように言い、ハ−ロックは、にこ、と笑う。
敏郎は何とも嫌そうな顔をした。


「──…わかった。一応、聞いてやるよ」


数秒の沈黙後に落ちた溜息。やった、とハーロックは手を叩く。


「それじゃあ、改めて自己紹介するね。彼はヤッタラン。俺の幼馴染みで、
 艦が出来たら副長にする予定なんだ。“エルダ”にはかなわないかもしれない
 けど、優れた頭脳の持ち主だよ。そして俺は──」


ヤッタラン頭を撫でて、ハーロックは言い淀む。ハーロックの名前を出すのは
何となく卑怯なことのように思えたからだ。


「あんたはハリソンさんだろ。憶えてるさ、それくらい」


敏郎が呆れたように頬杖をついた。ハーロックは暫く口をもごもごとさせ、
「ごめん」と俯く。


「昨日名乗ったのは嘘の名前なんだ。俺は……その、ファルケって
 呼んでも良いよ」


「ファルケ(鷹)? それがあんたの本当の名前か?」


「うん。本当は……親父と母さんと俺の妻になる人にしか呼ばせないん
 だけど」


代々嫡男には“F”を名乗らせるというハーロック家。その特別なセカンド・
ネームだったが、こればっかりはしようがないだろう。
ちら、と傍らの幼馴染みを見やると、彼は口を「あ」の字に開いて呆然として
いた。


「──…ジュニア、まさか彼を嫁に……?」


「しないしない! 男は嫁に出来ないだろ。これは特別。超法規的措置
 なんだよ」


とんでもないことを言う奴だ。ハーロックは慌ててヤッタランを押さえ込み、
口を塞いだ。 


「君も誤解しないで。これは本当にしようがないことで──」


「別に。どのみち名前なんかどうでも良いことさ。ここで交渉が決裂すれば、
 この先あんたがどう名乗ったって俺には関係ないことだし」


淡々と言い放ち、敏郎はハムサンドを食べ終える。


「それで? ちっとも話が進まないから、俺から質問を一つだけしようか。
 あんたが俺にどんな艦を造らせようとしているのかは知らないけどね、
 艦を手に入れてあんたは何をする? 何を成す? 何を目指すつもり
 だ。栄光か、名誉か。それとも──」


「栄光も名誉もいらないよ。俺が目指すのは宇宙最強の海賊騎士! 
 君に手がけて欲しいのは、宇宙で並ぶもののない強い艦!!」


ハーロックはヤッタランを離し、胸を張って宣言する。ぴた、と野菜サンドに
伸ばされた敏郎の手が止まった。


「宇宙……最強?」


「そう、宇宙最強。宇宙で一番強い戦士。誰も俺の通る道を邪魔出来ない」


「求めるのは──力か」


「そうだ!」


どん、とハーロックが胸を叩いた瞬間、一閃した銀色の光。


「──……あ?」


冷たい風が、喉元に触れるその刹那、ハーロックは反射的に左胸に差してあった
ナイフを抜き払った。


 きぃぃぃぃぃぃぃん……っ。


薄暗い室内に響く硬質の金属音。彼が──敏郎がサーベルを抜いたのだということに気が付いたのは、護身用の小型ナイフの刃が、粘土のように両断されたあとだった。


「ふ──普通のサーベルじゃ、ないな。それ」


ヤッタランを背後に庇い、ハーロックは入り口に向かって後ずさる。敏郎が
持っているのは、全く見たことのないタイプのサーベルだった。木製の鞘に収まっていた鉄製らしい長い刃。それは刃と呼ぶよりも棒に近い印象を受けたが、ナイフが容易く両断されたところを見ると、切れ味は重力サーベルにも匹敵するようだ。
「日本刀だよ」と、敏郎が嘯く。


「俺の民族は小さな島国の極小民族だったが、刃に関しては独特の文化を持って
 いてね。世紀を越えてもなお、鋭さを失わない鉄の精製に成功した。これは
 その内の一本。切れ味は先程お見せした通り。そして──」


す、と視界から敏郎の姿が消える。ハーロックが重力サーベルを構えた瞬間、
再び冷たい風が前髪を薙いだ。次いで来る衝撃。ハーロックの体は、いとも
あっさりと砂漠上に転がり出される。

「──それを使いこなす技術は未だに健在」


「くっ──…!」


喉元に切っ先を突きつけられ、ハーロックは唇を噛み締めた。
──いくら不意打ちといえど、この強さは同じ13歳とは思えない。
小さな体に、彼は一体どれほどの能力を秘めているというのだろう。


「もう帰れ。反射神経は悪くない。でも、あんたの剣技はあまりにも
 未熟だよ」


最強を目指すには遠過ぎる──託宣のように言われ、ハーロックは歯を食い
しばった。静かではあるが突きつけられた切っ先から伝わる憤り。
彼は、敏郎は何かに腹を立てているのだ。ハーロックの言動に、何かしらの
怒りを抱いたのだ。
──誤解されてる。咄嗟にそう思う。けれど、一体何が誤解なのか、それが
はわからない。説明しようにも、上手く言葉が出ない己の性格は熟知している。
どうしよう、とハーロックは突きつけられた刃を見つめた。

晴れた空。土星の下に鈍く光る銀の刃。それがふと、見下ろす敏郎の面影に
重なる。


「そうか──…」


──剣は、使う者の心も映すものなのかもしれない。あの冷たい輝きから、銀色の刃から確かに伝わる敏郎の憤り。
それなら。ハーロックは一度離したサーベルの柄を再び強く握った。


「まだ──まだァ!!」


力任せにサーベルを突き上げる。乱暴に体を起こせば、敏郎は咄嗟に身を引いた。
その一瞬を捉え、今度はハーロックが敏郎の喉元に切っ先をつきつける。


「よく、わかんないけど、怒ってるよな。君」


「怒ってなんかない。ただ、馬鹿馬鹿しいだけだ」


重力サーベルを突きつけられても、敏郎の表情は変わらない。相変わらず
抑揚のない声で呟くだけだ。ハーロックは刃を引いて二歩下がった。


「誤解、してるよな。絶対」


「誤解じゃない。あんたの実力じゃ俺にすら勝てない。真実だよ」


「やってみなくちゃ、わかんないだろッ!」


一閃。重力サーベルが、ぶぅぅぅぅん、と低く唸った。だが、重力波が切り裂いたのは、彼の砂よけマントだけ。

ふうわりと、真っ二つになったマントが砂の上に落ちた。


「──やってみれば、わかるさ」


下から顎に突きつけられる金属の冷たさ。同世代から向けられる殺気の怜悧さにぞく、とハーロックの背筋が粟立つ。


「後悔するよ。“ファルケ・キント”」


敏郎が少しだけ楽しそうに囁いた。頭の上で、強く輝く土星の光。


「……つよ……」




ハーロックは、こめかみから頬にかけて汗が伝い落ちていくのを感じた。










 



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