※注意!! 零さんに対する暴力描写があります。
苦手な方はスルーもしくは要注意の方向で。










死と乙女・3





+++


地球に熱量の雨が降る。
制止するわたしの声を、手を、身体を、艦をすり抜けて、それは大切なものを踏み
躙る。

地球の青。瞬く赤。あぁ、一瞬で消えてしまう。


胸を貫く断末魔。どれだけ──どれだけ喪われた? たった一瞬。澄んだ水溜りを
揺らす波紋のように紅蓮の熱が浸透する。

艦はただ、木の葉のようになすすべもない。エンジン出力停止。破損状況88%。戦
闘不可能。ただ、メインスクリーンの明かりだけが瞬いて、消える。耳朶を打つ命
の最期の悲鳴と共に。

瓦解する世界。燃え落ちる他の艦隊艦は流星のように尾を引いて母なる星の傷跡に
なる。


やめてくれ。やめるんだ。もうやめて。やめて。やめて待ってやめてやめてやめて
やめてやめて──!!!!!

どうしてここまでするんだ。どうしてここまでしなくてはならないんだ!!


お願いだからやめてくれ。どうか。どうか。どうか──…!!





もう…ゆるして………。




悲鳴と虚脱。わたしの声なのか、死にゆく人々の声なのかあるいは傷つき果てたあ
の星の声なのか、もうさだかではなくなってしまう。

艦内に、入電。ひどく硬質的なそれはわたし達の敗北と侵略者の勝利を告げた。

そして。


無遠慮に艦橋に侵入してくる軍靴。硬質な指先が乱暴に、崩れ落ちたわたしの腕を
掴む。


「地球最終防衛ライン守護艦隊『火龍』の司令官殿とお見受けするが」

 
変声機を通したかのような無機物で慇懃無礼な確認。わたしはただ頷く。


「地球連邦第58地区宇宙機動軍中将、ウォーリアス・零?」


「……そうだ……」


喉が、痛かった。一体どれほど叫び続けていたのだろう。腕を引かれて、立ち上が
る。誰かに、こんな風に無造作に手を取られたことなんて──一度だけだ。


「先程の入電はお聞き及びか。貴殿の属する連邦政府はつい先程機械化帝国銀河総
 督府に降伏した」

機械化人の高級将校。背後には武装した兵達がこちらに銃口を向けている。


「既にこの艦も銀河総督府の管理下に置かれる。我々は貴殿の身柄を拘束するため
 に参上した。どうか、無用の抵抗は無しにして頂きたい。それが、この艦の安全と
 クルーのため。今や貴殿に出来ることはそれだけとご理解頂きたい」



敵ながら見事な指揮官、戦闘ぶりを拝見させて頂いた。どうかその名誉を汚さぬよ
うに。


「………」


礼に適っているのは言葉だけだ。向けられた銃口。銃も兵も既製品の顔して。それ
でも、不思議と嘲笑と哀れみのようなものが伝わってくる。


「武装解除、して頂けますかな」


将校が悠々と手を差し出してくる。わたしは緩慢な動作でガンベルトを外した。メ
インスクリーンに映る青い星。抉られて──赤茶けた地表。

どうしても。命に代えても守るはずだったのに。



「──ッ!!」



激情が込み上げる。今生きてる。生きて、武装解除して。身柄を大人しく彼らに預
けて。そんなこと、許されるはずがないのに。

ガンベルトを受け取ろうとした将校の腕を跳ね上げ、中空に舞った銃を抜く。ベル
トが艦橋の端に当たる音。安全装置を外して、モードをエネルギーブレッドに。



「いかん! 撃て! 殺さぬ程度に!!」



将校の焦る命が飛ぶ。機械化人でも焦るのか。口元には笑み。
銃口は──自分に!!

胸には小さな懐中時計。きっと、今もわたしの家族はデジタルの印画紙に焼き付け
られて淡く微笑んでいるのだ。一体何が恐いだろう。


何もかも奪い去ったつもりでいると良い。けれど、許されざる罪なら自分で裁く。


引き金に指先の力を込めた瞬間、将校の背後で兵達が動いた。きらめくエネルギー
光。瞬きより、脳から指先への命令伝達よりも速く、レーザーがわたしの両肩と両
脚の骨を貫いた。電光に打たれればこうなるのか。重い痛み。肉の焼ける匂い。反
動で、銃が飛ぶ。オレンジ色の光を放ちながら、ブレッドはメインスクリーンを暗
転させた。

艦橋に暗闇。冷たい床に背を打ち付けて、びくん、と撃ち抜かれた四肢が痙攣する。

銃が、やけに軽い音を立ててわたしの眼前に落ちた。


「…無駄な抵抗は無しに、とお願い申し上げたはずですが」


心底蔑みきったような、将校の人工音声。軽く脇腹を蹴り上げられても、痛みは手
足の鈍痛に呑まれた。


「全く、人間というものは不合理に出来ている。今のこの抵抗を総督府の裁判官が
 どう受けるか…そんなことも考え及ばないとはな」


「……なにが…わかる……」


お前達に。大きなメーターに埋め尽くされたその頭に0と1しかないお前達に、一
体何が。

血に濡れた髪を掴まれ、上体が上がる。「連れて行け」と無機的に放られて、横倒し
になりかけたわたしの身体を2人の兵が捕らえた。

その拍子に、制服のコートのポケットから落ちる古いペンダント。
鈍く光る金色の髑髏。



「君が泣きたいとき、途方に暮れたとき、もう一人じゃどうしようもなくなったと
 き…助けて欲しいとき。俺はすぐに大人になって、宇宙最強の男になるよ。だから、
 君の声に応えられる。何があっても、すぐに行くから」



「あぁ、なるべく無様に引きずってやれ。地球最後の艦隊司令殿という貴いお身柄
 だ。無駄な抵抗の挙げ句我々の手に落ちた姿を見せ付けてやれば…生き残りのク
 ルー共も戦意を喪失するだろう。人間は、絶望すると全ての力を失うらしいからな」


大仰に両手を広げ、一足先に艦橋の外へと向かう将校の背中。コートを掴まれ、傷
ついた肩を掴まれ、腕を掴まれ、喉が反り上がるように髪を掴まれる。

本当に無様に引きずられながら、わたしは艦橋に残された幼い『約束』から遠ざかる。


泣きたいとき。途方に暮れたとき。もう一人じゃどうしようもなくなったとき。



…助けて、欲しいとき。



鳶色の髪、大きな瞳。薔薇色の頬。
騎士のようにお伽話の王子のように誓ったくせに。

14歳の記憶の中で、名も知らぬ少年は妙に鮮明だった。




「……嘘つき………」


君に慈悲と誇りがあるのなら、今ここで応えてくれ。奪ってくれ、わたしからわた
しのこの身にある全部。引き換えても良い。あの星を。


今、どこにいる? きっとあの星にはいないんだろう?


宇宙最強の男になると、果敢な狼の目をしてた。



「………うそ…つき………」



君に本当の慈悲と誇りがあるのなら。




あの星を──たすけて。戻してくれ、あ の青 い。




呟きは、暗転する意識に消えた。




















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