※注意! 相当頭悪い内容となっております。フォモと馬鹿が苦手な方は
 スルーの方向で。










Plants Doll・16




夢をみていた。




+++

マリーナ・沖はゆらゆらと揺れる青い世界にいた。上空には波が太陽の光に
照らされるときの不可思議な文様が浮かんでいる。海の底だわ。すぐに悟る。

私が生まれた、あの海だ。水を透過して降りそそぐやさしい光。揺れる空。
やわらかな白砂。愛しい記憶ばかりの残るあの世界だ。


帰ってきたんだ──。嬉しくなる。外の世界は重たくて、乾いていた。悲し
いことばかりで、辛かった。

優しい人達はみんないなくなってしまった。宇宙から見れば青い星。けれど、
あそこは故郷じゃない。あそこはもう青くない。機械化人の侵略を受けて疲
弊してしまった。赤茶けた大地。灰混じりの雨。地獄なら、あそこのことを
言うのだろう。酷い星だ。悲しい星だ。


地球は──重い。乾いている。いつもこの肌を、髪を、心を苛んで苦しくす
る。


帰ってきたんだわ。マリーナは両手を広げて光を受ける。水の世界。青く透
明な故郷。私の星だ。私の生きるべき場所だ。


駆ける。やわらかな白砂。揺れる珊瑚礁。緑なす海草。美しくて泣きたくな
る。地球に住んで間もない頃に読んだ『人魚姫』の世界に似てる。あたたか
く、何一つ悲しいことのない世界。愛に溢れていて、脆弱で、けれど今より
ずっと幸せだった。


地上は重い。足が痛い。声も出ない。そんな世界のどこが良いの? 

小さな頃、ページの向こう側に問いかけた言葉。王子様に憧れて、最期は泡
になった姫君の話。苦しいわ。切ないわ。息も出来ない。


王子様なんていないじゃない。いたのは真実一つ見抜けない愚鈍な男だけ。


それでも愛しかったのかしら。自分の命より愛しいのかしら。自分の存在が
消えゆく瞬間、後悔が打ち寄せなかったのかしら。



恋なんてないの。愛なんてなくても良いの。私は強くなるのだもの。泡にな
んてならないように。


そのためになら、ナイフを王子様の心臓に突き立ててやっても構わない。ど
うせ生きる世界の違うモノだもの。


生きるために全身を機械に変え、生き抜くために沢山の人達の命を見送って
きた。もう二度と帰らないし振り返らない。それがマリーナを動かすただ一
つの真芯だったのだ。


そう、彼に出逢うまでは。



「マリーナ」



背後で、優しい声がした。なんて声。低く、穏やかにこの胸をかき乱す。孤
独の静けさにあったこの心が、打ち寄せて返す波のように揺れる。


ウォーリアス・零。なんて人なの。


マリーナは立ち止まった。彼の瞳の中には故郷がある。脆弱で、優しくて、
全てを包み込む羊水の温かさ。彼の瞳に宿る光は、やわらかに透過して届く
水底に反射する太陽の光によく似てる。

儚くて、強くて悲しくて。見つめられると飛び込んでしまいたくなる。あの
瞳。あの胸に。どんなに心が清らかになるだろう。泣き出したくなる。

彼の周囲に吹く水晶の風に包まれたい。日溜まりの香りがする彼の背に額を
押し付けて笑ってみたい。

苦しいの、悲しいの。けれど、心は波打つほど潤っている。


人魚姫の目をしているわ。初めて彼の目を見たときに思ったことだ。強い意
志の宿った瞳にはそれを掻き消すほどの憂いがあった。彼ならきっと、愛し
いものにナイフを突き立てるくらいなら泡になることを選ぶだろう。いいえ、
泡になりたかったのかもしれないわ。マリーナは思う。

きっと泡になりたかったんだわ。この地上の重さに耐えて、疲弊して乾いた
空気に耐えて、それでも生きていたのは愛のため。


その愛のために、泡になりたかったんだわ。彼が時折開いては見つめている
懐中時計型レーダーの蓋にある写真。永遠のデジタル印画紙に焼き付けられ
た、聖母子像のような彼の妻子。


見るたびに、彼の瞳に悲しみが宿ることをマリーナは知ってる。まるで、王
子様とその婚約者の寝顔をみた人魚姫のように。深い悲しみと、愛情と。彼
女達の穏やかさのためになら、泡になっても構わない。

地球は酷い星になってしまった。赤茶けて、灰混じりの雨が降る。軍の中枢
は機械化人に支配されて息も出来ない。軍にあるべき理想の正義など微塵も
ない。あるのは絶望と保身に走る人間の醜い姿だけ。


それでも愛しいんだわ。自分の命より愛しいんだわ。


泡になって、消えてしまっても良かったんだわ。マリーナは零の姿に海に踊
る悲しい姫君の心を見つけた。後悔なんてなかったんだわ。あるのは愛しい
気持ちばかり。


真実なんてものじゃなくて、胸のうちにあるもののために自分が消え果てて
も良い。愛していたものにナイフを突き立てて命を永らえたとしても、残っ
ているのは空虚な骸ばかり。彼はそれを知っているのだ。

そしてマリーナは、そうとは知らずに生きてきたのだ。


重たいのは私の心。乾いていたのも私の心。



美しくて、泣きたくなる。ウォーリアス・零。なんて人なの。地上にあって
海のような人。眼差しに水底を映す人。


苦しいわ。切ないわ。息も出来ない。


今は彼がマリーナの水だ。彼がいなくては呼吸も出来ない。女である前に軍
人だなんて誰が言ったのかしら。私だったかしら。でも良いの、夢だもの。


これは夢だもの。そうでなくては、どうして水底に彼がいるだろう。どうし
て笑っているだろう。微笑みながら「マリーナ」なんて、彼は言わないのだ。
決して。



「零!!」



駆け寄って、彼の胸に飛び込む。巻き上がった砂が雪のように降りそそぐ。
彼が笑ってる。間近になっただけなのに、マリーナの中で夢と現実の境界が
なくなった。目が覚めたんだわ。安堵する。これで何もかも元通り。


「マリーナ」


零がマリーナの肩を抱く。そこから彼の温かな力が流れ込んでくるようだっ
た。珊瑚の髪、大理石のような肌。海に沈むギリシャ彫刻の青年像。溶け込
んでいる。何も怖くないわ。マリーナは真っ直ぐに零を見つめた。どうしよ
う、何も怖くないの。この人の、傍にいられるのなら。


「零…いえ、艦長。戻ってきて下さったのですね」


涙が溢れてくる。嬉しい。愛しい。機械の体なのに。私は生身の女ですらな
くて。機械化人で。彼に憎まれても仕方がないのに。

けれど、今もしも誰かに彼にナイフを向けろと言われても。彼の心臓に突き
立てさえすれば何もかも上手くいくと囁かれても。そうしなくては彼に憎ま
れて、死よりも辛い気持ちが待っていると言われても。


従うことなんて出来ない。マリーナは零の胸に顔を埋めた。鼓動を聞くと、
たまらなく心地良くなれる。愛しい、恋しい。失うなんて出来ない。


泡になっても良いわ。この人への気持ちのために、私は泡になっても良い。


強く思う。この人が水底にいられない体なら、私もそうなりたい。苦しくて
も良い。痛くても、声をなくしても。この人と同じ場所にいられるのなら。

後悔なんて、ないんだわ。絵本で読んだ人魚姫。かつては水に住む幸せな王
女さま。マリーナはようやく彼女と重なった。



「マリーナ、君が私を──?」


「艦長……」


感謝の眼差しがマリーナを映す。何か忘れてる。そんなことを思いながらマ
リーナは頷く。そうよ。だって、嵐の海から彼を救い上げられるのは私だけ
なのだもの。


「貴方が戻ってきて下されば、私は何も」


「マリーナ」


強く抱き寄せてくれる腕の、なんて素晴らしいことかしら。恋に堕ちて当然
だわ。地上を夢みて当然だわ。魔女にだって、声を差し出すわ。

彼に出逢うためなら、何もいらないわ。


「艦長……ッ!!」


広い背に腕を回して、何度も何度も彼の名を呼ぶ。肩口に顔を埋めて、頬に
触れる彼の珊瑚の髪に口付けて。愛の言葉を繰り返す。夢だもの。いいえ、
いいえ、夢じゃない。


この気持ちは、夢じゃない。私が泡になったって、この気持ちは弾けて消え
てしまわないもの。



「艦長…私は──」


「マリーナ、私は」



同じ刹那に声を重ねて。見つめ合う。何を言うの? マリーナは凝っと彼の
唇を見つめる。何を言うのかしら。いいえ、何も言わないで。


「艦長……私は」


「マリーナ」



何も、言わないで。綺麗な唇。ふっくらとして、桜色で。こんなにも綺麗な
唇は、きっと彼以外に誰も持ち得ない。


「零…──私」



触れられたい。マリーナはきつく目を瞑り、両肩に添えられた彼の手に力が
こもるのを感じて──。




「ちょぉーっと待ったぁぁあぁ!!!」




不意に上げられた声の大きさに、身を竦ませた。目を開ける。零の声じゃな
い。彼の声はこんなにも自信たっぷりに空気を震わせたりはしない。これは、
この声は──。



「ハーロック?!!」



マリーナは悲鳴混じりの声をあげた。零も驚いたように目を丸くしている。
揺れる青い光、白砂が果てなく続く世界で、彼の鳶色の髪と全身に漲るコロ
ナのような気配は明らかに異質だ。


「ど、どうしてこんなところに──」


「こんなところとはご挨拶だね、副長さん。だけどさして不思議じゃない」


ハーロックはちっちと人差し指を振り立てた。よく見れば、彼の下半身は魚
類の尾っぽになっている。青く、ゆらゆらと揺れる背びれと尾びれ。鱗のな
い尖った形状は人喰い鮫のそれに酷似していた。


「サメだよ。シャークだ。海のハンターだね」


得意げにハーロックが顎を擦る。さらによく見ると、彼の頭の上には小さな
王冠がのっていた。ご丁寧にも中心に髑髏マークをあしらった金の冠だ。


「ま、まさかあなた──」


マリーナは震える。零は不思議そうに変わり果てた宿敵の姿を眺めるばかり。


「そうとも副長さん。人魚姫ならぬ人魚王子だ! 王子だけど海賊だ! 
 まぁ、どうでも良いよな。肩書きなんて」


尾びれを器用に動かしながら、ハーロックがすぃと零の眼前に来た。零は相
変わらずきょとんとしてる。マリーナを見て、ハーロックを見て、「何が起
こってる?」と疑問符を飛ばした。


「私は私を救ってくれた人と結ばれるぞ。そういう設定なのだ」


「設定?!」


マリーナは驚愕した。自分の夢の中なのに。先程までお伽話のようだったの
に。設定なるものが存在しているのか。零は、零を救った人と結ばれるのだ。
零は、「私は愚鈍な王子ではないぞ」と胸を張る。


「人魚王子だかなんだか知らないがハーロック、君の出番はないのだ。私は
 勘違いなどしないぞ。私を救ってくれたマリーナとハッピーエンドだ。海
 賊の君は泡になって消え果てたまえ」


「艦長……」


頼もしい人。ハーロックを見据える横顔が凛々しい。彼が愚鈍な王子などで
あるものか。彼ならきっと真実の相手を見抜いて選んでくれるはず。


真実の──相手を。



「零、お前はちっともわかっちゃいないな。温室育ちの王子様は頭があった
 かくていけないよ」


ハーロックが溜息混じりに頭を掻く。そうだわ。マリーナは蒼褪めた。


「艦長! 私は──その」


「そう! 副長さんは善良な美人だ。頭も良くって気立ても良い!! だけど
 零、違うんだなぁ」


にやりと悪魔的な笑みを浮かべる。「どういうことだ?」と零がマリーナか
ら一歩離れた。やめて、と掠れた声でマリーナは呟く。


やめて。その人が大事なの。その人じゃなきゃいけないの。だから、お願い。



「どういうことも、なにも。そこの副長さんは機械化人。俺は人魚王子さま!
 嵐の海でお前を救えるのはどっちだと思う? シャークな尾びれと、地上
 に適応するよう作られたニューセラミック製人工骨の二本足! 断然俺
 だろ。違うか?」


「嵐の海……? 私は、眠っていて」


「眠ってた? おぉ、可哀想な零! さしずめ邪悪な魔女に呪いをかけられ
 た眠り姫!! でも心配ないぜ。イバラの道を切り開き、火を噴くファイア・
 ドラゴンを打ち倒し、棺のようなベッドから姫君を救い出すのは誰だ? 
 か弱い女性には難しい仕事だ。これこそ胸に熱い魂を秘め、何事にも屈せ
 ず戦い抜く勇敢な王子さまの仕事。王子って誰だ? 無論この俺、ハー
 ロックだ!!」


「びびでばびでBUー」とでたらめの呪文を唱え、尾びれで白砂を叩く。濛々
と立ち込めた砂が落ち切ると、そこには二本足でしっかと地面を踏みしめる
ハーロックがいた。頭の上の王冠だけがそのままだ。零が「あぁ!」と手を
打ち鳴らす。


「そうか。言われてみればその通りだ。私をベッドから抱き上げるなんて、
 物理的に女性には難しい仕事だな」


「そうともそうとも。お前でっかいからなぁ。女性にはいかにも難しい」


「そ──」


そうだけど。マリーナはまた一歩離れる零を追う。確かに重たかったのだ。
眠っている彼の体は重たくて、マリーナに抱き上げることなんて出来なかっ
たのだ。

けれど、いつだって時間があれば彼の様子を見に行った。昏々と眠る零の横
顔を見つめていた。目覚めない彼に胸が苦しくて、不安な毎日を過ごして。


「艦長! 私は──」


「マリーナ、いや、副長。どうやら私は真実を見誤っていたようだ」


悲しげに零が首を振る。うんうん、とハーロックが腕を組んで頷いた。


「そうとも零。お前は愚鈍な王子とは違う。真実を見なくちゃな。俺にこん
 な手間かけさせて。ちょっと考えればわかるだろ? 困った寝ぼすけ仔猫
 ちゃんめ」


「はは、すまないなハーロック。そうだったそうだった。私を目覚めさせる
 には、生身の温かな腕と鼓動が必要なのだったな。彼女は違うのだろう?」


「違うとも。全然違うね。彼女は鼓動も熱も持たない機械化人。昔は可愛い
 お姫さま。だけど、そのままじゃ王子さまには出逢えない。体をつくり変
 えて地上に来ても、王子さまとは結ばれない。まさに悲運な人魚姫だ」


「気の毒だな、マリーナ」


「艦長………」


零がそっとハーロックに寄り添う。ハーロックは優しく零の腰を抱く。眩暈
がした。ざ、ざざざざざと水が引いていく。太陽の光が直接マリーナの肌を
焼いて。あまりの眩しさに、全身が乾く。

息が、出来ない。



「可哀想だな、副長さん」


いつの間にか純白タキシードに着替えたハーロックが心底気の毒だという
顔でマリーナを見つめた。「でも仕方がない」とこれまたいつの間にか純白
ウェディングドレスに着替えた零が首を振る。


「住む世界が違うんだ。そして、君じゃ私を救えない」


「嵐の海も、イバラの道も、君じゃ無理だねぇ」



「か──艦ちょ…う……」



「気の毒に」


「でも仕方ない」


うふふふふ、あはははは、と手を取り合って回る二人。海底の白砂は輝く浜
辺に変化して、優しく揺れていた海草や珊瑚礁は椰子の木々へと成長してい
く。りんごーん、と遠くで教会の鐘の音。駄目よ、行かないでとマリーナは
必死に手を伸ばす。


「艦長…──ゼロ!!」


「零、新婚旅行は地獄谷温泉にしよう! ディナーには機械化人共の髑髏で
 作った杯を交わし、初夜には尻ネギプレイ。朝にはショウガ汁を厳かに
 鼻に差し込もう。ロマン溢れるな! ハニー!!」


「素敵だ! 脳天直撃で言葉もない。あぁハーロック。私の…すべてのひと
 ……」


「あーっはっはっは! 今日から俺のことはMasterと呼べぃ!!」


「勿論イエスだ! My Master!!」



「い──いやぁあぁぁあぁッッ!!!!」



狂ってる。なんなのだその血みどろヴァージンロードは。やめて、やめてと
マリーナは叫ぶ。その人は綺麗な人なのよ。純粋で無垢で。おおよそ穢れと
は無縁な人。初夜に尻ネギなんて残酷すぎる。


「お、お願い──その人を連れて行かないで。その人を返して! その人
 がいなくては──私は、火龍は」


ごぼっ……。足元から大きな泡がたつ。途端、爪先の感覚がなくなった。マ
リーナはバランスを崩して膝をつく。ごぼごぼ。ごぼごぼ。泡は止まらずに
勢いを増して。


「これは──?」



「ついに始まったのですね」


気付けば、背後にドクトルが立っていた。いつもの白衣姿ではなく、黒のロー
ブを纏っている。手には蛇の絡んだ木の杖を携え、「お気の毒に」とマリー
ナを見下ろす。


「恋の叶わない人魚姫は、泡に帰るのが運命です。そして、邪悪な魔女の
 手先であるファイア・ドラゴンは、王子さまの剣に倒れて地を這う運命」


「ドクトル、何を言ってるの?」


戸惑う。泡は腰の辺りまで迫ってきている。ハーロックがさっと零を抱き上げた。


「人魚姫が泡になろうとも、ファイア・ドラゴンが倒れようとも、王子が
 伴侶を得てハッピーエンドになることに変わりはない。これも運命」


「王子じゃないわ! 海賊じゃない!!」


「海賊だとも。そして──海賊は攫うのが仕事」


ハーロックがにやりと笑った。マリーナはもう胸まで泡になっている。零が
うっとりとその頬に口付けた。


「そして…攫われた私は恋の奴隷……」


「上手いこと言うなぁ零! もう俺にゾッコンか? もう俺しか見えない
 かぁい?!!」


「あぁ見えない! 君以外にはなんにも見えない!!」



うふふふふふ、あははははははは……。純白の婚礼衣装で踊り狂う二人。
完全に狂っている。いやよ、駄目よ。マリーナは必死で手を伸ばす。


「艦長──零を返して!! お願い返して!!」


「貰ったモノは〜返せないぃぃ〜」


「ハーロック! 貴方それでも男なのですか?! 宇宙一の海賊、男の中の男
 と名高い貴方が──こんな恥知らずな!!」


「ふっ、恋は男を──いつだって恥知らずにするのさ……」


「素敵だ……恋に溺れる君の眼差し……」





「……残された方法は一つしかありません」


恥知らず二人組と化した男共を尻目に、ドクトルが沈痛な面持ちで首を振る。
「これです」とナイフを差し出され、マリーナは蒼白になった。


「このナイフで零の心臓を刺すのです。そして──零を機械化人にする」


「何を…言っているの……? ドクトル」


「貴女が救われるには零を貴女と同じモノにするしかありません。施術は
 私が」


「馬鹿なこと言わないで!!」


出来るはずがない。泡になりながらマリーナは叫ぶ。もう、声が出ているの
かもわからない。視界が一転して闇に染まる。



「零を殺しなさい。そして──零を機械化人にする」



ドクトルの声が反響する。いやよ。いや。マリーナは弾けながら叫び続ける。
出来るはずないわ。だって、だって私は。


わ たし は。



わたし は ぜろを。




あの ひ と を。




ごぽぽっ……。


鈍く深い、水の音。


マリーナの意識が、闇に呑まれた。






















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