Plants Doll・11




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「おかしいであるな」


メディカル・エリア。マスター・ドクター専用プライベートルームでソファ
に腰を下ろし、大山敏郎は顎を擦った。ドクトルは紅茶を淹れる手を止めて
「おかしいとは?」と振り向かずに問う。


「先程のハーロックだ。貴殿も言ったではないか。零のプライベートについ
 て詳しすぎると。だが、アイツはその言葉についてはっきりとした説明を
 しなかった。だから、アイツらしくない。変だ、と」


「そうなのですか? 確かに、懐中時計のことはサテライト・ニュースでは
 わかり得ない情報ですが…あぁ、本のことにも触れていましたね。艦長が
 未だアナログなペーパーブックを好んで所有したり読んだりするという
 こと──私はてっきり、貴方がお調べになったのかと」


見返って、問うてみる。二十歳もそこそこのうちにデスシャドウ号という火
龍にも匹敵するような艦を丸ごと造り上げた天才だ。スペースネットから零
の個人情報を記したものを集めてくるくらいは容易に出来そうである。

だが、敏郎は僅かに肩をすくめてそれを否定する。


「お調べてどうするのだ。そんな情報。まぁ敵を知る上で相手の嗜好や好悪
 について調べておくのも必要なことだ。だが、俺達の真の相手は零…いや、
 火龍ではない。零が卑怯でないことがわかれば良い。それはヘヴィーメル
 ダーでよくわかった」


相対する人間の部下に捕らわれ、捕虜の扱いを受けたというのに。帽子とマ
ントを丁寧にソファの背にかけ、胡坐をかく敏郎はそのようなことはまるで
気にかけていない様子だった。ドクトルが出した紅茶を一口飲み、「美味い
な、これは」と破顔する。


「アールグレイか? こういう茶が飲めるなら、深夜にここを訪ねるのも
 悪くはない」


「以前も美味いと言って下さいましたね」


淹れる甲斐があります。ドクトルは僅かに口の端に笑みをつくってソファに
座った。敏郎が頷いて「本題だが」とカップをソーサーに戻す。


「零の容態…以前として思わしくない。俺の予想では2日あれば充分だった
 のだが」


ふぅん、と鼻を鳴らす叡智の使徒に、ドクトルは「えぇ」と応えた。


「アルカロイド物質は時間の経過と共に分解され体外に排出されて毒性を
 失うもののはず。『プランツ・ドール』の毒もアルカロイド物質。元が
 同じものなら、と様子を見たのですが…早急な判断だったでしょうか」


全身で治療を拒む零。下手に投薬など試みて怯えさせるよりもその方が良い
と思ったのだが。


「いや。俺も古い文献などを漁ってみたのだが、『ジュモー』では観賞用奴
 隷と共に、あくまで奴隷を購入した者のみへの限定だが『プランツ・ドー
 ル』の輸出も行なっておったのだ。奴隷を『観賞用人形』にしておくには、
 恐らく定期的に『プランツ・ドール』を吸引させねばならなかったのだろ
 う。中々に上手い商売である」


「では、やはり永続性のあるものではないと──?」


「当たり前だ。そんなもの、今の科学でも脳を直接いじくらん限り完全なロ
 ボトミー状態を維持することなど出来ないのだ。400年前に作られた遺伝
 子操作の植物ごときに出来るものか。シーラ・ナゼグダーなら可能やもし
 れぬが、彼女は400年前には生まれておらず、今や鬼籍の人物。つまり、
 現在の遺伝子操作学の領域ですら、永続的に人を意思の無い奴隷に貶める
 ことは不可能なのである」


「ならば」


零の状態は不自然だ。ドクトルはソファに深く身を沈めた。


「──昏睡の間にも、毒は体外に排出されます。『プランツ・ドール』を
 吸引した者がどれほど自己喪失状態を保っていられるのかは推測の域を
 出ませんが…貴方の仰るとおり、然程長くは保てませんね」


「うむ。精々一週間から二週間の間と見るべきだな。奴隷と花の株を買い、
 あとは奴隷に飽きるまで花を大切に栽培しておけば良い。新しい奴隷を
 買っても、花があれば思いのままだ。人の一生をそれで玩べるというのだ
 から──まぁ、一株に戦艦一隻分ほど払っても高い買い物とは言えますま
 い」


「危険な話ですね」


ドクトルは眉を顰める。花一輪で人の心を、身体を自由に出来るというのだ。
それがあちこちの星に出回り、悪用でもされたら。「危険な話だ」と腕を組
んだ。


「実際悪用された事例はあったようだな。だから『プランツ・ドール』の
 量産は早いうちに銀河公的機関からの禁止を受けた。今ここに花が出回っ
 ておらんのがその証拠だ。目玉の『観賞用奴隷』が売れなくなれば…必然
 的に『ジュモー』の奴隷市が廃れる。『ジュモー』は緑と資源豊かな星で
 あるからな。不法の悪は犯さずに済んだようだが」


「しかし、購入者の手元に花は残ります」


「ふん、相当に栽培方法の難しい花であったようだど。湿度、温度、光量
 ──様々な菌などにも弱かったらしい。文字通り温室の花なのだ。株を
 増やすのも困難であったようだ。だからこそ、金持ちの道楽としてのステ
 イタスであったのだがな。たとえ盗まれても──栽培のいろはを知らぬ者
 では使えても精々、一人か二人。あとは枯らしてしまうのがオチだ。悪用
 といっても、高嶺の花への悪戯目的云々止まりだったようだがな。無粋な
 性犯罪だ」


「なんと卑劣な」



薬で意識を譫妄させて良いようにしようなど。心ある人間のすることではな
い。「無論だ」と敏郎は頷いた。


「だから栽培禁止になったのだ。いかに使用目的が『観賞用奴隷』の維持で
 も使う者がルールに副うとは限らん。ついでに言うなら400年前は遺伝子
 操作・改良技術が最も盛んな時期といっても良くてな。たとえば全く
 異なった種の遺伝子を操作して別種の動物をつくり上げる『改造ペット』
 の発明者ハッシュ・ゲーマンのような天才も多く輩出しておる。まぁ、
 このような話はメディカルの医師にはするまでもない話だが」


「えぇ、そのあとの悲劇もよく存じ上げております。天才と呼ばれたハッ
 シュ・ゲーマンの創作にも奇形や機能障害を持つものが多く、僅か5年で 
 生産中止。シーラ・ナゼグダーも人の塩基配列に手を加えた己の驕りと
 罪深さに耐えかねて自死している。遺伝子操作は機械化とはまた違った
 意味での倫理的な問題を多く抱えています」


「……シーラ・ナゼグダーの死は、それだけではないがな」


何故か、敏郎は哀れむように呟いた。彼女は天才過ぎたのだと小さく続ける。


「天才ゆえに遺伝子を操作することについて彼女はほぼ万能に近かった。
 神の領域に近しい女であったのは事実だ。驕りというなら…そうかもしれ
 ぬ。だが、最も愛した者の身体を自身の技術で傷つけた。罪深さというの
 なら…それはそうなのかもしれぬ」



だが、ただの女だよ。だから死んだのだ。愛する男を傷つけた、その絶望で。



色素の薄い瞳に、悲しみが宿る。ドクトルは思い当たって俯いた。敏郎の乗
る艦には当事者がいるのだ。


回復能力の強化。五感の強化。身体機能の強化。己が姿をまるで別人のよう
に他者に見せる隠蔽的擬態能力『ブレイン・ハック』。ヒトでありながらヒ
トを超える能力を持つよう遺伝子に改造を受けた彼女の『騎士』は、その代
償に生殖能力の欠損と寿命の大半を失うことになった。


多分、あと10年と生きられない。故郷殺しの大犯罪人。そして、シーラ・
ナゼグダーに愛された男。


元『不死身の騎士団』団長、魔地・アングレット。



プライベートルームの空気が暫し沈んだ。「脱線したな」と敏郎が苦笑する。
その笑みは少しだけ──零のそれ似ていた。困ったような、戸惑うようなあ
の微笑み。悲しいことを必死に覆い隠すような、あの笑顔。


大山敏郎は悲しんでいるのだ。同属の死に。仲間の体を艦を修復するように
は戻せぬことに。



どうにもならないことに無力感を覚えてる。それならドクトルも同じことだ。
今、零を癒せぬ状況にどうしようもないほどの無力感を覚えている。

何故戻らないのだろう。ハーロックを見つめるときの無垢な笑顔。困ったよ
うに笑う彼に、胸のどこかが軋むようだったのに。いつだって花開くように
笑ってくれるならと思うのに。


悲しみを秘めた笑顔よりも、何もかも無くなった状態で美しく微笑む彼を見
ている方が何倍も辛い。



「……何故、戻らないのでしょう」


ヒトなら、このもどかしさと痛みに涙が出るのだろうか。けれど、機械化し
たこの瞳は濡れることもない。目の前にいる敏郎の脈拍・体温は把握、記録
出来ても、それ以外の役には立たない両眼だ。


「問題は──身体のことではないのかもしれん」


数分の沈黙をおいて、敏郎がぽつりと言った。確証はないのだ。躊躇いがち
に「零の意識が、表に出ることを拒んでいるのだとすれば」と唇をつまむ。

「零が、ウォーリアス・零に戻ることを拒んでいるのだとしたら…『プラン
 ツ・ドール』によって上書きされた人格がいつまでも表出しているのも
 ……不思議ではない」


「上書き?」


「ハーロックが一連の条件をこなしたことによって生まれた『人格』だ。真っ
 白なまま…世のいろはも知らぬ無垢な『零』。「すべてのひと」によって
 名付けられた生まれたての雛。今の零は…残念だが、貴殿らの知る独立艦
 隊司令ではない」


「ただの記憶喪失ではないと──そう仰っているのですか」


「いや、記憶は喪失しておるのであろうが……たとえば、エピソード記憶を
 失った者が、以前とはまるで異なる生活習慣で生活を送っておれば、多少
 なりとも元の『人格』とは差異のある『人格』を身につけよう? 上書き
 という言い方は少々乱暴ではあるが」


「成程。そう言って頂ければわかります。しかし、今の艦長の状態は『プラ
 ンツ・ドール』の毒性によるもの。毒が消えれば──戻るのが必然では」


「戻らぬから──心の問題ではないかと言っておるのだ。ヒトの心というも
 のは…時として必然の及ばぬところへいってしまうこともある。計算出来
 ぬ…容易いようであって理論では割り切れぬ……それが、『心』というも
 の」


「………」


ドクトルは目を伏せた。自分が生身であった頃はどうだったろうと考えてみ
る。理屈では通らぬこともあったように思う。どうにもならぬと思っても、
歯噛みし落涙せずにはいられないことがあったように思う。


たとえば、どうしても救えぬ患者を前にしたとき。


戦争。疫病。不治の病。未知のウィルス感染。人の手一つでは止められぬ、
多くの死を前にしたとき。


救いたくて、癒したくて。懸命に手を伸ばしてもすり抜けていく──命の儚
さ。


泣いたことを憶えている。学んでも技術を研磨しても救えない。届かない。
間に合わない。追いつかない。研修医時代に過労で倒れたことさえあった。

人の学べる時間の短いこと。人の活動可能な時間の短いこと。足りないと、
医術の徒であることさえ重荷と感じたこともあった。


命を救う。白衣の何と重たいことか。救えぬものは救えぬと、割り切れたこ
となど一度も無い。


だから、機械化の道を受け入れた。命を救いたいと思ったことも無論そうだ。
メディカルのマスター・ドクター、偉大なるDrジャック・クロウヴァの意
志に殉ずるとも。それは今も変わらない。

けれど。それ以上に『死』が恐ろしかったような気がする。止められないこ
とが怖かったような気がする。自分の死のことではなく、目の前で誰かの命
がなくなることが耐えがたかったような気がする。


ヒトの身で『命』を扱うことなど、永劫冷静なままでは出来ないと。0と1
に還元すれば楽になると、半ば逃避だった気さえする。


もう、どれが本当だったのかはわからないけれど。



「人の心というものは複雑なものだ。白か黒かでは分けられぬ」


敏郎が穏やかにカップに口付けた。外見や容貌とはかけ離れた上品な所作。
よく透る声が、ドクトルの乱れかけた気持ちを収束させていく。


「好悪の情、愛憎の情…どれ一つとして明確に定義づけられぬ。気高さと
 醜さと、潔白であることと卑怯なこと。何もかもが交わり…一色に染めら
 れる気持ちなどない。問題は、どれを表立たせるかということだ。一つの
 壁に面したとき…己が中にあるもののどれを選ぶかということだ。己が
 意志のために気高く孤高にあるか…過ちと知りつつ周囲に迎合するか。
 正義を高らかに叫びながら、他者の血を厭わぬ者もいる。己の卑劣を知り
 ながら…背後にあるものを守ろうとする者もいよう。どれも同じだ。何が
 悪いということもない。何が良いということもない。人の心とはそういう
 ものだ。ただ一つの真実などない。全てが虚偽であるということもない」



「艦長も──そうだと」


膝に指を組んで乗り出したドクトルを敏郎はいたわるように見つめる。


「無論。俺も…ハーロックも。例外は無い。純然として無垢なるものなど
 ……ヒトには非ず」


「艦長は…あの方はとても純粋で」


「純粋であろうな。あれは外見の精悍さ、雄々しさに比べて優しい心を持っ
 ておる。一目でわかる。やわらかな魂の光。孤高さと儚さ。鮮烈に燃える
 炎のようで──燃え落ちていく瞬間まで見えるような脆さ。希望と…哀し
 みを同じ身体に同居させておる。戦いには向かんな」


「それは…私も同意見です」


けれど。彼は軍属の道をいくというのだ。傷つきやすい心で、誰かを殺める
ことをするという。奪った命の一つ一つ。引いた引き金と放った弾丸の数ま
で。


忘れられないだろうに。



「何もかも投げ打ちたい気持ちと──何一つ取りこぼせぬという気持ちが
 零の中で常にあるのだとしたら……何かの拍子に全て手放せるチャンス
 がきたとしたら…逃げ込まぬと誰が言える? 元より戦には向かぬ性格
 だ。本人にも多少なりとも自覚があって、けれども背後にあるもののため
 に、喪われて忘れえぬもののためにその気持ちを押さえ込んできたのだと
 したら」


「……艦長は、安易に投げ出し、逃げ出すような方では」



もしそうなら、もっと話は簡単だったのに。



「ただ一つの真実はないと言ったはずだドクトル。だからといって、全てが
 虚偽であるということも」


「………」


そうかも、しれない。傷ついていたときの零は、確かに「戦うのはもう嫌だ」
と呟いていた。主治医と目を合わせずに。敵を憎めないと小さな声で。

戦うのが嫌なら辞めてしまえば良い。確かそう応えた。償いがしたいのなら、
戦う以外にも道はあると。

彼は「そうする」と言ったのに。


恩赦を受けて自由の身になって一週間。葬送の花束を持って家族のいた場所
に赴き、その足でかつての部下に会いに行ったあの日。


「辞められないよ」と戻ってきた。第二の父とも慕う部下に──海原機関長
に喝を入れられて。少しだけ頬を腫らして途方に暮れて。


戦わなくちゃ。と言ったのだ。



全部、全部本気だったのだ。戦うことを厭うのも、戦場に赴く決意も本物な
のだ。


どちらかが嘘なら。もっと話は簡単だったのに。



「──…今の艦長は……戦うのが嫌だと」


「そうであろうな。だが…一体何が零をそうさせたものか。あれが一度決め
 たのだ。頑迷なまでに一途に進んでいたであろうに。ふむ…何か厭世観に
 囚われることでもあったかな」


敏郎がちらりとドクトルを見やる。ドクトルは暫し考え、「医師には守秘義
務がありますが」と身を乗り出した。


「火龍の主だたるクルーならば誰もが知っていることなので──。しかし、
 なるべくなら」


「口外法度、であろう? それくらいわきまえておる」


敏郎も胡坐を崩して身を乗り出す。殆ど耳打ちするような体勢で、ドクトル
は「では」と声を潜めた。


「……実は…ヘヴィーメルダーでハーロックと会ったあと、艦長は彼をとて
 も高く評価しておられて…信頼出来る男だと……友になれるかもと嬉し
 そうに」


「………わかった。それ以上言うな」


敏郎の嘆息。「非は我々の方にある」と眉間を押さえたところを見ると正し
く察したのだろう。


零の食欲が見るからに落ちて。

正視に堪えかねるほどの切実さで揺れていたのは。



デスシャドウが、ハーロックが移民から半世紀も経たぬ機械化人の星の基地
を奇襲した直後からだ。


「ではハーロックが妙に零に親切なのはそのためか。信頼を裏切った罪悪感
 ……? いや、それでは零のプライベートに妙に詳しいことの説明がつか
 んな」


敏郎が首を捻り出す。小さな賢者が思考の海に浸る前に、ドクトルは「差支
えがなければ」と切り出した。


「何故あのようなことをなさったのか──連邦軍側としては釈明なり何な
 りとお聞かせ願いたいものですが」


「ふん、そのようなこと知ってどうするのだ。俺達の理由が何であったと
 しても──理不尽な暴力を目の当たりにした零の気持ちは変わらぬだろ
 うし、火龍の任務が変更されるとも思わん。ならば、余計なことは知らぬ
 方が良い。ただ自分達が見たことの残酷さへの怒りがあれば足りることで
 あろう。妙に我々を慮る理由をつくるのが最良とは思えぬな」


慈悲の宿る瞳が僅かに怜悧さを帯びて。海賊であることを強調する。叡智の
使徒『エルダ』としてなら、無辜の者に惜しみない協力と慈愛を注ぐが、『海
賊ハーロックの友』の立場にあれば連邦軍にする釈明など何一つないという
ことか。ドクトルは頷くに留めて沈黙する。


数分の沈黙後、「しかし」と敏郎が再び顎を擦った。


「しかしハーロックの行動は妙であったな。普段の奴ならばあれほど零に
 親身にはならぬであろうに。完全に戦士としての回路が閉じておる。あれ
 はまるでか弱い女性か子供に対する態度だ。俺の説得が効いたにしろ──
 ハーロックは自我の強い男。全くもって、らしくない」


怜悧な光を湛えたまま、敏郎がソファの上に立つ。余程親友の「らしくなさ」
が引っかかるのだろう。ぶつぶつと何事かを言いながらうろうろと歩き回っ
たあと、不意にマントと帽子を取り上げた。


「Sir大山──どちらへ?」


紅茶を飲み干し、帰り支度を始めた敏郎に、ドクトルは慌てて腰を上げた。
まだ何も具体的な話をしていないのに。


「私は取り敢えず『プランツ・ドール』のサンプル採取のため惑星『ジュモー』
 へ戻ることを副長補佐に具申しているのですが……」


立ち上がり、マントの端を掴むと小さな賢者はようやく我に返ったようだっ
た。「すまん」と瞬きをしてドクトルを見上げる。


「どうにも考え始めると止まらぬ性格でな──うむ。『ジュモー』に戻るの
 は良い案だな。サンプルが採れればメディカルのアーカイブにデータを
 残せるし、自生する『プランツ・ドール』の完全除去願いを『ジュモー』
 政府に提出することも可能になる。地球連邦政府軍として『ジュモー』に
 貸しをつくるまたとないチャンスだ」


「えぇ。無論…『誰』が被害に遭ったということは伏せて」


「それは最重要気密であるな」


敏郎が「にし」と笑う。ドクトルもつられて微笑んだ。17番目の『エルダ』。
本来ならば畏敬の対象であるはずなのに、彼の全開の笑みを見ると不思議と
心が和んでしまう。


「それで、Sir大山は」


「うむ。俺は──艦に戻る。ハーロックに訊かなくてはならんことが出来た
 のだ。まだ予測の域を出ないが…アイツの隠しておることが、零の状態の
 カギを握っておるような気がしてな」


「カギ、ですか」


「うむ。まぁ勘だと言ってしまえばそれまでなのだが。零が戻らぬ以上やれ
 ることはやっておいた方がよろしかろう?」


「えぇ、勿論です」


ポンチョの端を離すと、敏郎は足音も無くドアの前に立ち「『飛龍』0番機を
借りるど」と無邪気に言い放って廊下に出て行った。


『飛龍』0番機。零専用小型戦闘機だ。


戻るときには、零の操縦であって欲しい。ドクトルは、小さな溜息をついた。




















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