Plants Doll・9




★★★


納得してるワケじゃないぞ──。


零の物なのだろう。大きなトランクを引いてきた、火龍副長補佐石倉静夫
(ハーロックの中での通称“ホサ”)は開口一番に言い放った。亜麻色の
髪に中性的な容貌。長い睫毛といかにも優男といった体格に、最初見たと
きにはこの艦の副官は女ばかりかと呆れたくらいだ。

しかも陰険。姑息で器も小さそうだ。ヘヴィーメルダーで敏郎を誘拐してく
れたお礼をまだしてねぇな、とハーロックは目を細める。


「納得なんて俺だってしてないさ。でも零が俺を愛してるからなぁ。なぁ、
 零?」


眠る零の額にこれ見よがしに唇を寄せてやる。精神鍛錬の足りないホサはそ
れだけで「ぎゃあ」と悲鳴を上げて髪を掻き毟った。


「お──おおおぉおおお前!! 艦長に何という無礼! 今すぐ離せ!! いや、
 離れろ海賊め!!」


「良いけど、今離したら落っこちるぜ。零」


眠っているのだ。どうだこの安らいだ表情。落っことしたら泣くなぁ、と言っ
てやると、ホサは心底悔しそうに唸り声を上げる。


「し…信じられない……。毒花のせいとはいえ、艦長がそんな……」


ドクトルでも癒せないなんて。トランクの取っ手を握る指先に力がこもる。
好きにはなれない男だが、零を案じる気持ちは本物のようだ。ハーロックは
零を抱えたまま軽くジャンプしてフェンリルの副座に彼を寝かせてやる。敏
郎はあとで迎えに行けば良いのだ。どうせ、ドクトルと積もる話があるに
違いない。


「さ、トランク寄越しな。零は預かってやるよ。飯も喰わせるし、風呂にも
 入れてやる。綺麗な服だって着せてやるよ。海賊艦のベッドは連邦軍の支
 給品より寝心地が良いぜ」


「──悪銭身につかずというぞ。お前の天下が長く続くなんて思わないこと
 だな」


艦長が、必ず。そこで「俺が必ず」と言えないところがホサがホサたる所以
というか何というか。ハーロックは薄く笑って彼の手からトランクを奪った。


「何とでも言うが良いさ。ま、取り敢えず、荷物検査だな」


暗証番号ロックキーがついた最新式のトランク。鼻歌混じりに零の誕生日に
合わせてやると、実にあっさりとそれは口を開いた。


「な、なんであっさり開くんだよ!!」


下着などを引きずり出して枚数を確認する俺に、ホサは大慌てで俺の正面に
しゃがみ込む。零の下着を守るようにハーロックの手から奪い、丁寧に畳ん
でいく彼にハーロックは「あのね」と無用にトランク内を占拠していたコス
モ銃を投げつけた。


「老婆心ながら忠告してやるけど暗証番号に誕生日や市民I.D.、軍用I.D.ナ
 ンバーを使うなんて「開けて下さい」って言ってるようなモンだぞ? 本
 気で防犯しようと思うんなら何の規則性もない番号にした方が断然時間
 稼ぎも出来るし」


「あぁもう! どっかで聞いたような台詞だな。凄いデジャ・ブだ。てか何
 で銃を除くんだ。貴様、やはりこれを機に艦長を亡き者に──」


「馬鹿、今の零に銃なんか持たせてみろ。暴発するぞ」


傷やシールの意味もわからずにハーロックの顔の傷を引っ張りたくるような
知能レベルなのだ。こんな銃なんて手にしたら自分に銃口を向けかねない。

同じ理由で組み立て式の携帯重力サーベルも除く。靴も…重力ブーツなんて
履かせられるか。足を折るかすっ飛ぶぞ。


「……お前、零の状態把握してるか? いらないって、こんな装備」


「何を言う。艦長は地球連邦宇宙機動軍中将閣下にして独立艦隊司令なんだ
 ぞ。いついかなる時でもこの程度の装備は」


「だから、忘れろよ。軍人が現状受け入れられないのって問題だぞ」


「……艦長には、絶対に必要になるさ……!!」


半ばヤケになったようにハーロックが放り出した物をトランクに詰め直して
いく。頭でわかっていても気持ちが追いついていかないのだろう。つい一週
間前まで心酔して止まなかった雄々しい上官が、何もかも忘れて海賊に夢中。
受け入れがたい現実ではある。



俺もトチローがそうなったら嫌だしな。



だけど。ハーロックは溜息をついて、銃を押し込むホサの手首を掴んだ。はっ
としたように彼が目を見開く。大きなグリーンの瞳がうっすらと涙で揺れてい
た。


「……っ…これはっ……」


「……わかるぞ。でも、必要ない。むしろ、零に持たせれば危険を招きかね
 ないんだ。もしもこいつがイタズラ半分に俺の艦で発砲すれば──そして、
 もしもそれで俺の仲間が傷つくようなことになれば…俺はこいつを殺さ
 なきゃならん。ドクトルに頼まれて、必要だと思うからこいつの身柄を預
 かるけど、それで俺が海賊でデスシャドウの責任者って立場が変わるわけ
 じゃない」


たとえハーロックと零の立場が逆転していて、零がハーロックの身柄を預かっ
たとしても武装解除させるだろう。そして、ハーロックが火龍の誰かを傷つけ
るようなことになれば。


──頭の中が真っ白になっていたとしても、「すべてのひと」と微笑まれて
も。零はハーロックを殺すはずだ。それが、一艦を従える男の役目。

指揮官としての責任なのだ。


ハーロックの言葉に、ホサは苦しげに綺麗な顔を歪ませた。「艦長は…」と
何事かを言いかけて、やめる。震える手がトランクの中から武器装備品の一
切を取り出し始めた。


「艦長は…必ず元に」


「あぁ、戻るさ。そうしたら銃でもサーベルでも好きに持てば良い。お前は
 それまできちんと火龍を運行させるんだ。副長さんは女の子だぞ? いく
 ら階級が上で──気が強くても、女の子に全部の責任を押し付けちゃいけ
 ない。お前が、しっかりしなきゃ」


「お前に言われるまでもない」


目尻に浮かんだ涙をぐっと拭って、ホサは立ち上がる。


「それで? 荷物チェックとやらはもう良いのか? 副長は先だってから
 ずっと不調が続いてるんだ。そろそろ艦橋に戻らないと。それと、艦長を
 お前のところに預けるって話は艦橋にいるクルーしか知らないことだ。不
 用意にあちこちで漏らすようなことはしないでもらおう」


「それこそ、言われるまでもないね。零を俺に預けること、全クルーに言わ
 ないのは良策だな。ただでさえ指揮官を失ってごたごたしているところに、
 海賊の存在がしゃしゃり出るのは艦内の風紀を乱すよ」


ハーロックは無関心げに零のトランクを漁り続ける。着替え、歯ブラシ、ヘア
ムース(これはいらないだろう)、ブラシにマグカップに……


ベータカロチン

ビタミンB群

ビタミンC

ビタミンE

鉄分

カルシウム

マグネシウム



その他、諸々。プラスティック製のケースに収められた各種サプリメントが、
トランクの底からぞろぞろと出てきた。尋常じゃない量だ。思わず背筋が寒
くなる。



ブルーベリー

コンドロイチン

アラキドン酸



ケースの蓋に『朝』、『昼』、『夜』とシールが貼って細かく分類されている。
極彩色のカプセルと錠剤。蓋を開けると化学合成された品特有の匂いと、
ジェリービーンズのように転がりだしてくるカプセル。嫌悪感に視界が歪む。
ハーロックは「キモッ!!」と叫んでトランクを引っ繰り返した。


「ナニこれ?!! あいつジャンキー? サプリメント中毒?! 気持ち悪ッ!!」


「気持ち悪いとは何事だ!! 艦長のお体に合うようドクトルが配分率を計算
 したカクテルサプリメントだぞ。良いか、艦長には必ずこれらの錠剤をラ
 ベルに合わせて飲ませて差し上げて──」


「ホントにあいつ気持ち悪い!! 心底!!」


「艦長を愚弄するな!! 仕方ないだろう…艦長は、お忙しくてろくに食堂に
 も──…それに、偏食だし……。人工培養された肉や野菜がお口に合わな
 いのか、あまり食物を召し上がらない方なのだ」


「召し上がれよ!!」


「俺に言うな!!」


ひとしきり叫んでから同時に沈黙する。「俺だって良いとは思わないさ」と
ホサが呟いた。


「でも艦長には必要なんだ。前は…もう少し食堂のランチを召し上がってい
 たんだけど……最近は殆ど。そう、ハーロック、貴様が機械化人達の移民
 星に卑怯な急襲をかけてからだ。あの時は気丈にしていたけど、艦長は」


「………」


咎める眼差し。ハーロックは黙ったままサプリメントのケースを全部床に出
す。武器とカプセルと錠剤と。それらを出してしまえば零の荷物は随分軽く
なってしまった。今の零には…これくらいの軽さが良い。ハーロックは溜息
をついてしてトランクを閉める。


「足りないな」


「なに?」


「これでは不完全だ。零の荷物とは到底呼べない」


トランクをフェンリルの傍に置き、「5分待て」とハーロックは格納庫から
滑り出る。深夜の時間帯だ。廊下に人気は殆ど無い。足音を立てず猫のよう
に素早くブロックを通過していく。目指すは──零の部屋だ。


「どうしたのだ?」


「何か──問題でも?」


途中、メディカルルームへ向かうドクトルと敏郎にすれ違う。きゅっと爪先
にブレーキをかけてハーロックは立ち止まった。


「あぁ、零の荷物。ちょっと不完全だったから」


「何が足りないというのだ。タオルや寝間着くらいならデスシャドウで用意
 しても」


とにかく、一刻も早く休めてやらなくては。敏郎が眉を寄せる。わかってる
けど、とハーロックは廊下の先を見つめた。


「零には絶対必要なモノだよ。それがなきゃ」


「これ、ですか」


ドクトルが胸ポケットから取り出した、懐中時計型レーダー。今は待受画面
の時計のまま、ちくたくとアナログな電子音を立てて時を刻んでいる。

蓋の裏には──デジタル印画紙に焼き付けられた優しげな女性(ちょっとだ
け副長さんに似てる)と赤ん坊。ハーロックは、僅かに頬を緩める。

零の、最後の家族写真だ。たった一枚だけ戦火を逃れた。零の時を見守りな
がら刻む、大切な。


「そう、これだよ。ドクトル、あんたわかってるな」


「一応、私は彼の『主治医』ですから。しかし意外ですね」


「何が?」


ドクトルの手から時計を受け取っていたわるように胸元にしまう。零が愛し
た女性の微笑み。きっと零が戻ってくるのに役立つだろう。


「貴方が…妙に艦長のプライバシーにお詳しいことです。時計のことも…
 艦内でも知っている者は多くないのに」


「え」


ぎく、とした。敏郎の視線が酷薄さを帯びる。「ほぅ」と呟かれ、ハーロッ
クは表情を強張らせた


「ナニか…あったか? ハーロック」


「え……と…」



内緒なのだ。あの夜。


ヘヴィーメルダーでの夜のこと。


俺と零の。



約束だ。



あの、アニマの宿る透明な眼差し。
吸い込まれそうな、星屑の輝き。



零と俺の。


約束、と彼が囁いたのだ。


約束、して。と。

温かな体温。月光に映える珊瑚色の髪。

綺麗に筋肉がついてるなって、触れたときに思ったっけ。




「な、ナニも無いさ! 零が家族亡くしたってのは、サテライトニュース
 観てれば誰だって知ってる。ほら、記憶喪失だろ。昔のモノがあればナニ
 か思い出すのに役立つかなぁって。零の部屋に探しに行こうと思ったんだ
 よ。本とかさ……詩とか…好きだって」


「ほぅ。零は、本を読むのか。それも詩を」


風雅な趣味だな。敏郎が目を細める。だらだらと背中に脂汗が流れた。駄目
だ。これ以上目を合わせていたら絶対バレる。

この聡明な親友は、彼のことならなんだってお見通しなのだ。


だが。


「おーっと、ジャスト5分だ!! 俺、もう戻らなくちゃ。ホサ待たせっぱな
 しなんだ。じゃあな、トチロー。あとで迎えに行くから!!」


今度ばかりは、お見通されるわけにはいかない。ハーロックは大急ぎで踵を返し
た。




















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