Plants Doll・2




★★★

「……で?」


戦艦火龍。艦長専用プライベートルームにしつらえられた応接セットのソ
ファに深く座り、ハーロックは不機嫌に腕を組んだ。

特定の艦のみに発信される緊急SOS信号をキャッチして、何事かと思い飛
んできたらこのザマである。

発信源が火龍。それはまだ良い。艦内に招き入れられて、未だコーヒーの一
杯も出ない。それもまだ我慢出来る。

美人で有名な副長の表情が曇っている。男なら何とかしてやりたいものだ。
睫毛が長いことで有名(?)な副長補佐などは今にも泣き出しそうだが、そ
れは別にどうでも良い。

不思議なものだ。表情が無いはずの機械化人クルーさえ、どこか沈痛な面持
ちを浮かべているのがわかる。招かれて、居住区の廊下を歩く間ずっと、生
身のクルーも含めた彼らの縋るような視線を感じていた。

それもまぁ、どうでも良い。


我慢がならないのは。

どうでも良くないのは。


この状況だ。葬式のような空気に包まれながら、ハーロックはもう一度
「で?」と繰り返す。


「零が──どうしたって?」



デスシャドウ号が緊急SOS信号をキャッチしたのは、地球時間にして今朝
のことだ。寝起きの頭を掻き毟りつつ、シャワーでも浴びるかと全裸になっ
たところを「SOS受信。回すでジュニア」とほぼ事後承諾に近い形で直撃さ
れた。

艦長室の天井に取り付けられた3Dモニタいっぱいに映し出される副長の顔。
双方共に時が止まった。

続く副長の悲鳴。我に返って慌ててシーツを被ったハーロック。途中毛足の
長い絨毯に躓いてチェストに額を強打した。たんこぶがまだ痛い。


「お願いです。どうかご助力を」と、ウィンディーネの如き美貌を翳らせて
懇願する彼女に、何と返事したのかは憶えていない。

けれど、「行くんかジュニア」とのんびり針路を問うヤッタランの艦内通信
と、扉ごしにまで聞こえた魔地と敏郎の爆笑で、どうやら自分が彼女の召喚
に応じたのだろうということは推測出来た。

男が一度「応」と言ったのだから、行かなくてはならない。それに宿敵とも
言える火龍がわざわざハーロック達に救いを求めてきたのだ。生半可なこと
ではあるまいと、シャワーも朝食も返上して駆けつけた。


なのに。




「艦長がお目覚めにならないのです」


マリンブルーの瞳を悲しみに震わせて、副長マリーナ・沖が消え入りそうに
言った。彼女の肩を優しく支えようとして、自分まで倒れてしまいそうな顔
をする副長補佐こと石倉静夫(ようやく憶えた)。お前まで倒れそうになっ
てどうするよ、とハーロックは思う。こういう時、か弱い女性を支えてやる
のが男としてのあり方だろうに。


「お目覚めにならないって…そりゃ、零も人間だしな。時には寝坊もあるだ
 ろうさ」


仕方がないのでハーロックは不機嫌な様を解き、優しく彼女の顔を覗き込ん
だ。いかに無法の海賊とても、女性に対する礼節くらいはわきまえているの
だ。


「確かに珍しいことかもしれないけれど、その程度でSOS信号を発信する
 ようじゃ、あとで零が気まずい思いを」


「その程度!!」


マリーナの声が引き絞られる。悲しみや不安に今にも千切れてしまいそうに、
彼女は胸の前を押さえた。「しっかり」と今度こそ石倉が彼女を支える。


「艦長が、目覚めない。確かにそのこと自体は『その程度』かもしれません。
 けれど──」


一週間なら、どうです? どこか憎しみさえ入り混じった表情で、副長補佐
が海賊の長を見据える。「一週間?!」とハーロックは思わず声を荒げた。一
週間、目覚めない零。それは単に目が覚めない、寝汚いという状況ではない。


昏睡しているというのだ。俗に言う「植物状態」ではないか。
医学にはあまり詳しくないが、それくらいなら子供にも判る。いくら混乱し
ているからといって、海賊と医者を間違えるなんて間抜けも良いところだ。
ハーロックは席を立った。


「メディカルに行けば良いさ。俺を呼びつけるよりずっと簡単で、ずっと効
 率が良い。事故に遭ったのか持病か知らないけど、海賊が「お脈を拝見」
 なんて馬鹿げてる。副長さん、気の毒だけど、髑髏の旗は赤十字じゃ」


「……メディカルでは…何も……」


Drジャック・クロウヴァがご不在なのです。と普段の果敢さをすっかり無
くして副長が俯く。寄る辺のない美女の眼差し。このまま見捨てたのでは朝
飯も不味かろう。ハーロックは頭を掻いて向き直る。軽く顎を引いて続きを
促すと、石倉がそれに応えた。


「丁度──艦長がお倒れになった日から…Drジャック・クロウヴァは他星
 系で起きたレベル3のバイオハザードの収束に向かわれたのだと。事態が
 全て整うにはまだ時間がかかると言われました。ドクトルが艦長の血液を
 採取して送ったのですが……200年分の毒物やウィルスのデータを持つメ
 ディカルのアーカイブでも原因の特定は不可能と。それに、艦長の状態に
 特異な症状があるというわけではないのです。ただ、眠っているだけ。脳
 波にも、心拍数にも体温にも異常はありません。眠っているだけなのです」


「でも目覚めない」


「そうです。ただ眠っている状態が一週間。栄養点滴で必要な養分は摂取し
 ていますが、それでも筋肉が弱っていくのは止められません。このままで
 は任務の続行も難しいかも、と」


貴方には嬉しい情報ですか。と睨まれる。別に嬉しくはない。おネンネさせ
ておくには惜しい男だ。それは本当に。


戦うには──少しだけ心力の猛々しさが足りないけれど。

酒を酌み交わすには、話をするには良い相手だ。ヘヴィーメルダーで心から
思った。

素直で、綺麗な瞳をしてる。母星の敗北に傷ついて、もう何も失いたくない
という目をしてる。


必死さが、少しだけ哀れにさえ思えるけれど。


この手にあるものは…たとえ機械化人クルーでも喪いたくないというあの
眼差し。


色鮮やかなガーネット。吸い込まれそうだった。


友として出会えていたならば、きっと手放したくない宝物になっただろう。
最愛の友と同じように。

かけがえのない。そんな宝石になったであろうことは間違いない。


しかし現実には敵である。ハーロックが最も嫌悪する国家権力のマリオネッ
トだ。向かってくるのなら、全力で叩き潰す相手。悲しみながら、愛しみな
がらこの手自らで命を絶ってやろう。ハーロックは密かに決めていた。

ウォーリアス・零。健気な宿敵。何一つ捨てられず、何もかも背負って向かっ
て来るというのなら。

慟哭の声を上げて切り捨ててやろう。彼はきっと、キャプテン・ハーロック
を涙させる数少ない男になるのだ。

それはめくるめくような瞬間に違いない。ハーロックは確信している。彼の
血は、年経たボルドーワインにも似て甘く。芳しく自分を楽しませてくれる
だろうと。

澱の苦さはご愛嬌だ。デキャンタージュせずに全て嚥下してやらなくては。

悦びも、悲しみも。好敵手を殺めるということは、そういうことなのだから。

至高の愛情に、それは似ている。ハーロックは自覚している。ハーロックは
零を愛している。慈しみや、思いやりで構築されるものとは異質な愛を傾け
ている。

奪うか、奪われるか。雄同士の淫らな性交にも似た感情で、彼とは魂が交わっ
ている。

奪うのはいつだって海賊の手段だ。勝つのは俺だよ。寝ていてもらっちゃ
──困るじゃないか。



なぁ、零。ハーロックは眼差しを鋭くする。

ただ寝ているだけなら、俺の気配を感じて飛び起きてみないか?

最愛の人の来訪に胸躍らせるようにして、飛び起きてみろよ。


なぁ、零。お前も戦士だというのなら。


今すぐ跳ね起きて、俺の来訪に眉を顰めて嫌悪を示せ!!




応接セットの向こうに視線をやる。ソファの背後で堅く閉ざされたままの
ベッドルームに続く扉。あの扉の向こうで、零が眠っている。挑発してみよ
うと常人なら魂の奥底まで凍りつくような殺気を放とうとして──




「──どうか、されましたか?」



マリーナの声で我に返る。いけない。女性に見せるような表情では到底な
かった。獲物の血を求める獣の顔をヒトに戻してハーロックは考える素振り
をしてみせる。


「別に──どうとも。改めて聞けば大変な状況じゃないか。トチローを連れ
 てきて良かったよ。医学の知識はDrジャック・クロウヴァに及ばなくて
 も、雑学系ならアイツの十八番だ。メディカルのアーカイブにも負けない
 よ。きっと何か良い手が浮かぶさ」


そう。最愛の友ならきっと。ハーロックの楽しみを奪うような結果は出すま
い。今頃、あの機械化人のドクターと額をつき合わせて原因を究明している
はずだ。

それまでは。ハーロックはぽきぽきと指を鳴らす。

それまでは、無邪気で人懐っこい海賊騎士の顔をしていなくては。


「悪いけど、魔地とヤッタランも呼んで良いかな」



まるでイタズラでも考えついた悪童の顔をして。ハーロックはにっこりと笑った。




















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