Fathers・3



★★★

数時間後。


「あれェ!? ハナさんの銅像が釣瓶に代替わりしてる?!」


「えなりくん兄弟は和服が似合うなぁ。大山もマルコメ頭に
 すれば良かったのに。愛らしいぞ。トチローくん、どうかね?」


「……水●しげるの自画像みたいになるから……イヤです」


「トチローはん、頭のカタチ悪そうやもんなぁ」


「──…あのさぁ」


俺はぶすくれて自分の頬に絆創膏を貼る。取り敢えずトリは
シメた。厨房のパスタ鍋に放り込んでやった。しっかりと蓋を閉め、
ガムテープで目張りしたやったので、脱出にはあと二時間ほどを要する
に違いない。


「みんなフツーに和んでるけどさ、この状況ってやっぱり
 変じゃないか?」


「うん」


あっさりと全員が首肯する。俺は、ずり、と肩を下げた。


「何だよ。わかってるならさ、隠し芸観てないでもっとやること
 あるんじゃないのか? この現象だって、何か──宇宙の
 不思議現象かもしれないし」


「あ、それは違う」


Dr大山がひらひらと手を振った。三本目の徳利を空にして、ほろ酔い気分
らしい。徳利を床に置いて、とろん、と俺の顔を覗き込んでくる。


「残念だが宇宙の不思議現象ではなくこの大山十四郎さまの
 発明、すなわち必然なのだよ、ハーロック・ジュニアくん!」


「必然……ですか」


俺はDr大山の背後にある霊界テレビに視線を移した。
今では国立図書館の史料集などでしか見られないような
旧型のテレビ。Dr大山の言葉から察するに、死者が戻ってきた
現象は、このテレビに原因があるようが、そこから先に進めない。


「駄目だよ親父。ハーロックには機械の難しい理屈はわからない」


トチローが手際良くコタツの上を片付けながら、助け船を出して
くれた。「来いよ」と差し招かれ、俺は嬉々として立ち上がる。
彼が俺を呼ぶその声を聞くだけで、トリのクチバシに挟まれた傷の
痛みもどこか遠くへと飛んでいく。


「それで? このレーカイテレビがDr大山の発明品だから、
 親父とDrが生き返ったんだな。そうなのか?」


素早くトチローの隣りに滑り込んで問うと、「少し違うよ」と
トチローが苦笑した。


「正確には俺が造ったんだ。まぁ造ったっていっても、何だかよく
 わからない設計図を図面通りに組み立てただけなんだけどな。
 組み立てて、俺達の乗る艦に積んでおけっていうのが、親父の遺言
 の一つだった。まさか黄泉帰ってくるための装置だとは思わなかった
 けど」


「ひしししし。そういうこと」


Dr大山がふらふらと立ち上がる。すかさず、グレート・ハーロックが
彼の体を支えてコタツに引っ張り込んだ。


「大山、もう飲まない方が良い。君の体はアルコールを大量に摂取
 するにはまるで向いていないのだからな」


「はいはい。聞き飽きましたよ……その言葉」


そのままグレート・ハーロックの太腿に頭を乗っけてしまうDr大山。
「やれやれ」とグレート・ハーロックが頭を掻いた。


「少し気持ちを高揚させ過ぎてしまったようだ。彼は
 楽しいことや嬉しいことがあると、自身の限界を超えて
 しまう傾向にあるからな。いつもは、わたくし以上に
 聡明なのだが」


「ただの酔っぱらい親父です。メインマストに逆さ吊りに
 でもしてやって下さい」


トチローが目を細め、日本茶の入った湯飲み片手にきっぱりと
言い切った。「冷酷やなぁ」と、ヤッタランが大仰に震えてみせる。


「そういうところはトチローはん、あんまり親父さんには
 似てないカンジやな」


「似ないよ。親父は底抜けの馬鹿だからな。ここまで馬鹿だと
 長生きしない」


「なんや、トチローはん親父さんが嫌いなんか?」


「──…別に?」


ふ、とトチローの瞳から光が消える。時折彼がこのような目を
することを俺は随分前から知っていた。
いつもは優しい光を湛えた小さな瞳が、ぞっとするほどの凄惨さを
帯びる時がある。
──トチローがそんな顔をするとき、それは、込み上げてきた涙を堪える
ときだ。


「片付け、してくるよ」


お盆の上に空になった食器を乗せて、トチローが立ち上がった。
──俺は、泣きたいときには誰かが傍にいてくれると嬉しい。けれど、
トチローがそれを喜ぶのかどうかはわからない。俺は、少し逡巡して
立ち上がる。


「トチロー。俺、手伝おうか。その──」


「良いよ良いよ。座ってろ。進路、ちゃんと見ててくれ」


やんわりと拒絶されてしまった。俺は仕方なく「うん」と
座布団に座り直す。トチローが去ったあと、顔を上げると
親父が静かに笑っていた。


「──フラれて、しまったな」


「何だよそれ。変な誤解受けるだろ」


俺は横目で、ちら、とヤッタランを見る。彼は軽く
肩をすくめ、再びテレビに熱中し始めた。


「気にすることはないさ。大山も、本当に悲しいときには
 わたくしの手を必要としなかった。大山の血を引く者は
 総じてそのように強く、気高いのだろう」


親父がコタツの上で指を組み、何だかわかったようなことを言う。
俺は変に悔しくなって唇を尖らせた。


「ふーん。でもDr大山のことはともかくさ、何で親父に
 トチローのことまでわかるんだよ。似てないだろ、あの
 二人」


「似ているよ。──とても」


太腿の上で眠ってしまったDr大山の髪を一房すくって。親父は
愛おしむように鳶色の目を潤ませる。


「初めてトチローくんに会ったとき、どうしてこんなにも大山に
 似ているのかと思ったよ。どこまでも聡明で、どこまでも慈悲深い。
 全く、大山そのものを前にしたかのような喜びを覚えたよ」


──それが、トチローくんに対しての非礼だということも忘れてね。
そう言って親父は自嘲するように笑った。
そんなものか、と俺は思う。
俺にはまだ、礼を忘れるほど、誰かの面影を追い求めた経験が──ない。


「そんなに似てるの?」


尋ねると、親父は「あぁ」と深い吐息にも似た返事をする。


「大山は優しい男。己の死に直面してなお、大切な者の行く末を
 案じる心の持ち主──…お前にも、いずれわかるときが来る」


「俺にも……いずれ?」


──それでは、まるで。

どういうことだと俺が親父を問い詰めようとしたその時、
メインコンピュータの人工音声が目的地への到着を知らせる。

万年雪の星『スノー・スノー』。


「ふわぁぁぁぁ」


親父の太腿の上で、Dr大山が大きく伸びをした。





 

  






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