Happy Days・16



★★★


「うーん、親父たち、もう少し騒いでくれないかなぁ」


砂塵の晴れた工場内。強化ガラスの窓を袖口で擦って、ハーロックが覗き込む。「で、あるな」と敏郎が彼の背中に取り付いて呟いた。


「これでは扉が開けられん。もっと連中の注意を引き寄せてくれなければ
 困るのである」


「だよねぇ」


「………」


俺はただ、扉の前に立ち尽くして2人の会話を聞いていた。何てこと。
たった今、10人近くの人命が喪われたというのに。


お父さまの声に希望を持ち、砂塵と警報音に煙る窓の外をずっと見ていた。
けれど、ゆっくりと視界がクリアになって。見えたのは──純白の気密服。
氷片を撒き散らすオーラ具現の鞭。

そして…今までに見たことのないような真紅の影。床に広がる、おびただしい鮮血。


「──君達は」


何とも思わないのか? 問いかけたい気持ちをぐっと堪える。人が死んでるのに。たった一瞬。たったの一閃。視認出来たのは一筋の銀の光だけだった。

次に瞬きしたときには、胴と下半身を両断された人間の亡骸。
遠目でも、彼らに命が無いことがわかる。

あんなにも簡単に。それが、太陽系最強を名乗る海賊の実力。



「グレート・ハーロックの技は華麗だが控えめ過ぎる」


「Drオーヤマだって。速いけど殆ど無音なんだよねぇ。こりゃ期待するな
 ら澪中佐かな。あの人大味そうだもの」


「未知数なのは…中佐の部下か。しかし、あの体型。到底戦いに向いてる
 とは思えない」


「アーサー、来てないのかなぁ。あいつ背ぇ低いから探しづらいや。ひょっ
 としてまだうちの庭さまよってたりして」


「そんなに方向オンチなのか? そのアーサーとやらは」


「そんなに方向オンチだともさ。右も左もわからないとはアイツのことだ
 ね」


心配だなぁ、とのんびり言う。ハーロックも敏郎も10にも満たないというのに何という落ち着きぶりだろう。スポーツの解説でもするように自身の父達について語っている。

激しい感情を見せるかと思えば、大人よりも大人びた表情をするこの二人。俺は黙ったまま窓の外を眺めていた。周りを取り囲んでいた兵士達を倒して、お父さま達は何やらがやがやと揉めている。──ここにいるのに。
グレート・ハーロックに詰め寄るお父さまの姿を見つけて、俺は切なくなる。

ここにいるのに。早く、見つけてくれれば良いのに。決闘とか、そんなのはどうだって良いのに。

みんな無事で、帰れれば良いのに。それ以上に大切なことなんてない。


「お、ゲオルグじゃん。真打ち登場かな。これ」


期待を込めて、ハーロックが身を乗り出す。ふん、と敏郎が目を細めた。


「真打ち登場とまではいかなくとも──楽しくはなりそうであるな?」


聞こえるか、と俺に視線をくれる。俺は慌てて窓ガラスに耳をくっつけた。
完全武装した姿で、工場の真ん中まで歩いていくゲオルグの背中。その背後に従う気密服を着た兵士達が15人ほどと大きな影が10体ほど。重い…鉄とコンクリートが触れ合う足音が微かに聞こえる。


ぎりぎりぎりぎり…がちゃん。ぎりぎりぎりぎり…がちゃん。


歩みそのものはさして速くないようだ。警報ランプも、グレート・ハーロックの技で白く煙った空気も消えた今、ゆっくりと『それ』が視界に入ってくる。


 ぎりぎりぎりぎり…がちゃん。


「──宇宙機動軍『鉄機甲兵団』!! あ…あんなものまで!!」


ひゅう、と喉が鳴った。憶えがある。小さな頃、時夫中尉に連れられて基地の見学に行ったときのことだ。重力場を自在に変えられる宇宙機動軍専用訓練ドームの中で。あれと同じモノが。


「別名、『スペース・アーマード・フォース』。聞けば宇宙機動軍最強の装
 備部隊とか。ははぁ、なるほど」


強そうであるな。敏郎が小さな顎を擦る。「ロボットだ」とハーロックが目を丸くした。


「でも鈍いなぁ。あんなのお父さまだったら重力サーベルで一刀両断さ」


「……いや、ハーロック。あれはアーマードスーツだよ。中には人が入っ
 てる。それも、訓練されたエリート戦闘兵が」


宇宙の闇を写し取ったかのように昏い円形のボディ。肩にはレーザーガトリング。きちんと五指を持った大きなアーム。太く短い脚は重く、一歩一歩進むごとにコンクリートの地面に跡をつける。その踵には。


「あの機甲兵は両手足に広範囲用の重力制御装置を装備してる。一体が
 二千万馬力。それが重力を『重く』した状態で使用されればどうなる
 か……。お父さま達だって、戦えるかどうか」


俺は見たのだ。訓練用ドームの中。気密服に身を包んだ戦闘用アンドロイド達を紙のように引き裂いていった機甲兵の姿。重力サーベルも、宇宙銃も、あの黒い装甲の前にはまるでオモチャも同然だった。


「あぁ…あんなモノが出てくるなんて…やっぱり、ゲオルグの背後には
 宇宙機動軍がいるんだ…。それも鉄機甲兵を動かせるほどの大物が。
 どうして……? あの、薬のため?」


あんな、人体に害をなすような薬のために。私利私欲のために個人が軍を動かしている。多分、大義名分はあるのだ。地球に反旗を翻す、逆賊グレート・ハーロックとその友大山十四郎の討伐。それは、確かに連邦軍の仕事だ。

けれど、聖夜にこっそり庭(森?)先に先遣部隊を送って。家人の油断をついて襲おうなんて。宇宙に出た反逆者は、宇宙で裁く。それが、正義と地球の平和を双肩に背負う軍の信念ではなかろうか。


まだ罪もない6歳の息子達まで巻き込んで。銃を突きつけて誘拐するなんて。


地球連邦軍はそこまで腐り果ててしまったのか。額から熱がすぅと引いていくのがわかる。俺が──自分の夢さえ諦めてこの身を捧げようと誓った場所は。


「……ぜろ」


気がつくと、敏郎が小さな瞳をぱちくりさせてこちらを見上げていた。
気付かぬうちに関節が白くなるほど窓枠を握り締めていたらしい。
「固くなるなよ」とハーロックが肩を叩いてきた。


「大丈夫! お父さまは強いぜ。Drオーヤマも! 俺、昨日訓練してもらっ
 たもの。凄く速くて、斬撃が重くて。ほんの5分か10分くらいサーベル
 交わしただけなのに、俺の方がグロッキーになっちゃった。お父さまは
 …言うに及ばずだけど。鍛えてもらってる俺が言うんだもの。あんなロ
 ボット兵団なんでもないさ」


「ハーロック」


俺の懸念はもはやそこにはないのに。彼の無邪気な笑顔に、不覚にも涙が出そうになる。違う。違うんだハーロック。そう思うのに、声が出ない。

お父さまが、時夫中尉が、そして──近い未来には俺が。

この身を捧げて、命を懸けて。務める場所は腐敗してる。正義より、信念より、保身と私欲に走った高級将官達の命令が行き交う場所になってしまっている。

お父さまと決闘するのだと自慢げに言っていたゲオルグ・ノイマイヤー
軍曹。

彼だってその犠牲者だ。あの薬。軍がこんなにも動いているのだ。市販のものとは思えない。きっと、軍で研究されていたものの一種なのだ。危険で恐ろしい効果を持つ精神高揚ドラッグ。戦場に赴く兵士達のために開発されたものなのだろうが、敏郎の話を聞いた限りとても成功作とは思えない。

失敗し、廃棄されるべき薬を投薬されて。あの人は溺れてしまったのだ。一時得られる強い力に。幼い頃に出会い、魅了されて仕えた上官への尊敬の念を、淀んだ殺意に摩り替えられてしまうほどに。


なんて…酷い。たった一本のアンプルが、人の心までつくり変えてしまうなんて。

そして、それに気付かず彼はお父さまの前に立っているのだ。背後に機甲兵まで従えて。それは、世界の王にでもなった気分だろう。

仮初めの力。張子の権力。薬物に侵された哀れな人に、それを与えてしまう軍。


なんて……酷い。


「ハーロッ……」


言葉になんて、ならない。不思議そうに俺を見つめるハーロック。透明な鳶色の眼差し。自分の父や、親友の父上に仇なそうとするあの集団が、彼にはどう見えているだろう。正義と地球の平和を双肩に背負うべき連邦軍人が、次々に卑怯な手を弄して目の前に立つ。何一つ、今ここで罪も奇策も講じずに我が子を取り戻そうとする父に向かってる。

どんなに汚れて見えるだろう。太陽系最強の戦士グレート・ハーロックの息子。将来、宇宙に出て立派な海賊騎士になるのだという少年。

彼の夢を悪だとどうして言える? こんなものを彼に見せ付けておいて、連邦軍の掲げる旗こそが正しいとどうして言える?


そんな資格……俺には無いのだ。


「……ック。ハーロック……すまな………ッ」


長く続いた沈黙を破ろうとして喉が詰まる。慌てて唇を押さえたが手遅れだった。声帯が、震える。涙が出るかと思ったが、幸いにも目尻を軽く濡らしただけだった。落涙しにくい体質に、俺は少しだけ感謝する。


「零! あぁ、俺、少し考えが足りなかった。君はとてもお父さま思いな
 のに」


ごめんよ、とハーロックが俺を抱き寄せる。むぎゅ、と間の敏郎が潰れた気配。けれど、小さな手が俺の腰に回されて、彼もまた親友に倣って俺を抱き締めてくれたことがわかる。温かい二つの手。「どうして謝るんだ」と俺は肩をすくませる。


「悪いのは…こちらだ。お父さまと…俺が属するところが悪い。機甲兵が
 出てくるなんて! フェアじゃない。卑怯な手で皆殺しにするつもりな
 んだ……薬のことや、裏切りを隠すために。ゲオルグはお父さまと決闘
 したいって言ってたけど…機甲兵が出たんじゃ勝っても負けても殺され
 る。こんなことになるなんて……こんなに腐り果てているなんて……!!
 ハーロック、ハーロックすまない。地球は…地球はどうなってしまうん
 だろう。こんなことを平気で命ずる人達が軍にはいるんだ。どうなって
 しまうんだろう。君達の夢を…未来の君達のことを…『無法者』と呼ぶ
 資格なんて無い。無法は…こちらだ。俺は──ッ」


「零……」


律儀だなぁ、とハーロックが笑う。よしよし、と頭を撫でられて、私は暫く彼の肩口に顔を埋めていた。腹の辺りが生暖かいのは、敏郎が鼻をくっつけているからだ。「零は悪くないのである」とくぐもった声で優しく言われ、思わず笑みがこぼれてしまう。「そうだぞ零」とハーロックがそっと俺の体を引き離した。


「アイツらが卑怯なのと、零と中佐と中尉は何の関係もない!! 零はずっと
 堂々としてたし、中佐だってそうさ。お父さまの親友なんだ。あんな風
 に道を誤った連中と一緒くたにする気なんかさらさらないさ。アイツら
 のために零が泣くことなんかない。連邦軍が腐ってるっていうんなら、
 零が大人になってから変えれば良い! そうだねトチロー」


「無論。零が背負い込む責ではないということだ。見ていれば良い。
 あんな連中に負けるような──父親どもではない」


敏郎が、むり、と俺とハーロックの腕の隙間から出てきて鼻を鳴らす。「ま、ホントは軍人になんてなってもらいたくないけどね」とハーロックが後頭部で腕を組んだ。


「零は良い奴だもの。凛々しくて、勇敢で。さっきも言ったけどトチロー
 に優しい! 軍なんてつまらないトコに就職するのなんかやめて、俺達
 と一緒に海賊すれば良いよ。自由で、自分の信念のままに戦って。歌っ
 たり、酒を飲んだり。毎日未知の惑星に行って大冒険さ! アーサーだっ
 てきっと君を歓迎する!! 零もきっとその方が楽しいぞ」


「ハーロック……」


幼い声で、笑顔で、懸命に励まそうとしてくれているのだ。俺は淡く笑って頷いた。「ホント?」と彼が身を乗り出してくる。ぎゅっと手を握られて、俺は少し焦りながら「き、急にはちょっと」と少しだけ身を引いた。


「そんなの…急には。でも、君の言ってることは素敵だ。ロマンがあるも
 の」


「そうだろ。宇宙にはロマンがいっぱいだぞ零。急は駄目でも考えておき
 なよ。俺、案外気は長いんだ。零が大人になってからでも良いぞ。その
 頃には俺とトチロー、アーサーとヤッタランで立派な艦を手に入れてる。
 宇宙最強とまではいかなくても…太陽系最強くらいにはなっておくから
 さ」


考えてみてよ。あ、ヤッタランっていうのは俺の幼馴染みでね。嬉しそうに手を叩いて夢を語り出すハーロック。敏郎は「ふん」と一度だけ俺の腰を叩いて、再び窓に張り付いた。そうだ、お父さま達は。ハーロックの明るさに、一時お父さま達の窮地を忘れた自分を恥じる。


「……!! ハーロック、見ろ!」


視線を窓ガラスに戻して。俺は蒼褪めた。


「機甲兵団が──動く!!」




☆☆☆


「ハーロック、お前なぁ」


澪が不機嫌げに頭を掻いた。濃茶の髪が明かりの下で揺れる。警報ランプの消えた工場内。グレート・ハーロックが流した血液が、いっそう赤く床を染め抜いている。


「もう少し考えたらどうなんだ? 子供に見せるようなモンじゃないぜ。
 こんなヤり方」


エグい、グロい、ナンセンス。澪の言葉は辛辣だ。アーサーが見ていた限り、いつでも飄々とした笑みを浮かべていた人なのに、それが消えてしまっている。


「お前そういうトコ鈍感なんだよなぁ。もっと情操教育とかさ、未成年へ
 の気遣いっていうかさ…あ、さては未成年保護法を知らないな?! 良いか、
 これは14歳未満の青少年にはHなモンや残酷なモンは見せないようにし
 ようという法律で……」


「君の口から法なる言葉を聞くとは思わなかったな」


一方、グレート・ハーロックは余裕の表情だ。笑みさえ浮かべて澪を見つめている。「ですよね」と未だアーサーを腕に保護したままの時夫が応えた。


「いくら海賊の身でもいっつも職務違反してる人に言われたかないですよ。
 澪さん、アンタ軍法規律って知ってます? 良いですか、軍人としてあ
 るべき姿というものは──」


「げ、やぶ蛇」


大山ちゃん、と自分より二回りも小さな十四郎の背後に大きな図体を隠しにかかる。「呆れたものだ」と十四郎が溜息をついた。


「他の者の範となるべき連邦軍左官がこの有様ではな。身内に離反者が
 出るも道理というものよ。それに、残念ながら俺はハーロックの味方で
 ある」


「な、なんだよ。お前らさぁ」


「澪、普通の子になら、確かに見せるべき惨状ではないだろう。しかし、
 アーサーくんは我がファルケ・キントと共に近い未来宇宙の海へと旅立
 つことを夢見る子。夢は良いものだ。若者をうんと早く男にする。けれ
 ど、その夢の中にはどのようなものが含まれるのか、それを知っておく
 のも必要なのだよ」


良いかい、アーサーくん。ハーロックの穏やかな眼差しが向けられる。


「己が信念を貫くこと。自分の夢を叶えること。それらは確かに素晴らし
 いことだ。けれど、輝かしいものの中には必ず陰が潜むということも
 覚えておかなくてはならないよ。掟や常識に囚われず、自分の好きに
 するということはね、辛いことだって沢山待ち構えている。見たくも
 ないものを見せ付けられることもあるだろう。理不尽な傷を負うことも
 あるだろう。流したくない涙や血を流すことも」


わかるね、と優しく問いかけられる。先程の冷徹な殺気は微塵も感じられない。優しい笑顔、真摯な声。「はい」とアーサーは素直に頷く。


「わかります。グレート・ハーロック」


「そう、君は聡明な子だ。そして…優しい。これほどの夥しい死を前に
 慄いたろう? 私は何て残酷なんだと、そう思ったかね」


「は……いえ、グレート・ハーロック」


「無理をしなくても良い。今は、私を残酷だと思うのも良い。喪われる命
 に憐憫をもよおすこと、命を奪うものに脅威を感じること、決して悪く
 はない。人間として、あるべきことなのだから。けれど、アーサーくん」


戦う男になるのなら…この光景を憶えておきなさい。


ハーロックが、す、と肩を抱く。時夫の手がアーサーから離れた。夜気に少しだけ肌寒さを感じる。


「銃を…武器を持つということはこういうことだ。人を傷つけるための
 道具を使役するということはこういうことだ。戦う道を選ぶということ
 はねアーサーくん、時に信念のため、時に目的のため、時に己が命を守
 るために、銃を抜かなくてはならない日が必ず来るということだ。武器
 は…脅しのための道具ではない。命を殺傷するための力なのだ。それを
 制御出来ず、相手との力量を量れず無闇に振り回せば訪れるのは無残な
 敗北と死のみだ。彼らのように」


僅かに哀れみのこもった瞳で、ハーロックはたった今殺めたばかりの兵士達を顧みる。「彼らは撃つべきではなかった」と、悲壮に表情を曇らせて。


「いかに最新式の銃を持っていようとも…それを過信するのは驕りという
 ものだ。力無きものに向ければそれは相手をいかようにも思い通りに
 出来る力になろう。けれど、それの通用しない相手に巡り会ってしまっ
 たら……」


その軽率さは命で贖う他に手立ては無い。厳しい言葉。アーサーは、ゆっくりと頷く。学ばなくてはならないのだ。腰に巻いたホルダーに手を伸ばす。小口径の宇宙銃と重力サーベル。これは、武器なのだ。

兄に習い、親友と共に極めようと日々訓練を重ねた大切な『相棒』。
これは、自分達が立ち向かう相手を、自分達に向かって来る相手を殺傷するためのもの。学ばなくては、ならない。


いつか、誰かに銃口を向け、誰かに銃口を向けられるその日までに。


「わかり…ました。グレート・ハーロック」


それが、宇宙を、戦場を生きる男に与えられた唯一の法。
「わかんなくたって良いよ」と澪が立ち上がる。


「そんなの、わかんなくたって良いんだ。まだ六つのガキじゃねぇか。
 そういう陰惨なことはだな」


「澪、少年は君が思っているよりもずっと遥かに早く男になるものだ」


ハーロックの視線がちらりと上がる。


「いつまでも…温室の中に飼い、やわらかな詩人の言葉を追わせておく
 わけにはいかないものだよ。それがどんなに愛しくても…少年の心は
 うつろいやすく、必ず自らの夢に向かう。父親なら、背中を押してやら
 なくては。居心地の良いベッドの中で、夜語りしてやる時期はとうに
 過ぎてしまったのだ」


寂しくてもね、と付け加える。「あぁ?」と澪の瞳に鋭さが宿った。


「そりゃどこのご家庭のハナシだいハーロック」


「君のご家庭の話さ。澪、零くんは充分に君に守られている。あの子の
 繊細さは実に雄弁だ。けれど、それがあの子の勇敢さ、凛々しさを殺い
 でしまってるとは思わないか?」


「思わないね。アイツは元々あぁいう性格なのさ。引っ込み思案で人見知
 り。そうさ、呆れるほど内気なガキなんだ」


「綺麗な瞳をしてる。情の深い…澄んだ眼だ。小鳥のような子だ。手放し
 たくないのはわかるがね」


君の後を継がせるのなら……ハーロックの言葉を「冗談!」と澪が激しく遮る。


「アレは軍属にはしねぇよ。本人が猛烈に望んでるってなら話は別だがな。
 そもそも向いてねぇし、アイツには他にやりたいことがあるんだ。今は
 家への義務感で軍人養成カリキュラムなんざ取ってるけどな。そのうち
 に言ってやるさ。ウォーリアスの家なんかクソ喰らえってな!」


「澪」


「そうさ…あんな家、クソ喰らえだ。軍人なんかにならなくたって…自分
 の夢を追いかけたって……屋敷が潰れたり傾いだりするわけじゃない。
 零は零の好きにすれば良いんだ。それが…一番なんだよ」


それきり、会話を拒絶するようにハーロックから目をそらす。アーサーはただ狼狽して時夫や十四郎の顔を見比べるばかりだ。「あの人、制約の多い少年時代過ごしてますからねぇ」と時夫の嘆息。あぁ、そう…なのか、とアーサーは澪の横顔を見つめる。


58地区にまでその名を轟かせる名門ウォーリアス家。血統を何より重んじるその家の当主は、歴代例外なく美しい金髪と青い瞳の持ち主だったという。

それを覆したのが──ウォーリアス・澪。ウォーリアスの歴史の異端児。
濃茶の髪と瞳を持った混血の当主。

きっと、アーサーには推し量れぬほどの苦悩があったのだ。アーサーは無言のまま俯いた。それでも、とハーロックが呟く。


「それでも…零くんは君の子だ。軍神ウォーリアス・澪のたった一人の」


「………俺は………」


一瞬、ほんの一瞬澪の唇が震えた。ハーロックを正面から見つめ、何事かを告白するかのように瞳を揺らす。数度の深い呼吸。「ハーロック」と澪が一歩踏み出したそのとき、



「ようこそ! 澪中佐、グレート・ハーロック!! 丁度0時にお越し頂けて
 誠に結構」



歓待の準備は出来てるぜ。野太い笑い声を上げながら、こちらに歩いてくる巨漢の軍人。先程の兵士達とは格段にレベルの違う武装しているところを見ると、彼がここの指揮官か。

その背後には、見慣れぬ機械化兵。ロボットだろうか。重々しい足取りでゆっくりとこちらに向かってきている。そして、それを守るかのように銃を構えている全身気密服の兵士達。


「『鉄機甲兵』──!!」


あららぁ、と時夫が声を上げた。やはり宇宙起動軍がらみか、と十四郎が小鼻を膨らませた。


「乱れておるなぁ、連邦軍」


「腐りきってると言うべきだ。大山」


すい、と二人が前に出る。「気をつけな」と澪が『Heaven'S gate in The rain』の裾を広げた。


「あの重装備のアーマードどもな。重力を操作するぜ。こっちも準備しと
 かねぇと──」


「おやおや中佐、海賊に軍の最高気密をバラしても良いのかい? こりゃ
 軍法会議ものだぜ」


「うっせ。ゲオルグ、その前にお前が俺の愛の説教を喰らうのさ。正座さ
 せてみっちりお小言してやる。足痺れたって泣いても許してやんねーぞ」


先程までの深刻な表情はどこへやら。澪がすっかり元の飄然とした顔に戻って、ゲオルグ、と呼んだ男に向かってアカンベーをする。稚気溢れるその表情に、ゲオルグは呵呵大笑した。


「ふん、機甲兵を前にしてもその表情。中佐…ますますアンタとヤリたく
 なったぜ。だが、その前に俺にも仕事があるんでな」


やれ、標的はグレート・ハーロックと大山十四郎だ。


ぱちり、とゲオルグが太い指を鳴らす。と、同時に凄まじい重力の『重さ』がアーサーの全身を覆った。


















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