> ………。
Happy Days・13




★★★


「と、言うわけでこれから10キロ弱全力疾走なワケですが!!」


澪が胸を張る。月光に燦然と輝く『Heaven'gate in The rain』。時夫がトランクから引っ張り出して着せたのだ。車が大破した以上、抱えていくのは得策でないと判断したのだろう。


──アレは重いしな。ハーロックは内心時夫の不精さに溜息をつく。


「俺と十四郎が一触即発だったので、時間がごりごり押しております。
 てか、普通に走ったら間に合わねぇです! 零殺されます!! ジュニア
 くんはジャンキー決定。チビ大山はタヌキ汁です! 短気な父ちゃん達
 でぶっちゃけごめん! みたいな状況で!!」


てへ、と可愛らしく舌を出して敬礼する。可愛らしくしても駄目だろう。
取り敢えずハーロックは阿呆な友の頭を叩き落とした。


「真面目に仕切ってくれないか、澪」


「痛てててて…。真面目なんだってば、これでも。B型の真面目なんて
 こんなモンだぜ?」


「時間がぶりぶり押しているのであろうに。こいつに任せておいては埒が
 あかん。この十四郎が仕切ってやろう。俺もB型だが真性の馬鹿とは違
 うというところを見せてやる」


十四郎が腕を組んで前に出る。凛然とした表情で「お前ら重力ブーツは履いてきておるのであろうな」と全員を見回した。


「まぁ、わざわざ聞くまでもないことではあるが…俺と澪のせいで時間が
 押し迫ってきておるのは事実である。午前0時に間に合わせるには、こ
 の地球の重力圏内での重力ブーツ使用以外に方法はあるまい。少々ハー
 ドな方法だが……やれるかね? 諸君」


「問題ないさ。大山」


ハーロックは頷いた。他の者にも異論は無さそうだ。ただ、アーサーだけが困惑したような表情で大人達を見回している。


「ん? どうしたアーサー。重力ブーツの使い方、わかんねぇか」


澪がいち早く察して膝を折った。「こうして…踵にあるメモリをな」と説明し始めた彼を、アーサーは赤面しながら「違います」と押し留める。


「そうじゃなくって…俺、重力ブーツを5分以上使ったことないから……
 少々ハードって、どういう意味かなと思ったんです。踵にあるメモリを
 調節して人工重力場を作り出し、自在に自分の周囲半径2センチまでの
 重力を変更出来ること、これは知ってます。兄貴と…ハーロックと一緒
 に、練習もしたし」


「あぁ、そういう意味か。そうだよなぁ育ち盛りだもんなぁ。むやみに重
 力変更してちゃ発育不全になっちまう。こいつの長時間使用はな、その」


澪が立ち上がって、頬を掻いた。「なに遠慮してんですか」と時夫が引き継ぐ。


「我々訓練された大人はともかく、体が出来ていない子供が重力ブーツを
 長時間使用すれば、その骨や筋肉に多大な疲労を与えます。下手をすれ
 ば靭帯の切断、骨折も。特に注意しなくてはならないのは…重力のレベ
 ルを地球レベルよりも重くした場合と、地球レベルよりも軽くした際の
 元に戻る瞬間です。……軽くした分だけ重いですよ? 一度に数倍の重
 感が脚を中心に全身を襲いますからね。6歳の児童に耐えられるかどう
 か」


「………」


アーサーの表情が引き締まる。時夫もわざわざ意地悪な言い方をするものだ。数秒間の沈黙後、「やれます」とアーサーが低く頷いた。


「大丈夫です。俺だって鍛えてます。運動だって、クラスでハーロックと
 一緒に一番の成績だし。いえ、たとえ両脚が駄目になったって行きます。
 俺は俺の、責任を果たさなくちゃ」


「だけどよアーサーそれでお前が体壊しちゃ」


澪は反対のようだった。何とか言いくるめて留守番させられないかな、とその瞳が語っている。無理だよ、とハーロックは目を閉じた。この子はもう──1人の男としての自我を確立している。


「よろしい。アーサーくん。覚悟を決めて付いてきたまえ。君に何かあっ
 たときは…このグレート・ハーロックが全ての責任を取ろう。良いね、
 大山」


「無論。男が行くというものを無下に留め立てしようとは思わん」


「そんな! ハーロック、大山……」


言いかけて、澪は思案するように口を噤む。そして「じゃあ折衷案」と
アーサーの首根っこをひょいと捕まえた。


「アーサーが行くのは文句言わねぇ。だけど、アーサーはやっぱり子供
 なんだ。脚や筋肉駄目になるかもしれねぇとわかってて、重力ブーツ
 は使わせられねぇよ。子供が怪我をしたときに責任取るのは大人の役目
 だけどさ、怪我しねぇように前もって気ぃ配ってやるのも大人の役目。
 俺が担いで行きゃ少なくとも体のどっか一点にダメージが集中すること
 はないし、これで解決。これは俺の…ウォーリアス・澪の信念。異議申
 し立てるつもりなら、ここにいる3人ぶっ飛ばしてでもお前を置いてく。
 良いな? アーサー」


有無を言わせないような瞳で、アーサーを見据える。その強さにアーサーは一瞬、ぶる、と全身を震わせ、「はい」と息を呑んで頷いた。


「ちょっと待って下さいよ澪さん」


しかし、時夫が眉を顰める。


「担いで行くって軽く言いますけど、アンタ、『Heaven'gate in The rain』
 の総重量忘れてるんじゃないでしょうね。50キロ近くある金属製のコー
 トはおって、なおかつ子供1人抱えて行くなんて馬鹿の所業ですよ。
 重力戻したときの重感何キロになると思ってるんですか」


重力を月と同じ6分の1に設定するとしても──約400キロ。
もはやドラゴ●ボールの世界である。珍しく澪が、シニカルな笑みを浮かべた。


「じゃあ、お前が担いで行く? 時夫」


「頑張って下さい中佐!! 貴方なら耐えられると信じています!!」


切り返し、僅か0.2秒。光の速さでことは解決した。大山の溜息。唖然とするアーサー。ハーロックは「それでは」と冷静に澪を促す。


「時間もないことだし…ここは地球だ。ひとつ、連邦軍殿に指揮権をお譲
 りしよう。澪、合図を」


「あ、あぁ。それじゃあ野郎共! 準備運動はヌキで行くぜ。重力解放、
 レベル7! グラビディ・オン!!」


「イエス・サー! 重力解放、レベル7! グラビディ・オン!!」


連邦軍時代に戻った気分でブーツの踵を鳴らし、メモリを調節する。
レベル7──すなわち、重力7分の1。

ふわ、と全身が解き放たれる。澪の全身から光の粒子が無限に零れ落ちる。アーサーにも重力場の影響が出るように『Heaven'gate in The rain』を発動させたのだ。
澪の腕の中でアーサーの前髪が、ふわふわと浮いた。


「よーし、それじゃあ全力で行くぜ。この際、道無き道を通る方が近道だ。
 時夫、お前が先頭で最短距離をナビゲート。ハーロックは万が一の敵襲
 に備えて時夫のバックアップ。大山は──まぁ好きにしな。しんがりは
 俺! 異議申し立ては」


「無い。行こう」


「えぇ、ここからなら森を抜けていく方が早いですね。『飛び』ますか」


「ふん、微調整は各々でしろ、ということだな。澪、相変わらずお前の
 采配は部下の器量に頼りすぎであるど」


「何とでも言えよ。俺は信頼してんの! 何でも自分でやっちまうお前と
 は器が違うのよ器が」


「それでは、石倉中尉先導させて頂きます。付いて来れない奴はヘボです
 よ!!」


とーん、と時夫が地を蹴った。180センチ近い彼の身体が、まるで重力の制約を受けずに背の高い針葉樹を越えていく。


「ヘボは困るな」


ハーロックもそれに続く。古木の枝々をすり抜けるようにして空に出ると、時夫の背中は随分と遠くに進んでしまっている。元より、己の背後に続くものなどいないかのように。


「俺は好きにさせてもらうど。お前の命令どおりにな」


十四郎の姿が言葉と同時に消え失せる。重力ブーツを装着しておらず、体力も身長も他の者達よりやや劣る彼は、独自のルートを進む方が速いのだ。


「それじゃ、俺達も──っと!」


がささっ、と木々を越えてハーロックの背後に現れる気配。澪が、飛んだ。
一番最後の出発だったというのに、誰よりも高く、誰よりも速く。

月光に反射する『Heaven'gate in The rain』。彼が枝を蹴るたびに裾が広がり、翼のように夜空に煌く。


「──凄い!! 本当に飛んでる!!」



アーサーが子供らしく頬を紅潮させた。暗い森を身を乗り出して見下ろす。
「楽しいかァ?」と嬉しそうに澪が応じた。


「空気が冷たい。あんまり身ぃ乗り出すと風邪引くぜ、アーサー」


「感じません! 凄い。俺やハーロックもいつか…こんな風に」


感極まってしまっている。ブラウンの瞳が興奮に輝いていた。
ハーロックは微笑する。ファルケ・キントも、抱いて飛んでやればあのように喜ぶのだろう、と。


「そういえば」


気付くと、十四郎がすぐ傍らを飛んでいた。彼がどのようにして気配も知らせず移動するのか。長年の付き合いだが、わからない。


「お前のジュニア…今、一体どれだけの装備を?」


「ファルケ・キントか。あの子は私がお尋ね者で、自分にも類が及ぶこと
 があると知っている。散歩といっても…そうだな。護身用のナイフは当
 然として、あとは携帯用の小型サーベルと銃。あぁ、テーラが常に身に
 着けておくよう渡したロザリオ型の爆弾も」


「重力ブーツもか?」


「当然。あの子は重力戦士になるつもりなのだから。と、いっても一見
 ではそれとわからないようにカモフラージュしてあるがね。あの子の
 学年で重力ブーツを使用するのは校則違反だから」


「ふん、非の打ち所がないな。優秀なガキだ。敏郎は…まぁ、いつも
 どおりとして、零はどうかな。おい、澪!!」


「あぁ? 零ぉ?」


ひゅ、と空を切って澪が並ぶ。


「アイツが何か武器になるモン持ち歩いてるかって? 知らねーぞ。俺は。
 なぁ時夫!」


「さぁ? アンタの子供の世話まで焼いてませんから」


すかさず減速して並ぶ時夫。幹や枝を蹴り、宙を渡っているというのに彼らは地上を走っているのと同じように加速、減速出来るのだ。アーサーの感嘆。4つの影は濃紺の闇に融け込むように走っていく。

澪、とハーロックは端整な旧友の横顔を覗いた。


「大体、君は少々家庭について無関心過ぎやしないかね」


「関係ねぇだろ。俺の家のことなんて」


「息子のことくらい把握しておくべきだと思うがな」


十四郎の声。澪は「わかってねぇな」と肩をすくめる。


「ガキは大人に秘密を持つもんさ。お前らだってあるだろ? オヤジに
 隠れて煙草吸ったり…エロ本買ったり」


「申し訳ないが」


「ないのである」


「けっ、不健全」


澪がべーと舌を出した。ハーロックと十四郎は顔を見合わせて溜息をつく。


「零さんが家人に隠れて煙草吸ったりエロ本読んだりするような子なら、
 もう少し楽しそうですけどね。無理ですよ。あの子はそういうことする
 ような回路が元々無い子ですから」


丸腰じゃないですか? と時夫が無関心に言う。58地区では王家に次ぐ名家『ウォーリアス』に近しく、当代はおろか次期当主にも取り入れば多くの恩恵を望める立場にあるというのに。本当に澪以外はどうでも良いのだ。


「まぁ、ティッシュとハンカチくれぇは持ってると思うぞ? マーガレッ
 トそういうのにうるさいもん」


「ティッシュとハンカチくらいならファルケ・キントでも持ってるよ」


あの子は意外に几帳面なのだ。「ふん」と十四郎が腕を組む。


「まぁ良いのだ。とにかく、俺達が到着するまであの童共が何事かを
 起こさず大人しくしておるのならな。アイツらは揃いも揃って敗北を
 知らん馬鹿共だ。無謀をしでかして無駄に怪我でもされたら大迷惑この
 上ない」


「それくらいの自制心は持ち合わせているでしょうよ。それに大山、貴方
 のお子さん…賢いんでしょう?」


「だがもう9時を過ぎておる。我が家の就寝時間をオーバーしておるとな
 ると…今頃グースカしておるやもしれんのだ」


「それならファルケ・キントも大人しくしてるさ。あの子はトチローく
 んを膝に乗せるのを大層好んでいたからね」


「あぁ、じゃあ零も平気。アイツ大人しいから詩集でも読んでるさ。っと
 そうだ! アイツ詩集装備してるぜ。兄貴の20回忌のとき退屈そうにし
 てやがったからさ、古本屋まで引っ張ってって俺が買ってやったやつ。
 兄貴、本が好きだったから、アイツも好きかなと思ったら案の定」


澪が手を叩く。ハーロックはこめかみを押さえた。チタン合金でページが構成されているのならともかく、古書が何の役に立つ。


「──…君に聞いたのが馬鹿だった」


「この駄目オヤジ」


吐き捨て、十四郎の姿が再び森の中に消えた。「ぷっ」と時夫が吹き出す。


「大山も言うようになりましたねぇ。昔は他人事に口出すような人間じゃ
 なかったでしょう。死期が近付いて悟りましたか」


「ときお」


ハーロックは時夫に横目をやる。時夫は慌てて「隊列修正します!!」と素早く前方の星空に消えた。


「ちぇ、ナニが駄目オヤジだよ。別に…俺だってさぁ……あ、もう一個思
 い出した! アイツ栞持ってるぜ。それも、すげぇ良いヤツ。金色で、
 ルイス・ティファニーのステンドグラスを透かし彫りしたような高級
 品。あれは確か」


「……隊列、修正するぞ」


頭痛がする。ハーロックはふわりと身を翻した。




★★★


「さーて、そろそろ0時だな。お坊ちゃん達、もう少しの辛抱だぜ。俺達
 のボスも、じきにこっちに着くからよ」


ゲオルグが腰を上げた。「はいはい」とハーロックは楽しそうにその背中を見送っている。


「俺、楽しみになってきちゃったよ。ゲオルグ、決闘頑張りなね。俺に
 中佐の必殺技を拝ませてよ。ヘブンズ・ゲート・イン・ザ・レインをさ」


たどたどしい発音で単語を数える。『Heaven'gate in The rain』。大容量・高密度のエネルギー光子砲。そんなものを間近で拝んだら。


「……死ぬんじゃないか? 俺達」


「死ぬ」


敏郎が俺の膝の上で俯いた。「死なないよ」とハーロックは悠然とソファに沈む。


「そんなの死なないように拝むに決まってる。ゲオルグは死ぬかもしれな
 いけど、俺達は死なない。大丈夫、トチローも零も俺を信じるなら死な
 せやしないさ」


「だから、根拠ないって」


俺は溜息をついた。敏郎は眠いのだろう。むにゃむにゃと小さく鼻を鳴らしている。やわらかな薄栗色の髪。撫でてやると、子猫のように擦り寄ってきた。


「敏郎は可愛いな」


微笑ましい。ハーロックは「ちぇ」と唇を尖らせる。


「零が来るまで俺の膝が指定席だったのに。そんなに良いのかなぁお前の
 膝」


「さぁ? でも君の膝より広いのは確かだよ。俺、君より少し大きいもの」


何せ4年の歳の差があるのだ。顔を上げ「そう」とだけ言って敏郎がまた丸くなる。「もう!」とハーロックがそっぽを向いた。


「知らないぜトチロー。今度俺の膝に乗りたいって言っても乗せてやん
 ないからな」


「拗ねるなよ。敏郎はまだ小さいんだから」


「ふふん、叡智の使徒『エルダ』の血を引いてても、深夜越えれば眠くな
 るってか。噂じゃ連邦軍時代の大山十四郎は、3日間寝てなくても聡明そ
 のものだったというがね」


「トチローにはトチローのペースがあるの。たとえお父さんでもさ、他人
 と比べるなんてナンセンスだと思わない? ゲオルグ」


ハーロックの瞳に、燈る殺気。「こりゃ失礼」とゲオルグは扉に向かう。


「それじゃあな、お坊ちゃん。俺は行くぜ」


「さよならゲオルグ。それが正解だよ」


ソファに腰掛けたまま、尊大に2本目のシャンパンを抜くハーロック。しゅぽんと景気の良い音が部屋に響く。軋みながら開く扉。ゲオルグの足音。


──…?


僅かに混じる、違和感。ガラスの音がする。それも、小さな。
俺は、そっと敏郎をソファに寝かせて腰を浮かせた。ハーロックも気付いてない。


「どうしたの零。おトイレ?」


「小便なら我慢しろよ。中佐のお坊ちゃん。一度や二度我慢して病気に
 なるようなモンでもないぜ」


ゲオルグが、振り向く。かしゃん、とまたガラスの音。完全武装した彼がどうしてガラス製品なんて身に着けているだろう。けれど、音は確実に彼の腰の辺りから鳴っている。

そう、例えるならお父さまが昆虫採集に使う小さな採集瓶のような。


「──ッ!! 嫌だ!!」


叫んで、俺は扉へと走り出した。「おっと」とすぐにゲオルグの太い腕に抱き留められる。だが、それにも構わず俺は狂ったように叫び続ける。
──腰だ。ベルトに、何か。


「離せ! 離せよ…ッ!! もう嫌だ。何で俺が! お父さまのことなんか
 知らない。俺、なんにも関係ないのに。勝手に連れて来られて。嫌だよ。
 もう嫌。死にたくない、家に帰る!!」


滅茶苦茶に暴れて扉から出ようと駄々をこねる。ゲオルグの腕に力がこもった。肩に激痛。ベルトに、指先が触れた。ショットガンの弾などをはめ込んでおくタイプのベルト。けれど、入っているのはガラスの小瓶だ。
嫌、怖いよと喚きながら。俺の指がぎゅっとそれの先端をつまむ。もう少し。もう少しで…抜ける。


「──っち!! このガキが!!」


次いできたのは──右頬への激しい殴打。身体が宙に浮いて、激しく壁に打ちつけられる。息が止まった。右の鼓膜に痺れが走る。けれど、俺の手の中には確かな収穫。


「ぐ……ッッ…げほッ……」


立ち上がれないまま、俺は床に身体を丸めた。口の中に広がる鉄の味。鼻がつんとする。頬を打たれた痛みに、涙が出た。


「ゲオルグ!! 貴様ぁあぁあぁッッ!」


ハーロックの地を蹴る音。敏郎が「待て」と制止するよりも速く、その脚がゲオルグの腕に振り下ろされる。めきぃと肉を打つ音。低く、ゲオルグが呻いた。


「……重力ブーツか、お坊ちゃん」


「言ったはずだぜゲオルグ。俺は俺の友達に、危害を加える奴は許さない
 と!!」


「そんな幼い身体で使えば……ただじゃすまねぇ。大した度胸だぜ」


「度胸のストックならまだあるぞ。試してみたいか?! ゲオルグ!!」


ひゅ、と脚を引き、そのまま構えるハーロック。未完成ではあるが、あの構えはムエタイかキックボクシング。細身の身体で重量級に対する戦闘技術を彼が間違いなく身につけている証拠だ。


「は…ハーロック……や、めろ……。怪我、する」


一言喋るごとに切れた唇が痛んだが、それでハーロックの闘気が薄れた。
「零」と小さく漏らしてゲオルグを睨む。敏郎がソファから飛び降りて、
俺の顔を優しく包んだ。


「大丈夫。骨は……折れてない。ハーロック。もう、良い」


「運が良いねゲオルグ。トチローと零に感謝しな」


戦闘解除。たった6歳の身の上で、彼は実に堂々と言い放った。「そうするよ」とゲオルグは痛めたらしい左腕を庇う。


「全く、全く末恐ろしいお坊ちゃんだ。それに比べて──…ふん、名門
 ウォーリアス家も先が見えるぜ」


「………」


俺は俯いたまま返事をしなかった。こんな時に何か言うのも馬鹿らしい。
それに、お父さまこそがゲオルグの『ウォーリアス』なら、もう他の誰も彼の『名門』には為り得ない。あの人の…純血主義のウォーリアス家で唯一、極東の果てから来た混血児のあの人こそが、ウォーリアスでは異端だったのだから。


扉の閉まる音。瓶を抜き取ったことはばれなかった。取り敢えずは、それで良い。俺は安堵の息をつく。


「零…ゼロ! 平気か? 怖かったなら、そう言って良かったんだぜ。そ
 んな、ぎりぎりになるまで我慢しなくたって」


「ハーロック、無茶を」


敏郎の咎めるような声。「ごめん」とハーロックは無邪気に舌を出し、俺の前に膝をついた。


「起きられるか? あぁ、ほっぺた真っ赤だ。唇も。なんか冷やすもの
 ないと。トチロー、悪いけど俺のハンカチにシャンパンクーラーの氷を
 入れて」


「ん」


ハーロックからハンカチを受け取り、とたとたと敏郎がシャンパンクーラーの中を漁り始める。優しく抱き起こされ、俺はそっとハーロックの肩に額を預けた。


「……君は、強いなハーロック」


何も怖いものなんかないみたいだ。きっと君は、大人になってもそのまま。
強く、雄々しく宇宙最強の男になる。

……俺は。


ハーロックの手に、瓶を落とした。「ん?」とハーロックが瓶をつまみ上げる。


「ん」


瓶と思えたのは、何かの薬品を湛えた緑色のアンプルだった。短い俺の返事の間に、ハーロックは何か言いたげにくるくると表情を変え、最後に俺をぎゅっと抱き締める。


「お前だって…強いさ、零」


敏郎がとたとたと戻ってくる。「トチロー、零がこれ」とハーロックの意識が俺から離れた。

彼の肩に額を預けたまま、ほんの少し、俺は笑った。
















●久々に子供達。



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