『トチロー受難の日』



★★★


「なんだって?」

トチローは少し、どころかだいぶショックを受けているらしい。
ヤッタランはそれでも、至極冷静に艦の状況を報告する。

「だーかーらー、メインのコンピューターのある一部が何らかの理由で
 シャットダウンしたらしくて、ほとんどの空調機器があかんようなって
 しまったんや」

「気がつかなかった・・・いつから駄目になってるんだ?」

「まあほんの数時間ほど前やから、今は、そんな言うほどアクシデントは
 ないけどな。ただ季節が季節やからなあ」

そう。今の季節は真冬に近い気候である。
ほおっておくと、冷蔵庫並みの気温になるだろう。
はっきりいって寒いのが苦手なトチローは軽く身震いをした。

自分が設計し完成させたアルカディア号。
ちょっとやそっとじゃ壊れないと自負しているが、最近やたらと戦闘が多い。
それにわが親友ハーロックはすぐ前線のど真ん中に行くことを好む。
いくら頑丈だとはいえ、毎度毎度だと必ず後でこういう風に何かが壊れる。

トチローはふうっとため息をついた。

「分かった。とりあえず見に行こう。このまんまじゃ、俺たち、凍え死ん
 じまうよ」

「そうやなあ。かろうじて室内は25℃前後を保っておるけど、それも
 時間の問題やな」

ヤッタランも身震いをする。
トチローよりは寒さには勝っているつもりだが、だからといって好きなわけがない。
手先もかじかんでは、大好きなプラモ作りもスムーズには進めない。

「さて。行くか・・・。ヤッタラン。一応進路見といて」

「分かった。行ってらっしゃい。そうや。メイン室はかなり冷えてるからな、
 あったこーして、行きや」

ヤッタランはそれ以上振り向かず手だけを振って、トチローを見送る。
今までトチローが座っていた操縦席に座り込み、どこからともなく取り出したプラモを置くと上機嫌で作り出す。
そこへシュッとドアが開いて、黒いマントをなびかせながら、ハーロックが入ってくる。
同じ男なのだが、いつもながら音がなく、どことなく優雅を思わせる仕草である。
だが、慣れっこなヤッタランはハーロックの顔をちらりと見ただけで、己の手は止めず「よう」と声を掛けただけだった。

「・・・トチローは?」

ハーロックは機関室をぐるりと見渡すと、お目当ての人物の名を言う。
一日にこの名前を言わない日など、決してない。
気がつけば、数え切れないほど言っているんじゃないかとおもったが、あえてそれについて深く突っ込まないことにした。
精神衛生上。

「いま、メインコンピューター室に行きはったけど?何か用でもあった?」

「・・・いや。何か極端に部屋の温度が下がったような気がしてな。やっぱ
 りトラブルか?」

「一部がなにやら破損したらしくて、温湿制御システムがうまくいかんくて
 トチローはんに見に行ってもらってんやけど?」

「・・・そうか」

ハーロックはそれを聞いて、思案していたが急に踵を返す。
行く方向を見なくとも分かる。
ヤッタランは相変わらず顔を上げずに、「あったこうして、行きや」とだけ告げた。



★★★

メインコンピューター室は、やっぱり寒かった。
ここから急激に温度が下がっているようだった。
トチローはせめてコートぐらい持って来れば良かったと後悔をしていた。
だからといって、いまさら取りに帰るのも面倒だし、それにこれぐらいのメンテナンスならほんの数分で済むと。

「あちゃー。結構派手にやられたなあ・・・」

と、己の甘さを今更ながら身にしみていた。
一番メインの制御システムの破損が見受けられる。
これでは、艦全部の温度を管理することは出来ない。
せいぜい個室の温度をなんとか保つことは、可能だが。それでも数日持つかどうかだ。

「・・・うーん・・・」

トチローは部品を一個取り出すと、自分の両手に乗せて唸る。
中の線が切れてしまっているのだ。
分解して繋げることは可能だが、非常にデリケートなので繰り返し作業することはやめておいたほうがいい。

「こりゃあ、丸ごと交換だな・・・」

「そんなに酷いのか?」

「!!!」
急に自分以外の声が割り込んできて、トチローはのけぞるほど驚いた。
危うく部品を落とすところだった。

「は、ハーロック・・・か。脅かすな」

「脅かす?・・フッ。すまなかったな!」

ハーロックが苦笑いを見せ、眼を伏せる。
だいたいこの男は気配があまり無い。
トチローかて、エルダの称号を貰った男だ。
そんじょそこらの男とはわけが違う。違うはずなのだが、ハーロックは生まれ持っての天性があるのだろうか。

「ほら。寒いだろうかとおもって、コートを持ってきた」

「ああ。サンキュー」

ハーロックがトチローにコートを掛けてやる。
正直ありがたかった。
寒がりなトチローにあわせて、ハーロックが用意したコートは中はふかふかで、フードまでついている。
じつは女物なのだが、色がシックなものが幸いしていまだにトチローは気がついていない。
デザイン的に女物なのだが・・・(ヤッタラン談)

「で、どうなんだ?」

「ああ。これなんだが、こいつがどうもいかれちまってね。交換しないと
 駄目だな」
そういってハーロックに手渡す。
それを片手で受け取る。

「これを交換しないと、俺達は冷蔵庫の中に缶詰状態になってしまうと言う
 ことか?」

「いやあそこまではひどくない。とりあえずこいつを仮に直せば、そうだな
 あ五日はもつんじゃないか?艦全体を管理することは不可能だが必要最
 低限な部署までは回復する。部品をどっかで新しく交換すれば、万事OK
 だ」

「分かった。では、船の針路を変更しよう」

「じゃあ惑星エーダが良い。あそこなら多少値が張るが、良いものが揃って
 いる。ついでになにか掘り出し物があるかどうか覗いてみたい」

トチローは寒いのかフードまで深くかぶると、両手をポケットの中に入れる。
吐く息が白く見える。

「・・・ここからならちょうど五日後か」

ハーロックはそれに気がつき、そっとトチローの髪を撫でてやる。
乱暴に被ったせいで髪がはみ出ているのをフードの中に押し込んでやる。

「さて。俺はそれを直しておくよ。ハーロック、針路変更を頼む」

「分かった」

そういってハーロックは出て行く。
トチローは寒さでかじかむ手をなんとか奮い起こし、配線を繋ぎとめる。
かなり寒かったが、コートのおかげでなんとか無事に作業は終えた。
ほっとため息をつき、メインパネルを開け設定しなおす。
とりあえず機関室と、メンバーの個室を優先的に温度設定を確保する。
が、そこまではスムーズだったが問題がおきた。
なんと己の部屋だけはどうしても復旧できないのだ。
確かに自分の部屋は改造しまくって、特別な機械やらなにやら置いてあるためほかの部屋よりは電源の供給が複雑になっている。
ようするに満足に供給されないため、足りないためうまくいかないのだ。
これでは完全に直るまでは、この寒さを我慢するほか無いのだ。
一瞬暗くなりかけたトチローであった。

寒さが苦手な俺に、五日も我慢だなんて!

考えただけでも、ぞっとする。

仕方がない。五日間だけでも、機関室で過ごすか・・・。

ゆっくり出来ないが、寒さと戦うよりはましか。
がっくりと肩を落として、機関室に戻る。


そこにはハーロックが待ち構えていた。

「直ったか?トチロー」

「・・・あぁ・・・」

「それにしては、浮かない顔だな?親友。何か新たな問題か?」

「いやあ・・・俺の部屋だけ復旧出来ないんだよぉ・・・。五日も、だ。
 しばらく俺は機関室で生活する」

「何だ、そんな事か。・・・しばらく俺の部屋に居ろ!」

「え?」

トチローがきょとんとする。

「お前一人ぐらい構わんさ。しばらく俺の部屋で過ごせ」

そう言って、小さく「別にずっとでも良いのだが」と言う。幸いその独り言は誰にも聞かれてはいなかった。
そして、自分より二回りも小さい親友の肩を抱くと目線を合わせて、腰を落とす。

「いいのか?ハーロック」

「いいも何も。俺が断る理由などは無い」

二人の間になぜか見えないはずのスポットライトが見えたような気がした
ヤッタランだった。
やはりハーロックはトチローには甘い。ゲロ甘だ。
と、いうわけで彼はハーロックの部屋にほんの数日お世話になることになった。



★★★

「お前の部屋に寝るとはなあ」

トチローが頭を拭きながら、ベットにどさっと座る。
夕食を食べた後、強制的に風呂に入らされ、理由が冷えるといけないからだという。
まあおかげでかなりあったまった。
風呂嫌いなトチローだが、暖をとる意味での風呂は嫌いじゃない。
体の心からぽかぽかあったまるから、けっこう好きだ。

「大の大人の男が二人で、一つのベットで寝るなどと不健康だとは思わんか、
 ハーロック」

「仕方ないだろ、トチロー。数日の間だ。わざわざ寝具を用意させるほどで
 はない。それに、俺のベットは広い。一人ぐらい増えたとしても、よほど
 寝相が悪くなければ下に落ちることは無い」

そういってワインをグラス二つに注ぎ足すと、一つをトチローに渡す。
小さな手はそれを両手で受け取ると、こくりと一口含む。
小さな喉がうまそうに音を立てた。
ハーロックもトチローの横に座ると、上品に一口飲む。
甘い味と香りがふわりと満足感を満たしてくれる。

「うーん。うまいなあ。体もあったまって、そのうえ美味い酒ときたら、
 その次は良い女でもいたらいいのだがなあ!」

「・・・エメラルダスの事か?」

「・・・冗談、だよ。そんな怖い顔すんなよ」

そう言って屈託無く笑う親友。
ハーロックは気づかれぬようそっと親友の顔を見ていた。
年はほとんど変わらないはずだが、身長の差だろうか。どう見ても幼く見える。
これで頭脳は想像がつかないほど恐ろしいぐらい知識が詰め込まれている。
どことなく幼子を思わせるつたない表情でも、時と場合には屈強な男をたじろかせるほどの凄みを持つことがある。

不思議だ。
ハーロックはそう思った。
本当に大切なかけがえの無い、無二の親友。
その思いが、いつしか友情を超えたものになるにはそう時間は掛からなかった。
気がつけば彼に触れている自分が居る。
彼は、エルダ。特別な生命体。この広い宇宙で、20人しかその生を許されていない特別な、人。それを人として、読んでいいのか。
それでも、彼はこうして今私の横に居てくれる。

彼が、エルダだから求めたわけじゃない。
彼が、トチロー。大山 敏郎、だからだ。

不思議な思いをしながら、ハーロックはもう一度トチローを見やる。
彼はすでに、ワインを飲み干していた。
甘党な彼はこのワインが気に入ったらしい。

「ハーロック。これ、もっと飲んでいいか?」

「・・・ああ、だが、あまり飲み過ぎるなよ?おもったよりアルコールが
 きついからな」

苦笑しながら、一応ハーロックは釘をさしておく。
そうしないと、彼は許容範囲を簡単に超えてしまうだろう。
さほど酒にも強くないのに。


結局二人が寝床に着いたのは、ワインを2〜3本ほど空けた後だった。
やっぱりトチローは気に入ったのかがんがん飲んでいた。
ついつい飲ませてしまうハーロックもハーロックだが。
アルコールでほろ酔い気分な親友をシーツの中にそっと寝かすと下に落ちないように壁側に押し込む。
その横に音も立てずに滑り込むと、彼を抱きしめる。
彼からは洗い立ての髪の匂いと、ワインの甘い匂いがした。

「んん・・・ハーロック。苦しい・・・」

トチローは少し身じろぎをする。
少し力を入れすぎたのだろうか。
ハーロックは腕の力を抜いたが、それでも彼を放さなかった。
小さな頭を撫でてやり、キスをした。

親愛な意味を込めて。

「トチロー・・・」

「ん・・・・」

彼が眼を閉じながらでも律儀に返事を返してくれる。
寒いのか小さな体を摺り寄せてくる。
その仕草がいとおしくて、笑みが浮かんでくる。
頭を撫でてやりながら、ハーロックは耳元に唇を寄せると低く囁いた。

「俺の、無二の親友トチローよ。どうか、俺を置いていかないでくれ・・・」

それは切実な願いにも似た、懇願。
ハーロックは知っていた。
エルダ。
特別な生命体は、その知識ゆえその特別な存在ゆえ、あまりにも薄命だということを。
いつか彼は自分を置いてくるだろうということを知っていた。
知っていて、そう願う。
それはエゴだろうか?
トチローにそう願うのは、残酷だろうか?
くるりとトチローが体を反転させた。
それでハーロックと向き合う。
眠りに入りつつあったはずの親友の顔は、すでに覚醒していたらしい。
いまの言葉で眠気も吹っ飛んでしまったのだろうか。

「・・・・ハーロック・・・お前・・・」

トチローの声が震えている。
知っていたのか?と。
ああ、と頷いてやると無言になった。
言うべき言葉を失ったのだろうか。
それでもハーロックはトチローの頭を優しく撫で続けた。
こうして彼に触れることは、これから先どこまで続くか分からない。
それでも残された時間、こうして触れるのを許してくれるだろう。

「・・・・そうか・・・」

ぽつりとトチローが呟く。

「知って、いたのか?何時から、だ?」

「君がエルダだ、と知ったときから。非常に無粋かとおもったんだが、少し
 調べたんだ。エルダについてな」

「お前には悪いかなと思ったが、結局黙っていたほうがいいかとおもったん
 だ。お前には負担にしかならんと思ってな」

「・・・お前は、非常に優しい、優しくて、非常に、残酷、だ」

そう囁いて頬に掛かった髪を撫でてやる。
触れた体温はいつも以上に熱い。
きっとアルコールのせいだ。
トチローは酒にはそんなに強くない。
加えて眠気もあるんだろう。体がいつも以上に熱い。
それでもハーロックは離しはしなかった。
いつもより気温が低い艦内は、こうして身を寄せていた方が良い。

「俺が、残酷、だと?」

「お前のことだ。きっと、俺に黙って逝ってしまうつもりなのだろう?友の
 死も見守れないことが、俺にとって苦痛以外何者でもない」

「そんな事!・・・俺は、お前に死に水を取ってもらうため親友をやってい
 るんじゃない。お前は、俺の夢。お前が宇宙一の最強の男となることが、
 俺の夢、なんだ」

「ならば」

ハーロックはトチローをもう一度強く抱きしめた。
二人の距離がぐっと近づく。
お互いの吐息が触れるほどまで、顔が近づく。

「こうしていることは、許してくれるか?友よ」

「・・・ああ」

あきらめたのかトチローはそのままハーロックに擦り寄った。
首筋に縋り付くと眼を瞑る。
ハーロックはそっと彼の小さな背を撫でてやった。
本当に小さな親友。
このまま己の腕の中にずっとしまうことが出来たら、どんなに幸せだろうか。
だが、いつかは彼は旅立つだろう。

俺を置いて。
そして、俺の知らないところで死んでしまうのだろうか。
そう思うと、ハーロックは言いようのない感情が広がったがあえて気がつかない振りをした。
そして目を閉じた。














アクセス解析 SEO/SEO対策