花と湯・6
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★★★ 「──敏郎、入るぞ」 ドクターが障子を開ける。石倉はその背に続いて部屋の中へと足を踏み入れた。目の前には一応履き物を脱ぐための土間が設けられている。上がり框の向こうには、もう一枚障子。けれど、それは石倉が敏郎を寝かせて出て行った時のまま、開ききっている。 「ご苦労さん」と、布団から上体を起こした大山敏郎が、明るく手を振って きた。 「ドクター、せっかく来てもらったのに悪いけどな、もう何ともないよ。 ちょっと湯冷めしただけだったんだ。親切にも地球連邦独立艦隊が運んで くれたけどさ。いや、さすがは庶民の味方、公務員」 「茶化すな。お前、辛そうだったじゃないか」 ──スリッパなんか履いていないのに。石倉は御影石の敷かれた土間を居心地悪く踏み、上がり框に腰かける。 「さ、ドクターにきちんと診てもらえ。せっかく呼んで来たんだからな。人の 好意は無にするもんじゃない」 ドクターの手を引っ張って、敏郎の前へ押し出す。「やれやれ」と禿頭の老人は後頭部を掻きながら敏郎の右手を取った。 「……確かに冷えとるな。湯冷めというには冷え過ぎだ。敏郎、お前ももう 少し自己管理が出来んとな」 「それはお騒がせだったねドクター。でも、もう何ともないよ。そこの副長 補佐には悪いけどさ」 敏郎が、へら、と笑う。──そんなわけない、と石倉は口元を引き結ぶ。無限零度の体温。確かに人ならあり得ない。けれど、それは本当に“人”ならば、という前提があってのことである。敏郎の仲間であるドクターには遠慮して言わなかったが、石倉は心の中で呟いていた。 ──“エルダ”は普通の知的生命体じゃない。そんなの、宇宙の常識じゃないか。 宇宙にたった20人の叡智の使徒。彼らを育む生態系は多岐に渡り、その種も、各々の生活レベルもまちまちである。それなのに、彼らは共通して通常の知的生命体を遥かに凌駕する超頭脳を有するのだ。いつの時代も20人という定数を 超えることなく。 ──…艦長はヴァルハラ試験で定数を決めてるからだって言ってるけど。 そもそもその試験を行っているとされるヴァルハラ星雲の座標さえ、知るものがいないのだ。不透明なシステム。その中で認定される天才達。 ──それが自然発生したものだなんて、誰に言える? そこまで考えて、少し自分が嫌になった。こんな考えこそが冒涜である。敏郎に対する、そして、敏郎を評価する零に対する。 零。零のような男になれたら──それが石倉の目標であり憧れだ。 それなのに、零のような大らかさも、副長・マリーナのような慎重さも持たない自分。──こんなことで本当に。 「じゃ、ワシはキャプテンに報告に行こう。敏郎、酒でも飲んで体を温めて おかないと。風邪引くぞ」 「あぁ、あんまり大袈裟に言うんじゃないよ。アイツ、うるさいから」 「そうしてやりたいところだが、そうもいかん。お前のことは何でも大袈裟に 言っておけ、とDrジャック・クロウヴァにも言われとるしな。お前ももう 少しキャプテンに甘えたらどうだ」 「冗談。甘やかしてもらうために親友名乗ってんじゃないんだよ、ドクター」 「ふん、そうだったな。厄介な関係だよ、この艦の連中は」 ドクターが立ち上がり、そこで石倉は我に返った。顔を上げると、敏郎が「ばははーい」とドクターを見送っている。立ち上がるタイミングを完全に外し、石倉は仕方なく足を組んだ。 「ま、まぁ、何事もなくて良かったな。本来なら敵同士、こうして話をする こともないが──」 「立つタイミングを逃したんだろ。良いさ、別に零に言いつけやしないよ」 布団を胸の上まで引き上げ、膝を抱える敏郎。豪華な羽布団だ。残念だが公費で泊まる自分達とは比べものにならないくらいの。 「海賊暮らしというのは、さぞかし気楽なのだろうな。良い部屋に泊まれるし、 120円のイチゴ牛乳だって飲めるんだろう?」 「酒、飲むか? それともお茶の方が良いか。何といっても公務員だからな、 お前」 「──人の話を聞いてないのか?! 三下だと思って馬鹿にして!!」 思わず声を荒げて畳を叩く。病人相手に大人げない、と即座に反省。敏郎が きょとん、と石倉を見つめた。驚いたように見えても表情がない。それが、少しだけ渡り廊下で見た少女の面影と重なった。──あの、女神のように不可思議な。 「……別に、三下だと思って馬鹿にしているわけではないぞ、副長補佐」 部屋に設置されているポットとインスタントの日本茶パックを引き寄せて、 敏郎がお茶を淹れる。陶器の湯飲みを差し出されて、石倉は大きく息を吸い込んだ。インスタントではあるが、確かに緑茶の匂いがする。 「すまん。俺も、こんな風に大声を出すつもりはなかったんだ」 溜息のように吐き出す。庵のような部屋。あるのは和製のテーブルと敏郎が寝ている一組の布団だけ。こぢんまりとしていて簡素である。明かり取りの窓からは、淡い湯気と桜の香り。 「落ち着いた部屋だな(布団が一組なのが嫌だけど)。ハーロックは、本当に お前を大事にしてるんだろうな」 「──…かもな(布団が一組なのは嫌だけど)。アイツはあれで友人の少ない男 なんだよ。だから、ついつい過保護になりがちだ」 「少ないのか? そうは見えない」 ──あんなにも良い仲間達に囲まれて。敵であるはずの零に向ける口調や、敏郎に見せる笑顔があんなにも人懐こいのに。 認めたくはないが、と付け加えると、敏郎がふと湯飲みを持ったまま真剣な表情になる。 「──…頂点を目指す男というものは、得てして孤独なものだ。ハーロックの アレは人間であるための防衛規制だよ」 「人間で、あるため?」 「そう、強過ぎるということは、何にせよ良いことばかりじゃない。他の人 より多くのものを背負い込まねばならんこともある。ハーロックの強さは 天賦の才だ。常人なら、同じだけの努力をしても宇宙最強の夢なぞ見られ ない」 ──ハーロックにとって、そこいらの戦士は獣と同じだ。それも、ただの野良犬だ。 敏郎が、きゅ、と唇を噛み締める。強過ぎるということ。心も体も強いということ。それならば零だって、と石倉は思う。 「──でも、艦長はハーロックにとってライバルだろう? 獣と同じじゃない はずだ」 「そうだな。だから零はいつも寂しそうだ。お前達という仲間がいるのに、 いつも一人の顔をしているぞ。疲れてるだろう。アイツ」 「そ──それは」 その通りだ。零はいつも一人きりの顔をしている。機械化人を生身の人間の諍いを目にするたびに、石倉やが平静さを欠くのを艦長席から見下ろすたびに、どこかもどかしげな遠い目をしている。 「隣人が己と同じ魂のレベルでないということは、人によってはただそれだけ で心的疲労を生じさせる原因にもなる。正直、お前達を愚弄するわけじゃな いが、『火龍』は全てが未成熟だ。未完成な赤ん坊のようなものだ。それだけ に成長が楽しみでもあるが──」 ──育てていくのは大変なことだ。敏郎は言葉を切って溜息をついた。熱い茶を飲んでいるせいだろうか、頬に幾分か血色が戻ってきている。石倉は、ぎゅ、と膝を掴んだ。 「そんなに、未熟か。俺達は」 零を疲弊させるほど。機械化人に生身の人間が抱く憎しみが、機械化人が人間に抱く蔑みが、零を必要以上に消耗させている。そんなことは誰だってわかっているのだ。 けれど、それでも止められない。零の身を案じながらも、故郷を蹂躙した侵略者達を憎む心を鎮めることは出来ないジレンマ。それを未熟と言われるのなら。 「そもそも俺達は、艦長と行動を共にする資格がない、ということか」 あの人は、誰よりも人の持つ“理想”に近い。 「人は──いや、知恵有る者の殆どが、最初から完成品として生まれてくる わけじゃない。だから、迷い、戸惑うことは必要なのだ。未熟であるという ことは人にとって不可欠なんだ。いずれ大きくなるのに必要なんだ。だから、 そういうのは結論を急ぐようなことじゃない」 「でも、艦長は確かに疲れているんだ。俺達は、艦長より劣っているのを 知っているから、せめてあの人に休みをとって欲しかったけど、ハーロック が現われてしまったらそれも出来ない。本当に、間が悪い」 「………そうか」 敏郎が俯く。何も彼に非があるわけではないのだ(彼もまた相当の賞金首ではあるのだが)。いかに彼が“エルダ”だったとしても、『デスシャドウ』の主はハーロック。彼が決めた針路ならば、敏郎とて付き従う以外にないだろう。 それでも。彼がハーロックの意思を変えられる数少ない人間であるということは間違いがない。否、ひょっとしたら唯一の。石倉は敏郎を見つめる。 まだ少し蒼白い顔。(それでもさっきよりはずっと良い) 低い体温。(けれど何でもないとドクターは言ってた) 病かもしれない。(でも何でもないと本人が言ってる) 病なのか? (ガンフロンティアでは健康そのものに見えたのに) でも、今は落ち着いて見える。(さっきは本当に冷たかった) 出て行ってくれと頼んでみようか。(やめておけ。それはあんまりに卑怯だ) “エルダ”の魂には人に対する絶対的慈悲が組み込まれているという。(でも) ちゃんと説明すれば理解を示してくれるだろう。(だけど) 艦長の安息を願う俺達クルーの気持ちを。(何てエゴイスティックな) 何にしても彼は叡智の使徒なのだ。(安易に人の頼みを蹴るようなことは無い) 頼んでみようか? (やめておけ。それは人の本能につけ込むこと) 頼んでみよう。(卑怯者!) だって、あの人のために他に出来ることなんか無いじゃないか!! 「──ッ! 頼む!! ここから即刻出て行ってくれ! 艦長には知られないよう に!!」 ば、と石倉は正座して頭を下げた。額に当たる畳の感触。卑怯者、と警鐘のように胸の中で鳴り喚く声。卑怯者卑怯者卑怯者卑怯者──!! 「わかってる! 俺がどれほど身勝手な願い事をしているか。どれほど利己的 な頼み事をしているか。ドクターが何と言おうとさっきのお前は健常じゃな い!でも、出て行って欲しいんだ。ここから消えて欲しいんだ。艦長がハー ロック追討の作戦を練り上げる前に──あの人が休養することを忘れてしま う前にあの人の視界から消えてくれ。いなくなってくれ、頼む!!」 何度も何度も畳に額を打ち付ける。けれど、痛むのは額などではない。こんなことを、こんな風にしか懇願出来ない己の無力さに胸が痛い。敏郎を、一度は 倒れた人間を思いやってやれない己の小ささに心が痛い。 「お願いだ大山敏郎! お前が本当に叡智の使徒を名乗っているのなら理解 出来るはずだ。確かに俺達は未熟で、艦長は孤独だ。でも、だからこそ 俺達は艦長の疲労を癒せる機会を逃したくない。今度だって、ようやくの ことで連れ出したんだ。次の機会なんて無いかもしれないんだ!!」 「………」 敏郎は沈黙している。考えているのかもしれない。石倉の卑小さを憐れんでいるのかもしれない。大きく分厚いレンズの眼鏡をしているせいか、表情が読めない。 「……わかった。海賊と艦隊では行動の自由度が違うからな。今夜のうちに この星を出るようハーロックに打診してみよう」 やがて、吐息のように落ちた言葉。石倉は「すまない」ともう一度頭を下げた。 「…──!! 感謝する! ガンフロンティアでは無礼をしたというのに……!!」 「いや、もう良いんだ、そんなことは。それより、そろそろこの部屋を出た 方が良い。Drゼロがハーロックに報告すると言っていたし、アイツはお前の こと良く思っていない──」 ず、どどどどどどどどどどどどどどどど……!! ──んだ。敏郎の台詞が終わる前に、渡り廊下に地鳴りを響かせて近付いてくる足音。それは光速とも呼べる速さで近付き、やがて、どぉん、と乱暴に障子が倒される。 「いぃぃぃしぃぃぃくぅぅぅらぁぁぁぁ──ッッ!!」 ごふしゅぅぅぅぅ、と暴走猪のごとき荒い息を吐いて、現われたのはハーロック。全身から何やら蒸気を発し、腰にタオル一枚というあられもない姿で三和土に仁王立ちする。 「は、ハーロック!!」 石倉は思わず腰を浮かせた。体が勝手に避難場所を求めている。それは、心よりも先に本能的恐怖に支配された何よりの証。 「ち、違うぞ。今回は──!」 「貴ィ様ァぁぁぁッ! またしてもトチローに手を出しやがったなぁぁぁ あ!!!」 ずんずんと距離を詰めてくるハーロック。「よせ」と敏郎が布団から這い出た。 「お前、何か早とちりをしておる。こいつは俺をここまで運んで」 「知ってる、ドクターに聞いたよ。運んだんだってな! 抱っこして!! 何て 卑怯で卑猥なやり口だ、だから軟弱な美形は油断がならない!!」 ハーロックの手が石倉の胸ぐらを掴み上げる。抱っこして運ぶことの何が卑猥で卑怯なのかはわからない。けれど、宇宙最強に名乗りを上げるこの男が、烈火のような怒りを向けているのは間違いなく自分なのだ。石倉は金魚のように口をパクつかせた。 「び、び、美形っていうならお前だって──!! お前は油断がなるっていう のか?! 2人で泊まる部屋に布団一組しか置いてないくせに」 「何だと、三下の分際でこのハーロックに口答えか。良い度胸だなぁ 貴様ァ──!!」 「──…確かに、ハーロックも油断のならん男だな」 冷静な、至極冷静な敏郎の言葉がハーロックの動きに歯止めをかけた。石倉から手を離し、「トチロー」と海賊騎士が涙目になる。 「ゆ、油断がならないって……お前、俺のことをそんな目で見てたのか」 「ふん、本当のことだからしようがないだろうに。布団が一つに枕が二つだし。 部屋に露天風呂がついてるし。離れだし。温泉旅行にかこつけて、一体何を 狙っておるのか、と誰だって疑問に思うだろうさ」 「だって……真の友情を築くためには布団が一つに枕が二つ、キッカの契りで アケノカラスの一声聞けば、ライセは仲良くツガイビナなのがニホン風 だって──前に魔地が」 先程までの怒りが一転、敏郎の前では飼い主に叱られた子犬のようにしょぼくれる。しかし、「馬鹿」と敏郎は容赦なくハーロックの額を指先で弾いた。 「魔地は馬鹿だ。しかもオヤジだ。アイツの言うことは8割嘘だ。何が菊花の 契りだ。明けの烏だ。そういうのを衆道というのだ。陰間だ。男色だ。わか り易く言うならホモダチだ。おまけに来世は仲良くつがい雛というのは心中 するときの決め台詞だ。俺とオカマを掘りあった挙げ句、心中するかね? ハーロック」 「……それは……嫌」 それなら、と敏郎がハーロックの肩を叩く。 「至急布団をもう一組用意させろ。あとちゃんと浴衣も着れ。仲居達やヤッタ ランがいらん邪推をするど。大変に不名誉だど」 「わかったってば。言うとおりにするよ、トチロー。だからお前も布団に戻れ」 親友の小さな頭を優しく撫でて、ハーロックが背を向ける。どうやら怒りは すっかりと収まったようだ。助かった、と石倉は胸を撫で下ろす。 が、安堵もつかの間、ぐい、と帯を引っ張られてつんのめる。見れば、ハーロックがしっかりと石倉の浴衣の帯を捕まえていた。 「貴様も一緒に出るんだよ、副長補佐!」 「おいおいハーロック、そんな手荒な」 「いいやトチロー。お前が何と言おうとも、俺はこいつが気に入らないね! お前が倒れた以上、零達には何としてでもこの星を出て行ってもらう。 零と酒が飲めないのは残念だけど、俺を討伐する任務を負った男がいちゃ、 おちおち休養させられないからな──おい、『火龍』の副長補佐殿!!」 ぐ、と胸ぐらを掴まれ、ハーロックの顔が間近に来る。端正な顔からあからさまに滲み出る嫌悪の表情。この男は、心から石倉を嫌っているのだ。 「貴様も高級将校の端くれなら、伝令くらいには使えるだろう。零に伝えろ、 今から一時間以内に『ゲロー』から離脱しろ。そうすれば今度だけは見逃し てやる、とな。言っておくが、デスシャドウ号は今も『ゲロー』の大気圏外 を哨戒飛行している。ステルス迷彩を使ってるから『火龍』のレーダーでも 探知出来てないだろうが──…いつでもヤれるんだぜ、俺達は」 鬼神そのものの眼差しで。薄い笑みさえ浮かべ、低く恫喝するハーロック。石倉の背に、冷たい汗が流れていった。何という殺気。何という威圧感。これが──。 ──数多の戦士を野良犬のように退ける男の顔。 こちらが本当のハーロックなのだ。石倉は本能的に察知する。あの笑顔は、人懐こい態度は、確かに彼の表層に過ぎない。真実の彼は、こんなにも昏く、こんなにも熱く、そして。 こんなにも、こわい。 「あ──……!!」 石倉は身震いした。全身に恐怖が広がる。がくがくと膝が鳴る。何という存在と対峙しているのだろう。彼はまさしく戦うためだけに生まれてきた存在なのだ。 引かなくてはならない、と全身の細胞が叫ぶ。こんな男とまともに向かえるのは、限られたごく少数の戦士だけだ。ほんの一握りだ。零。零でもない限り、ハーロックとは。 ──艦長!! ふと、脳裏に零の顔が浮かんだ。ウォーリアス・零。勤勉で、聡明で、 誰よりも優しい理想と信念を持った男。 彼のために生きて、彼のために死のうと決めた。彼が頂点に立つためになら、 その礎になることなど何でもないと。己の捧げうる全てを彼に捧げようと。 ──あの人が。 笑って、いけるなら。最愛の妻子を奪われてなお、機械化人に憎しみをぶつけなかった人。 憎しみを、先へ進むための力に変えていける人。 尊敬し、傍にいたいと熱望して止まないというのに。 ──ここで、引いたら何にもならない!! 「──ッ! 離せ! 海賊め!!」 渾身の力を込めて、ハーロックの腕を振り解く。その反動で畳の上に倒れ込んだが、石倉はハーロックから視線を外さない。 「たとえ未熟な赤ん坊程度だったとしても、俺は『火龍』の副長補佐! 地球 連邦に籍を置く将校だ!! 地球を捨てて略奪行為を行うような海賊ごときの 言いなりにはならない!」 「おぉ、偉い」 敏郎が背後で気の抜けた拍手をする。言葉に全く抑揚がないが、一応感心しているらしい。しかし、一方ハーロックはといえば、ぴくりと片眉を上げたのみ。 「ほぅ」と小さく呟いて、どすどすと部屋に上がってくる。 「いーぃ度胸だなぁ。未熟な赤ん坊がそこまで吼えるとは正直思わなかったぞ」 「おいこらハーロック。そんなに脅しては」 「黙ってな、トチロー。俺はどうしても零達には引いてもらわなきゃならん。 そして、『火龍』の副長補佐、貴様はどうしても俺達に引いてもらいたいの だろう? どちらにも相応に譲れない理由がある──ならば手段は一つしか ないな」 途中敏郎を布団の中に押し込み、ハーロックは部屋の隅に置いてあった手荷物を漁る。「乱暴な奴だ」と、敏郎が布団の中で頬杖をついた。 「全く……何かというと血気にはやりたがるのがお前の悪い癖だなハーロック。 銃剣を振り回しても事の根本的な解決にはならないぜ」 「銃剣?」 どういうことか? と敏郎に問いかける前に、重力サーベルの切っ先が鼻先に 突きつけられた。「トチローから離れろ」と、頭上から低く恫喝される。 「ハーロック、よせ」 「いいや、トチロー。お前が何と言おうとも、俺はこいつが気に入らないね。 お前を縄で戒め、お前を尋問にかけたこの卑怯な男。だけど、たった一つ 譲歩してやっても良いところがある」 「譲歩だと? 海賊の貴様に譲歩されても──」 「そうさ、俺が譲歩してやっても良いというのは、貴様のまさにそういう ところさ、副長補佐殿」 鼻先に突きつけられた重力サーベル。柄本に髑髏の刻印がされた漆黒のそれは、 重々しく輝いて石倉の目元を掠めた。 「……譲歩、というのは?」 「決闘だ。男が自らの信念を戦わせるには最も有効な手段」 にや、とハーロックが不敵な笑みを浮かべる。はぁ、と敏郎があからさまな溜息をついた。──決闘。そのあまりにも無謀で古い響きに、石倉は思わず目を丸くする。 「決闘……だと? あの、一対一で行うアレか?」 「そうだ。双方サーベルのみで。一時間後、この宿の裏手でやろう。万が一 にも俺が負けたら、貴様の言う通りこの星から撤退してやるよ」 「サーベルで──一時間後」 あの、宇宙最強を自負する海賊と。石倉は唖然と彼を見上げるばかりだ。そして、士官学校時代の剣術の成績を思い出す。可もなく不可もなく。そこそこに優秀で、けれど、本当に強い相手には通用しないであろう程度の腕。 「別に恐かったら来なくても良いぜ。それなら俺は力ずくでも『火龍』に出て 行ってもらうだけだからな。さぁ、もう行けよ。サーベルを磨いたり、遺書 を書いたり、やることはいっぱいあるんだろーが」 気付けば追い出されて。我に返った時にはぴしゃりと無情にも目の前で障子が 閉められていた。ひゅうぅうぅぅ、と石倉の周囲に冷たい夜風が吹き荒れる。 「……決闘……」 負ければ、死ぬ。それは多分確実に。 しかし。 「やるしか──ないか」 石倉はぎゅ、と拳を握った。 |
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