Great・Great Child
──俺の名前は星野鉄郎。
俺は消滅した太陽系を再生するべく、謎めいた美女メーテルと
共に銀河鉄道999で旅をしている。
今はもう、記録映像の中でしか見ることのないSLの形態を取っている
宇宙一の星間軌道999。
パスを持たない者の乗車を決して許さない、この列車のルールは絶対
だ。
けれど、今、俺の目の前には堂々と無賃乗車をしている人物が一人。
否、果たしてこの人を人物と呼んでも良いものか。
厳密に言えばこの人は“人”ではない。だけど、人間ではないという
意味ではない。
今、俺の目の前でシートに座り、仏頂面で腕を組んでいるこの人の姿は
“影”。
死という形で肉体を失い、記憶と精神パターンだけで構成された“影”。
薄栗毛の髪も、固く引き結ばれた口元も、どことなく俺に似た容貌や
背格好も、全て生前の彼のデータを元に造り出されたのだという。
それを、ただの立体映像と呼んでしまうには、あまりにも悲しく
──あまりにもリアルな。


「トチローさん」


メーテルが、優しくその名を呼んだ。この重苦しい沈黙の中、第一声を
きれる彼女は、綺麗なだけではなくて底無しの勇気を持った女性だ。


「トチローさん、もうそろそろアルカディア号に帰った方が良いのでは
 なくて? 車掌さんも困っているわ」


「カンケーない。“影”から切符代取れるモンなら取ってみれ」


“影”──今はアルカディア号の心となったトチローさんは、どうやら
親友でアルカディア号の艦長・ハーロックと喧嘩をしたらしい。
もう三時間もここにこうして座っている。
突然一筋の光にとなって窓から入ってきたかと思えば、理由を話すでも
なく座っているだけ。
「あの人が機嫌を損ねているのは、きっとハーロックと喧嘩をしたから」と
メーテルが囁いてくれなければ、俺は一生この人の行動を理解できなかった
だろう。宇宙一の頭脳の持ち主と聞いていたのに、一体どうしてこんな子供
みたいなマネをするんだろう。俺は、恐る恐る「あの」と切り出した。


「その……トチローさん。アルカディア号、ずっと999の横を飛んで
 いるんですけど。その」


「気になるならブラインドを閉めれば良いよ、鉄郎。この星間には暫く
 駅が無い。だから、どこまでいっても同じような景色だ」


相変わらず仏頂面のまま、トチローさんは口調を幾分か和らげて言った。
どうやら、親友と喧嘩をしたからといって、他に八つ当たりをするような
気はないらしい。俺は少し肩の力を抜いた。


「でも、遠くへ行かないで一緒に飛んでるということはですね、
 ハーロックも、あなたの心配をしているという何よりの」


「カンケーない。単に一万宇宙キロ以上離れると、映像と記憶・言語
 シナプスの接続不良を起こして大中枢コンピュータの神経回路にバグ
 が出るんだ。故障の原因になる。そうなったら修理出来る奴はいない。
 あいつはその心配をしてるんだ。どーせ」


トチローさんの口調がいつになく辛辣になっている。
「思ったよりも根が深いわね」と、メーテルが呟いた。
全くだ、と俺も思う。前に少し会っただけだが、ハーロックとトチローさんは
宇宙一固い友情の絆で結ばれているように見えたのに。


「よろしかったら原因を聞かせて下さらないかしら。トチローさん。
 こうして同じ列車に乗り合わせて、暫く駅がないのも運命の巡り合わせ。
 何かお話しなくては、旅人のルールに反するでしょう?」


メーテルはあくまでも冷静で優しい。車掌さんは彼の説得を早々に諦め、
とっくに別の車両に逃げたっていうのに。


「ん……。そうだな。でも、何もあいつの話をしなくても。もっと面白い
 話だってあるし。そういえば鉄郎、この先の駅にな──」


「誤魔化すのは、男らしくないですよ。トチローさん!」


メーテルの眼差しが僅かにきつくなる。トチローさんは「う」と一瞬
たじろぎ、「それが……」と、言い出しにくそうに口をもごもごとさせた。


「……俺は、別に我儘なんか言ったつもり、なかったんだ。でも」


──それから、トチローさんが語ったのはこういうことだった。

つい一週間ほど前のこと、999は『惑星海賊島』という星に着いた。
けれど、その星は一組の海賊が星中の電力を奪ったせいで既に住民の
大半が乾いた骸を晒していたという死の星で。
だから、『惑星海賊島』に俺達だけが降りることを危険だと判断した
ハーロックが、護衛としてトチローさんの“影”を俺達に差し向けて
くれたのだけど。

これがいけなかったようだ。今までアルカディア号内の“夜”の時間を、
事情を知らない船員達を驚かさないように歩き回っていたトチローさんは
久しぶりの下船で欲求不満に陥ったのだという。
曰く、
「俺も久しぶりに外をうろちょろ旅したくなったんだ」
とのこと。

勿論、ハーロックは大反対したらしい。現在トチローさんはアルカディア号
の“心”で、艦の運航上なくてはならない存在だったし、おまけに彼の死因
というのが、

長い間、宇宙を放浪したことで、宇宙病という不治の病にかかった為。

だったのだから、これは反対する気持ちも何となく理解出来るという
ものだ。
案の定、ハーロックは、大中枢コンピュータ室で数時間に及ぶ熱弁を
奮ったという。

曰く、
「折角また向き合うことが出来るようになったのに、もうあちこち
出歩くのは許さない。これ以上俺の胸を不安という炎で焦がすの
は止めてくれ」
と。

──聞きようによっては物凄い台詞だ。俺は、思わず、外をぴったりと
ついてくるアルカディア号に視線を送った。トチローさんは、原因を
語り終わってももまだ言い足りないのか、ついにメーテル相手に
言い争いの細部まで話し始めてしまっていた。


「わかるか!? メーテル!! それで、俺は言ってやったんだ。
 許すも許さないも、俺はお前に命令される謂われなんかない、って!!」


「えぇ、そうね。親友ですものね」


「そうだよ! そしたら、ハーロックの奴、こんなことを言いやがった
 んだ。命令なんかじゃない、頼んでるんだ、って。もう絶対、俺を
 置いて遠くには行かないでくれ、って。我儘はあいつの方だ!」


「えぇ。それで、トチローさんは何と言い返したのですか?」


「別に好きで逝ったわけじゃねぇよ、って。それに、いくら俺が
 コンピュータに宿った“影”だからって、心が、気持ちまで
 死んだわけじゃない。アルカディア号の改造以外にだって、
 やりたいことがあるんだ、ってさ」


少しだけ、居心地が悪そうにトチローさんが肩をすくめた。俺は、
なんだかハーロックに同情してしまう。なぜなら、友情とは種類が違うが、
俺はメーテルが好きで、彼女と別れた時には本当に悲しくて寂しかった
ことを憶えているからだ。胸に空いた隙間を埋めて立ち上がるのには
普通よりもずっと時間がかかって、メーテルと過ごした時間を思い出す
と涙が出て。傍にいない今を繰り返し認識させられる。
奇跡的に再び出会えた今、彼女と再び別れることを考えるのは、多分、
魂の死と同義なのだ。
一度折れてしまった気持ちが、もう一度折れてしまったら。
二度目に立ち上がる自信は──俺には無い。


「……トチローさん。それは、トチローさんが勝手だよ」


もう殆ど、呟くように俺は言った。「なに?」とトチローさんが眉を
寄せた。


「鉄郎は俺が悪いと思うのか? 何で」


「だって、その。トチローさんをは今“影”の状態だし、もし、
 自分の知らないところで自分の大事な人がどうにかなっちゃったら、
 もし、俺だったら嫌だなって。何も、してあげられなかったことを
 悔やむかなって。そのぅ」


言っているうちに目頭が熱くなってくる。泣きたくなくても涙が出るのが
俺の悪いところだ。


「……特に、ハーロックはもう、一度そういう経験をしてるんだなって
思ったら、俺……。俺も一度、メーテルと別れたから」


ちら、と横目で傍らのメーテルを見る。彼女は、「鉄郎……」と、
長い睫毛を伏せがちにして俺の名前を呼ぶ。


「鉄郎。そうやって、自分と誰かの気持ちを重ねてあげられるのが
 あなたの良いところよ。でも、トチローさんはもうとっくにそんな
 ことは御存知……。とても、聡明で優しい人だから」


「──なーにか。結構嫌なオンナだね、メーテル」


メーテルの視線を受け、トチローさんはとても嫌そうに帽子をかぶり
直す。


「そんな風に言われたら、俺ァ戻らんわけにはいかないよ。美女の
 期待は裏切れん」


──さっきからずっと呼ばれてることだしね。トチローさんは
そう言って、窓の外を寄り添うように流れる髑髏の印を一瞥し、
立ち上がった。


「世話をかけたね、鉄郎、メーテル。車掌さんには、済まなかったね、
 と伝えておいてくれ」


トチローさんは軽くマントの裾を整え、するりとドアを擦り抜けていった。


「……なんか、突然来て突然帰ったなぁ。俺、失礼なこと言っちゃった
 かしら」


俺は、ぽりぽりと頬を掻く。何事も、割と勢いで喋ってしまうのも
俺の悪いところかもしれない。


「トチローさん、傷付いただろうか。ねぇ、メーテル」


「大丈夫よ鉄郎。あの人は、本当に頭の良い人だから、鉄郎の
 言いたいことはちゃんと理解してくれているわ」


事も無げにメーテルは言う。けれど、俺は少し寂しい気持ちで
トチローさんが出て行ったドアを眺める。


「もう少し御供養……じゃ、なかった。話に付き合ってあげる
 べきだったかなぁ。外に出られる機会なんか、きっと少ないん
 だろうしなぁ」


「あのさ、言い忘れた」


にょき、と突然トチローさんの顔が俺の足の間から生えてきた。
「うわ!?」と、俺は仰け反り、シートの背中に頭をぶつける。


「な、なななな何なんですか?! いきなり!」


「だから、言い忘れ。鉄郎よ、お前、だんだんハーロックに
 似てきたな」


「──え? ハーロックに?」


俺の頬がかぁっと熱くなる。俺の尊敬する、偉大なキャプテン・ハーロック。
尊敬する男に似てきた、と言われて喜ばない男がいるだろうか。
俺は、思わず緩む口元を押さえながら、「本当でありましょうか」と、
トチローさんの顔を覗き込んだ。


「うん。本当だよ。子供の頃のあいつも、思ったことすぐ口に出す
 迂闊野郎だったわ。まぁ、大人になっても迂闊は迂闊なんだけどな!
 痛いも苦しいも我慢しねーし。言っちゃうし、すぐ」


「う、ウカツって……」


──酷い。っていうか、惨い。やっぱり俺の言動に対して怒っている
のだ、と俺はがっくり肩を落とした。しかし、「でも」とトチローさんが
言葉を続ける。


「だから──俺はずっと安心して行けたんだ。あいつは嘘をつかん。
 自分の気持ちにも、誰にも。鉄郎、お前もなるならそういう男に
 なれ! 決して、痛みを堪えるなよ。黙っているなよ。そうすれば
 誰かを後悔させることはない。どんどん言え。友達にも──好きな
 女にも!!」


好きな女、というところを特に強調して、トチローさんは
「ひししししっ」と笑った。メーテルは少し赤くなり、
俺は──何故か涙が出そうになった。



★★★

トチローさんが帰ったあと、ハーロックからお礼(?)の
通信があった。

「鉄郎、お前に説得されたと言って親友が帰ってきた。礼を
 言うぞ! ところで、余談ではあるが……鉄郎、お前は姿形だけで
 はなく、心優しいところまで友に似ているな。俺は懐かしい気分
 だよ」


  (以降三十分思い出話が続いたので中略)


「──だから、鉄郎は大人になったらきっと、トチローのような男に
 なるぞ! 誰かのために涙を流せる優しさは、銃の腕以上に大切だからな!!
 そのままの男であるよう、願っているぞ!」


俺は、「はい」と言う他に無かった。アルカディア号が去ったあとも、
暫くぼんやりと中空を眺めていた。


「どうしたの? 鉄郎。褒められたのがそんなにも嬉しかったの?」


俺の目の前で手を振って、メーテルが顔を覗き込んでくる。俺は緩々と
首を振った。


「……なんだか、ノロケられている気分になったよ。メーテル」


「そうね、親友に似ているというのは、あの人達の最大の賛辞。
 完全にノロケられてるのよ、鉄郎」


「っていうか、賛辞だったのかなぁ……アレ」


「そうね。でも、あの二人の愛の告白掲示板に使われたのだと
 思うよりは、精神衛生に良いわ。そうでしょう? 鉄郎」


「──そうですね。ハイ」


俺は、車両探検をして戻ってきたミーくんを抱き上げた。
結局、俺はどちらに似ているのだろう。
二人共とても尊敬出来る人だとは思うけれど、でも、もし出来こと
なら──。


「俺、どっちにも似ないで生きたいなぁ。メーテル」


「そうね、あの二人はとても強い男達で、見習うべきところも多いけど、
 見習わなくて良いところも多いものね。鉄郎は鉄郎で本物の男を目指せば
 良いわ。光も時間も飛び越える、本物の戦士をね……」


メーテルが、そう言って優しく微笑む。膝の上のミーくんが
「みゃあ」と賛同するように鳴いた。





END










●時々鉄郎が巻き込まれたり。しかし太陽系再生させるなら、ついでに
トチローも再生してくれんかね。七つのボールに願いを託す某鳥山漫画みたく。

                 

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