☆☆☆


「──…覗きですか。中々高尚なご趣味ですね」


石倉時夫がモニタを覗き込みながら顎を擦る。温室には、コーヒーの香りが満ちていた。


「ご趣味ってほどじゃないんだけど。ただ、造ったからには使ってやらない
 とな。機械にだって心はあるんだぜ」


十四郎が愛しそうに礼拝堂を映すモニタを撫でた。「ふぅん」と澪が目を瞬かせる。


「機械に心なんてないだろ。叡智の使徒“エルダ”さまも案外迷信深いんだなぁ」


「十四郎が“エルダ”だということを知っているのか? 澪……さん」


十四郎がその資格を手に入れたのはつい三日程前のことだ。ハーロックは澪の
横顔を見つめた。澪の大きな瞳が、ちら、とハーロックを捉えた。


「何だよ、さん、なんて。澪で良いぜ。名家ハーロック家の御長男殿。君と
 天才特待生大山十四郎のコンビは有名だぜ。美女と野獣だって、みんな
 言ってる」


「なーにか。どうしても俺とハーロックをホモにしたいんかね。いくら男子校
 だからって、男同士でくっついてたまるか。子供もできんし、気色が悪い。
 非生産的かつ非効率的だど」


携帯用の端末で画像と音声の調節を行いながら十四郎がふて腐れる。彼は、
そういうことが心底嫌いなのだ。非効率的や非生産的なことが。しかし、礼拝堂に小型カメラを仕掛けるような“遊び”は好きらしい。つくづく掴みどころのない男だとハーロックは思う。


「非生産的かつ非効率的でも、いるモンはいるんですよ。男同士でくっつい
 ちゃう人達。ハーロック、貴方なんか儚げな美少年ですから、上級生からも
 下級生からも人気があって」


「う。そ、それは……」


「げろげろ。それで俺達美女と野獣コンビとか言われてンのか。ハーロック、
 たまらんなぁ」


十四郎が嫌悪に顔を歪める。ハーロックはそっと彼を抱き寄せ、薄栗色の髪を梳いた。


「だけど、そんな噂くらいで、わたくし達の友情は変わらないよ」


「ん……まぁな」


十四郎が腕を組む。「本当にデキてないんですか?」と、石倉が眉を顰めた。


「ジュニアハイクラス一年の間じゃ、随分有名なカップルなんですが」


「デキてない。カップルじゃない」


目一杯十四郎が否定した。ハーロックも頷く。しかし実際、ハーロックとしては
十四郎とならどんな噂を流されても構わないと思っていたのだが。


「おい、観てみろよ。またまた留学生の編入だ。人員不足だねぇ、この学校も」


不意に、澪がモニタを指差した。皆の視線が一気に小さなモニタに集まる。



『本日は、アルファ・ベガ星雲よりの交換留学生を諸君にご紹介したい』



礼拝堂の壇上で咳払いをする校長、トマス・ヴェルナー。もう六十も半ばであろうという高齢なのに、頭には不自然なまでに大量の頭髪が乗っている。


「……ヅラだよ。もうジジイなんだからハゲでも恥じることはないのにな」


十四郎がぽつりと呟いた。ぷっ、と時夫が吹き出す。


「ヅラだったんですか。どうりで多過ぎると」


「ヅラはこの際どうでも良いよ。ついでに言うなら三代目のヅラだ。その
 くらいのことなら上級生なら誰だって知ってら。そうじゃなくて、観ろって
 ば。留学生」


時夫の頭を掴み、澪がモニタに引き戻す。──留学生。遠い銀河の果てから
来た同窓の士と、ハーロックはズームアップになった画面ごしに対面する。

──灰色だ。つるりとした頭。大きな黒々とした瞳。黒のブレザーとベルベットのリボンが死ぬほど似合っていない。大きな頭に細い体がアンバランスだ。


「宇宙人だ……」


ごくり、と時夫が息を呑む。


「あぁ、完膚無きまでに宇宙の人だな……」


澪が、至極真剣にモニタを覗く。明るい温室に一瞬陰が差した。


「まさしく、グレイ系宇宙人……なんてテンプレートな」


十四郎が頷いた。ゆらり、と宇宙人の右手が挙がる。



『チキュウノミナサン、コニチハ〜』



「………!!」


宇宙人(グレイ系)が挨拶をした。妙に甲高い──金属同士が擦れ合うような
声で。


「──…ぷっ」 


数秒の間を置いて、時夫が肩を震わせる。それにつられるように「ぶはっ」と澪が吹き出した。


「うわははははは。チキュウノミナサンだって! どわははははははは」


「コニチハ〜って言いましたよ! コニチハ〜だって!! もう駄目。あり得ない
 でしょう。西暦2500年を過ぎてこの挨拶!!」


げらげらと笑い倒す時夫と澪。十畳の畳の上を、二人が容赦なく転げ回る。
どすん、とちゃぶ台がひっくり返った。


「こらこらお前さん達よ。人の隠れ家でそう年頃の小娘みたいに笑うんじゃな
 い」


十四郎が転がったマグカップを拾い上げた。ハーロックはちゃぶ台を元に戻す。
それでも、二人はひーひーと腹を抱えていた。


「何なんだよ。この宇宙人。交換留学生って、じゃあこれからこの宇宙人の人
 が寮に入るのか? どのクラスだよ、羨ましい」


「素敵なスクールライフが約束されますね。あはははは」


「うるさいよ。こーんな偽宇宙人で素敵なスクールライフが約束など
 されるものか。胡散臭いことこの上ないね」


十四郎が乱暴にマグカップをちゃぶ台に戻す。ぴた、と澪の笑いが止んだ。


「……偽宇宙人だって……? じゃあ、このグレイは嘘のグレイなのか」


「嘘のグレイってのはおかしな言い回しですねぇ。偽っていうのはどういう
 意味です? アルファ・ベガ星雲からの来訪者ではないという意味
 ですか」


時夫も体を起こしてくる。十四郎が珍しく表情を険しくした。


「──…いいや。確かにグレイ系の宇宙人はアルファ・ベガ星雲に
 存在する。でも、あそこにだって軍人養成コースを持った学校は
 あるはずだ。わざわざ太陽系の辺境星にまで来て学ぶことなんか
 ないよ。ってことは──」


「地球の文明がそれほどまでに進化しているということでは?」


ハーロックは聡明な友人の横顔を覗き込んだ。「残念ながら」と十四郎が
俯く。


「こと宇宙開発に関しちゃ地球はまだまだ発展途上さ200年ほど前にようやく
 最初の移民船団が地球を出て、月にコロニー一つ造るだけで100年かかった。
 太陽系の開発すらままならない。かの有名な銀河鉄道さえ、この星には
 停車駅が一つしかないんだ。全宇宙から見た地球のレベルなんか推して
 知るべしさ」


「なるほど。悔しいけど当たってるな。俺の家は代々軍人なんだけど、
 地球には、いざ宇宙からの侵略戦争受けたときの備えが出来てないって
 散々親父がぼやいてたぜ。何せ、この星にある宇宙戦艦は未だ2199年に
 壱号艦の完成を迎えた『スペースバトルシップ・ヤマト』を超える艦が
 ないんだからな」


澪が頷く。自分の家の家業を意識している辺り、彼もただグレているわけでは
ないようだ。多分、細かな規律に縛られないことが、彼の信念なのだろう。  


「2199年ですか。それじゃあ骨董品ですね」


時夫が大きな瞳をぱっちりと見開いた。「少し違うよ」とハーロックは澪の話を捕捉してやる。


「正確には、ヤマトは四号艦までの建造が完了しているという話だ。
 『ヤマト』という名ではないようだが……なぁ、大山」


「『まほろば』。確か──そういう名前だったと思ったが」


頷いて、十四郎が顎を擦る。「詳しいんですね」と時夫が身を乗り出してきた。


「さすがは海賊騎士の名家と叡智の使徒“エルダ”のコンビ。一般に公表
 されてない情報も掌握済みってわけですか」


「お望みなら、ハッキングのマニュアル売ってやるど。それさえあれば
 明日からお前さんも優秀なハッカーになれる。地球連邦省のマザー
 コンピュータにもハッキングしたい放題。『まほろば』の情報は
 その中でも超トップシークレットなのだ。太陽系共通銀貨5枚で
 売っちゃるど」


「へぇ、破格ですね。買った」


時夫がブレザーのポケットから銀貨を出した。十四郎が、嬉しそうに両手を出す。彼は、その優秀すぎる頭脳ゆえに、ことの善悪の区別が殆どつかない欠点を持つのだ。良くも悪くも純粋で、好奇心を満足させるためになら、手段を選ぶことはない。ハーロックは慌てて十四郎の口を塞ぎ、時夫から引き離した。


「す、済まない。今のは嘘だ。わ──わたくしの家も軍人家系だからな。特に、
 空軍海軍系統の情報ならいくらでも聞ける。父は、案外おしゃべりなんだよ」


「嘘じゃない! マニュアルのデータを書き込んだディスクだってここに
 あるし。それにハーロックの親父さんはおしゃべりなんかじゃ」


「頼むから黙れ大山!!」


──ハッキングがバレたら、退学だ。そうなれば、貧しい十四郎の家では
二度と進学出来ないだろう。ハーロックは唇をきつく噛み締めて時夫と
澪を交互に見据える。

先に口を開いたのは──澪だった。


「時夫、にわかハッカーへの夢は諦めな。お前の夢はそんなに小さいモンじゃ
 ねぇはずだろが。それより十四郎、聞かせてくれよ。どうしてあのグレイ
 がニセモノなんだ?」


「おぉ。これは面白いことだど。聞け聞け。是非聞け。まず、俺が
 開発した人種識別ソフトを使ってアイツの骨格をスキャンするとな──」


ぱっと十四郎がハーロックの手を擦り抜ける。無邪気に澪と肩を並べる親友の横顔を、ハーロックは厳しい眼差しで見つめた。ハッキングという犯罪について、いくら諭しても十四郎には理解出来ないだろう。誰も傷つけず、誰にも害をなさない行為が犯罪であるということが、それらを説明するために付随される抽象的な理屈が、十四郎には理解出来ないのである。

あまりにも早く開花した十四郎の才は、彼から多くの情緒的部分を削り取って
しまった。


──細かな規律と抽象的な理屈の多いこの世界は、十四郎のような人間には生きにくい場所だ。


「──…安心して下さい。寝ている澪さんを叩き起こして教授に突き出さ
 なかったこと、感謝していますから」


ハーロックの表情から、不安を読みとったのだろう、ぽん、と時夫が背中を叩いて微笑してきた。陶器のような質感の顔立ちではあるが、大きな鳶色の瞳には紛れもない理解と優しさが浮かんでいる。ハーロックはひとまず安堵の溜息をついた。


「ありがとう。大山は天才だが──色々大変でな」


「わかりますよ。天才ってどっかでバランス取るんでしょうね。
 澪さんも、この学院じゃあ呼吸しにくいでしょうねぇ。すぐあちこちで
 騒ぎを起こして」


時夫の眼差しが、モニタと十四郎を行き来する澪の顔に注がれる。
──御同輩か。時夫も、ハーロックと同じような苦悩や喜びを胸に抱いているらしい。ハーロックがようやく微笑を浮かべたその時。


 ぱんっ。


乾いた銃声がスピーカー越し、温室の空気を一瞬だけ震わせた。
びく、と時夫が肩を竦ませ、ハーロックは上半身を浮かせて十四郎と
澪の間に首を突っ込む。

妙にクリアな画像の向こう。足から血を流して倒れている校長の姿が、
まるで20世紀に流行った映画のように現実感なく視界に入る。
ハーロック達が絶句している間に、礼拝堂はどこからともなく現われた
グレイ達に占拠されてしまった。

威嚇射撃と──生徒の悲鳴。静謐なはずの時間が瞬く間に砕け落ちていく。


「──な? 骨格からしてニセモンだろ。しかも、本物のアルファ・ベガ星人
 なら、あーんな旧式の火器なんか使わないし。絶対地球のテロリストだと
 思ったど」


十四郎が得意気に胸を張る。「どうして」と澪が十四郎の肩を掴んだ。


「いつからだ!? どっから見抜いた。宇宙からの留学生なんてなぁ、
 普通の編入生より厳しい検査を受けるんだぞ。それに、この学院、
 見かけはボロだが設備は最新だ。銃器の類持って敷地内に入って
 来られねぇようにセンサーが仕掛けてある。こんな──あんな風に
 壇上にまで上がるなんて不可能だ!!」


「最新設備で、最新の武器しか引っかからないような設定にするからさ。
 確かに兵器発見のレベルを上げれば、マイクロ爆弾や、偽装銃の発見は
 出来るようになる。でも、その代わりに古い武器を武器とは見なさなくなる
 欠点が浮上するんだ。特に、あの銃はグラスファイバーを使った特殊なモノ。
 グラスファイバーは金属探知器には引っかからない。持ち込むのは、簡単
 だ。この事態は──明らかに校長の失策による必然だ。驚くようなことじゃ
 ない」


十四郎は不思議そうに澪を見上げている。澪が、ごくり、と喉を鳴らした。


「それじゃあ、お前最初からテロリストへの懸念があったってことか?
 でも、ずっと今まで平和だったのに。何で今になってこんな辺鄙な
 学院を」


「──…彼らの狙いは、“エルダ”の確保ですね?」


不意に、時夫が確認するように十四郎に問う。「うん」と十四郎が素直に
首肯した。


「そう。多分、奴らの狙いはまだ地球政府に保護すら求めていない俺の確保。
 政治組織に無登録の“エルダ”は金になる。特に、それが変に政治的思考を
 持たない若い“エルダ”なら余計にだ。洗脳が簡単だからな。校長の奴、
 折角俺が忠告をしてやったのに聞かないで一方的に叱ってきたからな。
 自業自得だ」
  

「でも、このままじゃ自業自得でない一般の生徒まで」


「いや、奴らの目的が“エルダ”の生徒なら、割り出すまで生徒を
 傷つけることはないだろうぜ」


ぐ、と拳を握って澪が立ち上がった。


「ヴェルナー学院には現在1500人の生徒がいる。20人程度の人員じゃあ
 確認するのだって1時間はかかるぜ。その間に陸軍警察に連絡を」


「ん〜多分脅されれば腰抜けのグローケン辺りが俺のこと喋っちゃうと思う
 から1時間は無いと思うが。それに、これだけ用意周到に来た相手だ。
 方法が手慣れてるし、“エルダ”を相手にする以上、学院中探し回れる程度の
 人員はさいて来てるんじゃないかな」


無感情に十四郎が首を傾げたそのタイミングで、モニタからグローケンの悲鳴が上がった。壇上にいた偽留学生のグレイに銃を突きつけられたのである。


『サァ、死ニタクナカッタラ“えるだ”ヲ出セ』


『え……“エルダ”はこの場にはおらん! 彼は裏庭の温室を改造して
 隠れ家にしておる。きょ、今日もどうせそこで朝礼をさぼって──…』


いつもの威厳はどこへやら。すっかりと萎縮し、歯を打ち鳴らして喋りまくる
教授の姿。これが政府からエリートエンジニアの教育のために派遣された
エリートの姿か。ハーロックは何やら情けなくて涙さえ出てくる。


「な? 俺の言ったこと当たっただろ。喋ると思ったんだ、アイツは」


十四郎はこんな時でさえ楽しそうだ。「良いですね、幸せで」と時夫が蒼白の顔に微笑を湛える。


「それじゃあ、天才“エルダ”様にお尋ねしますけど、これから僕達
 どうなるんです? 早く逃げなくちゃ危ないんじゃ──」


「もう遅い。頭、下げろ」


く、と袖口を引っ張られ、ハーロックは慌てて頭を下げる。頭上でガラスの
割れる音。「危ない!」と叫んだのは──澪か。


「──A3カラB2ヘ。“えるだ”ト思シキ東洋人ヲ発見シタ。タダチニ
 捕獲スル」


ごり、と額に押し付けられる冷たい感触。それが旧式のサブマシンガンだと
認識した時には、既に周りを武装したグレイ達に囲まれていた。


「──な? 俺の言うことって当たるだろ。校長も俺の言うこと聞いて
 おけば良かったのにな」


自らの予言が的中したことを無邪気に喜ぶ早熟の天才。ハーロックは、彼を抱き寄せて、そっと耳元に囁いた。

 
「大山、頼むから黙っててくれ──!!」


「──……」


──全くだ。声にこそはならないが、澪と時夫が心で頷く気配を、ハーロックはしっかりと感じ取っていた。











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