抱えきれない想い
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ノノ・キヨ | ||||||||||
★★★ 「いやぁ、まさかこんなものが手に入るとはなぁ」 抱えた瓶に頬をすり寄せながらトチローは、先ほどから緩めっぱなしの頬をさらに緩めた。 「本当に」 紙袋の中を覗いた後、ハーロックは自分の前を歩くトチローに目を移した。見えてはいないが、聞こえてきた声からトチローがどんな表情をしているか簡単に想像することができた。 ★★★ 「お客さん、もし良ければ好きなの持って行ってくれませんか?」 初めて来た店のカウンターで飲んでいて、ふいに声をかけられたハーロックは顔を上げた。 「主人、いったい何をも持って行けと言っているんだ?」 やけに遠慮深く話しかけた主人の意図がわからず、ハーロックは問いかけた。 「いや、あの…実は店を閉めることになったので……今日来てくれた人に差し上げているんです」 「ということは、そこに並べてある酒を持っていっていいのか!?」 しょんぼりと答えた主人とは対照的に、ハーロックの隣でやり取りを聞いていたトチローは喜々とした声をあげると、イスの上に立った。 「……えぇ。飲みかけのとかもあるので、それでもよろしければですが」 「良いに決まっている。てか、本当に良いのか?」 「えぇ、もう私には無用のものですから」 ぼんやりとした目で店内を見回すと、主人は一つため息をついた。 「主人、本当に店を閉めるのか? どうも、閉めたくないような感じがしてなら ないが」 「先の戦で妻も息子も死んで、私ももう長くないですし、ここからかなり離れた 星に娘がいるんですが、その娘が私と一緒に住まないかと呼んでくれましてね。 閉めるのが心苦しいのは確かなんです。でも、それよりも娘の心遣いの方が 嬉しくてね。今日限りで店を閉めることにしたんですよ」 主人はそこで口を閉じると、うっすらと浮かび始めた涙を拭った。 「すみません。こんな湿っぽい話、ここには似合いませんね」 「いや、そんなことはない。良い娘だな」 「はい。私にはもったいないくらいの良い娘です。お客さんいい男だから、 色んな子がよってくるだろうけど、顔のいい女の子よりも気の利く女の子を 選んだ方がいいですよ。まぁ、老いぼれの言うことですけどね」 そう言い終えカラカラと笑うと、主人は空になっていたハーロックのグラスに酒を注いだ。 「おい、親父。本当にそこにあるもの持って行っても良いんだな?」 いつの間にかイスの上でなくカウンターの上に立っていたトチローは相変わらず喜々とした声で、主人の足下で埃を被っている瓶を指さした。 「これですか?」 言われた主人は、埃まみれの瓶をカウンターの上に置いた。 「そう。これ」 「トチロー、何だこれは?」 「ハーロックとあろうものが、これを見抜けないのか? これはなぁ、幻中 の幻と言われている大吟醸だ」 「ダイギンジョウ、ですか?」 「主人、大吟醸を知らないのか?」 呆れと怒りの半々の表情をしたトチローに詰め寄られ、主人は一歩後ろへと下がった。 「す、すみません。このお酒は一応店には置いていたのですが、誰も飲もうと しないので四十年近くこのように隅に置いたままで…」 「この店に来る客は、見る目がなかったんだな。でも、そのおかげでこうして お目にかかることができたのか」 そう言い終えると、口の中でもごもごと「うーん、そう考えると複雑だ」などと言いながらカウンターの上であるのにも拘わらず、その場に座り込むと、頭をひねり始めた。 「おい、トチローその大吟醸って何なんだ?」 「何!? ハーロックも知らんのか。じゃあ、手短に説明しよう。大吟醸とは な、あまりにその味が良かったために、それを巡って戦いが起き、その殆どが 失われてしまったんだ。その戦いは酒に名前が付けられる前に起きたから、 その酒はただの大吟醸と呼ばれているんだ。ほら、名前が書かれていないだろ」 トチローは「ほら、見てみろ」と言って埃を拭き取ったシールには大吟醸という小さな文字しか書かれていなかった。 「これはな、名前が決めるための席で出す予定で詰められた、わずか十本だけ 瓶詰めされたと言われているうちの一本だ。まさか、出会えるとは!」 埃だらけの瓶を抱きかかえるように持ち、トチローは喜びの声をあげた。 最近トチローの嬉しそうな様子を見ることができなかったので、トチローの笑顔を見たハーロックは思わずつられて微笑んだ。 「トチロー、他に欲しいものはないか」 「俺はこれさえ貰えれば」 もう離さないとばかりに抱きかかえたまま、トチローは答えた。 「主人。じゃあ、後は今俺が飲んでいるのがあれば、それをあるだけくれないか」 「それだけで良いんですか?」 「こいつが、他に欲しいものはないと言っているからな」 「わかりました。では、すぐに用意します」 主人は紙袋を取り出すと、瓶を詰めた。 「これだけしかなくて、何か申し訳ない」 差し出した袋の中には、小さめの瓶が三本入っていた。 「いや、ありがとう。いい話も聞かせてもらったしな。トチロー、帰るぞ」 トチローの肩をぽんと叩くと、カウンターの上から瓶を抱えたままひょいと飛び降りた。 「ハーロック、俺の分の勘定も一緒に払っといてくれ」 そう言い終えるが先か、トチローは店の外へと出ていた。 「主人、勘定はここに置いておく」 汚れたカウンターを掃除している主人から離れた入口の机の上にお金を置くと、 ハーロックは店から出て行った。 「ありがとうございました」 掃除を終え、勘定を取りにカウンターの外へ出ると、机の上には飲み代の倍では住まないくらいの大金が置かれていた。 「お客さん!」 慌てて主人は店を出て二人の姿を探したが、見つけることはできなかった。 ★★★ 店から出た二人は、船へ戻るために町から外れ舗装されていない道を歩いていた。 風が吹く度に砂が舞い上がり、視界を遮る。しかし、この二人は慣れたもので気にすることなく前へと歩を進める。 パカッ、パカッ。 後ろから馬が走ってくる音が聞こえ、道を譲った方がいいと思ったハーロックは道の端へと寄った。 しかし、音が近づいてくるにつれ、ハーロックはその音が不自然なリズムであることに気づき、後ろを振り返った。しかし、砂で姿を確認することができない。 前を歩いているトチローにその違和感を伝えようとしたその時、遮られていた視界が開け不自然である音の正体がわかった。 原因はわからないが、荷馬車の馬が興奮して言うことを聞かないでいるようなのだ。たぶん、砂嵐になれていない馬なんだろう。とハーロックは思った。 「落ち着け。おい、どうしたんだ!? うわぁ!」 馬を操る人間が悲鳴をあげた次の瞬間、その人は地面に投げ出された。 馬は前足をあげ、ひと鳴きするとまるで狙っているかのように一直線にトチローへと走り出した。荷物を積んだ大きな車をどうやって振りほどいたのか、身軽になった馬は全速力でトチローを目指す。 普段のトチローであればすぐに気づいていただろうが、今日はいっこうに気づかず頬はゆるんだまま大事に瓶を抱えている。 投げ出された馬の主は、自分の馬が走っていく先に人がいるのに気づき、どうにかしたいと思いながらも体が動かず悲鳴をあげることしかできなかった。 馬の主の思いが馬に届いたのか、はたまた天に届いたのかどうかはわからないが、 馬がトチローをはね飛ばすことはなかった。 「トチロー、大丈夫か?」 「何してるんだ、ハーロック」 ハーロックに抱かれ、道と呼ぶにはどうかわからない場所から離れた砂の中に 転がっている状況が理解できないトチローはぽかんとした表情で問いかけた。 「まぁ、今の状況を説明すると、俺がお前を荒野の中で抱きかかえている。 っていうことになりますが」 「残念ながら、それは俺の求めている答えじゃないな。じゃあ、質問を変えよう。 何で、さっきまでの格好をする事になったんだ」 立ち上がったトチローは、片手をハーロックに差し出した。 「んー。簡単に言うと、暴れ馬からお前を守ったってことかな」 「はっ?」 「ほら、あの馬がお前に向かって猛突進したんだよ」 座り込んでいるハーロックが指さした先には、確かに馬が一頭落ち着かない様子でいた。 「だから…」 「だからも何もない、自分の身は自分で守れる。余計なことはするな」 強く言い放つと、トチローはハーロックの手を叩いた。 「でも、」 「ウルサイ! この前だってそうだ。俺はお前に迷惑をかけるためにいるんじゃ ない。役に立つためにいるんだ。」 「この前って……。これのことか」 立ち上がり眼帯を触りながら、ハーロックはぽそりと言った。 「そうだ、あの時だって俺のことなんか気にするから、お前の目が……」 トチローの身を守るために、ハーロックが失明してしまったのは、つい最近のことである。ハーロックが気にするなと言うが、気にせずにはいられない。 「んなこと言われても、仕方ないだろう。勝手に体が動くんだから」 「だからといって、お前が危ない目に遭うことを俺が望むとでも思うのか? おまけに、俺は男に抱きつかれても嬉しくない」 強い口調で言い切ると、なぜだかわからないがこれ以上顔を合わせていると泣いてしまうような気がして、トチローはハーロックに背を向けた。 「まぁ、ちょっと遠近感がとれなくて抱きかかえるような感じになったのは謝る けど」 背を向けられたのが怒っているためと勘違いしたハーロックは、叩かれた手を ぎゅっと握りしめた。 「でも、そんなに怒らなくてもいいじゃないか」 怒っているであろうトチローの顔を少しでも和らげようと思い、顔を覗き込むとそこにはハーロックが予想していないものが溢れていた。 「怒らずして、どうするというんだ……」 口では相変わらず怒っているようなことを言うのではあるが、両手をぎゅっと握り しめ、トチローはボロボロと涙を流していた。 「お前に笑って大丈夫だと言われる度に、俺がどれだけ悔やんだか、俺が……」 口は動いてはいるのだが、そこからはもう涙を必死にこらえる音しか発していな かった。 「トチロー、何で泣いて……」 「泣いてなんかいない!」 それだけを言い終えると、トチローは口を一文字に閉じるとハーロックに背を向けた。そして、両手で必死に流れ出る涙を拭くのだが、次から次にと流れ出てくる涙を自分の意志で止めることはできなかった。 「わかった。トチローは泣いてない」 トチローの背中を眺めながら、泣いているということは確かであるというのに、 ハーロックは言いきった。 「トチローは俺が心配で怒ってるだけなんだよな、だから泣いてない」 そう言い終えるとハーロックは砂の中に埋もれている大吟醸と紙袋を拾い上げた。 「良かった、割れてない。よし、行こう」 ハーロックはトチローよりも一歩前に出て、後ろを振り返らず声をかけた。顔を見れば、きっと抱きしめてしまうだろうから、そしてそれはトチローの好むことでないということがわかっているから、ハーロックはゆっくりと足を前へと進める。 「……」 ハーロックの背中を眺めつつ、トチローは首を縦に振ると歩き始めた。そして、わざとゆっくりと歩んでいるハーロックの隣に並ぶ。その瞳からはもう、涙は流れていない。 両手いっぱいの荷物を抱えた一人と、抱えきれない思いを抱いた二人はともに歩む。 ――きっと、これからもずっと……。 END |
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●キヨ姫さまからの贈り物です。ハーロックが格好良いよ〜(感涙)。トチ子が可愛いの〜(発情)。これぞハートチです。私が書いてるのは正味偽。贋作。ギャラリー・フェイクですよ姫さま!! お約束どおり石倉ネタ書かせて頂きます!! 大感謝ですvvv |
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