Great・Great Child side:B



★★★


「キャープテン。いい加減、折れたらどうやねん」


「……今回ばかりは絶対折れん」


こんなやりとりを続けて、最早三時間が経過しようとしている。
アルカディア号のメインデッキに、ヤッタランのこれみよがしな
溜息が落ちた。


「そんなん言うたかて、トチローはんが戻って来んかったら、
 アルカディア号はどないなるねん。キャプテンだけやと不安
 やで。正味」


「それでも、絶対、謝らない」


ハーロックは一言一言をはっきり区切って言ってやった。
舵を握るハーロックの頭上には、穏やかに走る999が投影されて
いる。暫くは駅も無い静かな星間。レーダーにも特に異常はない。


「あいつ、あれだけ怒っていたくせに、状況判断はきっちりして
 る。ここは危険のない星間だ。それを判ってて出て行ったんだ。
 危険があれば戻ってくるさ」


「──戻ってこーへんかったら?」


「………フン」


ハーロックは腕を組んだ。銃の腕や戦艦の扱いなら負けないが、口喧嘩では
絶対負ける。そもそも、勝てたことがない。男なら、ぐだぐだ言わないで
白黒さっさと決着をつければ良いのだ。


「トチローは責任感の強い男だ。この艦にトチローは絶対に必要。
 帰るべき場所は理解している男だよ……」


「通信回路開かへんけどな」


「──999とのコンタクトも不可能です。キャプテン」


「ハッキングですね。999に干渉するなんて凄い技術だ」


「トチローサンハ、偉大ナ男……。ミーメニハ、ワカッテイル」


ヤッタラン、有紀蛍、台場正、ミーメが次々と好き勝手なことを
言う。ハーロックは「う」と言葉に詰まった。


「だ、だがな、今回は俺に非はないだろう。外に出て、星に
 降りてみたいなど……今のトチローには不可能な」


「でも、先日、海賊惑星には降りられました。データによると
 “影”を大中枢コンピュータの意識パルスでカバー、コントロール
 出来る距離はおよそ一万宇宙キロ。ガニメデのように大きな惑星
 でなければ、好きに歩き回れますよ」


正が書類を片手にさらりと言う。


「なんだかんだ言うてキャプテン、トチローはんを行かせたく
 ないだけやろ。ずーっと一緒にいたいんや。いややなぁ、
 独占欲の強い男って。やらしいわ」


“影”への通信を試みながら、ヤッタランが「ひひひ」と意味深な
笑みを浮かべた。


「まぁ、禁断の愛ですね。その愛のために独身なんですか? キャプテン」


蛍が無邪気に目を見開く。


「ミーメハ知ッテイル……。トチローサンヘノハーロックノ想イ……。
 昔、三人デ、オ酒ヲ飲ンダ時、トチローサンヲ何モノニモ渡サナイト
 言イ切ッタハーロックヲ、ミーメハ理解シテイル。ハーロックハ、
 トチローサンニ身モ心モ捧ゲタ男……」


ぽろん、とミーメがハープの弦を弾いた。メインデッキ内に妙ちきりんな
空気が流れる。ハーロックは憮然とした。


「……確かに俺とトチローは無二の仲だが、そういう関係では断じて
 ないぞ」


「ほいだら好きに行かせてやればええやんか。ホモでないなら、ずっと
 艦内に留め置く理由もないで」


「……っていうか、ホモじゃなきゃ、俺は友を案ずることも
 許されんのかい? ホモでもないと、ずっと一緒にいてやることも
 かなわんのか?」


「基本的に、キャプテンのなさりようは友情のライン越えてます」


やけにきっぱりと蛍が言い放つ。ハーロックはこめかみを押さえ、
踵を返した。


「冗談じゃないよ。もう。とにかく、トチローへの呼び出しは続けて
 くれ。俺は少し一人で考えたいことがある」


「待てや、キャプテン、話は済んどらんのやで」


正に通信機を押し付けて、ヤッタランがとことこと後についてきた。
メインデッキを一歩出れば、居住区域まで静かな廊下が続いている。


「実際のハナシ、今回はキャプテンが悪いで。トチローはん、実際に
 孤独や。事情を知らん乗組員を驚かさんよう気ぃ配って、いつも歩き
 回る時間を“夜”に決めとる。死人がうろつき回るなんて、気味悪がる
 輩もおるからな。話相手もそうおらへん。心開いて話が出来るんは、
 キャプテンかミーメか……そんなに多くないねんで」


「──知っている。だから、俺はいつもあいつと話をしている。孤独
 にはさせん。心まで一人にして、置いていきはしないとあいつの墓に
 誓ったからな」


ハーロックは、きゅ、と拳を握った。──それは、もう、十年近くも前の
ことになるのだ。


「あれの肉体はヘビーメルダーの大地で安らかに眠り、心は俺達と
 共にアルカディア号で旅をする。たまの戦闘以外は静かに、
 楽しく、だ。あれは充分過ぎるほど病に苦しんで、充分過ぎるほど
 知恵あるものの愚かさをを悲しんで、充分過ぎるほど俺の夢に
 尽くしてくれた。だから、今は悲しまず、苦しまずにいて欲しいのだ。
 俺の願いはそれだけだぞ」


「そんなことはわかっとるねん」


ヤッタランがハーロックの傍らに追いつき、頭を掻いた。


「キャプテンの願いはわかっとるねん。せやけどな、わいが言いたい
 のは、それが肝心のトチローはんの意志を束縛しとるっちゅうこと
 やねんで。自分勝手やで、キャプテン」


「──なんとでも言うが良いよ。ヤッタラン。それがトチローの
 為。誰よりも聡明で優しいトチローを傷つけないためになら、
 俺はどう言われても構わないよ」


ハーロックはすたすたと歩く。埒のあかないときには寝るか飲むか
しておこう、というのが信条だ。トチローは兎にも角にも怒りの
持続しないニュートラルな性質の持ち主。あと一時間もすれば、
メーテルや鉄郎と世間話でもして機嫌を直してくるだろうという計算だ。


「待たんかいコラ。キャプテン……」


「敵はいないし、トチローもおらん。今の内に俺は寝る。重力サーベルで
 俺と殺し合いを展開したい奴だけ来い、と皆に伝えておけ」


眼光鋭く、ヤッタランを睨んでやる。何年も艦長をやっていれば、幼馴染み
をビビらせるくらいは造作もなくなるのだ。
まだ何か言いたげなヤッタランに背を向けて、ハーロックは自室の扉を固く
閉じた。



★★★


「──よぅ。やってみっか? 重力サーベルで殺し合い」


ハーロックが後ろ手に扉をロックして顔を上げると、ベッドの端に
トチローが座っていた。ハーロックは暫し、口を「あ」の字に開けたまま、
いつの間にか戻ってきた親友の“影”を見つめる。


「……なんだ、もうご機嫌は直ったのか? 案外早かったじゃないか」


小さな溜息を一つして、ハーロックは薄い笑みを浮かべた。「まぁね」と
トチローが肩をすくめる。


「メーテルと鉄郎に必死の説得を試みられたんでね。仲間に交信装置を
 任せきりで、さっさと寝に入るどっかの艦長さんとは大違いの優しさ
 だ。成仏せざる得ないでしょう。こりゃ」


「その優しくない艦長は、幼馴染みの副長にいびられるんで避難して
 きたんだがね。全く、どいつもこいつもお前の味方だ。慕われてて
 良かったじゃないか、トチローよ」


ハーロックはクラシックなデザインの食器棚から、グラス二つと赤ワインを取り出す。薄く野苺が彫られたグラスにワインを注いでトチローに差し出すと、
彼はふるふると首を振った。


「……意地悪だな。お前」


「今のお前が外に出るということはこういうことだ。トチロー」


ゆっくりと、諭すようにハーロックは囁いた。トチローの傍らに腰かけ、
その薄栗毛の髪に触れる。
──否。触れたように指先を動かす。どれだけ撫でてみても、彼の髪に
変化はない。ただ、ハーロックの指だけが、“影”の中を擦り抜ける。


「残酷なことを言うようだが、今のお前では外に出ても寂しい思いを
 するだけだ。トチロー、お前が愛した土も風も……光さえ、お前に
 触れることはない」


「──…分かってる。昔、親父が俺に組み立てさせたプロトタイプの物理的
 干渉装置は中枢コンピュータにはまだ組み込めない。“影”の投影システム
 を造ったのは俺だ。性能は俺自身が十二分に理解してる」


トチローが星の光に手を翳す。小さな手の平を透過して見える宇宙。
温かい血の流れる生き物を心から愛した彼の手には、もう温かな熱など
どこにも存在しない。
ハーロックの胸が、つきり、と痛んだ。


「お前に……悲しんで欲しくはない。俯いて欲しくはないのだ。トチロー。
 その気持ちは──あの頃と寸分違わずここにある」


ここに──胸に。ハーロックは自らの左胸を示して見せた。十三歳の時に
出会い、二十四歳を待たずに別れるまで、ハーロックは疑わずに前だけを
見据えた。
友と二人で生きる道と、何ものにも負けずに進んでいく夢。
世界の終わりを見届けるまでは逝かないと笑った彼を信じ、自分もまた、
彼と共に世界の終わりを見届ける運命にあるのだと。


「ずっと、疑わずにきた道だ。今も俺の中に翻る俺だけの誓い。俺だけの
 旗! 一度は折れた醜い旗だが……俺は、お前を護る一振りの剣になり
 たい」


「──ふ。この宇宙で最も気高く、最も純粋で尊い魂の持ち主と共に生きる。 
 その信念と共に剣を振るうことが前さんの家の家訓だったっけか。でも、
 それに相応しいのは俺じゃないだろうぜ、ハーロック」


ひょい、とベッドから飛び降りて、トチローが扉へと歩き出した。
「何故?」とハーロックは小さな背中へと問いかける。


「自分を卑下する必要はないだろう。トチロー、お前は偉大な男だ。
 俺の自慢の親友だ。俺はお前の夢を憶えているぞ。お前は……」


「鉄郎に、泣かれちまったよ。俺はお前の気持ちを考えてない、ってさ」


トチローが背中を丸めた。薄暗い部屋の中で、映像である彼の周囲だけが
ぼんやりと燐光を放っている。


「大事な奴が自分に黙ってどっかに消えちまって、自分の知らない間に
 何か危険な目に遭ってたら、あとでどんなに悔しくて悲しいか考えろ
 って言われちまった。ただでさえ俺はお前の見てないところで
 くたばっちまったっていうのに、その“影”まで不安定な状態のまま、
 星々に降りたいなんて言い出したら……自分勝手だってさ。そうだよ
 なぁ。お前が反対するのも当然だよなぁ」


「トチロー……俺が言いたいのはそういうことでは」


「──わかってる。本当は全然わかってるんだよ。俺」


トチローの丸まった背中と肩が、小刻みに震え出す。ハーロックは腰を上げ、
床に膝をついて、小さな友の肩を抱いた。
いつだって、トチローが涙を流すたびにそうしてきたのだ。たとえその身が“影”であっても、ハーロックの手には震える肩の感触までが甦る。
そっと顔を覗き込んでやると、トチローの頬を滂沱の涙が伝っていた。


「トチロー泣くな。鉄郎は優しい心根の少年だ。お前に言い過ぎたと、
 傷つけたかもしれないと今頃反省しているだろう」


「そうじゃ…ないよ。鉄郎が言ったのは本当のことだ。俺が見ないフリして
 いた本当のことだ。親父や……鉄郎の言ったとおりだ。今も俺はあの時の
 まま、何も──何も変わってない!」  
 

「過ぎたことだ、トチローよ。今はこうしてお前が戻ってきてくれた。
 幼いとき、スノー・スノーで再び別れることになった父の幻影とは
 違う。たとえ触れられなくっても、こうしてお前の姿があって、
 お前がいてくれることが嬉しいよ」


「ハーロック……」


ずっと寂しい思いをしたのか? と、トチローが涙を拭いながら問うて
くる。ハーロックは、僅かに眦を緩め、「うん」と素直に頷いた。


「ずっと、お前に再び会える日を待っていた。腰抜けと、脆弱な者だと誹ら
 れても構わない。お前がいない宇宙には、何の光も無かったよ」


たとえ沢山の仲間に囲まれていたとしても。照らすものの無い宇宙は
暗過ぎて。


「──お前、戦いばかりに明け暮れた時期もあったものな……」


トチローがそっと頭を撫でてくれた。温度も、感触もないが、
ハーロックはそれだけで長年の孤独が癒されていくような感覚に
なれる。こんな風に髪に、心に触れることを許せるのは、この
たった一人の親友だけなのだ。


「……トチロー。今度、持ち運びの出来る小さな装置を造れよ。
 ずっと前に、十四郎さんが設計したような、さ」


ハーロックはトチローの胸に鼻先をすり寄せて提案した。
「へ?」と、トチローが目をぱちくりさせる。


「あのテレビみたいなヤツか? だけど、あんなモン、アルカディア号
 を動かすのには何の役にも」


「アルカディア号をどこかに停泊させて、久しぶりに二人で冒険しよう。
 機械は俺が背負って歩くから、トチローはどこにだって行けるよ」


──俺が護るから。十三歳の時に誓った言葉を繰り返す。見上げると、
トチローが「馬鹿」と恥ずかしそうに微笑んでいた。



★★★

──キャプテンが寝室にこもって約一時間後。

再びメインデッキに戻ってきたキャプテンの顔には、満面の笑みが
湛えられていた。


「999との通信回線を開け。鉄郎に礼を言う」


指示を出す声も、どこか浮かれて弾んでいる。「ほいほい」と
ヤッタラン副長があくび混じりに回線を開いた。


「999と回線繋がったで。トチローはん、戻ってきたんか」


「全くの愚問だな、ヤッタランよ。我が友はやはり聡明な男。
 大中枢コンピュータの新たな設計に取り組んでいる」


「戻ってきたんですか。どうりで」


999の通信回路への干渉が解けたわけだ。僕が手を叩くと、
キャプテンの目が、ちら、と僕を捉えた。


「正よ、やはり男は強く──そして優しくなければな。
 そうは思わないか?」


「へ? あ、あぁ……そうですね」


僕は曖昧に首肯した。──間違いない。キャプテンの親友さんが
戻ってきたのだ。戻ってきて、そして何らかのカタチでキャプテンの
機嫌を取ったに違いない。
鉄郎くんが呼び出されるのを待ちながら、キャプテンはメインパネルを
どこか感極まった眼差しで眺めている。


「先程、友が俺のために泣いてくれた。友を喪ったことへの辛さを、
 孤独を理解して泣いてくれたのだ。たった一人でこの宇宙を彷徨い続けた
 ……俺の孤独を」


「………あの」


──キャプテンには、トリ一羽とネコ一匹と四十人の仲間が。


僕は、ツッコミの許可を求めて副長を見やる。副長は真剣な表情で
「アカンアカン」のサインを出しながら近付いてきた。


「キャプテンの気持ち的には一人やったねん。ジュ、いや、キャプテンに
 とって大事なんはトチローはんや。何せあの人、十三歳の時に
 トチローはんに会ってからずっと──」


「そうだヤッタラン。鉄郎に礼を言ったら、この艦は暫く海賊島で
 休ませるぞ。せっかくトチローが戻ったのだからな、どこか──
 あいつの好きそうな星を歩かせてやりたい」


その時は俺も共に行くのだ。力強くキャプテンが頷く。「まぁ」と
有紀さんが微笑した。


「素晴らしい提案ですわ、キャプテン。あの人はいつもこの艦を
 見守っていてくれますものね。たまには休暇も必要でしょうね」


「理解してもらえて嬉しいよ、有紀くん」


にこ、と珍しく穏やかに笑うキャプテン。僕はただ沈黙するしかなかった。
口を開けば──多分、余計なことを言ってしまうに違いない。


「──ずっと、ゲロ甘やねんで」


嘆息と共に副長の口から洩れる言葉。それは見事に僕の心情を代弁
していた。


「そう……ですね」


嬉々として鉄郎くん(そう言えばこの子はメガネをかけるとトチローさんにそっくりなのだ!)に礼を交えた思い出話を語る我らがキャプテン・ハーロック。

その偉大なる背中を眺めながら、僕は漠然とした脱力感を覚えていた。









END













●痴話喧嘩第二弾。正くんも大変って話か? ちなみに元ネタは新銀河鉄道999の
 18巻から。

「ハ−ロックは俺の事を心配して、ずっとこの星の周回軌道を哨戒飛行してくれている……」

そんなトチローさんの台詞に泣いたり笑ったり(妄想で)。

ブラウザのBackでお戻り下さい。



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