Fathers・5



★★★


「──何のために、グレート・ハーロックの“影”まで
 用意したんだよ。親父がこれを造ってたとき、あの人は
 まだ全然健在だったろ。どうしてあの人まで巻き込んだ」


自室に戻り、俺はブーツと対寒熱仕様のマントを選び出しながら、
背後で部屋の中を散策する親父に問いかけた。


「たった数時間しか戻れないなら、何もあの人のデータまで
 引き出すことなかったんだ。これでハーロックは二度、父親を
 目の前で亡くすことになる」


その悲しみを考えたことあるのかよ──。俺の言葉に、親父は
「まぁね」と帽子を深く被り直した。


「考えたは考えたんだが……よく考えりゃお前も条件は同じだしな。
 俺一人だけ出てきたんじゃ不公平だし。何だよ、お前は父を二度
 失っても平気なのか?」


「平気も何も──。もうとっくに別れは済ませてある。俺の目の前に
 いるのはただの親父の“影”なんだ。試作品の“影”ごときに、
 俺の心は揺れたりしない。知ってるくせに」


「健気なまでに冷酷だな。敏郎。俺に似てるよ」


すたすたと親父が部屋を出た。俺はマントを引っつかんで後を追う。


「待てよ。まだ話は済んでねぇ」


「──数時間で消える未完成な“影”。だからお前はハーロック・ジュニアに
 説明するのを拒んだ。悲しい気持ちを、少し先の未来に引き延ばして
 やるために。大した慈悲だ」


突然立ち止まり、親父が俺の顔を覗き込む。──どこまでも見透かすような、
昏い光を持つ眼差し。俺は、僅かに全身をひくつかせる。親父が、そっと
耳元で囁いた。


「そういうトコロは、全然俺に似てねーのな。お前」


「──足掻いても変わらねぇ運命を、人に話してそれでどうなる。
 自分自身でも、打ち明けた人間にも何も出来ない事実を、だ。
 どうにもならないなら、話すだけ悲しみが増すだけだ。無力な
 思いをさせるだけだ」


「それでも、何一つ知らないまま、突然の別れを告げられるよりは
 マシさ。お前の優しさは偽善そのものだよ」


ぽん、と一度頭を叩かれる。次に見据えた親父の目には、いつもの
飄々とした笑みが湛えられていた。


「ま、おいおいわかっていくだろうさ。時間は志あるものに
 対して無益に流れていきはしない。経験が、お前を一回りも
 二回りも大きな男にするだろうぜ」


身長は期待するなよ──。そう言って親父は「いししししっ」と
肩を震わせる。「あのなぁ」と俺は溜息をついた。


「親父はさ、なーにか? そういう馬鹿を言うために出てきたんか。
 少しはグレート・ハーロックの気品高さを見習ってくれ。ちょっと
 本気で泣けてきたど」


「なーにか。あいつはあいつ。俺は俺だ。他人を他人と見比べるな。
 下らねーど。野暮ったいど」


「うるさいよ。もう帰れ。俺はトリさんと雪を見に行くのだ。
 いつまでも親父の相手ばかりしておれん」


俺は鼻を鳴らして戯ける親父を追い抜いていく。
すれ違う瞬間、何故か親父が泣いているように見えた。
死の床についても、涙一つ零さなかった男が。



「──お前の背中を、見送ってやれなかったからな」



「え──…?」


消え入るような言葉。
振り返ると、俺と全く相似形の姿は跡形もなく消えていた。


「……何だよ。もう時間なら──そう言っていけよ」


──全く配慮の足りない父親だ。俺は、きゅっと唇を噛んだ。



★★★ 

雪は──少し激しさを増して降り注ぐ。


「待てよ! 親父!!」


俺は懲りずに手を伸ばした。このまま、このまま雪景色に
溶けていくつもりなのだろうか。ハーロック一族が愛した
故郷・ハイリゲンシュタットに降る雪に還るように。


「なぁ、せめてヤッタランにも別れを。あいつだって、親父の
 こと知ってるんだからさ。黙っていくのは、騎士道に反する
 ──」


「──死は、雪に似ているな」


俺が勢いで親父を追い抜いた瞬間、不意に親父が立ち止まって呟いた。


「人が死ぬということは、この降りしきる雪に似ている」


「な……に?」


「人の命は儚い。人の夢は脆い。触れれば溶ける雪の花のように。
 けれど、こうして降り積もれば、それは決して溶けることのない
 強ささえ持つ。そして──」


「な、何だよ、いきなり。詩人みたいなこと言って。人は儚くて
 脆くて……それが何だよ。強くないよ。俺は、まだ」



「いつの間にか、わたくしの前を往くようになったのだな」



細かな雪が降り積もる。それが視界に紗をかける。親父はただ、
微笑んでいた。


「──人の血はこうして続いていくものだ。わたくしの足跡が無く
 なっても、お前が次の足跡をつけて進んでいく。わたくしの命が
 儚くとも、お前が百年先の未来を切り拓いていくだろう。本当に
 ──これ以上の幸せなど、ないよ」


霞んでいく視界。掠れていく影。「ヤッタラン!」と俺は幼馴染みの
名を叫ぶように呼んだ。


「ヤッタラン! 戻って来いよ!! 親父が──もう」


「良いのだ。彼は知っていたよ。知っていて、今こうして
 わたくし達に最期の時間をくれている。ジュニア、憶えておくと
 良い。人には──無言で去る優しさもあるのだと。言葉にせず、
 自身の悲しみを殺して、ただ行動で示す愛情があるのだと」


──それは少し、冷たく感じるだろう。本当に、人は雪のようだな。


灰色の上空を仰ぎ、目を閉じて。口元には、本当に穏やかな笑みを
浮かべたまま。
半年前と寸分違わぬ表情のまま、亡き父の姿は雪と共にさらさらと
掻き消えた。


「ジュニア……」


怖ず怖ずと、背後からヤッタランが頭を出す。彼は本当に
近くで姿を隠していたのだ。俺より一年年下で、俺より少し頭の良い
幼馴染みは、決して言葉には出さない優しさを示してくれたのだ。


「あ、あのな? ジュニア。わい、別にグレート・ハーロックが
 嫌いとか、そういうんじゃなくってな──?」


「うん。わかってる。わかってるよ、ありがとうヤッタラン」


彼の頭を抱き寄せて。俺は、一粒だけ涙を零した。



★★★


「ハーロック!」


俺が名前を呼ぶまで、彼は雪の中に、茫、として立っていた。
まるで夢の中を漂うように。俺は慌ててハーロックの腕に
縋り付く。


「ハーロック、ハーロック。おい、気を確かに。悲しいのは
 わかるけど! 全部うちの馬鹿親父のせいだけど!! あぁ
 もう、本当に何て言ったら良いのか……」


「馬鹿──なんて」


ちろ、とハーロックの鳶色の瞳が俺を捉える。彼は抱き寄せて
いたヤッタランから手を離し、俺の目線まで膝を折った。


「馬鹿なんて、トチロー。そんなこと言っちゃ駄目だ。
 十四郎さんは偉大な人だよ。親父も、俺も、あの人の
 凄さを認めているよ」


「でも、あの装置は。あれは、本当に即席のもので」


──本当に、未完成な無存在精神空間中枢。あれがもう少し完成
していれば、数時間などという中途半端な再会を果たすことはなかった。


「本当に配慮が足りないんだよ。発明馬鹿なんだ。未完成でも何でも
 造れるとなったら、もう。俺も、まだ知識が足りなくて、あれを
 完成させることが出来なくて。ごめんな、怒ってるだろ」


俺がそのように詫びると、ハーロックは「あのな」と穏やかに笑う。
その顔は、とてもグレート・ハーロックに似ていて。いつの間に
こんなにも大人びたのだろうと俺は少し唖然となる。ハーロックの
手が、強く俺の両肩にかけられた。


「親父が──言ってたよ。人は雪のようなものだって。儚くて、
 夢は脆くて。でも、降り積もれば強い。そして、人の血はその上
 をいく足跡のようなものだって。親父達の足跡が消えても、俺達が
 新しく刻むんだ。だからトチロー。十四郎さんがお前に未完成な
 装置を任せたのも」


──お前が完成させろよ、敏郎。


ふと、親父の言葉が耳に甦る。


「俺が……完成させると、信じたから?」


俺はゆっくりと顔を上げ、ハーロックの目を見つめた。「うん」と
優しく彼が頷く。彼の背後で、ヤッタランが「当たり前やろ」と
腕を組んだ。


「トチローはんは優秀な“マイスター”や。こないにデキる
 息子持ったら、大山家も安泰やで。Dr大山も大安心や。
 息子の成長ぶりに涙出たんとちゃいますやろか」


「……涙……?」


そういえば、親父は最後。


泣いて──、いた?


「あ──…」


俺は呆然とハーロックの腕に身を埋める。

別れる悲しみは、どちらも同じように寂しく。
そんな当たり前のことさえ気付けないほど、未熟な俺を。


──まぁ、おいおいわかっていくだろうよ。


あの人は、笑って見送ってくれたのだ。
何も言わず。語らず、ただ黙って去ったのだ。


「なぁ、トチロー」


しがみつく俺を離さずに抱き返して、ハーロックが耳元で囁く。


「俺の親父がね、十四郎さんとトチローはそっくりだって。
 顔とかだけじゃなくって、性格も似てるって。俺は、
 ちょっと違うかなって思うんだけど」


どう思う──。問いかけられて、俺の目尻が痛くなる。容赦なく
降ってくる雪の冷たさが、頬に伝ってくる涙の熱を一層に熱く、確かな
ものにする。
俺は答えられず、ただ「うん」と首を縦に振った。


「うん? 違う?」


「──うん」


「親父は似てるって言うんだけど」


「うん」


「何だよ、似てるのか? それとも違う?」


「うん」


「──…泣かないで」


「……泣いてねぇよ」


けれど、俺は更に力を込めてハーロックの胸に顔を
押し付ける。ハーロックは「嘘」と、温かい唇で俺の涙を拭って
くれた。


「………今の嘘。泣いて良いよ。トチロー」


「──…うん」


ぎゅ、と俺はハーロックの首に両手を回して。降り積もる雪の中へ
還った人達を想って、泣いた。









END













●親父―ズが出ばりまくった話。何気に東條の趣味丸出しだよ。
隠し芸大会は再々再々×800放送くらいでしょうか。キレた吉澤さんは
男前で良かったです。え? ヤッタランとトリさんはどこに行ったかって?
多分気を利かせてヤッタランがトリ回収。数メートル先で二人を見守っているのでしょう(微笑)。

●この話、意外と重要っぽいので残します。ほいだらクリスマスのは
重要じゃないんかい、とか聞かないで下さいねv いや〜ん。
                        ↑
                  三日連続の更新で人格崩壊気味。




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