Shell Songs……?






★★★


どこまでも続くかのような鮮やかなスカイブルーの空ととマリンブルーの
水平線。遠くで入り混じりもうどこからが空でどこからが海なのかもわから
ないほど。

清々しく吹く風。白い砂を足元で巻き上げる。さらさらとしたそれが睫毛に
触れて、俺は思わず目を閉じた。


海賊島の──海。常夏の気温と鮮やかな色彩。軽やかに踏める砂浜は、寄せ
る波と風に撫でられて瞬く間に俺の先を行く足跡を消していく。


「なにしてんのさ、トチロー」


転がるように駆け出して、しきりに水に入ったり岩場に落ちたりしている親
友に焦れて、とうとう声を出して呼んでみる。

ブーツの踵を浸すエメラルドグリーン。星の砂。揺れるヤシの木。南国の海。
人工太陽の光の中で、色のマントと帽子をかぶった親友は何だかとても浮い
ていた。もぞもぞもぞと砂浜を這い回り「貝だ!!」と楽しげに手を挙げる。



「貝採ったどハーロック! 見れ」



がっしょがっしょと大きな網袋を携えて、季節外れのサンタのように駆けて
くる。俺は悠々と歩み寄り、前のめりになる小さな身体を抱き止めた。


「そんなに重いの持って走るの危ないよ」


「ふふん、これが大漁というものだ。ハーロックよ。見るが良い」


自慢げに俺より二回りも小さな手を出してくる。手の中には更に小さな二枚
貝。「アサリだ」と敏郎が小鼻を膨らませる。


「ついに養殖に成功したのだ。ハマグリから二年。快挙である」


「アサリ?」


「喰える貝である」


知ってる。喰えない貝はここにはないのだ。ホタテにカキにアワビにバカガ
イ。季節も産地もばらばらじゃないかというツッコミはこの天才には通用し
ない。

不可能を可能にする男。それが大山敏郎なのだ。


「ふふふ、ついにやったど〜。これで食卓にアサリの味噌汁が出るのだ。
 毎朝作ろう。美味いのであるど」


「トチローの料理が美味しいのは知ってるけどね」


上機嫌で海に入り、貝を洗う背中を見守る。日々の荒唐無稽、快刀乱麻な生
活に飽き、癒しを求めて艦をここに置いてもう三日。南国リゾートのような
この人工星で存分に癒しを体験する(つまりは飲んだくれている)仲間達を
よそに、彼は滅法アクティブだ。

やれ畑はどうなった。


やれ森のキノコはどうなった。


鶏は卵を産んだのか。


ブタは元気にやってるか。


人工気温調節機は大丈夫か。


人工太陽の具合を見なくては。


人工重力場発生機の微調整をしなくては。なんということ! 地球のそれよ
りGが軽くなっておる!!


ヤシガニは息災か。


ココナッツが食べたい。レイシを植えよう。


そうだパンノキの苗を買ったのだった。



パンか…。パンよりご飯であるな。腹持ちが良い。


そういえば腹が減ったのである。



ハーロック、海だ! 飯取りに行くど!!



……見事な思考展開である。全くもって無駄がない。しかもこの間彼は言葉
通り次々と作業を始め、終えていったのだ。

敏郎の指示に従って、畑でジャガイモを掘っていた俺は土も泥も拭う暇もな
く彼の手に引かれて。

「おたっしゃで〜」と新たな畑を開墾していた魔地の見送りを受けながら海
までやってきた。しかし魔地め、なんなのだあの格好は。まるでゴンベさん
じゃないか!! しかも巻いた種をトリさんにつつかれてるし。ゴンベが種ま
きゃカラスがカァかよ!!

途中、仔豚の体重を量るヤッタランを通り抜け(涎を垂らすな涎を!)、酒
瓶片手に上機嫌で歌を歌うミーメに遭遇し(オッサンかお前は!!)、森を抜け
て紺碧の海へ。

あわや久しぶりのデートかと思いきや、熊手と網袋を手渡されて「ノルマで
ある」。なんという徹底したリアリストぶりだ、友よ。


「トチロー、そんなことは俺が」


「おぉワカメ」


「聞けよ」


「元気であったか? サカナ太郎にサカナ次郎よ」


「トチローそれは」


熱帯魚のサカナ太郎とサカナ次郎ではない。ただのサカナだ。ツッコもうと
思った瞬間、敏郎の手が彼の脛をつつくサカナを鷲掴みにする。「間違えた
のである」と一人ごちて、網袋の中へ。どこまでニュートラルなんだ。お前。


「トチロー、洗うのは俺がしよう。トチローずぶ濡れになっちゃうよ」


「なに、構わぬ。濡れたなら脱げば良いのだ。どうせ美しい女子が見ている
 わけでもありますまいに」


「……美しくない男子で悪かったね」


にししと笑う親友の傍にしゃがみ込み、彼がアサリを洗うのを見守る。エメ
ラルドグリーンの海。深く潜れば珊瑚礁。砂浜で貝を掘るより銛で魚突きに
行く方が良いなぁとぼんやり思う。

尻を撫でる波の感触。気色悪いぞと立ち上がろうとしたその時、


「あ」


砂に埋もれたサザエを見つける。珍しい、こんなところに流れてくるなんて。


「トチロー、貝だよ」


数度海水で洗ってから拾い上げる。残念ながら中身はない。けれど耳に当て
てみれば、それはごうごう、轟々、ごうごうと。


「海鳴りがする。ほら」


「おぉサザエ」


「聞けよ。二秒で良いから俺の話を聞け」


差し伸べられた小さな掌に乗せてやる。「なんだ空か」と敏郎は落胆に唇を
尖らせた。


「空の貝殻など畑の肥料にしかならぬ。砕いてそうしてくれようか」


「わー待て待て! ほら、耳に当ててみろよ。海の音がするよ。ロマンティッ
 クだなぁ。ついついメラリンコックになっちゃうなぁ」


こうなりゃ男の意地である。ナニが何でもこの超リアリストな親友と甘い雰
囲気になってみせようぞ。俺は膝を折り、敏郎の耳に貝殻の口を当ててやる。


「ほら…海鳴り。不思議だろトチロー。貝殻からこんな音がするなんて」


「ふん、児戯だな」


つい、と貝殻を掴み取り、敏郎がちらりと俺を見上げる。大きな眼鏡の下で
光る色素の薄い無温の瞳。見つめられるとぞくりとする。


「これはただのエコーに過ぎん。見ろ。巻貝の中の空洞とこの殻口の微妙な
 カーブが空気の流れを作り出す。それが螺旋内を通り、また、貝殻の外殻
 に触れている人の手の僅かな動作音を反響させてあたかも波に似た音を
 作り出すのだ。試しに自分の手で空洞を作り、半分ほど耳に当ててみるが
 良い。全く相似とは言わぬが似た音が楽しめような」


「……ホントに可愛げがねぇよ。このガキャぁ」


ユーレイだの怪奇現象だのは好きのくせにと言ってやれば、「それらの正体
を追究し、真実を知った上で、騙されている連中を観察してほくそ笑むのが
好きなのだ」と返される。真性のリアリストかつ真っ黒だな。こいつ。


夢はデカいが…ロマンスはねぇ。



「……もういいよ。アサリでもワカメでも取ってくれ」


俺はすごすごと後退し、ヤシの木に背中を預けて項垂れた。「ナニを落ち込
んでおるのだ」と敏郎が立ち上がる。


「良いではないかハーロック。貝殻などに頼らずとも、人は波の音を聞ける
 のだ。その耳と手でいかなるときも。どのような場所に立っていても。
 知ることが出来るのだど?」





始源──人はあの水から生まれ、いつか、あの波に還ることを。





風が、吹く。極彩色の海。遥か彼方で交わりあう鮮やかなブルー。

敏郎の髪が、くすんだマントが、帽子のつばがなびいてる。


「トチロー」


こちらに歩いてきた親友を、俺は膝をついて出迎えて。


「トチロー、今、すっごく格好良かったぞ。惚れ直した」


偽りなく感嘆して抱き締める。「ふん、何を今更」と親友は僅かに頬を染めて。


「俺が格好良いのは今に始まったことではなかろうよ」


「うん。でも、今のは良かった。凄く、良かった」


ちゅ、と音高く丸い頬に口付ける。ぼ、と彼の頬が熱くなって。


「ば、馬鹿モノ。控えぬか。晩飯取りは終わっておらんど!!」


すててて、と走り出す。途中で派手にすっ転び、タイミング良く波に浚われ
る。



「うわ…ッ! ちょ、トチロー?!! トチロー!!!」



こうなりゃこのまま素潜りだ。サザエをしこたま採ってやろう。つぼ焼きに
して、刺身にして、みんなでぱーっと派手にやろう。殻は砕いて畑の肥料だ!!


俺は空高くブーツを脱ぎ捨てた。





















・タグ打ち一発目……!! ど、どうでしょう。ちゃんと見える…かな。






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