Happy Days・18



★★★


「おい、アレ見ろよ!!」


ハーロックに言われるまでもない。俺はしっかりとガラス窓に張り付いていた。

お父さまとグレート・ハーロックが背中合わせになっている。周囲を取り巻く機甲兵団。数は減ってしまったが──それでも脅威であることに代わりは無い。


「……囲まれた……!! いけない、あれじゃ逃げ道がない。もっと分散させ
 なくちゃ」


一対一なら。先程のグレート・ハーロックやドクター大山のように切り捨てることも可能だろう。だが、囲まれてしまったら。


「彼らのガトリングに一斉射撃されたら…体が無くなる!! あぁ……」


お父さま。大口径の銃口が、お父さま達に向けられる。ドクター大山は未だに倒した機甲兵の残骸をいじくっているのだ。援護を、と叫んでみるが、厚い防音ガラスの向こう側には届かない。


「零、零大丈夫。俺のお父さまは勝算もなしに友達を呼びつけるような男
 じゃないよ。きっと何か奥の手が」


「『ニーベルング』で? だけど、あの武器はどうみても」


接近戦用の単一武器。間合いもガトリングよりは遥かに短い。


「ムチを使っても…見てたろ、ハーロック。ムチじゃ装甲に傷をつけるくら
 いしか」


鋭く硬い刃でなければ駄目なのだ。もしくは──威力の大きいレーザー砲か何かでなくては。


「……よもや、『Heaven'S gate in The rain』を使用するつもりではある
 まいな」


敏郎が呟く。「おぉ!」とハーロックの歓声。俺は背筋に氷でも突っ込まれたかのように竦み上がる。


「馬鹿な! ゲオルグの話聞いてたろ? あれをここで使ったら…みんな
 消し飛んで骨も残らなく」


「お父さま、面倒臭くなったみたいだしなぁ。出るか、連邦軍懐刀!!」


「うむ、親父は戦線離脱しておるしな。グレート・ハーロック一人ではいか
 にも面倒である。拝めるかもな」


「そんなのんびり言われても!! ど、ドクター大山だって凄い刀捌きだった
じゃないか。彼も合わせて3人で挑めば──」


「それは難しいのである」


「あぁ、それは難しいかもねぇ」


俺の言葉に、敏郎とハーロックは意味深な表情で首を振った。何か俺の知らない問題でもあるのだろうか。俺は「そんな」と呟いて窓に張り付く。


「し…死んじゃう。今度こそ──」


「大丈夫だよ零。ゲオルグの望みは零のお父さまと戦うことなんだろ。あの
 ロボット達だって命令されてるだろうから零のお父さまは死なない」


「うむ。死ぬのは俺の親父とグレート・ハーロックのみである」


「呑気な顔で言うことじゃないだろ!!」


俺はばんばんとガラスを叩いた。自分の父親だけ助かれば良いなんて言ってない。誰も死んで欲しくないのだ。誰も。

さっきの──両断にされた兵達だって。倒されてしまった機甲兵だって。


同じ人間なのに。同じ赤い血をしてるのに。


「これ以上犠牲が出るなんて──…一体、ゲオルグは何を考えてるんだろう。
 そうまでして、どうしてお父さまと……」


「本当の目的は俺のお父さまの抹殺さ。ゲオルグの言ったことまとめてみろ
 よ。あいつの目的は、零のお父さまと戦うこと。でも、ゲオルグの上の人
 が考えているのは──俺のお父さまの抹殺。元より犠牲の出る覚悟さ」


「あぁ…」


そういえば。俺は冷静に人差し指を振り立てるハーロックを見つめる。車の中。この部屋に連れてこられたとき、ゲオルグがお父さま(中身はグレート・ハーロックだったが)に電話をしたとき、端々に自分よりも上の存在がいることをほのめかしていたか。

何より、ここで動いている兵達は宇宙機動軍の者なのだろう。機甲兵団の出現がそれを証明している。

単に所属が明らかになっている人間が陸軍のゲオルグのみというだけだ。

それだけで、俺はいつの間にか本筋を忘れてしまっていた。彼らはお父さまが66地区にいることさえ知らなかったのだ。俺が攫われて来たのは──偶然に過ぎない。


本来なら、彼らの目的はハーロックの領地、屋敷に潜入し、家人を隠密に皆殺しするところで終わっていたはずだったのだから。


「アーサーの迷子癖も役に立つね。そうでなきゃ今頃家が滅茶苦茶になって
 た」


「立派な家だ。ぶち壊されたら直すのが大変であるな」


うちの掘っ立て小屋とは違うのだ。敏郎が深刻げに腕を組む。


「星野・アーサー・巧…まだ会っていないが、余程の強運に恵まれた男。ハー
 ロック、運が良いというのは大切なことである」


「だろ? アーサーも俺も運だけは良いんだぁ。クジ付きアイスとか外した
 ことないしね」


「………」


俺はどちらかというと外す方だ。道に迷いはしないが──クジなんて、当たりの出たためしがない。


「運が良くたって…お父さまのが出たら死んじゃうんだぞ」


ここごと吹っ飛ぶ。ゲオルグの話にあった機械化人戦闘母艦のように粒子になって散ってしまうことだろう。それこそ本末転倒だ。


「だから、死なないってば。俺のお父さまだもの。お父さまはいつも言うよ。
 戦闘は、常に冷静にスマートに。余裕を持って、目的や大意を見失わずに。
 熱くなり過ぎず──されど勇猛果敢に」


「長い! 長すぎるよその教え!!」


しかも何と難しい。「もうちょっとなんだけどな」とハーロックが後頭部で腕を組んだ。


「まぁ良いや。あとは忘れたし。とにかく、いつも俺にそんなこと言うお父
 さまが、そう簡単に皆が死ぬような大技出させないってこと。零のお父さ
 まだってそうさ。ここには何たって零がいるんだから。ゲオルグだって
 それが目的で」


「そう…なんだけど」


俺のお父さまは時々言う。



「戦闘は、常に敵殲滅の方向で! 形振り構っていられるかっつーの!!」



「………すまない。ハーロック、敏郎。多分、全滅だ」


「え、ちょっと零!? なんでネガティブ? なに思い出したんだよお前!」


「そんなことより! 見ろハーロック、零!」


敏郎がぴょこんと飛んで窓に張り付く。グレート・ハーロックが動いた。その言葉に、俺もガラスに張り付こうと体の向きを変えた。途端、視界が真っ白に染まる。


「なんだ…? 急に寒く……」



「氷!! 離れろトチロー、零!」



何かを察したハーロックの腕が俺と敏郎を掴んで床に引きずり倒す。


次の瞬間、ガラス全面が凍てつく氷に覆われて、砕けた。




★★★


ゆっくりと、手を翳して『ニーベルング』に口付ける。



「廻れ、私の愛しい──『シュウエルトライテ』」



大気に混じる冬の凍気。きらきらと輝き、エンジェルダストになってグレート・ハーロックの手首に収束していく。

刹那、工場全体を覆い尽くす鏡面のような氷の壁。しんと音もなく機甲兵達のボディーをも覆う。


『な、なんだ──?』


『こんなもので──我々の動きを封じられるとでも!!』



「動かない方が良い。命を落したくないのなら」


警告してやるのは澪の立場を思ってのことだ。いかに裏切り者とはいえ、彼らは連邦軍人。一応の礼は尽くすべきだろう。「ありがとな」と背中の向こうで澪が呟く。


「でも、お前の言うこと聞くような奴らじゃない」


「では君が言ってはどうだ? 同じ連邦軍人、かのウォーリアスの言うこと
 ならば聞くのでは?」


「もう連中は軍人でも何でもねぇ。ただの裏切り者さ。それに…宇宙機動軍
 は管轄外だ。俺の言うことだって聞きやしない」

ただ子供達に。澪の俯く気配。そんなに恐ろしいかとハーロックは薄く笑う。


そんなに恐ろしいか。幼い子供達の目の前で、自身の中の鬼を解き放つのが。
戦うことを好む本性を曝け出し、笑みさえ浮かべて目の前の敵を撃破出来るということが。



「私にはわからないな。アーサーくんも、ファルケ・キントもトチローくん
 も…いずれ私達のようになる。いや、私達よりももっと強大に…もっと偉
 大に。新しい風というものは、いつだって古きものよりも美しく高く吹く
 ものだ。零くんだって、今は幼く果敢なくとも、いずれ」


「零は──アイツは、違うんだよ」


「何故? 君の子なら──必ずや君と同じく強い男になるだろう。戦いを好
 まぬ優しい性格だというのならそれでも良いさ。優しい強い男になる。時
 代がそれを欲するのもそう遠くはない」


「そうじゃ…なくて」


そうじゃなくてさ。澪がかしかしと頭を掻いた。背中越し、表情は見えない。


「ハーロック……俺は……」


零は。俺は。澪の言葉は時夫の声で掻き消された。「澪さん!」と高らかに呼び、「大変ですよ!!」と彼らしからぬことを言う。



「アーサーくん、いつの間にかいなくなってます! どうしましょうねぇ、
コレ」


「あぁ?! 時夫、馬鹿! お前なんで目ぇ離すんだよ。保護者失格!! 減給処
 分だ!」


「自分の子の面倒みるのも面倒臭いのにどうしてよその子の面倒みきれる
 というんですか。ハーロックに誘われて、のこのこそっち行ったアンタが
 悪い! 責任取って探して下さいよ」


「俺の責任?!! あぁ、どうしてガキってのはこう自分勝手に一途かな。だか
 ら嫌だって言ったんだ。連れてくるの」


「心配ないさ。アーサーくんは幼いが未来のファルケ・キントの片腕だ。
 友を救うべく自ら動き出したのだろう」


「だから! それが自分勝手だってぇの!! ここの加重にも耐えられないで
 ナニが出来るってんだ。どっかでぺしゃんこになってたらどうするよ」



「なーにか。澪よ、お前は童らを過小評価しすぎである」


十四郎が鳴く。倒した機甲兵のボディから幾つかパーツを剥ぎ取って、ちょこちょこと工場外へ出た。


「しかし、これで命乞いさせる暇はなくなったな。くだらん人道主義など
聞きたくもない。戦場であるのだ。童の目がなくなった今、戦わぬなどと
は言わせんど」


「あぁ…戦いますよ。やるったら。くそ、俺の予定ではせいぜい可動不能に
 する程度だったけど──どうやらお前のご期待に添えそうだな」


心底の嘆息。ハーロックは「それはありがたい」と微笑んだ。目の前では、氷縛を解き、動き出した機甲兵達。ガトリングの銃口が一様に向けられる。

命乞いなど。させるつもりは毛頭無いのだ。最初から。


「澪、急いでくれないか。撃たれたらさしもの私も死んでしまう」


「さぁね、死なないんじゃねぇのか? 試してみるか?」


「君の鋼鉄のような腹筋とは違うのだ。弾を弾くのは不可能だな」


「……俺の腹筋だって弾けねぇっつうの」


『Heaven'S gate in The rain』。澪の全身に緊張が漲る。と、同時に、彼の身体に集まる光。



 りりりりりりりりりりりりぃ……ん。



大音量の軽快な鈴の音。セミオリハルコンが歌う。まるで指揮を取るように、澪が拳を振り上げた。


「さぁごめんなさい言ってももう駄目だぞ! 裏切り者にはおしおきだ!!」


『ふん、『Heaven'S gate in The rain』か! ウォーリアス・澪中佐、お
 忘れのようだがここには貴殿のご子息も』


「裁きの雷鎚って知ってるかァ?! 大神ゼウス! 雷神トール!! 奴らが悪
 を穿つのは、いつだって正義の電光だ!! 悪党は死ぬ、良い子は生き残る!!
 お前さんらはどっちかなぁ?!!」


「澪、逸る気持ちはわかるがもう少し静かに。そう、私はいつもファルケ・
 キントに言っているのだよ。戦闘とは──常に冷静にスマートに。余裕を
 持って、目的や大意を見失わずに。熱くなり過ぎず、されど勇猛果敢に」


「長い! そんな講釈光は聞いちゃくれないぜ。迷子探しだって控えてんだ。
 敵をやるときゃいつでも殲滅!! 形振り構っていられるかぁあぁあぁッ!!!」



 りりりりりりりりりりりりぃん!!!



鈴の音はますます高く。大反響して工場内に響く。このまま天井を吹き飛ばせば、夜空を裂くほどの光。光光──!!



「くらぇ! これぞ俺とハーロックの合体技!! 『ジャッジメント・レイ』!!」



澪の拳が振り下ろされた。落ちる雷鎚。轟く雷鳴。鏡面のように張り巡らした氷の壁に光はぶつかり、乱反射して威力を高め。



『ぐわぁあぁあぁぁッ?!!』


『くっ…動力ダウン! 制御不能………』


『うわぁああぁぁあぁッッ!!!』



瞬く間に、重厚な機甲兵達を装甲ごと撃ち貫いた。砕ける合金ボディー。中の人間ののたうち回る様。

これが『ニーベルング』と『Heaven'S gate in The rain』の技。全てを穿つ電子レーザービーム。


大山十四郎の最高傑作。その身に受けて思い知れ。ハーロックは優しく手を挙げて阿鼻叫喚の曲を止めるように『シュウエルトライテ』を解除する。


飛散する光。エンジェルダスト。天国に降る雨のように煌めいて消える。
あとには、静寂。心地良いものだ。ハーロックは天を仰ぐ。


「格好つけ激しすぎだろ……」


額に浮かんだ汗を拭って澪が唇を尖らせた。「戦闘とはかくして終わるものなのだよ」とハーロックは友の肩を叩く。


「戦闘とは、常に冷静にスマートに。余裕を持って、目的や大意を見失わず
 に。熱くなり過ぎず、されど勇猛果敢に。そして──その終結は必ず美し
 く、優雅にね」


「けっ、滅びろ海賊」


「正しい言い方ではないな、澪。私達はただの海賊ではない」


「格式高い海賊騎士なのだ、であろう?」


振り向けば、十四郎が自分の作品の出来に満足したように笑っている。


ハーロックは、優雅な所作で一礼した。















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