My Earth
太陽系第三惑星

『地球』

暗い宇宙でぼんやりと青く輝くあの星が、
人類全ての故郷だという。


「生きているものは何でも、自らの星の構成元素を
 その身の内に抱いている。
 だから、全ての生き物は自分の星を偉大だと思う。
 愛しいと思う。美しいと思う。
 離れているのなら帰りたいと願う。
 たとえ望んで宇宙に出た者でも、自らの星を構成する
 大地や海に還りたいと願わない者はいない」


そう言って、聡明な親友はいつも笑う。

──だけど、僕はそれを願わない。

故郷だと思っていた星はもう。
偉大でも、
愛しくも、
美しくも──ない。



★★★


「誰か、うちの座敷童見なかったか?」

俺は、艦内放送で、誰ともなしに問いかけた。

「なんやねん、また行方不明かいな。あの人」

ヤッタランが面倒臭そうに応えてくる。しかし、それでも
プラモデルを作る手が止まる様子はない。

「うん。出て行ったきり通信も途絶えてる。この星は治安が
 安定しているから大丈夫だとは思うが、あれはトラブルを
 起こす名人みたいなモンだからな」

──地球人達に『小さな故郷』と呼ばれる星に降りて、
四時間が経っている。
その名の通り地球を一回り小さくしたような星だ。
青く、暗い宇宙でもぼんやりと輝く惑星。
それはいかにもトチローの好みで。艦内の計器類をメンテナンス
し終えたばかりで三十六時間寝てない彼を、ゆっくり休養させるには
丁度良いと思ったのだが。


「まさか、逆にテンションが上がるとは思わなかった。
 スペースウルフで一足早く行ってしまってから連絡が途絶えている」


俺は重い溜息をついた。興味の対象を眼前に突きつけられると寝食を
忘れるのがニホンジンの特性か。トチローは転がるように(小さいので
本当に転がっていたのかもしれないが)艦を出て行ってしまったのだ。


「キャプテンは心配しすぎやねん。トチローさんは立派な男やねんから
 自分のことは自分で始末出来るやろ」


ヤッタランは極めて冷静に言う。「しかし、三十六時間寝てないぞ」と
俺は彼を映し出すディスプレイに向かって身を乗り出した。


「お前も手伝ったからわかると思うが、トチローはここ数日
 メンテナンスにかかりきりで寝てないんだ。あいつ、ベッドが
 なくても寝るし。寝るとなったらトリに頭噛まれても起きないし」


「そのトリさんも一緒やな」


トリも一緒なら遠くへは行かんやろ、と、それきりそっぽを向いて
しまうヤッタラン。これ以上彼との会話は望めない。
俺は諦め、親友を求めて自ら外へ赴くことにした。

宇宙へ出た地球人達に『小さな故郷』と、呼ばれる星。
暗い宇宙で青くぼんやりと輝く星。
小さな港街がある以外、人の居住を許さない、甘い郷愁感を
誘うために存在する星。
地球の、もうとっくに昔話になってしまった時代の姿に酷似
しているという、けれど地球ではないこの惑星。

──少し、嫌な気分になった。



★★★


「なんだよ、いきなり変な顔だな」


案外あっさりとトチローは見つかった。
港町を見下ろすような丘の上でグースカ寝ていたのだ。
そして、寝起きで顔のむくれた親友は、心配して探しに来た
友に「変な顔」とのたもうた。俺は黙ってトチローの頭を
ブン殴る。


「いてっ! お前、寝起きに変な顔見せておいてそりゃねぇだろ。
 何怒ってるんだよ。八つ当たりは男らしくないど」


「うるさいな、お前こそ心配して探しに来た人に失敬だろーが。
 四時間も連絡なしに昼寝とかするな! 寝るなら一言「寝る」って
 通信入れてから寝ろ!! そうすれば現在地が出るから無駄にプラモ
 制作中のヤッタランと会話しなくて済んだんだ」


「この星は治安が良くて自然も多いから、好きなだけ休めって言った
 のはお前だど。っていうか、何でそんなに不機嫌なんだよハーロック」


憤る俺を冷静に受け止め、トチローはようやく起き上がった。
一度大きく背伸びをしてから、「何かあったかい?」と俺に向き直る。


「何かって……俺はこの星には降りても艦から出る気は
 全くなかったんだぞ」


本当に全く無かったのだ。俺は腹立たしいほど青い空を仰ぐ。
白い雲がだらだらと流れていて、眼下に広がる街はいたって平和
そうだった。空気が汚れるから、と、舗装もされていない道には
自動車さえ走っていない。


「お前、この星が嫌いかね」


トチローが俺の顔を覗き込む。「うん」と俺は膝を抱えた。


「お前が休むには良い星だって思ったけど、俺は全然好きじゃないよ。
 人間がいなけりゃ、まだマシだったかもしれないけど」

「この星に住む人間が嫌か。お前らしくないなぁハーロック」


「いーや、全然俺らしいね。ニセモノを嫌うのは海賊として至極
 まっとうなことだもの」


俺は、膝頭に顎を乗せ、殆ど呟くように言う。


「宝石でも、金でも、強い敵でも、海賊は本物が好きなんだ。
 本当に価値があるからこそ、手に入れがいがあるし、倒し
 がいがある。例えば、お前やアルカディア号のようにさ」


一番の宝モノだよ、と言うと、トチローは少しだけ苦笑した。


「そりゃどーも。だけど、お前にとってこの星はニセモノかい。
 星は星。ニセモノも本物もないと思うがねぇ」


「星自体はニセモノじゃないけど、コンセプトが嫌いなんだよ。
 二昔前の地球に似せよう、そのままを維持しようっていう
 コンセプトが。元々、ここは無人星だったのに、地球人が一番に
 見つけたからって、こんなことになって」


『小さな故郷』は、移住するための星ではない。
少数の地球人だけが港をつくり、地球人の艦以外の艦が降りることを
許さない。

全ては、かつての故郷に近付けたいがために。


「そのせいでミーメだって降りられないんだ。馬鹿げてる。
 そうは思わんか? トチロー」


「まぁ、ミーメが降りられないのはなぁ」


中天の太陽を眩しそうに見つめて、トチローが続ける。


「でも、俺はこの空気は嫌いじゃないがね。俺はお前とは持って
 生まれた属性が違うから、お前のような嫌悪感は抱かんよ。景色を
 眺めて、少し休憩するには充分。ここは、そのための星なんだからな」  


「属性って、俺は海賊の属性で、お前は違うっていうことか? 同じ艦に
 乗っているのに?」


「むくれるなよハーロック。属性っていうの、はつまり俺がエンジニアだと
 いうことさ。造り出すものの立場にとって、ニセモノかどうかっていう
 ことは、大事なことじゃない。出来の善し悪しこそが問題なんだ。
 この星は良い出来だよ。お前の言葉を借りるなら、出来の良い地球の
 模造品さ。地球人なら、体内の構成元素が懐かしさで騒ぎ出す。そういう
 星だよ。この星は」


生きているものは何でも、自らの星の構成元素をその身の内に抱いているからな。

俺の何倍も聡明な親友は、そう言って目を細めた。
これは彼の口癖だ。だから、生きているものは何でも、
自分の星が好きなのだと。
──愛しく。離れてもなお、忘れ得ぬ恋人か友のように。


「それが本当なら俺は地球人じゃないってことになる」


その証拠に、俺の構成元素とやらは、この星に来たって懐かしがらない。
そう言うと、トチローは「そら大変だ」と、大口を開けて笑った。


「お前は地球や地球人が嫌いだものな、ハーロック!」


「そう、嫌いなんだよ。グータラしててスーダラで、呑気で馬鹿だ。
 あれじゃあ明日地球が滅びるって言われても、その瞬間まで
 馬鹿のままだろうな。実際、正体不明の戦闘艦に襲われたことも
 あるっていうのに、今、地球で話題になってることと言ったら
 アメリカ大統領の犬に子供が生まれたとか、そんなのばかりだ。
 親父と地球を出たときだって、全然寂しくならなかった。未練なんか、
 全然ないよ」


「でも地球のニュースはチェックしているのでありますか?」


トチローの指が、からかうように俺の頬をつつく。俺は憮然と
して「地球の馬鹿さ加減を再確認してるんだ」と、トチローから
顔をそむけた。 


「……とにかく、俺はあんな星を故郷だなんて思ってない。
 だから、あんな星に似せようとわざわざ作ってあるこの星も
 好かん。機嫌が悪かったのはそういうこと。休養の邪魔して
 悪かったな」


ズボンに付いた土を払い、俺は早々に立ち上がった。自分の不愉快さを
トチローまでに伝染してはいけないと思ったのだ。


「地球に関してだけは、お前と考えが合わんなぁ」


のんびりとトチローが俺の背に声をかける。空気に溶けるようなその声は、
風に乗ってふわふわと俺の耳にそよいできた。


「だけど、一つだけ知っておいてくれハーロック」


ふと、そよぐ声が真剣味を帯びる。俺は、振り向かないまま立ち止まった。


「なんだよ、トチロー」


「人は、誰でも塵に還る日が訪れる。その時、俺が宇宙葬を拒んで
 どこかの星で眠っても、どうか怒らないでくれよな。それが俺の
 願いだということをさ。いや、怒って恨んでも良いんだが、
 なるべくお前には嫌われたくない」


「……トチロー?」


「心はきっとお前と共に旅を続けるから、体はそっと土に還してくれ。
 この星じゃなくても、地球じゃなくても。人がいて、活気に満ちて
 いる愛しい星を、俺は自分で選ぶから」


「……」


「その時は、お前が阻んでも俺は往くよ。まぁ、まだ死ぬ予定はない
 けどな」


「それなら今言うな! ッこの馬鹿!!」


俺はトチローに駆け寄り、渾身の力を込めて頭を殴る。がつん、と
重い音がした。トチローの目がくるりと回る。


「ぐわッ……!! 痛い! 痛過ぎるし!!」


「俺の拳だって痛いわい、この馬鹿タヌキ! お前なぁ、
 そういう話はもっとジイさんになってからしてくれよ。
 そうじゃないと悲しいだろ。お前、俺が死ぬ話したら
 楽しいか?! 楽しくないだろ。それとも楽しいって言うのか?
 そうなのか?」


「い、いや。楽しくはないけど、何かチャンスだったもんでつい……」


「何がチャンスか。もう寝ろよ。三十六時間も寝てないから
 死に向かう発想に行き着くんだ。若いうちから死に向かうこと
 考えてると、早く年取るって、うちの親父が言ってたぞ」


トチローの頭を押さえつけ、俺はぐいぐいと地面に押し付ける。
「わかった、わかったよ」と、トチローが必死に俺の腕を引いてきた。


「もう寝る。三十六時間分休むから、頭を押さえるのはやめろ。
 このままでは休む前に窒息して死ぬる」


「わかったのなら良い。今後も気をつけてくれ。艦長命令にしておくぞ。
 これは」


「わかった。OK。それじゃあオヤスミ」


それっきり。トチローはトリを枕に、すぅすぅと寝息をたて始めた。
やはり、随分と疲れていたらしい。
そして、どうでも良いことだが、これだけ周囲で騒がれたというのに
ぐぅぐぅ寝ているトリは凄い。眠りの深さは飼い主譲りらしい。恐るべき
トリ。

『小さな故郷』今日は晴天。

気温は20°、湿度は低め。

心地良い風に吹かれながら、俺はふと思い立って、眠るトチローに
囁いた。


「なぁ、トチロー」


「俺は、土に還してくれなくて良いからな」


「地球を離れた時から、俺の死に場所は宇宙だって決めてるし」


「俺が還る場所はもう決めてあるからさ」


そこは、地球でも、土と水を持つどこかの惑星でもないところ。


「俺はきっと、お前に還るよ」


本物の、宝。出会った時から体の内が懐かしさに満ちた、
俺の遺伝子を構成する元素。



「お前が、俺の『地球』なんだ」


それは何よりも愛しく、何よりも偉大。

離れてもなお、懐かしい──。



★★★

──君だけが
僕の、小さな故郷。






END


●俺の遺伝子云々の下りは、映画『我が青春のアルカディア』に触発。
二人の友情は永遠に変わらないっちゅーことですね。萌。

●死に場所と魂が還る場所は違うと思います。死ぬ前に見る走馬灯って、絶対自分の故郷だったりするし。(かといって私はまだ走馬灯見るほど死線越えてませんが……)ハーロックは何が何でもアルカディア号と一緒にいきそうですね。
トチローは土に還りたい派かな、と。ヘビーメルダー星にお墓もあるし。はい。

                

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